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2017年08月03日

非農業民と天皇制

「歴史ちょっとだけ 網野史学(3)非農業民と天皇」の要約です。

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中世日本史を追求した網野善彦氏は、中世前期に於ける非農業民に注目、非農業民と天皇制の関係を論証した。

網野氏は、従来の歴史学の農業重視の姿勢、「日本は農業国」「百姓=農民」と言う常識を批判し、中世前期の非農業民に目を向けた。

山野河海等は元々「無主」の地であり、そこを生業の場とする非農業民は農地を占有する農業民と利害が対立しする。それら非農業民が「寄人」として11世紀以降、生業の保護を求めて中央官庁、権門等社寺に身を寄せる。その権門の性格に応じて供御人、舎人、供祭人、神人、悪僧などの呼称が生まれる。これらの集団は一ヶ所に集住していたわけではない。また、自らの階級構成を持ち、特定の権門に隷従していた訳ではない。非農業民は私的隷属民ではなく自由民としての側面を持つ。

では 何故多種多様な非農業民が他の権門ではなく供御人の名を求めて天皇に結びつく事になったのか。非農業民と天皇の接点は何か。

【1】律令制下「公私共利」の地として人民の本源的権利の行使のままに委ねられていた山野河海などが8世紀以降分割、制約を受けるようになる。元々は本源的権利だったものが一個の特権として、改めて天皇が直属する贄人等に与える。山野河海分割の新たな体制化(荘園公領制)の下で、この特権は供御人の「自由通行権」「国役免除」「給免田付与」に形を変える。

【2】山野河海の多くは人力の及ばぬ「無所有」な自然の状態にあり、人間にとって畏敬・畏怖する他無い神仏の力が強く投影する「聖なる世界」であった。その「聖なる世界」に生業を持つ海民、山民等が神・天皇に海の幸、山の幸の「初尾」を貢進・奉仕する。その見返りに彼らは神人、供御人として保護され、平民とは異なる「聖なる存在」の地位を得た。

【3】非農業民が生業を営む場は「無縁所」「公界」として、荘園領主からの自由・平和領域を形成する。神仏・天皇に直属する芸能者(技術者・宗教者・呪術者など)が神人・寄人・供御人・神奴・寺奴として平民とは異なる衣装、被物、杖などを持つ「異形」の民として、天皇から与えられた自由特権の下に、芸能・交易・金融活動に従事する。前世紀に活躍した権門から請け負う徴税人の受領郎や農場雇われ経営者としての田堵と言った職業人は姿を消し、農業とは完全分離した「芸能民」=非農業民は公的に給免田を保証され「芸能」で「公」に奉仕する事になる。

また、交易は武装を伴った。これら非農業民勢力はその後、後醍醐王権擁護の独自の軍事勢力になってゆく。

●非農業民と後醍醐天皇の関係
14世紀の後醍醐は、王朝国家体制における官司請負制や官位相当制と家格の序列、職の体系を全面的に否定。古代以来の議政官会議(太政官の公卿の合議体)を解体し、個別執行機関の総体を天皇が直轄する事を基本的な改革目標とした。

網野氏は、当時の絵巻物に描かれた職人、検非違使、悪僧、非人達の婆娑羅的風俗から、彼らの異類異形ぶりを読み取るとともに、同時に、その生き生きとした描写から 恐れられる事はあっても決して差別された存在でなかったと論証する。

後醍醐に最も大きな影響を与えた妖僧文観。楠木正成を後醍醐に近づけた異類の僧正である。
文観は算道を学び、卜筮を好み、専ら呪術を習い修験を立て、呪術訛文を通じて後醍醐に近づき、ついに僧綱にまで列す。また、律僧でありながら破戒無慚で武勇を好み兵具を好む。そして後醍醐は文観を通じて 文観や検非違使庁配下の異類異形の悪党、職人的武士達、非人をその軍事力として動員し、内裏(政権の中枢)に呼び込む。後醍醐に動員され直属武力になったのは この様な自由狼藉の世界の住人達だった。

また、後醍醐は現職の天皇でありながら、自ら法服を着て護摩を焚き、真言密教の祈祷(鎌倉幕府調伏の祈祷)を行った。

この異形の王権は何故、現出したか?

鎌倉幕府が成立して以降、14世紀初頭、天皇家支配権は九州を除く西国にしかなかった。加えて 後嵯峨死後の大覚寺党VS時明院党間の抗争、王朝支配体制としての職の体系の揺らぎ、貨幣経済浸透。
天皇制崩壊の危機に直面した後醍醐が賭けに出た。そして、密教の呪法、異類の律僧、異形の悪党・非人までを動員し、後醍醐は新たな直系の創出、天皇専制体制樹立に向かう。洛中商工民を直轄下に置くべく大胆専制的施策、幕府の西国交通路支配に対する挑戦としての関所停止令、唐船建造に見られる中国への関心、貨幣鋳造。

しかし、後醍醐の大いなる妄執の結果とも言うべき南北朝動乱によって 東西の王権は二つながら瓦解する事になる。

聖なる存在としての天皇と切り離しがたく結びついていた神仏(大寺社)の権威の低落、変質。

頼るべき権威を失った武士、商工民、百姓達の中から自治的一揆、自治都市、自治的村落が成長する。商工民、芸能民は世俗的な権力(将軍、守護大名、戦国大名)などに特権の保証を求める一方 職能を通して実利を追求し、富の力によって「有徳」の道を開いていった。自治的な都市はこうした人々によって形成されていく。

元々、聖なる存在である天皇の奴婢となる事によって自ら平民と区別された聖なる集団としての特権を保持していた給御人、神人、寄人。これら聖なる非農業民(芸能民、海民、非人、河原者たち)の一部は、職能自体の「穢」もあって社会的に蔑視されるようになった。「聖なる異人」としての平民との区別は差別に転化する。聖から賤への転換である。

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