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2009年11月12日

極限時代に人類は観念機能を獲得した

人類の男女関係』の成立過程について、サル段階に遡り追求してきましたが、いよいよ人類の登場です。前回サル・人類の機能獲得と弱点3 ~共感充足から+統合へ、そして共認統合へ~ の続きとなる、 「実現論:前史ヘ.人類:極限時代の観念機能」を紹介いたいします。
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ヘ.人類:極限時代の観念機能
<以下引用>   
  足の指が先祖返りして、それ以前の獣たちと同様、足で枝を掴むことが出来なくなったカタワのサル=人類は、樹上に棲めるという本能上の武器を失った結果、想像を絶する様な過酷な自然圧力・外敵圧力に直面した。そこで、本能上の武器を失った人類は、残された共認機能を唯一の武器として、自然圧力・外敵圧力に対応し、そうすることによって、共認機能(≒知能)を更に著しく発達させた。  
  極限状況の中で、人類は直面する現実対象=自分たちを遥かに超えた超越存在たる自然を畏れ敬い、現実対象=自然に対して自分たちの生存(=危機からの脱出)への期待を込め、自然が応望してくれる事を切実に願った。つまり、人類は直面する過酷な現実対象=自然を凝視し続ける中で、元来は同類を対象とする共認機能を自然に対して作動させ、自然との期待・応望=共認を試みたのである。そして遂に、感覚に映る自然(ex. 一本一本の木)の奥に、応望すべき相手=期待に応えてくれる相手=精霊を措定する(=見る)。人類が万物の背後に見たこの精霊こそ、人類最初の観念であり、人類固有の観念機能の原点である。直面する現実対象(例えば自然)の背後に精霊を見るのも、物理法則を見るのも、基本的には全く同じ認識回路であり、従って精霊信仰こそ科学認識=事実認識(何なら、事実信仰と呼んでも良い)の原点なのである。  
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人類は「感覚に映る自然の奥に、応望すべき相手=期待に応えてくれる相手=精霊を措定する」
<引用続き>
 かくして人類は、生存課題の全てを本能⇒共認⇒観念(精霊信仰)へと先端収束させる事によって、観念機能(→二〇〇万年前の言語機能を含む)を発達させ、その事実認識の蓄積によって生存様式(生産様式)を進化させていった。そして遂に1万年前、弓矢の発明によって外敵と対等以上に闘える段階にまで生存力(生産力を含む)を高めて、過酷な生存圧力を動物一般レベル以下にまで克服した。人類は、ここまで五〇〇万年を費やして共認機能⇒観念機能⇒生存力(生産力)を進化させてきたが、その間、サルの主圧力であった同類闘争圧力は全く働いていない。しかし、忘れてならないのは、同類闘争圧力は働いていないが、極限的な生存圧力と、それ故の期待・応望の同類圧力は極めて強力に働いており、この強力な生存圧力⇒同類圧力こそが、観念機能と物的生存様式を生み出し、進化させてきたのである。  
   
 この観念機能(特に言葉)は、サルが頼りにする表情や身振りによる共認よりも、遥かに多様で容易な共認を可能にし、共認内容の無限の組み替えを可能にする。従って、観念機能こそ、DNA進化に替わる新たな進化機能=共認機能の完成形態であると言える。しかし、観念機能がDNA組み替えを超えた新たな進化機能であるという事は、その機能を獲得した人類は、その共認=観念内容によって進化もすれば退化もする可能性を孕むことになる。  
   
 人類の最先端機能たる観念機能は、あくまでも本能回路や共認回路を充足する為にある。もっと簡単に言えば、現実課題に応えるためにあり、行動を導く為にある。従って、観念機能は、精霊信仰以来一貫して目の前の現実世界(自然や同類)を対象化してきた。そして現実対象⇒事実認識の蓄積によって、人類の生存様式を進化させてきた。  
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三大宗教(仏教、イスラム教、キリスト教)
<引用続き>
しかし、本源集団が解体された私権統合社会では、現実課題に応える為の観念機能は専ら私権の獲得に収束し、自分のことしか考えられない人間を作り出した。当然その私権闘争は、本源価値を抑圧し、解体してゆく。しかし、共認回路の充足の必要は、絶対である(サル・人類はそれなしには生きられない)。そこで、観念機能は(私権追求とは別に)現実には失われてゆく本源価値を、頭の中だけで対象化することによって、共認回路を充足させる方向に向かった。こうして、現実対象不在の架空観念(神や愛や自由、つまり古代宗教や近代思想)が捏造されていった。それによって、人類を進化させてきた観念機能の認識ベクトルは、現実対象から不在対象(頭の中に内在する本源価値)へと180度逆転させられてしまったのである。それだけではない。本来の観念機能は、本能課題や共認課題に直結して行動と一体となって作動するが、現実対象を捨象したこの即自観念(頭の中に内在する本源価値を言葉化しただけの観念)は、現実の一切の活動から切り離され、ただ「観念」それ自体の為に存在する。これは観念の倒錯である。  
 こうして古代宗教や近代思想に代表される「観念」は、人々にとって、現実離れした、役に立たないモノになり果ててしまった。今や、かかる倒錯観念を駆使してメシを喰っている官僚や学者やマスコミ等の統合階級を除けば、誰も「観念」など信じていない。しかし、観念機能が人類の命綱(最先端機能)であるという事実は、不変である。それに、本来の観念機能を再生するのは、それほど困難なことではない。現実課題に応える為に、とことん現実を直視し対象化してゆきさえすれば、観念機能は再生されてゆく。この『実現論』は、その一里塚である。
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実現論研究会からお借りした「図解」
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人類の最大の武器である観念機能は、本能機能とと共認機能をより機能させるために、理解できない現実を直視・同化する事で理解~対処できる能力だった。しかし、観念機能は現実から遊離しだすと、観念の世界で夢想しだすという欠点を持っている。
現実遊離しないように(=現実職視して)観念機能を使う事が、現代人に求められるようです。

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comments

「解説日本古代文字」相馬龍夫著を読んで下さい。日本にも文字の有無?

  • hangui
  • 2010年2月22日 17:48

>今日、古事記として残されている神話は、古代日本人独自の思想と情操を豊かにとどめているが、これも口承によって代々受け継がれていたのである。
古事記の文体を口承によって伝えるのはちょっと難しく、大部分はいずれかの時代に記録されたと考えられているようです。
口承による場合は、大体は詩歌(叙事詩)の形式によらないと伝承は難しく、古事記の歌謡部分がそれに該当します。
歌の最後に、「ことの 語り言も こをば」とあり、語り部たちがこのように語り伝えてきた歌である、という言葉がそえてあるのも、その証拠です。

  • 2010年2月25日 23:57

hanguiさん、岡さん、いつもコメントありがとうございます。
「やまとことばによる口承伝承を、外来語である漢字で書き記してきた」ことが、今の日本語の礎になっていることに間違いなさそうです。

  • nandeyanen
  • 2010年2月27日 00:50

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