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2009年11月13日

始原人類の婚姻制(6) 狩猟民族の勇士婚

シリーズ“始原人類の婚姻制”も今回が最終回です。第1回は、①原始婚と性習俗、②エスキモー族の風習、③『風土、生産様式、婚姻制』と来て、前々回から、始原人類の婚姻制 ④『 兄妹婚 』前回は始原人類の次の婚姻様式「交叉(こうさ)婚」と、具体的に始原人類の婚姻に踏み込んだ内容でした。
但し『兄妹婚』や『交叉(こうさ)婚』は紹介されていた通り、温暖湿潤な気候に恵まれ、豊かな食料を確保できた部族は、漁労・採集民として定着、安定した生活を手に入れる事が出来た比較的、生存外圧の緩やかな状況での婚姻様式でした。
今回紹介する狩猟生産における上位(勇士)集中婚は、獲物を追って山奥へ進出していった部族が、厳しい気候変動などの外圧に見舞われつつも、狩猟・牧畜という生産手段を確立していった部族の婚姻制です。
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一万数千年前のスペインの洞窟壁画・鹿狩りの風景
画像はここからお借りしました。
では、るいネットの投稿を引用しながら、狩猟生産における上位(勇士)集中婚を考えて見たいと思います。

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まず初めに狩猟民族の初期婚姻制を記述してあるこの投稿から引用します。
初期狩猟民族の勇士婚に迫る②~男の性的自我は発現したか?

むしろ生存圧力の低下と解脱≒性欠乏のたかまりという視点で言えば、弓矢の発明による男たちの解脱欠乏→性闘争の発現の可能性はありうる。そこで、弓矢の発明以降、ヨーロッパの狩猟民族の男たちの性欠乏がどのように発現していったのか、あるいは発現させない仕組みを首雄は見出しえたのか、が勇士婚を考える際のひとつの争点になるのではないだろうか?
ここで興味深いのは、後の遊牧民族段階を考えた場合でも、兄弟の絆をかなり重視する傾向があるということだ。またレヴィレート婚といって「夫が死んだ後に、その妻が夫の兄弟と再婚する婚姻制度」はいろんな地域で広く見られるが、これなども兄弟の絆がなくては考えられない婚姻制度である。そしてこの兄弟順位婚とでもいうべき仕組みがあれば、無用な性闘争は押さえ込むことができる。(勿論、時代が下がると兄弟間のイザコザも発生するようになる。しかし後にそれを長子相続という仕組みで制御するようになることは、兄弟という序列の持つ性闘争抑止力の大きさを物語っているともいえる。)
そうすると、初期狩猟民族の婚姻制度は集団間を兄弟セットで男たちが移籍し、その後に首雄と母系集団の女たちが勇士だと認めた段階から性関係に入っていくというシステム(兄弟移籍婚)だったのではないか?と考えることができる。そうであれば、男同士の性闘争は兄弟の絆の下に抑止される。また生産力の上昇という点からみても、初期狩猟が集団猟であったことを考えると、やっかいな性闘争活力を活用するよりも男兄弟による闘争共認活力を活用する方が有効であっただろうと考えることができる。
勿論、母系集団への兄弟移籍婚の場合、前述の娘達の空家欠乏をどうするという課題が発生し易いだろう。しかし、だからこそ集中婚を併用したと考えれば、論理は整合する。
このように考えると、初期狩猟民族の段階では母系という基本フレームとあくまでも集団単位での婚姻規制という仕組みを活用することによって、性闘争を抑止しえていたのではないか?と考えることができるのだが、どうだろうか?

