2019年10月01日
雌雄の役割分化4~雌の生殖負担(類人猿)
京都大学霊長類研究所「人間と類人猿の子育ち・子育てについて考える」より転載。
●昆虫や魚、などでは,大量に卵を産むだけで,子育てをしない種も多い。鳥類では,親が卵を温めたり,ヒナに食物を与えたりして子育てをする。 哺乳類では,親が子どもを産んで,母乳を与えて育てる。霊長類では少ない数の子どもを産み、子どもが親にしがみついて母子が密着して生活し、 子育ての期間も長い。とくに人間に近い類人猿では,より子育ての期間が長くなり、 親子の関係性もより複雑になる。そして,飼育下の類人猿では,育児放棄や育児困難などの事例が見られることもある。
【1】テナガザルは,おとなの男性とおとなの女性がペアになって子育てをする。父親・母親・それぞれ3歳ほど年のはなれた兄弟が数人という,人間の核家族のような集団でくらしている。井上陽ーさんの観察によると、2歳半ごろまでの子どもは,母親にべったりだが,それ以降は父親に抱かれて移動したり,父親と遊んだりすることがでてくる。3歳ごろに、母親が下の子どもを産んで,その子育てに集中するようになり,兄や姉は家族とともにくらしながら,10歳ごろまでに自立するすべを身に付けていく。
【2】ゴリラは,シルバーバックとよばれるおとなの男性が1人と,複数の女性がともにくらしている。野生のゴリラの子どもは,母親のちがう同年代の仲間たちとすごすことも多い。また,子どもが父親に遊んでもらったり,守ってもらったりすることも他の類人猿に比べて多い。竹ノ下祐二さんの飼育下ゴリラの研究から,意外な母親の役割が明らかになった。母親が子どもを叱らない,つねに子どもの味方をするというのは,他の類人猿たちとあまり変わらない。ちがうのは,母親が子どもと遊ばないということだ。母親は,我が子が他の女性や父親と遊ぶなどの社会的な交渉をもつことを促すように仕向ける。母親以外のおとなは子どもと遊びたくても,子どもが自ら近づいてきて遊んでくれるのをじっと待つ。母親が見守る中で、子どもと父親が少しずつ間合いをつめていくが,あまりにもゆっくりしていて,録画したビデオを4倍速で見ないとそれが社会的交渉だということがわからないこともあるそうだ。父親と子どものきずなもあり,一時的に父親が子どもと母親から離れてくらすようになった直後は,一日中父親のほうを見にいって,ないてばかりいたそうだ。
【3】チンパンジーは複数のおとなの男性と,複数のおとなの女性が一つの群れでくらす。飼育下では,管理のしやすさから,おとなの男性が1人だけということもある。また,野生では群れの中に同年代の子どもたちが複数いるのが普通だが,飼育下では子育てをしている母親の数が圧倒的に少ない。そのため子育てのしかたを学習する機会が少なく,子どもを産んでも育児拒否をしたり、うまく授乳ができないなどの育児困難が見られたりする事例もある。しかし岸本健さんらの研究から,双子チンパンジーの一方の世話を,母親以外の女性が分担することで、2人とも無事に育った事例が確認された。
【4】ボノボでは,基本的な群れの構造はチンパンジーとほぼ同じだ。しかし,女性が偽の発情をしたり,性的行動を社会的交渉に用いたりすることで,男性間の競合が和らげられて,チンパンジーよりも平和なくらしをしている。ザンナ・クレイさんらの研究から,興味深い発見があった。ボノボがくらすコンゴ民主共和国にあるサンクチュアリでは,食肉などの目的で母親をなくしたボノボが孤児として保護されてやってくる。もともと孤児として入ってきたボノボが成長して出産し、子どもを育てる事例も増えた。孤児の子どもと,母親に育てられている子どもを比べると、母親に育てられている子どものほうが、けんかでやられた仲間をなぐさめたりする行動がより頻繁に観察されたそうだ。けんかのときになきやむまでの時間も短く,より自分の感情をコントロールできることがわかった。母親に育てられるということが,社会的な行動や情動の発達にとって重要だといえる。
図: 母親のもつ食べ物にかじりつくオランウータンの子ども。
【5】オランウータンは出産間隔が約7年と,他の類人猿に比べても長い子育て期間をもつ。2歳ごろまでは,母子がほぼ密着して生活している。オランウータンはゆるやかな地域社会をもつが,単独ですごす傾向が強い。そのため,子どもは生きていくために必要な知識や技術を,すべて母親から学ぶ必要がある。山本英実さんらの観察から,オランウータンの母子では,子どものはたらきかけに応じて母親が食物をもつ手の動きを止めるという形で,食物分配が頻繁におこる可能性も示唆されている(図)。子どもは母親との強いきずなの中で,食物レパートリーや,樹上でくらすすべや,寝るための巣を作る方法などについて, 時間をかけて学んでいく。
- posted by KIDA-G at : 2019年10月01日 | コメント (0件)| トラックバック (0)
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