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2016年3月11日

2016年03月11日

遺伝子解析による人類史の解明~Y染色体の遺伝の仕組み

遺伝子解析、なかでもY染色体により、人類の拡散の歴史を遡って追跡できるという。
どのような仕組みなのだろうか、まずは学説を紹介する。

 

(リンク)より

人類史を詳細に推論する上で貴重なツールであることが最近実証された一片のDNAがある。
人類の祖先がその流浪の旅路で辿った道のりを、これまでにないほどはっきりと見せてくれたのである。
このDNAは父から息子にのみ伝えられるという意味で、父系のミトコンドリアDNAに相当する。
ミトコンドリアDNAの研究で 明かされた母系統に対応する存在として、父系独自の血筋を規定しているのである。
・・・(このDNAはY染色体と呼ばれる)

まず、染色体というのはどういうものなのだろうか。
それは、一口で言うと総数30億文字(塩基)で出来ている核DNAの集合体の単位とでも言えようか。
一つひとつの細胞の中には核があり、その中に22種類の対の常染色体と性染色体が納められている。
右の顕微鏡写真は、男性の染色体で、赤丸で囲んだ性決定部分はX染色体とY染色体の組み合わせとなっている。
女性はこの部分がXXの組合わせである。
染色体の長さは、最も長いもので2億5200万文字(塩基)あり、最も短いものは、3800万文字という長さで出来ている。   

 

3800万~2億5200万文字という大小のDNAから出来ている染色体が、どれも“こけし”に似た形をしているのは、次図のような生成構造によるものである。また、“染色体(Chromosome)”と命名されたのは、塩基性(アルカリ性)の色素でよく染色されることからChromo「色のついた」に、-some「体」と名付けられたという。

 

上の顕微鏡写真のように、通常は1対で存在する染色体は、親から子へ遺伝するとき、片方一本だけの染色体となって卵子や精子のなかに納まる。その一対から一本だけの染色体となる過程を専門用語で“減数分裂”という。
その際に下図のような、“組み替え”という変化すなわち染色体の交叉・混交がおこり、染色体の多様化が促進される。

 

■■Y染色体の遺伝の仕組み

ところが男性の性染色体、Y染色体には、常染色体やX染色体のようにペアとなる相同の染色体はない。
したがって、父親が精子を作るときには、組み換えが起こらず、お祖父さん由来のY染色体を持つ精子とお祖母さん由来のX染色体を持つ精子の2種類が出来ることとなる。
受精の様子は次のようなものである。

(上図の雌性前核とか雄性前核という聞きなれない用語は、受精卵内における卵子や精子が持つ一本(片方)の染色体のことである。)まったく一般的な遺伝の法則にしたがって、母親の卵子とX染色体を持つ父親の精子が受精すれば女の子が、母親の卵子とY染色体を持つ父親の精子が受精すれば男の子が生まれる。

ただ、このようにしてY染色体を持つ男の子が生まれるのであるが、いま見てきたように、この男の子のY染色体はお祖父さんのものである。そしてお祖父さんのものも、またそのお祖父さんのY染色体なのである。
すなわちY染色体は、mtDNAと同じく、混ぜ合わされることなく、祖先のY染色体がそのまま、父親から男の子へ、世代から世代へと連綿と遺伝される、そういう父系遺伝の性質を持っているのである。

以上の ように、Y染色体は、いわばまことに“孤独な”染色体である。同じ相手があると組み替え反応、すなわち多様化や修復が行われるが、 孤独なY染色体ではそのようなことは起こらず、祖先のY染色体がそのまま、父親から男の子へ連綿と遺伝されることになる。 また、ミトコンドリアは、いま調べたような“異常な抹殺システム”によって、母系遺伝だけが許されることになっているのである。

 

■■人類の系譜が高度に蓄積されたY染色体

DNAの分析を人類学に応用することは、まずミトコンドリアのDNA(mtDNA)を解析することから始まった。

mtDNAが先行したのは、一つの細胞の中に核DNAが一つしかないのに対し、mtDNAの方は数百~数千の単位であり、すなわち量的に集めやすく、しかもmtDNAを構成する文字数(塩基数)が16,500文字(塩基)と極めて少なく、扱いやすいDNAであったことによる。

それに対してY染色体は、容量が5,000万文字(mtDNAの3,000倍)もありmtDNAとは比較にならぬほど、かっては扱い難いDNAであった。しかしそのことは、Y染色体には、mtDNAより極めてゆっくりとしたペースではあるが、過去に起こった突然変異の痕跡が、比較にならぬほど大量に蓄積していることを意味する。

また、Y染色体では組み換えが行われないため文字配列の順序の混乱が起こらず、突然変異の順序を推測することが可能なことである。これにより高い精度で集団の分岐や発生の時期を推定することが出来る。
すなわち、人類の変化(多様化)を長期に亘って追跡するには、mtDNA以上に、Y染色体が極めて適していることがわかり、DNA解析技術の飛躍的進歩もあって、10年ほど前から急速に研究が進められるようになったのである。

 

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2016年03月11日

日本語の起源カタカムナ~万物万象はアマから生まれ、アマに還る

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相似象学会誌『相似象』五号(1973年3月)より引用・要約したものです。
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現代科学が時間空間を「元」とする一方、カタカムナ人には、時空を「元」とする思想はない。「トキ トコロのマリ」が、時間空間とよばれる現象の「本質」であり、時間空間をはじめ、あらゆる現象事象の発現するもとを、「アマの元」に統括して居る。そして、電気、磁気、光等の現象をあらはす「電磁波」や「プラズマ」等をほじめ、生物無生物、生命質や物質、有機物無機物等とよばれる「物質」を構成する「諸元素」も、すべて、この、アマ始元量の「変遷」と観じたのである。

