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2012年06月26日

【世界の神話から見える男女の性】-8~「マヤ・インカの神話」=自然を畏怖する原始部族の婚姻~

【世界の神話から見える男女の性】第8回目の今回はマヤ・インカの神話です。
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画像はこちらから
■マヤの神話とインカの神話

 
中南米の古代文明として有名な、マヤ、インカですが、これらはそもそも別ものです。マヤが中米メキシコ周辺、インカが南米ペルー周辺の文明です。両者に共通するのは、大航海時代にスペイン人によって征服されることと、征服以前の様子が征服後の調査によってしか解明できず(遺跡を残して人々が消滅したこと、文字や書物などの文献が少ないことなど)、多くが謎のままだということです。

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アステカの地母神 トラソルテオトル 画像はこちらから
 
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インカの土器(男女) 画像はこちらから 
 
■古代アメリカ文明
 
「マヤ文明」「インカ帝国(或いはアンデス文明)」は、16世紀スペイン人の征服により世界の人々の知ることとなりました。又征服と前後してそれらの文明は失われてしまいましたが、そもそも、中米にも南米にももっと古くから人々の居た歴史がある事が分かっています。
 
分かりやすい古代アメリカ文明略年表
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この年表によると紀元前1000年頃に都市国家や神殿が築かれたマヤ、アステカ、インカ以前の文明(文化)が有ったことが分かります。彼ら古代の中南米の文明(文化)の担い手は、アメリカ大陸の先住民で更に古い時代に住み着いたモンゴロイドであると言われています。
 
多くの歴史資料を残さないまま2500年余りを経過して欧米人の知ることとなりましたが、これら諸文明の中で最も新しいものが中米のマヤ、アステカ文明、南米のインカ帝国なのです。
 
■マヤ神話
 
聖なる書ポポル・ブフ
や、ケツァルコアトルの神話
や、アステカの創世神話などがありますが、
 
ここでは二人の女神をご紹介します。
 
イシュタムwikipedia
 

イシュタムは、マヤ神話において、自殺を司る女神。首を吊った姿で表される。ア・プチとは違い、死者の魂を楽園に導く。楽園に行くことができるのは、聖職者、生贄、戦死者、お産で死んだ女性、そして首を吊って死んだ者であった。 イシュタムはこの魂たちをヤシュチェという宇宙樹の木陰にある楽園に連れて行き、永遠の安息を与える。

 
同じく、
 
イシュ・チェルwikipedia
 

イシュ・チェル(Ix Chel)は、マヤ神話において、月・洪水・虹・出産等を司る女神。イツァムナーの妻でバカブの母。破壊神としての悪の面も持つ。イシュ・チェルが一度怒ると、彼女は天の水瓶を引っくり返して豪雨をもたらす。そして「空の虹」が洪水を起こすのを手伝う。ゆえにイシュ・チェルは「怒れる老女」と呼ばれる。この女神を鎮めるには、常に生け贄を捧げなければならないとされる。

 
これら二つの女神にまつわる宗教観は、自然を畏れ怒りを鎮めようと生贄を捧げる、生贄はむしろ進んでなる(=自殺)ものでその姿勢を賛美して自殺者は死後に楽園で安息を得る、という自然を畏怖するものです。
 
ハリケーンや地震、旱魃などもあり、対して原始的な焼き畑農業しかないこの地域では、自然こそが畏怖の対象であり、むしろ同類闘争は自然ほどの外圧にはなっていなかったのでは無いでしょうか?
 
※よく文明の入れ替わり、国家の誕生というと血なまぐさい背景を想起するものですが、こうした国家や文明では王を神格化したり、系統を重んじつつ父系の系譜を辿ったりするものですが、マヤ、アステカの神話ではそうした傾向が薄いように思います。
■インカの神話
 
パチャカマック(ペルーに伝えられていた創造神)、マンコ・カパック(太陽神インティの息子にして天の神パチャカマックの兄弟)などが示すとおり、太陽神信仰が中心。ここでは、特にパチャママという女神を紹介します。
 