以上引用
要するに厳しい自然環境のなかで、如何に食料を確保するかが生死に関わる課題であり、狩猟生産はおのづと男でしか、成果があがらない課題です。
皆の食料を獲ってきた男が評価され、その男の性充足が与えられる仕組みが狩猟民族の上位(勇士)婚であり、集団を守る制度ですね。
その初期形態が兄弟順位婚です。
次に紹介するのはその狩猟の婚姻制を纏めたものと、狩猟の婚姻制とは上位集中という面では同じ類の婚姻制ですが牧畜生産での婚姻制、遊牧生産での婚姻制についての投稿を引用します。
「漁労・採取系と狩猟・牧畜系の婚姻形態の違い、」の後半に狩猟・牧畜系民族の婚姻制がどんなものか、描かれています。

●狩猟・牧畜系民族の婚姻制
①自然外圧の低下度合いが小さいため、『上位集中婚』へ
・獲物を確保しないと生きていけない狩猟民族には、生存圧力の高さ故、男達の闘争能力格差が残った。
・しかし極限時代に比べれば遥かに外圧は低下し、単位集団の成員は増加。(30~50人)
・狩猟から牧畜へと移行する事で更に外圧低下→性闘争封鎖の必要性から、『ボス集中婚』を下位(2番手、3番手)にまで広げた『上位集中婚』へと移行。
②人工増に伴い集団分割の必要性⇒『上位集中型婿入婚(母系)』へ
・人口上昇→生存域キャパオーバー→母系の血縁関係による氏族へ集団分割。(50~70人)
・漁労・採集民に比べ、「牧畜=私有財産」という意識が早期から芽生えていた事が想定される。また、牧畜の可能な領土も限られている為、分割する度に集団ごとの距離も開いてしまう等、早期から集団分割には氏族ごとの閉鎖性・自立性の高まりが発生。
・よって、部族全体の統合度維持の必要性から、早期から氏族間の成員交流を行い、息子移籍の『上位集中型婿入婚』へと移行した。
③牧畜から遊牧へ。そして母系から父系へ。
・乾燥化により牧畜維持が困難になり、遊牧へ移行。
・遊牧可能な小集団へと集団をさらに細分化(15~20人:小氏族)し、闘争圧力も上昇(移動中の外敵闘争や他部族との接触等)
・遊牧に適した闘争集団化と共に、完全に自立した(集団同士が離れた)集団同士の統合力維持の為には、息子残留・娘移籍による成員交流でしか氏族を維持出来ない。
・婿入婚から娘+婚資(家畜etc.)付きの娘移籍型、『上位集中型嫁取婚』によって、人類史上初めて父系制へと転換。
その後、この闘争性の高い部族は、後に略奪部族として人類史を大きく変えていくことになる。

以上引用
合わせて前回の交差婚の記事でも引用抜粋していた概念図(なんでや劇場資料7 先史人類の婚姻史(H18.9.24)より該当部分を抜粋して示します)と同様、狩猟・牧畜系民族の婚姻部分を纏めてみました。
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今回紹介の『狩猟・牧畜系民族』の狩猟、牧畜、遊牧民族(その婚姻制)の系譜が略奪闘争を勃発させ、それが玉突き拡大し略奪婚から私有婚になり(主にアングロサクソンなどヨーロッパ系)、前回紹介した『漁労・採取系民族』(南方系、無論私たち日本人の先祖もこの系譜です)と塗り重なったのが現代人です。
というエンディングでこのシリーズを終わりますが、人類婚姻史シリーズとして【遊牧民族の父系性社会から私有婚誕生まで】、【日本婚姻史】を連載する予定です。

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comments

>氏族ごとの閉鎖性を強め分散力を強める兄妹総偶婚は廃止され、部族内で定められた他の氏族の異性たちと交わり合う交叉総偶婚に移行してゆく。
縄文時代では、外圧状況に対する集団統合の観点で、婚姻様式はとても重要な位置にあるんですね。
しかし、現代の婚姻様式は、集団とはかけ離れた位置に存在しているように思います。
日本の婚姻様式が、どのような変遷を辿ったのか?今後の解明を楽しみにしています。

  • マニマック
  • 2010年2月20日 22:43

マニマックさん。コメントありがとうございます。
>しかし、現代の婚姻様式は、集団とはかけ離れた位置に存在しているように思います。
>日本の婚姻様式が、どのような変遷を辿ったのか?今後の解明を楽しみにしています。
 そうですね。私たちが当然のように考えている恋愛→結婚が、いつどのように広がったのか?
 また、どちらが充足度が高いのかなど、興味が尽きませんね。

  • tama
  • 2010年2月23日 20:47

共同体社会と人類婚姻史 | 日本婚姻史1~その2:日本人の原型を形作った縄文人を取り巻く環境

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