RANKING
にほんブログ村 歴史ブログへ
NEW ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
    No Responses.

2019年1月29日

2019年01月29日

江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった☆

江戸時代の銭湯は、混浴だったという話はよく知られていますね。

その時代の庶民にとって、銭湯はただお湯につかりにいくだけでなかったようです。

休憩スペースで将棋や囲碁などを楽しんだり、男女の出会いの場としても期待されていて、女性たちも恥ずかしがることなくせっせと出かけていた様子が伺えます。

なんだか大らかな時代でしたね~☆

リンクより

****************************************************************************

江戸など大都市圏において銭湯は、庶民のくらしになくてはならないものでした。銭湯が作られたのは、木造の建物が密集して建ちならぶ下町で、できるかぎり火元を管理し、火事が発生することをふせぐためでもありましたからね。

江戸で銭湯が最初に現れたのは、一説に1591年のこと(『そぞろ物語』)。もともと日本で入浴といえば、蒸し風呂(サウナ)に入ることだったのですね。でも江戸ではサウナ(風呂)よりも、大量のお湯で身体を洗う……つまり「洗湯(せんとう)」という新習慣のほうが定着。それがビジネスとして成立してく中で、「銭湯」の表記が生まれたのでした。

庶民文化がもっとも隆盛した19世紀はじめの頃、銭湯の営業時間は朝8時から夜8時。
その当時の入浴料は現代の貨幣価値で1回150~200円ほど。月決めフリーパスや回数券なども発行されており、1日に何度も銭湯に行くという光景すら普通のことだったんですね。
しかし(すくなくとも下町の)銭湯は男女混浴です。

何回も、幕府から混浴禁止令が出されましたが、けっきょく元に戻ってしまうのです。この背景にあるのは、銭湯が各種・出会いの場所として期待されていたということでしょうね。

江戸の下町の銭湯は男湯だけが2階建てで、その2階部分は男性客のみが使える、休憩スペースになっていました。ここで友人同士で話をしたり、将棋や囲碁などのゲームをしたり、あとは女湯を覗く……なんてことがおおっぴらに許されていたんですねぇ(笑)。

湯けむりがものすごく、具体的には見えなかったわけですし、女性もホントの意味で裸で、素の自分を選んでもらえる場所として、銭湯で見られることを逆に利用していたといえます。

江戸時代中期までは、「湯文字」とよばれる、基本は白色の女性用ふんどしを着用して庶民の女性も入浴していました。しかし……たとえば新年最初の入浴は「初湯」とされ、黄色など派手な色の「勝負湯文字」を付けて銭湯にいく女たちの姿がありました(既婚女性もふくむ)。

ただし、男性にカラダを見られる以上の行為へのガードは堅く、結婚前の若い娘さんには必ず母親やその姉妹が付き添っていたりで、チカン行為はふせごうとしていました。

さて、女性が銭湯でもっとも気をつけるべきなのは、カラダを洗う時でした。知らない人がたくさんいる場合など、銭湯の床でカラダを洗ったりする時には、片膝を立てた「立て膝」の姿勢で女性は座りました。立て膝の姿勢だと、もしマナーの悪い男に絡まれた時でも、すぐに立ち上がって逃げたり、攻撃することだって簡単でしたからね。

なお現代人が他人の目から隠したがるバストですが、江戸時代では基本的に見えしまっても大丈夫な身体のパーツで、とくにエッチとされる部分ではなかったのです。

銭湯では、現代人なら他人には秘密にしたいケアも公然と行われていました。それはアンダーヘアのお手入れです。その名も毛切石という石が銭湯には置いてあり、それをハサミがわりにして毛を短くカットした状態にしておくことが、男女ともに重要なオシャレだとされていたのです。しかし……銭湯という場所で無駄毛ケアまでおおっぴらに許されてしまうという感覚、現代人には非常に大胆に感じられますよね~。

****************************************************************************

>    

2019年01月29日

赤ん坊の言語習得過程から人類の言語の進化過程を探る1

言語交流研究所(ヒッポファミリークラブ)の創設者が始めた言語習得方法(赤ちゃんの方法)を紹介します。
赤ん坊の言語の習得過程は、人類の言語の進化過程をなぞっているはずで、言語の進化過程を解明するヒントがあるように思います。

榊原陽『ことばはボクらの音楽だ』(初版は1985年)の1章の要約。

●著者略歴
1930年生。両親は教育者で豊かな学びの機会を与えるという恵まれた家庭環境。ところが、旧制中学卒業後、通常の進学の道を拒否し、学ぶことに対する境界や制限にとらわれず、知の探求に対して、自らの本能に従って思索を進めていった。
特定の研究機関や学問分野にこだわる必要がなかった彼は、赤ちゃんや幼児が、母語を習得する過程に深い考察を繰り返し、自らの目と耳を頼りながら、ことばを自然に獲得する過程について独自の考えを生み出した。

【前書き】
本書は多言語活動の体験を具体的に、また、その理論的大枠をできるだけ平明に述べることを目的とする。言葉が身近であるために当たり前のこととして見過ごしている事実の中に、重要な情報が含まれている。だから、誰でも知っている当たり前の事実から、言葉とは何か読者と一緒に考えようと思う。

