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2007年04月07日

出自規則の転換要因

ミクロネシアの諸社会においては、出自規則の中に母系父系の流れが混在しているように見えます。これは、元来母系制であった出自規則が父系制へ移行、あるいはその解体過程の形態であるとする説があります。
その代表格として、アメリカの文化人類学者G.P.マードック(1897~1986)を紹介します。
彼は世界中の200以上の民族集団を調査し、主要な生産形態と出自(母系父系・双系)の相関関係を研究したことで知られています。マードック研究成果を、以下の資料を基に整理してみました。
(参考資料)
『ミクロネシアにおける土地所有体系と出自集団の関係』(有道純子)
『出自の規則』(蛭川立)

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マードックは、社会構造(とりわけ生産形態による性的分業)が変化し始める時、何らかの環境条件によって居住規則(母方居住or父方居住)が変化する。これによって親族の地域的な配列が変化し、出自規則に変化が起こる。これが社会組織の変化の大まかなプロセスであると考察しています。
母方居住の要件
性的分業において、女性の活動が重要である場合は母方居住であることが一般的である。殆どは狩猟と採集に依存して社会に農業が導入された場合で、農業はふつう女性の仕事とされているので、女性の経済貢献度を男性より引き上げることになる。従って、低次の農耕民族では、母方居住と母系出自が一般化していく。
その他の条件として、動産を持っていないこと、平和だったこと、政治的統合が低水準であったことが挙げられる。

父方居住の要件
父方居住は、男性の地位・重要性・影響力を著しく高めるような変化、特に基礎経済の変化によって促される。例えば遊牧経済の導入、家畜を使った土地耕作、獲物の豊富な地域での狩猟などである。これらは性的分業において男性の役割を高めるのもである。
次に考えられるのは、男性が動産を蓄積した場合で、これによって花嫁代償として妻を引き取ることが出来るようになり、相続が母系から父系へと移行するようになってくる。
他にも、戦争、奴隷制、政治的統合も父方居住を促すものとして挙げられる。

●性的分業と婚姻の制約
マードックは世界中の224部族について、両性間の経済活動の配分を調査している。その結果、女性に割り当てられる仕事の殆どが家の中、もしくは近くでなされ、地域についての詳しい知識を必要としないのに対し、男性の仕事は放牧・漁労・猟など、地域社会とその周辺にある資源の所在について、完全な知識が必要とされる傾向があることが分かった。
従って、結婚による居住の変更によって地域社会を変更しなければならない場合、女性より男性にずっと大きなハンディキャップがかかってくる。何故なら、今までの知識が無駄になり、新しい環境で知識を蓄えていかなければならないからである。

●母系性から父系制への転換
従ってマードックは、生産形態(そこから派生する性的分業と居住規則)の変化から、母系社会から父系社会へ移行する傾向があるとしている。ただし、
①すぐに父方居住・父系出自社会に移行する場合もあれば、
②オジ方居住を採用して出自は母系のままである場合や、
③父方居住だが母系は維持され双系出自や二重出自になる場合もあり、
多様な形態がある。

以上のことから、ミクロネシアには多様な出自規則が存在しているのではないかと思います。
マードックさん、いろいろ調べてくれてありがとう。
そして、これを読んでくれた方ありがとう。(^^)ゝ byまつひで

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アボリジニの収穫物の分配について

アボリジニの特性について、収穫物の分配という観点で考えてみたいと思います。
アボリジニの社会では、収穫物の分配において厳密な諸規則が存在し、現在でも守ら…

面白い報告ですね。
私たちがとらえる「気前のよさ」と、アボリジニの「気前のよさ」は、根本的に違う気がします。
私たちには、「これは自分の物である」という所有意識がまずありき。場合によっては、所有する「権利」意識みたいなものがあると思います。
すると、自分の物を他人に分け与える行為とは、その権利を放棄する行為。手元に残しておきたい思い(所有意識)を嫌々放棄して、他人に分け与える、というマイナスの意識が「気前のよさ」の出発点にあると思います。
アボリジニは「気前がいい」と評価したのは、所有意識を前提とする欧米の学者ですからね。
一方、当のアボリジニは自分の事を「気前がいい」などとは、思っていないんでしょう。
「分け与えること」が美徳(評価の対象)。あるいは、皆が分配し合うことが規範になっている。だから、所有意識が薄い、もしくは、ほとんどない状態なんじゃないでしょうか。
謝意を表す言葉を持たない、というのも、この辺の規範から来ているのではないかと思います。
いずれにしても、
彼らアボリジニは、厳しい自然状況のなかで、相互依存する関係を「当然」として生きているのだと思います。
これって、ひとつの統合された姿ですよね。

  • 2007年5月9日 11:11

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