2009年11月28日
新たな共同体の実現態は脱市場、脱私権、脱自我!
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昨今の泥沼不況、環境への関心の高まりなどから、「エコビレッジ」という言葉をしばしば耳にします。ただその多くは数年でフェードアウトしてしまうことが多いようですが、なかには創設以来15年以上も活力を失わず存続している”共同体”が有ります。
ほかのエコビレッジと、この”共同体”は、どこが違うのでしょうか。
そこには単なる環境にやさしい有機農業を共同で営むというだけではなく、現代社会に潜む精神面における弊害などの改革にも取り組む仕組みがあるようです。
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以下、るいネットからの引用です。
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富士山の山麓の富士宮市に、老若男女問わず50名ほどが自給自足的生活を基盤としながら、共同生活をしている、「木の花ファミリー」という共同体がある。近年の閉塞された社会状況の中で新しい生活を模索する中で世界的に注目されつつある「エコビレッジ」の中でも、世界でも数少ない精神的調和も実現された、未来の青写真的共同体として、木の花ファミリーは世界的にも高い注目を得ていて、ただの「家族の家」にも関わらず、毎年2000名以上もの人が訪問する大家族になっている。
その木の花ファミリーを会場として、日本国内でその芽と開きつつある「エコビレッジ」を作ろうという人々が各地から集まり、「いのちの村ネットワーク」という共同体の有機的集合体を作ろうという会合があるということを知り、そこに参加してきた。まずは木の花ファミリーの実態について報告する。
(写真は「木の花ファミリーブログ」よりお借りしました)
木の花ファミリーは約15年前に作られた共同体で、有機農業での自給自足的生活を基盤としている共同体である。創設者が自らのなりわいを通して、様々な家庭の状況を見て、相談を受ける中で、新しい家族形態こそが世界を豊かにするという確信を持って、そのメッセージを広く拡げることを年頭にしてつくられた共同体だ。
□家族形態
基本的にみんなが家族であるので、子どもたちは、生みの親こそいるものの、特定の個人の子どもではなく、皆の子どもとして育てられている。実際、誰が誰と誰の間の子どもなのかというのは区別できなかったが、大人も子どもたちもそれをすんなりと受け入れている様子だった。部屋も個人の部屋はないに等しく、同じ部屋に何人かが共同生活をしている。
驚いたのは、子どもたちの人懐こさと言語表現力の豊かさだが、これも共同で保育されていることと、子どもながら料理や畑仕事を手伝うという役割の賜物だろう。
また基本的に所有という考え方はほとんどなく、家財道具なども全て皆で共有している。また、金銭的所得は、一旦ファミリーで集計されたあと、年齢等に関係なく平等に各個人に分配され、通帳は各個人で保有するものの、なにかあればいつでも皆のために出資できる状態になっている。
食事は、菜食主義であり、塩と砂糖など一部の調味料を除いて完全に自給自足を実現している。「食当」と呼ばれる女性たちが、日々の調理を担い、肉・魚を使わずとも彩り豊かで美味しい食事だった。家族の一員になるためには、特別な手続きなどは必要なく、上記のようなほとんど個としての生活がないことを容認できるのであれば誰でも家族になることができる。
□有機農業
約15haの畑を所持していて、そこで約260品目の作物を生産している。このように少量多品目の生産ができるのも、農業をしているのが、金銭を得るのが第一義ではなく、あくまで自分たちで自給自足するためだからだそうだ。ただ、それでも余剰の作物ができるので、それらは近隣に販売もしていてそれが貴重な金銭的収入源となっている。年間約数千万円の売上になり、一人当たり年間80万円程度分配される。そのうち、30万円ほどが生活費としてファミリーに回収され、残りが個人の貯蓄として蓄えられる。教育費などは、その出資されたプールから出資されている。
栽培方法として特徴的なのは「木の花菌」と呼ばれる独自で培養しているEM菌を利用していることで、鶏舎などはほとんどにおいがしない。また、肥料や飼料などはほとんど外部から購入はせずに、内部で自然の摂理にのっとって循環できるサイクルが完成している。
こういった共同生活や、有機農業を通すことで、一人当たりの環境負荷は、通常の何倍も抑えられている。
□精神性
そして、木の花ファミリーが他のエコビレッジと比較されるときに大きく評価されるのが、よりよい生き方を皆で追求している、ファミリー曰く「精神性」の面である。そもそも共同生活や有機農業を実践しているのも「心を磨く」ためであり、数多くのエコビレッジがその共同生活を2~3年で崩してしまっているの対して、15年以上も調和の取れた形で継続しているのが、成員がよりよい生き方を追求しているということを柱にしているからだという。
端から見ると一見宗教じみている、と感じなくもないのだが、実際その家族の中に入ってみるとそんな感じはしなかった。
それぞれが日々の生活それ自体に感謝をして、ごく当たり前にあることから自然の摂理を見出している、そんな感じだった。また、自我を封鎖して徹底的に共同生活を送るとはいうものの、なんらかの形で自我も発生して、集団の中での問題も生じる。それを解決してよくしていくための機能として、毎晩「大人ミーティング」というものを開催している。
そこでは、今日発生した問題や、そのときの自分の心境などが、包み隠されずに報告される。他のメンバーはそれに対してやはり包み隠さずに、思いのたけをぶつけていき、お互いにもっと改善できるところを見つけていく。
ファミリーの人たちと話すと、その素直さや屈託のなさに正直驚いていたのだが、みんなでよりよい生き方を追求していこうと本気で思って実践していることが、確かに伝わってきた。
