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2020年11月26日

日本人の性意識はどうなっているのか? -8

前回は、女性本来の持つ充足性を、「いい女」の代表例として挙げられることの多い夏木マリさん、岡本敏子さんの記事を通して探った。自らが充足感あふれる存在のみならず、その充足感がまわりに伝搬することが共通点としてあげられる。そして徹底して「相手第一」を基本に感じて、考え、行動する。一見すると「相手」とは固定して閉じた関係に見えるが、彼女たちの意識は、その相手の背景にある闘いや安息の場、集団、そして社会、果ては宇宙全体にまでつながっている。そこにこそ性の本質があるといえる。

現代人に欠けているのは、この集団、社会や時空総体としての宇宙とのつながりであろう。すべては原初、混然一体としたものから生命が発している。本来の性はあらゆるものとつながる感覚が呼び起こされると言われる所以は生命原理そのものであるからに他ならない。

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今回は、部族共同体として現在も色濃く残るポリネシアの人々の事例を紹介したい。

 

男と女の新しいカタチ7~ポリネシアの人々♪男と女の充たし合いは充足エネルギーの交換~

(略)

男女の役割では、漁労や男の人が担い、漁労に使う網を編んだり、主食のタロイモetcの根菜をとってくるのを女の人が担っていました。外圧が低いため生産や闘争よりも、男たちも女たちも性欠乏が高まり、『性が第一』という規範が集団内ができました。

だから娘たちは奔放にセックスを楽しんだり、他部族や異国の客に対しても性的に歓迎(喜んで自分の妻や娘などを提供)もしていたそうなのです。

すごいですね。

■婚姻様式
↓ポリネシアの男と女
ポリネシア系タヒチ人 兄妹婚で、集団内の実の兄弟姉妹の雑婚。簡単にいうと、男にとって姉妹とは全て自分の妻であると同時に兄弟の妻であり、自分の子と兄弟の子を判別するのは不可能なので、全て自分の子となる。また、ポリネシアンセックスがとても有名です。

静か~に動かず、ゆっくりとした時間の中でお互いの命の声を聞きながらお互いのエネルギーを交えてオルガズムを得るというという愛の形。

 

 

 

 

 

■世界観
ポリネシアにはこんな神話があるそうです。
>ポリネシアの島々では、神の世界創生の物語が神話として語り継がれています。
『あるとき貝殻の中の暗闇に厭きた神様が、貝のふたを持ち上げて空を創りました。そして残りの半分を砕いて岩と砂をつくり、自分の背骨を山脈を、内臓で雲を、筋肉で肥沃な土地を、手足のツメから海の生き物をつくり出し、最後に人間を創造しました』

>このような世界創生の物語を背景に、ポリネシアの人々は万物に“マナ”という超自然力=生命エネルギーが宿っていると考えます。そして神の体から創られた世界と、おのれの体も同じ“マナ”持っており、それを分け与えたり、取り込んで、各々が生きる力を蓄えるという世界観をもっているのです。

>セックスは“マナ”の交換であり、生命エネルギーの交流が“性の充足”の原点だと捉えているのです。

>ポリネシアンセックスは、じっと抱き合い、身動きすることなく沸き起こってくる快感の波に身をまかせ、2人の体が完全に融合する感覚がその極意であるといわれています。しかしその融合は決して2人の間だけのものではなく、“マナ”を持つ全ての人、生き物、そして自然との融合をも意味していて、彼らにとってのセックスは、豊かな自然界との交流そのものではなかったかと考えられます。

>自然も人間も我が身も全てを同一視し、全てが“マナ”という充足エネルギーを湛えた存在として肯定視する彼らの意識は、性の再生を模索する私たちにも貴重なヒントを与えてくれそうです。
自然とも動物とも人間とも・・・
みんなとつながっているという感覚はオーストラリアのアボリジニと一緒。
だから特別誰が好きとかでなく、婚姻も性もみんなと受け入れて交わることが出来る。
男と女の関係って自然や世界の捉え方と深く関係しているみたいですね。

 

そして、当ブログの過去記事もご参照あれ。

日本婚姻史に学ぶ共同体のカタチ シリーズ2‐④「縄文の源流をタヒチにみる ~性は日常・性は充足~」

 

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