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2016年03月16日

人類の道具の進化史~従来説よりも早くから人類は道具を進化させていた

『別冊日経サイエンス 化石とゲノムで探る人類の起源と拡散』「創造する人類」(H.プリングル)「祖先はアフリカ南端で生き延びた」(C.W.マリーン)の要約。
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人類の創造性は、出現から数百万年間さしたる進歩を遂げなかったが、人類が発明や芸術などの創造性を獲得した時期は,4万年前の後期旧石器時代の初頭であると従来考えられてきた。ヨーロッパにいたホモ・サピエンスが様々な石器や骨角器を作り始め、貝製ビーズのネックレスで身を飾り、洞窟の壁に動物の絵を描いていた頃だ。そうした発見から、その頃に起こった遺伝子突然変異が人間の知能を一気に飛躍させ、「創造の爆発」を引き起こしたという有名な学説が生まれた。しかしこの10年ほど、はるかに古い考古学的証拠が見つかり、人類の創造性の起源は、ホモ・サピエンスが出現した20万年前よりもさらにさかのぼることがわかってきた。

340万年前 石器による切痕がある動物の骨(エチオピア・ディキカ遺跡)

260万年前 剥片石器(エチオピア・ゴナ遺跡)石を打ち欠いて作ったチョッパー。動物の死体から肉を剥ぎ取るのに使われた。

176万年前 両刃の石器(ケニア・トゥルカナ遺跡)

100万年前 火を使用していた証拠となる焼けた骨や植物(南アフリカ・ワンダーウェーク洞窟)
       ホモ・エレクトスが暖をとり、動物から身を守るために火を起こしていた可能性。

 50万年前 木の柄に取り付けたとみられる尖頭器(南アフリカ・カサパン1遺跡)
      ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの共通祖先ホモ・ハイデルベルゲンシスが使用。

 20万年前 ネアンデルタール人がカバノキの樹皮を原料とするタール状の接着剤で木の柄に石の薄片を固定し、柄付きの道具を作成。

19.5~12.3万年前の間、寒冷化と乾燥化のせいで、アフリカ大陸の大半は、動植物が姿を消した。人類が暮らせたのは、ほんの数カ所の草原や地中海性低木地帯だけだった。アフリカ南岸は、冷たいベンゲル海流の湧昇流による栄養豊富な水と温かいアガラス海流のおかげで貝類が豊富な上に、ここのフィンボス植生地帯だけに生える可食食物もあり、人類がこの気候変動を生き延びるための数少ない避難所の一つとなった。

16.4万年前 細石刃と熱処理された石器(南アフリカ・ピナクルポイント遺跡)
  南アフリカ・ピナクルポイントの洞窟PP13Bでは、貝やアザラシやクジラの骨が発掘された。16.4万年前から海産物の採集が行われていた。貝類を採集する上で、アフリカ南岸沿いで安全に十分な収穫が得られるのは、大潮の干潮時だけ。しかも、潮の干満は月の満ち欠けと関係しているので、毎日50分ずつ遅れてゆく。ビナクルポイントの人類は、月の満ち欠けと干満の関係を把握し、それに合わせて海岸に貝を採りに行く日を決めていた。
  彼らは異なる材料を組み合わせた道具を作成していた。石器の中には、かなりの数の細石刃(剥片石器)があるが、手に持って使うには小さすぎるので、これらは木の柄に固定して、投擲武器として使われた。 シルクリート(珪質礫岩)と呼ばれる地元産の岩石を火にかざして加熱し、加工しやすい光沢のある材料に変えていた。
  未加熱のシルクリートは粒子が粗く、細石刃を作ることはできないが、加熱することで細石刃を作ることができる。彼らは加熱によって原材料の性質を大きく変えられることを知っていた。シルクリートの細石刃を作るには、まず温度を保つための砂場を作り、350℃までゆっくりと上昇させてからしばらく温度を一定に保ち、その後ゆっくりと温度を下げてゆくといった、複雑な手順(工程)が必要になる。手順を考えて実行し、技術を次の世代に伝えるには、言語が必要だっただろう。

  また、PP13Bの最古の地層で発掘したレッドオーカー(酸化鉄)には、粉末を作るために削ったりこすったりした跡があった。その細かい粉末を動物の脂肪などの接着剤と混ぜ合わせて、身体の表面に塗りつけることができる顔料を作っていた。

10~7.5万年前 模様が刻まれた黄土(酸化鉄)(南アフリカ・ブロンボス洞窟)
   黄土の塊に模様を刻み、骨をピン状に加工し(皮の衣服を作るために使われたと考えられる)、
   キラキラ光る貝製ビーズのネックレスで身を飾っていた。また、粉末にした紅土をアワビの貝殻でできた容器に収めた。

7.7万年前 虫除け効果がある寝具(南アフリカ・シブドゥ洞窟)
   多種多様な樹木から1種類の葉で作った寝具。その植物には、病気を媒介する蚊に有効な天然の殺虫成分が微量に含まれている。
   洞窟から出土した尖頭器に付着していた黒い残留物は接着剤で、尖頭器を木製の柄に固定していた。

7.1万年前 飛び道具の先端部(南アフリカ・ピナクルポイント遺跡)

4.3~4.2万年前 楽器のフルート(ドイツ・ギーセンクレステルレ洞窟)

4.1~3.7万年前 洞窟絵画(スペイン・エルカスティーヨ洞窟)

4~3.5万年前 造形美術品(ドイツ・ホーレフェルス遺跡)

なるほど、4万年前のヨーロッパで人類の創造性が爆発的に進化したという従来の説は、白人の優越性の演出だと考えられる。実際は、もっと早くから人類は工夫思考によって道具を進化させてきたと考えた方がよさそうである。

但し、出典文中には次のような一文があるが、これは見当違いであろう。
「7.7万年前のシブドゥ洞窟にはアンテロープ(レイヨウ)の骨が散在。小さいアンテロープを捕らえるために罠を考案していた。洞窟から出土した尖頭器のサイズや形、磨耗パターンから判断すると、アンテロープよりも危険な動物を仕留めるために弓矢を作っていたと考えられる。」
洞窟の中からレイヨウの骨が出てきたとしても、屍骸を拾ってきたにすぎない。7.7万年前に弓矢が発明されていたならば、人類は洞窟に隠れ住む必要がなく、地上(野や森)に進出していたはずだからである。

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