【1】赤ちゃんの方法
赤ちゃんは自然科学者だ。取りまく全てのものが珍しく、好奇心に充ちた眼差しでひたすら何かを追い求めている。赤ちゃんと同じ道筋で、人類は言葉を見つけ、人間の言語世界を創り出してきた。自然の存在そのものである人間によって、自然の論理にしたがって創り出されたものが人間の言語である。その言葉を創り出す自然の論理とは、方法とは、どのようなものか。

人間は誰でもその言葉が話されている環境さえあれば、その言葉を習得できる。日本では日本語、韓国なら韓国語だが、3~4つの言葉が飛び交うルクセンブルクでは、誰でも例外なく、4つの言葉を同時に自然に話せるようになる。
表層的には全く似ても似つかぬ言葉であっても、その深層の秩序は普遍的であり、すばらしく平明な秩序を持っている。だから、幼児は何語であれ、環境さえあればその言葉を習得する。赤ちゃんにとっても何語であっても、自然言語である限り同じ人間の言葉なのである。

赤ちゃんは生まれたばかりの時は見えない。というのはまだ真っ暗な闇の世界の中にいるということだろう。それが、日に日に少ずつ光を感じ始め、明るさに目覚めてゆく。やがてその明るさの背後にぼんやりとした影のようなものが見えてくる。赤ちゃんはまだ焦点を合わせるということを知らないが、その影を追い始め、焦点を合わせるという目の体操を始める。

膨大な光の波の足し合わせで作られる波形を、目は形として認識し記憶する。音声言語も膨大な数の波の振動の足し合わせの束であり、それを音声認識する。音声認識も目の形認識も、複雑な波形の型認識である。幼児でも満一歳にもならないうちに、母親の音声を聞き分ける。音声の複雑な波形のうちに母親の顔を見るのである。
赤ちゃんの音声認識の発達プロセスは、ぼんやりとした全体の認識から、徐々にくっきりとした細部の認識へとゆるやかに時間をかけて整然と進行する。

生まれたばかりの赤ちゃんには言語の複雑な個別音など全く聞こえない。煩雑な個別音を識別し、いちいち一つ一つに捉われていたら、言語の習得など不可能である。

幼児は、まず全ての人間言語に共通の普遍的な言葉らしさを認知する。いかなる言語音声といえども無秩序な音の列ではない。聞こえてくる人間の言語音声が苦痛を催すものであれば幼児は耳を覆う。
やがて言語一般の型認識から個別言語のらしさを見つけ、その型の中にぼんやりとした意味を見つけ、その用意された型の中に徐々に個別音を取り込み、少しずつはっきりとした言葉らしいものの姿が見えてくる。ここまで来ると、猛スピードで一気に言葉の山を駆け上がる。用意された型で言葉を一挙に取り込むとも言えるし、ぼんやりとした型として取り込まれていたものがクッキリしてくるとも言える。
「チュメタイ(冷たい)、チャムイ(寒い)」といった幼児語は、その型認識の段階を示す目安である。やがて「さむい」「つめたい」と言えるようになるための健康な過程であり「チュメタイ、チャムイ」と言っているのを発音矯正する親もいない。型認識の順調な成長を喜ぶ。3~4歳までは子供は天才であり、ここまでは親たちも楽天的な加点法主義である。
以上が、幼児が言語習得する過程で、その内側で行っていると想像される営みである。

従来の言語学の方法は、これと対立する。個々の言語を完成されたものとして外側から捉える。それぞれの言語を部品の全体と考え、まず部品(発音・単語・単語の並べ方・・・)の整理、分類から始める。このような言語観の上に、これまでの言語教育のほとんどがある。発音練習、単語の暗記、文法の練習などを、分類の用語ともども勉強しなければならない。そして、何一つ間違ってはいけない。これは厳しい減点法の世界である。この人工的な方法の強制の中で、大半の人が外国語嫌いになり、自分は言語無能力者だという確信を植えつけられる。

赤ちゃんは天才だ。しかし、大人になったら、もうダメなのか。もう一度赤ちゃんに帰ってやってみよう。3~4つの言葉が飛び交う地域では、誰もがいつのまにか複数の言葉が話せるようになる。言葉が混じることはない。こうしてヒッポファミリークラブの多言語活動が始まった。

ヒッポのメンバーの家では絶えず7つの言葉のテープがバックグランドミュージックのように鳴っている。それを耳を澄まして聴くことが重要ではない。いつも言葉ができるだけ聞こえてくる場を作ることだけで十分。3~4ヶ月もすれば、「これは何語だ」ということは誰でも解る。それぞれの言語の波形の大きな特徴を捉えることができるようになったということであり、人間の型認識の技である。半年~1年もすれば、だいぶ細かい所まで波の形が捉えられるようになり、早く聞こえたスペイン語もゆっくりと聞こえる。そのことにはスペイン語を口ずさみ始める(間違ってはいけないなどと思いもしない)。すると、その言葉を受け止めてくれる仲間が欲しくなる。

何歳になっても人間の中には赤ちゃんが生き続けている。外側からいくら観察しても、赤ちゃんの内側で起きていることを知るには限界がある。自分の中に生き続けている赤ちゃんと出会った時はじめて、赤ちゃんの内側の自然の神秘的な営みが、なだらかな当たり前の事実として見えてくる。

>