パチャママ wikipedia 
  
Pachamama.gif画像はwikipediaより
 

パチャママ (ケチュア語・アイマラ語で「母なる大地」を意味する) とは、アンデスの古い神話にあらわれる代表的な女神。
 
先コロンブス期に、先住民たちによって信仰されていた。豊穣を司る大地の神であり、全てのものの母親とされる。パチャママは山や川など大地のすべてを表すものとされ、特定の姿や地域で示されることはない。
 
スペインの侵略以降キリスト教が深く浸透したため、インカ時代の神はほとんど信仰されなくなってしまったが、パチャママだけは聖母マリアと重ね合わされて現在でもペルーやボリビアで信仰している人が少なくない。ただし、近代化の波とともに都市部の若者たちは宗教に関心を抱かなくなり、信仰は徐々に消えつつある。それでも以下で述べるように、都市部においても、祭りや結婚式などの際の慣習として信仰の儀式が残っている。
 
母性を持つ大地の神パチャママに対して、父性を持つ天の神は「パチャカマック」 (Pachacamac) と呼ばれる。パチャカマックはしばしば太陽の神「インティ」 (Inti) と同一視されることがある。パチャカマックやインティはインカの伝承の中では重要な神であるが、現在はパチャママほど信仰されているとはいえない。

 
■生贄の文化
 
以上、マヤとインカの神話などを見てきました。共通する点として以下の点が上げられると思います。
 
①共に太陽神信仰が中心
 
②同時に地母神や破壊の女神を信仰
 
③生贄を捧げる風習をもつ
 
 
但し生贄wikipediaについては、
 

アステカ人は「太陽の不滅」を祈って、人間の新鮮な心臓を神殿に捧げた。ほかに豊穣、雨乞いを祈願して、捧げられることもあった。しかしその一方では、これら生贄に捧げられる事が社会的にも名誉であると考えられていたとされ、球技によって勝ったチームが人身御供に供されるといった風習も在った模様である。」
 
インカでも、同種の太陽信仰に絡む人身御供を行う風習があったが、これらの生贄は社会制度によって各村々から募集され、国によって保護されて、神への供物として一定年齢に達するまで大切に育てられていたという。なおこれらの人々は旱魃(かんばつ)や飢饉などの際には供物として装飾品に身を包んで泉に投げ込まれるなりして殺された訳だが、そのような問題が無い場合には生き延び、一定年齢に達して一般の社会に戻った人も在ったという。

 
という若干の違いがあったようですが、ここでも共通しているのは、生贄を名誉とする共同体でしか出来ない役割意識です。
 
人間は必ず何時か死にます。例えば現代人のように個々人や家族の自由意思によって生き永らえても、そこにあるのはただの私的な「生」だけです。生きることを全く役に立たないとは言いませんが、生贄となって天変地異を鎮めることは、生きること以上により多くの人々の役に立てる行為です。そしてこうした考え方が可能なのは個人主義などない共同体だけでしょう。
 
■生贄の文化

 
マヤ;マヤ文明の婚姻制度
 
インカ;インカの婚姻様式は? 
インカの婚姻様式②庶民の婚姻様式は?
 
とのことですが、実際は不明です。しかし、これまで見て来たとおり私有婚である可能性は有りません。インカでは文字も貨幣も無かった、王の財産も継承しない、ということであり、私有意識が極めて薄かったようです。
 
■マチスモという男性優位の文化

 
最後に興味深いレポートをご紹介します。
 
「ラテンアメリカの女性~マチスモ文化について~」

 

「マチスモ」というのは、今に始まったことではなくヨーロッパ勢力がラテンアメリカを発見した400年前から現代に至るまでずっと潜み続けたり、あるいは表面化した形でラテンアメリカ社会において解決されることなく受け継がれてきた文化であるという意味では重要な研究であると思われる。
 
元来アステカの社会は父親中心、男性中心の社会であり、アステカ人は女性に対して劣等な立場に余儀なくさせたといわれる。例えばアルコールなどはもっぱら男性の飲むもので女性は飲むことを禁止されていた等のようにである。アステカ文化は父親中心の文化であり、男性や戦士たちの文化であったといわれる。ところが、スペイン人の征服により事情は一変しスペイン人征服者と、メキシコ人男性、及びメキシコ人女性という三者関係の中で、メキシコ人男性の権威は完全に失墜してしまった。
 
