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2020年4月23日

2020年04月23日

今回のコロナ禍でグローバル社会から共同体社会へ転換するのか? -2.各国の政策としてのベーシックインカム・国家紙幣への流れ

前回は、人々の意識の変化している兆しを探り、今後どういう潮流となるのか紹介した。ここで、その潮流に多大な影響を与えていくであろう生活の基盤について探ってみたい。

コロナ禍に対する世界的な潮流は、ロックダウンまたはそれに準ずる外出、営業自粛を進めるとともにそれに対する補償、支援をセットで実施していることである。日本はそれに遅れているがいずれその方向に進めざるをえない圧力が高まっている。

その生活の補償、支援においてスペインが先陣を切って、ベーシックインカム制度を開始する。国民の生活基盤を補償していく制度は、画期的である。実は、ここ数年の間に、ベーシックインカムを実施するとどうなるかという社会実験が繰り返されてきている。人々の仕事観やひいては人生観まで考察した記事も紹介させていただく。

(さらに…)

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2020年04月23日

【世界の各部族の婚姻形態シリーズ】掠奪婚の風習を持つ部族②

他部族から女性を略奪してくる結婚形態、「略奪婚」とは、どのようなものなのでしょうか?
掠奪婚の風習を持つ部族は次の部族です。

・古代ゲルマン族
・始原ローマ部族
・ギリシア(紀元前5~4世紀の盛期アテナイ)
・ヘブライ遊牧民

先週に引き続き、リンク  より紹介します。

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●古代ゲルマン族

約3千年前に、中央アジアから追われて北上、先住民を侵略・融合してバルト海沿岸地域に定着。
その後2千年前までに、先住のケルト人を駆逐して、現在のドイツ地域まで南下、東ゲルマンはメソポタミアの交易部族を追って黒海沿岸に定着し、西ゲルマンはローマ人との武力衝突を繰り返していた。)

・生活形態-土地は森林に覆われているか、荒涼たる沼地のいずれかで、農産には豊饒であっても、果樹を生じるには耐えない。小家畜に豊富で、牛が彼らの唯一の財産であり、金銀の所有に対してはそれほどの執着を持たず、内奥に住む者たちは物々交換を行っていた。耕地は耕作する者の数に応じて村落の共有財産として占有され、次いで各村落内の耕作者の地位に従って配分された。年々、作付け場所を取り替える休耕農業を営む。住居は、泉に、森に、野に、林に、心の思うままに散り散りに分かれて住んでいた。

男は戦争に出ないときには狩猟に出かけるが、大半は睡眠と飲食に耽り、家庭、家事、田畑、一切の世話を女、老人、その他の武器を持たない者に任せている。彼らは土地を耕し、年々の収穫を得ることよりも、敵に挑んで負傷を被ることを選び、永い平和と無為のために英気を喪失している場合には、自ら進んで戦争を行っている部族を求めて闘いに出かけた。

(既に農耕的定住段階に入っているが、農耕はいまだ副次的なもので、依然として牧畜が重視され、それ以上に、戦争・掠奪によって得る家畜等の食糧が彼らの生活基盤の大きな比重を占めていた。「耕地は地位に従って分配される」という点から、事実上、大土地所有というべき現象が存在していたと考えられるが、土地になお余裕があるため、権力保持の基礎条件とはならなかった。)

・集団-王は同族の始祖の家柄から選ばれ、将領はその勇気をもって選ばれたが、進んだ西部では、家柄に限らず、有能な者が王位につくことも稀ではなかった。彼らの騎兵隊・歩兵隊は、全て家族・親縁の者たち(氏族)で構成されていた。(彼らは、戦いの前線に妻を連れて赴く。)長老は、己れの有する扈従(貴族の供)の数と意気において他より優っている場合、自らの部族のみならず、近隣諸方の使節来訪の名誉を受け、単にその名声によって戦勝が決定されることも多かった。饗応、接待に関しては物惜しみせず、主客の間の贈り物の交換が将来にわたっての友好のシンボルであった。

(約50 の部族連合からなる。各々に王(本家筋氏族の大長老、世襲制)=貴族・自由民・解放奴隷・奴隷の階層分化が進んでいた。貴族・自由民が武装を許される。定住形態は散居型の小集落が一般的であるが、これらの定住者のまとまりは、血縁の集団ではなく、自由民と隷属民によって構成され、数個の集落の中心をなす場所に、従士をかかえた貴族の素朴な邸館が建てられていた。貴族は世襲カリスマ的権威を持つ血統貴族であったが、その基礎は貴族の子弟・自由民からなる従士制度=忠誠的主従関係によって維持されていた。奴隷はローマ末期の小作農的生活を享受しており、鞭打ちや労役を課せられることは稀で、一定量の穀物・家畜・織物を課せられるに留まっていた。)

・婚姻-厳粛なる固定一対婚。高い家柄のごく少数の人々だけが、複数の妻を持つ。結婚に際して、夫は妻に幾頭の牛、一頭の馬、フラメアと剣を添えた楯を贈り、妻は夫に自らが持つ武器のうちの一つを贈る。(妻が夫に贈る武器とは、娘が父から夫の庇護下に移ったことを象徴する。)処女だけが結婚を許され、結婚後も姦通は極めて少ない。夫の死後の再婚も稀で、禁止する部族もあった。(殉死の形跡さえある。)

・相続-相続は男子に限られており、馬を除く財産は全て長子に属し、次男以下は戦争によって財貨を得て独立する。母系的血縁関係が、父子の関係よりも神聖・緊密と考えられる場合もあり、姉妹の男子は、近縁者の間で尊敬を受ける。