先づ、「アマの細かく分れた状態」を<アメ>と言ひ(雨はその相似象)、<マリ>といふときは、そのアマの細かく分れたモノが、「次第に結球するスガタ」としてとらへた思念である。そしてその潜象のマリが、次第に集合し凝縮し旋転して、電子にも、原子にも、変遷するといふ直観である。又、潜象のマリの「素量」の状態は、<イカツミ(電気) マクミ(磁気) カラミ(力)><ミツゴ(結晶系) モコロ(構造系)>等とよんで居る。
そして、そのように、マ(アマ)と、マリ(マから離れたもの)とで、大小さまざまの森羅万象が構成されてゆくことを、<マトマリ>といふわけである。そして、大きなマトマリを<タマ>とよび、チタマ(地球)、タカマ(宇宙)、ハコクニ(原子)などとよんで居る。(又、アマの微分の思念から、<イマ>とか<ココロ>といふ言葉も発想されて居る。)

<マ>の活用形の<ミ><ム><メ><モ>等の声音にも、カタカムナ人は、それぞれ、<マ>の潜態に関係する重要な意味を持つヒビキを
当て、例へば、ミ(イカツミ マクミ カラミ)、ム(カム ムス等)、メ(アメ、メグリ等)、モ(モコロ等)の言葉が形成されて居る。

「今」と<イマ>の違ひを現代語で説明することは難しいが、基本的な要点を述べてみると、<イマ>といへば一応極微的な思念であるが、実は、<イマ>は、これ以上小さく出来ぬ分化の極であると同時に、測りようのない大きなもの、則ち、拡大の極に通じ、要するに、<マ>の絶対的な単位量(大小長短などの観念では言へない、潜態の始元量)として把へたモノである。もしそのマリ(イマ)が、それ以上分化して小さくならうとすれば、もうマリ(イマ)ではなくなって「消失」してしまふしかない。(消失した最小の極は最大のアマに通じる。)
消えて亡くなったイマ(マリ)はどうなるのか?・・・
そこにカタカムナ人は、<アマ>の潜態への統合を直観したのである。「消失」とは則ち、アマ始元量への「還元」を意味する。
我々が、「時間空間」といふ観念でよんで居るものの本質は、とりも直さず、この<イマ>であり、言ひかへれば、<トキ トコロのマリ>といふことになる。

▼イマタチ
現代人は一般に、「今」が次の今に、そのまま、川の流水のように移動するものの如く思って居るが、カタカムナ人の考へ方は、刻々に発生し、刻々に消滅する、<イマ>の、統計的な存在(イマタチ則ちイマイマ的な性質)としてとらへて居る。
その様相をわかり易い例でいへば、丁度電光ニュースをみるようなもの(一個一個の電球は点滅するだけであるが、人間の目には、それが流動するスガタとしてうつる)、又は映画をみるようなものといへるであらう。
現代人は、送電線によって電気が送られる現象を「電流」と称し、あたかも電線上を、電子がそのまま移動するかの如く扱って居るが、実はそのようなことはあり得ない。
やはり電線上に、電子が、次々に発生、消滅して居るもの(極めて早い電光ニュース板か、又は映画のフイルムの一コマ一コマを連続的に見て居るようなもの)と考へられる。
電子の荷ふ電気素量は、アマの変遷した潜態(イカツミ)である故に、現代科学では、まだその様相を説明しきれないで居る。
しかしその真相は、カタカムナ人の把握した<イマタチ>の物理によって、はじめて解明されるであらう。
ただ、電流の場合は、電磁波速度で次々と生滅を続けるが、<イマ>の場合は、その発生消滅のスピードが更に早く、科学でもっともはやいとされる光速度よりも、さらにはやいと彼らは感受して居たようである。
遮ぎるものがない限り、我々の周囲にも、そのイブキが及んで居る、とカタカムナ人は観じて居た。
細胞の新生(イノチの発生)も、新陳代謝も、個体の死も、このような<イマ><イマ>の関連による統計的なもの、と彼らは直観したのである。
<イマ>とは、このように「アマの絶対的な単位量」として、しかも架空の観念ではなく、彼らの実感にとらへられた、潜象の粒子(マリ)であり、<イノチ>とは、この<イマ><イマ>のイブキの中で、さまざまの干渉、抵抗をうけたイマ(マリ)が、物質系にあらはれ、ある「空間」と、ある「時間」を保って居る状態(ソコチクネ)である。
電子から天体に至るまで、いかにも、万象は、確かな形を保って存在して居るようにみえる。
しかしその真相は、やはり、電光ニュース板のように、刻々に、発生し消滅する、「今」「今」の連続にすぎない。
決して前の「今」が、後の「今」にそのまま流れて移行するのではない。
<イマタチ>とは、このように、万象のイマ、イマ的性質(タチ)を洞察し、すべてを<イマ>の相似象として、固定することなく、アリノママにとらへた言葉である。
この、万象を「統計的存在」として把握したところに、カタカムナ人の「直観物理」の特徴があったのである。
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万物万象の始元は、宇宙(アマ)の微粒(マリ)であり、そこでは時空も「トキ トコロのマリ」として一体化している。
そして、マリが集まって電子や原子を形成され、電磁気力が生まれ、万物万象が形成される。そして万物はアマに還る。
もしかすると、佐野千遥氏の「単極子」も、マリが変遷した一つの相(スガタ)なのかもしれない。

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