全てを失ったメキシコ人男性の保証として、男性側からの自己主張の必要性が生じるようになり、これがマチスモの始まりとなったのである。マチスモとは一言で言えば「男性性の叫びであり」男性性を脅迫的に志向することである。
 
マチスモからくるメキシコ社会における特徴は父親不在である。精神分析学者Santiago Ramirezはメキシコの家族の実に四分の一は父親がいないか、いてもたまにしか帰ってこず、実際はいないに等しいといっている。(略)
メキシコでは結果的に母子家庭が多いことになるが、これはメキシコに限らずカリブ海地域やアメリカの黒人社会の一つの特徴であるという見方もある。なお、父親が家族を放棄する時期は、その70%が妻の妊娠の時期と一致しており、残りのうち20%は生まれた子供が満一歳に達する前に父親が家を出るという。父親が家を出ることにより、母親中心の家庭という点が強調されるが父親がたとえ家にいたとしても、子供が産まれるとその態度はがらりと変わるといわれている。父親は自分と妻との間に距離を置くようになり、時には攻撃的となったり権威主義的になったりする。

 
これは現代のメキシコ人のことです。マチスモの語源をマチョ(=「マッチョ」)と言うそうですが、彼らマッチョな男は何故か「家族」に執着しません。婚姻を私的に所有する私有婚とは正反対です。このレポートではスペイン人の侵略によってメキシコ人男性の地位が失われたとのことですが、むしろ侵略を契機に闘争存在としての男原理が強調されたのではないだろうか?と考えます。
 
何故なら、植民地時代は過酷な労働や交渉、時には開放の為の闘争など父系の闘争性が必要だったからです。更に父系社会では男が家族を支配すると同時に生産の主体ともなります。しかしもし、大きな蓄財を必要とせず日々食べられるだけで良いと考えるような農耕主体の社会や家族だたとしたら、むしろ女性の方がより生産的かもしれません。
 
その様に考えると、かつての母系性社会が欧米の侵略によってキリスト教化しつつ父系化したものの、贅沢を望まないが故に父系を維持する理由も無く、いつの間にか元に戻って母系化しているのだ、とも考えられます。
 
■まとめ
 
マヤ、アステカ、インカを通じて注目すべきは、
①太陽神、地母神を信仰し、天変地異をもたらす畏怖の対象として自然を信仰していること
 
②自然信仰が中心となるのは、これより強い外圧(同類闘争など)が存在しないことと、そもそも生産力が低く自然に左右される度合いが高いこと
 
③生贄は、場合によって生きることよりも皆の役に立つ行為として自身も集団もこれを肯定して始めて成立すること
 
④マチスモの例など現代でも母系的な婚姻関係が特徴であること
 
 
です。
 
これらを通して、古代中南米の文明→婚姻様式は、同類闘争を勝ち抜く父系社会や私有婚と言うよりは、自然を畏怖する共同体的で母系的な集団婚という印象が強くなります。
 
実は、中南米の古代文明に対して母系社会であるとする説は殆どありません。確かめようにもスペイン人が余りに破壊してしまい、伝承も文献もましてや人々も極端に少ないとなればもはや確かめようが無いかも知れません。又そうであればこそ、現在これらの文明の痕跡を見ようとしたときに現代的な視線を排除しなければならないと感じます。
 
今回も、数ある神話や風習の中から何とか当時の人々の意識が読み取れそうなものを抽出して同化し、現在の婚姻の傾向から民族性などを読み取って類推しました。
 
メキシコの母系制社会 女の町フチタン1という事例もあります。
 
スペイン人の侵略は中米のコルテスで600人、南米のピサロで200人の規模だったそうです。余りに少ない軍勢に征服されたので、原住民がスペイン人の持ち込んだ疫病に倒れたとの説もあります。それにしてもあっけないほど無惨な負けっぷりで、やはり同類闘争が不得手な(する必要が無い)民族だったのだと思います。

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