そして、人々の意識のありようが、今の社会のあり方や問題の発生の根底にあり、意識を転換・改善していくことが最も大切というファミリーの言葉は印象深かった。
木の花ファミリーの自分たちの人生をかけた新しい生き方の提示は、時として異端児扱いをされることもあるようだが、みんなの2歩先を歩むものたちとして、そのことも受け入れてしっかりと生きていて、その生き方はとても感銘を受けた。市場社会の中でも、あるべき社会の姿を見据えて、その意識から生み出される社会を実体化して、精神的にも肉体的にもとても豊かな生活を送っているファミリーの様子には、新しい時代への可能性を大きく感じさせるものがあった。
(以上引用終わり)
木の花ファミリーにおけるキーワードは、
・利益目的から脱市場へ
・私有から共有へ
・個から共同へ
・自我の封鎖
などであり、単なる”脱市場”だけではなく、”脱私権”も目指すという、価値観(=意識)の変化も目指しているところかと思います。
そして最も力を入れているのがこの精神面であり、「社会は人々の意識によって成り立っている」ことを明確に把握しているからこそ、>意識を転換・改善していくことが最も大切<だとし、”自我””私権”を捨て去ることに注力しているのではないでしょうか。
- by saah
- at 10:00



comments
>みんなが家族であるので、子どもたちは、生みの親こそいるものの、特定の個人の子どもではなく、皆の子どもとして育てられている。
現代の市場経済(≒私権)社会を、忌避して新たな試みが15年続いていることがすばらしい。
そして、子供も居ると言うことは、次世代にも引継がれていこうとされていると言う事。
このグループでは、集団外字継続していく為の、基本課題である男女関係(=性)はどうなっているのだろうか?
そこが知りたいところです。
快楽に落ちて行かない方法があるはずですが、
それは何でしょうか?
いちもんなしさん、コメントありがとうございます。
>このグループでは、集団外字継続していく為の、基本課題である男女関係(=性)はどうなっているのだろうか?<
気になるところですね。
「私有」意識を捨て、子供はだれの子であってもみんなで育てるというところは分かったのですが、婚姻関係についてはブログの他のページを読むと、「メンバーの結婚式は共同体挙げてのお祝いをしている」ようなので、普通の一夫一婦制のようですね。
男性20代さん、こんばんは。
おっしゃっているのは「性の快楽」のことでしょうか。
詳しくは分かりませんが、このコミュニティー創設の当初の目的意識の一つが、「市場社会の大元にある『私権(=あらゆる私益)追求』の弊害」を何とかしたいということだと理解しています。
ですから、もともと私益の一つである「快楽追求」は参加者の目的から外れているのでしょうね。
saahさん、こんばんは。
私の言葉が少なく申し訳ない。
「性の快楽」もありますが、
自給自足出来る葉っぱの依存もあわせて「快楽」
としてしまいました。
自分では現代思想を、
言葉でうまく説明できませんが、
現代思想にどっぷりつかっていて、
失敗してる私には、
そういう事が羨ましくもあり、
そして、私がそこに居る事はできるのか?
出来ないんじゃないか?と思ってしまう。
男性20代さん、
なるほど、こちらこそ理解が足りませんでした。
確かにただのユートピアであれば堕落してしまう可能性もあるわけで、そうならない為には、参加者全員に何かの「目的意識」が必要なように思います。
所謂、活力源ですね。
私もまだ理解不充分ですが、この辺は是非調べてみたいですね。
“お互いにもっと改善”と言うのはそれ自体が充足課題なんでしょうね。
また、それが段々と集団の規範になって行く・・・。
そう考えると、やっぱり本来、規範と言うのは集団にとっての充足規範なのだと思います。
異端視を受けながらも、市場社会において一定の評価も得ていることは、これからの社会にとって必要な何かを持っているということだと思います。(潜在的には感じるが、みんなの意識として顕在化していないという点で2歩先を歩んでいる?)
しかし、残念なことにこれからの社会を「どうする?」という実現態が見えてこない。逆に今の社会に背を向けて自分たちだけの理想郷を作っているような感は拭えません。
だからこそ、現実を直視し、みんなの意識を顕在化させる『観念化(理論)』とそれらを広めていく『ネットワーク化』が不可欠なのだと思います。
「木の花ファミリー」、HPを覗いてみましたがとても興味深い家族というか共同体だと思いました。
こうした農業共同体、各地でどんどん増えているのでしょうか?
気になるところです!
なるほど、Rさんのおっしゃる様に、”お互いにもっと改善”することで、よりよくなることの充足を感じるから、それがまた新たな活力を生み出しているのではないか、ということですね。
オールグリーンさん、『ネットワーク化』することで、外の世界とも繫がりを保ち、閉鎖的にならないようにすることが必要ですね。しかもそうする事で互いに刺激し合い、中身が洗練されてより進化して行くのだと思います。
それにしても>みんなの意識として顕在化していないという点で2歩先を歩んでいる?<という提起は大胆ですね(笑)。
yama33さん。最近の動きとして増えているのかどうかは私もわかりませんが、「エコビレッジ」ということでは興味関心も高まりつつあるようで、同様の試みはあるようです。
しかし、大多数は数年で沈滞化してゆくのが多いそうで、発展してゆくには「エコ」とか「カタチ」だけの共同体ではない、求心力、統合力が必要なのでしょうね。
検索“修行”しておりました道中、貴HP(道場)へ立ち寄った者にて候。
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現代の女性に求められる「女性の品格」の源は武士の妻女の品格、気品です。
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