(彼らは、女を神聖な予言者的なものと考えており、女の意見を軽んずることはない。紀元70 年のゲルマン人の一部族とローマ軍との衝突に際し、ローマ軍の敗戦を予言したウェレダは、その後神のごとく崇められた。彼らは、自らが捕虜になることよりも、女たちが捕虜になることを恐れ、敗色に胸を露にして泣き叫ぶ女たちの姿を見て奮起し、戦列を立て直したという事例も記述されている。)

※その他のほとんどの文蔵が20~30 年前の報告、モルガンの事例でさえ150 年前の報告であるのに対して、『ゲルマニア』の記述は、2千年前の社会を伝えてくれる極めて貴重なものである。しかし、著者タキトゥスは詩人でもあり、その詩的表現に惑わされてはならない。

元々は母系制・勇士婿入婚の〈狩〉部族であったが、同類闘争に敗れて滅亡、北方の僻地に逃げ延びた少数の男が掠奪婚によって再建をはかった。母系的血縁関係が神聖視されるという記述は、かつて母系制であったことをうかがわせるが、母系制から父系制への転換は、外圧衰弱過程ではあり得ず、滅亡→掠奪という大転換を示している。また、頻繁に行われる家畜等の掠奪及び奴隷の存在も(乱立する部族連合間の人身掠奪と考えられる)、掠奪婚の系譜を間接的に証明している。

掠奪婚の場合には、女は財産として尊重され、秩序維持のために末端兵士まで女を分配する一対婚規範を確立するのが一般的である。

男は兵士、女は農耕という鮮明な役割規範を踏襲。婚前交渉の絶対タブー、姦通のタブー、殉死の例等、一対婚規範も男優位の極めて厳格なものであるが、実態は、いつも妻と一緒、女の泣き叫ぶ姿を見て奮起など、すでに女の要求、女の価値観に侵食されつくし、それが極めて巧妙な幻想によって覆い隠されている可能性が高い。

●始原ローマ部族

伝説によれば、滅亡から生き残った3人の男が、掠奪婚によって始原ローマ部族を構築、ローマ帝国を建設したとされる。
※ローマも若干の時代を経て、一対婚に至っており、滅亡→掠奪婚→一対婚の流れは、かなりの普遍性を持っている。

ギリシア(紀元前5~4世紀の盛期アテナイ)

・生活形態-農耕と放牧。基本的な生産様式は農業で、市民階級の大多数が土地所有者。市民・奴隷に代表される細かな階級制度が存在。

・社会制度-参政権は男性「市民」のみ。市民の母・妻は市民階級に属するが、終生法的後見人を必要とし、近親の男によって保護されるべき存在として、ポリス=市民共同社会内に封印されていた。

・成人男子への通過儀礼-少年が16 歳に達すると、父親が息子の髪を切って祭壇に供える儀式を経てフラトリア成員として登録される(フラトリア=ポリスの下部組織で元は血縁集団)。18 歳になるとデーモス(村落を基にした行政単位)に登録され、更に2年間の軍事訓練と軍務等の集団生活を経て20 歳で市民になる。

・婚姻関係-前508 年のクレイテネスの改革により、父系一対婚が法的に確定。結婚は夫と花嫁の後見人との契約で成立し(結婚に際しての女の選択特権は剥奪されている)、女が嫁資(=現金、貴金属、不動産等、標準的家庭の生活費5年分)を持参する。平均的結婚年齢は、男30 歳・女15 歳で、結婚するまでは、娘は外の風を当てずに育てるべしという「箱入り娘」的な価値観が強い。

妻の姦通はタブーであり(法的には死刑に値する)、オイコス(家庭)がポリス(都市国家)の単位組織であるアテナイにおいて、オイコスの内的秩序の維持は絶対的であったということを示している。夫にとって性市場はオープンであり、遊女や娼婦等下層階級の女が対象となった。

・男女の役割規範-男=政治+農耕・牧畜(戦争時は兵役)、女=性役+従役(家事と奴隷管理)。

・相続-相続権は基本的には男子に限られ、息子がいない場合、娘=「家付き娘」は婿養子を迎えるが、財産継承はその息子に決まっている。

※乱交の名残が見られることから、一度は乱交まで行き着き、他部族の侵略or 女の性権力の肥大化=アマゾン化による滅亡の危機を迎え、そこから一部の集団が男主導の下逃げ延び、女・家畜・土地の掠奪を繰り返して部族再建をはかる。掠奪による財産意識の増大に伴い、奴隷制度を確立、階級社会を形成。

同類闘争が再び激化すると、男の更なる主導権の強化及び男の高い私有意識+農耕から、婚姻制も父系固定一対婚に移行。その同類闘争に勝ち残った部族が女の選択特権を封殺し、社会家庭における権利も剥奪して、奴隷制を基盤に都市国家(=ほぼ完全な男社会)を建設する。しかし、海上貿易の発展、制海権制圧による平和安定に伴い、男の性欠乏が肥大化し、それを受けて女の性的商品価値が上昇→選択特権を手中に収め、性規範が乱れ、性第一の価値観が蔓延し、ギリシアはこのまま衰退する。

一方、小アジア、エーゲ海の島々に見られる母系制一対婚は、母系制の先住民(ミケーネ文明)と融合したことの結果と思われる。ここでは、相続権と家名の継承権は娘にあり、大地母神崇拝がされている。

●ヘブライ遊牧民

家父長的家族形態。社会の進展につれて、財産を子供に伝えようとする欲求が、女系から男系への変化を生み、土地保有又は家畜の世話のために、家父長権のもと奴隷及び自由民の多数を一家族に組織した。家父長は一夫多妻で、成員並びに財産に対して絶対的権力を有した。(ローマ人も同様の形態を通過。)

 

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