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2017年07月13日

鎌倉・室町、神聖な場「市」から発展した自治都市

『新しい歴史教科書-その嘘の構造と歴史的位置-この教科書から何を学ぶか?』「第2章:中世の日本」批判21を要約しました。

(1)「神聖な場」としての都市

①市と市の守護神を中心として成立した中世都市

中世の都市は、有名な寺社門前の市や宿、港に商工業者が集住して成立しただけではない。各地の街道の辻などに栄えた市も次第に宿の機能を併せ持つようになり、都市へと発展していった。また港町も、海の道に沿ったものだけではなく、川や湖の沿岸にも数多く誕生した。つまり中世の都市は、市を中心として発展した。

市は交通の便の良い、商品の交換に便の良い場所だけではなく、かつどの世俗権力にも属さない「聖なる」場所に開かれた。商品を交換するという行為は、商品に込められた生産者の魂を抜いて購入者の魂を入れ替えるという行為であり、従って、商品の交換は「聖なる」場で行われる必要があると考えられていたからである。実際、市が開かれたのは、辻や河原・中州などの「無主の地」であった。だから市には必ず「市神」が祭られていた。市を立てる前にまず「市神」を勧進し神を祭る祭祀を行った上で、市の場に建屋を設けて商売の場を作った。従って、市には守護神としての寺社が必ず存在した(「市神」=仏の場合もあった)。

市の開かれた場が「神聖な」場であったゆえに、市を基盤として成り立つ(中世の)都市も「神聖な」場と観念されていた。

②古代都市の中世都市への変貌
京都や奈良・鎌倉、各地の国府は古代では役所が都市の中心だったが、律令国家や幕府権力の衰退によって、都市の中心は鎮守である寺社とその周辺の市が占めるようになり、市場と鎮守の寺社を中心とした中世都市へと変貌した。

古代の京都は役所と貴族の邸宅から成り、市は、平安京南部の東西の市以外にはなかった。しかし律令国家の衰退とともに、京都の中心は内裏ではなく寺社、それも大衆的な信仰を獲得した寺社に移り、その寺社の門前で寺社地内の街路沿いの空き地に間借りするという形で商工業者の店=棚が出き、それが市町となって発展した。

中心となった寺社は八坂の祇園社や北野の天神社、そして洛中の六角堂や革堂や阿弥陀堂など。中世の京都は寺社門前の市町の集合体となった。政治権力の所在地すら市町の周囲に移動した。院政期の白河や鳥羽、鎌倉時代の六波羅や室町幕府の室町御所。これらは寺社門前町の周辺に建てられ、そこに住む商工業者と密接な関係を持った。
平安遷都後の奈良も興福寺・春日社の門前の市町として発展したし、鎌倉も鶴岡八幡宮と大町の祇園社門前の市町として発展した。大宰府の外港として発展し大宰府政庁の統治下にあった博多や和泉・河内の守護所が置かれその統治下にあった堺も同様な経過を辿って、市とその守護神を中心とした中世都市に変貌した。
中世都市そのものが「神聖な」場であったのである。

③「神聖」な権威との結合
神聖な場であった市町は、自治都市となってゆく。

市町から発展した都市は、それ自身が神聖な場であり世俗の権力に属さない場であった。都市を領有したのは「神聖さ」を兼ね備えた朝廷や寺社、そして幕府であり、「領有」すると言っても直接的支配ではなくて諸々の税を免除し、都市に住む商工業者の「座」の自治に委ね、それから種々の公事を徴収するという程度のものであった。

このため、世俗の権力である地頭や守護は都市に介入する事も許されず、地頭・守護の家臣が都市に住む事も許されず、都市は早くから都市住民の自治によって統治されていた。早いものでは平安時代末期に、遅くとも鎌倉時代には、諸国の都市において住民の「座」的結合が見られた。住民の「座」によって統治された都市は、朝廷や寺社の権威を背景として武家権力(地頭や守護)の介入を阻止できた。都市に住む商工業者の多くは朝廷や有力寺社の供御人・神人や寄人となってその権威を背景として商工業の独占を図る特権を手に入れ、武家権力とも対抗していた。

※住民の座にも様々な形があった。
地方の都市では、住民の有力者は自治的な村と同様に「侍」を名乗り「殿原衆」と呼ばれて多くの下人を抱え、中には御家人であった例すらある。博多・京都・鎌倉・堺などの都市では、このような「侍」層は見られず、「町人」と呼ばれる商工業者による自治都市の成立は室町時代から戦国時代と、他に比べれば比較的遅かった。

都市を領有する権力そのものが神聖な性格を帯びており、都市を動かす住民の「座」組織も「一味同心」であり神聖なものだった。この都市が持つ神聖さがその財力とともに自治の基盤でもあったのである。
この中世都市の神聖な性格と自前の富と武力を背景として、室町時代から戦国時代にかけて「楽市楽座」を掲げて、市場税も座の特権も認めず、朝廷や有力寺社からも自立した「自治都市」が各地に出現した。

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