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2019年5月23日

2019年05月23日

自然の支配視→分子時計をはじめとする生命機械論

分子時計による年代推定は当てにならない
この分子時計説は、生命を機械と見做す生命機械論が前提となっている。
「分子時計」という言葉がその象徴である。分子の変異速度一定という発想も、分子を一定速度で時を刻む機械時計と見做しているからこそ生まれる。
では、この生命機械論はどのようにして西洋で登場したのか?

以下、『Study Support』第4講 機械論的自然観 人間中心主義」「第7講 西洋自然観の変遷」によれば、西洋の自然観は次のように変遷し、生命機械論は17世紀のデカルトが創始したとのこと。

【古代ギリシアの自然観】
アリストテレスは、あらゆる自然的事物は、事物の素材の内部には、それがどのようなものかを決める性質(形相)がある。物の素材はその形相が正しく立ち現れるように、その目的に向かって絶えず運動し発展している。この「目的に向かって絶えず運動し発展している」ものが自然であり、人間も運動し発展し続ける自然の中の存在にすぎない。
この自然観では、自然は人間を離れて独立して存在するものであり、それ自体が常に目的に向かって生成・発展・運動していく生命あるもの(有機的自然)である。但し、自然は人間と離れて自立して存在するといっても、近代的二元論のように対立関係にあるものではなく、人間は自然の内部に包み込まれる。

【中世キリスト教の自然観】
自然も人間も神によって造られたものだが、神は自然を支配して統治するものとして人間を造ったとしている。神の下に人間、その下に自然という階層になっており、自然は人間の利用のために創られている。この「人間は自然を利用するものである」という考え方が近代合理主義自然観につながる。

【近代の自然観=自然を支配するための機械論】
中世までは自然の中にある種の目的や意志が宿っていると考えられていたが、自然は定められた法則通りに動くだけの、巨大な機械と捉えられるようになった。そして、自然はすべて微小な要素(原子や分子)などから構成され、それが定められた法則どおりに動くだけなので、人間は自然を一つ一つの要素にバラバラに分解することができるという要素還元主義が生まれた。
デカルトの物心二元論によって自然は人間と対立するものとされ、「中心」に位置する心や精神を持つ人間は、心や精神を持たない「周縁」の自然を要素に還元してその原理や法則を発見し、自然を征服していくことが人間の知性の勝利であるとされた。
こうして、人間が自然を一方的に支配し加工し搾取する人間中心主義=自然の支配視が登場した。

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