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2017年05月02日

学校、家庭、地域を結ぶ教育イノベーション

安部首相が「働き方改革」に力を入れるなか、学校教員の多忙な勤務状況に関するニュースがあった。

年間で5000人前後もの教員が精神疾患で休職している状態では、由々しき問題だ。
教師は児童生徒にとっては社会の入口となる存在、教員が疲弊しているようでは教育改革どころではない。
というより、教師の在り方、働き方も含めた教育改革が必要だ。
もっと言えば、学校(児童生徒・教員)、家庭(親)、地域・企業の三方良しの改革が必要。

振り返れば、江戸時代の寺子屋では三者の関係が当たり前のように、連携していた。
現在は家庭が教育機能を失い、それどころか学校に押し付け、放棄していまっている状況。
どうしてこんなことになったのか、あらためて整理しておきたい。

 

るいネットより
①市場の拡大によって、闘争の場(職場)と生殖の場(家庭)が分断された。
かつての農村社会においては、家庭は生産集団そのものであり、老人から子どもたちまで仕事役割があった。
農村から都市への流出、核家庭化の進行により、村落共同体は消滅した。
闘争と聖職の場が分離した集団というのは、生物史上かつて無かった極めて異常な状態である。

②かつ、マイホーム主義、個人主義の浸透により、家庭が絶対不可侵の聖域となったことによって、
家庭には何の圧力も働かなくなり、その結果、家庭は子供を教育する資質をほぼ全面的に喪ってしまった。

③’70年貧困の消滅に伴い私権統合が衰弱した結果、(私権)規範が衰弱。
とりわけ老人と共に農家時代の諸規範が家庭から消え去った’90年以降、親(大人)は拠り所(答え)を失い、叱る自信が無くなり、
教育不能の問題が顕在化した。

④私権衰弱により社会は深層では共認原理に移行したが、結果マスコミ(学校)による共認支配が強まり、「個性第一」「人権第一」
といった個人主義思想が刷り込まれた。
結果、親自身も叱るどころか「人それぞれ」→「自分のやりたいことは自分で探しなさい」と自己中化、無責任化した。
教育にとどまらずしつけまでも学校に押し付けるのは当たり前の風潮となった。

このような結果、家庭は圧力不在の過保護空間と化し、子供達には何の圧力も働かず、
自我肥大→集団・社会を対象化できず→学級崩壊や不登校等の秩序崩壊が進行した。

 

加えて、学校においては教科書絶対、教師絶対の圧力のなかで、子供たちは自由な思考を奪われ、テストの為の勉強に追われ、
気づいてみれば、言われたことしかできない、自ら考えることの出来ない思考停止人間が量産されることとなった。

教育をめぐる問題は、同時に家庭の問題であり、地域の問題である。
教師も含めた学校、家庭、地域を丸ごと含めた教育イノベーションが急務な課題である。

 

小中の教員、週60時間勤務 先生の悲鳴が聞こえる
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文部科学省が小中学校の教員の勤務実態調査を公表した。
全国の公立小中学校から抽出した約1万9000人の結果で、10年前との比較も示された。

小中学校とも勤務時間は延びている。
1週間の勤務時間は小学校が4時間余り延びて57時間25分、中学校でも5時間余り長くなり63時間18分だ。
忙しさに拍車がかかっている。

週約60時間もの労働実態だ。
いわゆる「過労死ライン」に達する計算となる週60時間以上の勤務は、小学校で3人に1人、中学では6割近くに上っている。

国際機関の調査では、先進諸国の中学教員は平均すると週約38時間の勤務で、日本は突出して長い。

長時間勤務の大きな要因は、授業時間数の増加と部活動指導だ。

いわゆる「ゆとり教育」で学習内容が削減された学習指導要領が改定され、
小学校低学年では週2コマ、それ以上は週1コマ授業が増えた。準備のための時間や成績をつける時間も増える。
少人数指導が広まり、先生が受け持つ授業も多くなった。

中学では休日の部活動の指導時間が倍増し、平均で2時間を超えている。
大会等に向けた指導でつきっきりになっている姿も浮かび上がる。

年間で5000人前後もの教員が精神疾患で休職しているのが現状だ。
教員増とともに、外部の支援や仕事内容の見直しが不可欠だ。
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