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2011年04月08日

日本人の起源を探る 6 ~日本列島ではなぜ多様な人種が存続したのか

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              画像はこちらからお借りしました。
前回の~遺伝子学から見た人類拡散の多様性~で紹介された「DNAでたどる日本人10万年の旅(崎谷満 著)」では、日本は世界的にも極めて珍しい多様な人種が集まっている、と紹介されています。
今回は前回の投稿で挙げられた、、
 なぜ、日本で多様なY染色体タイプが存続しているのか? 
 逆にいえば、なぜ、対地域では多用なY染色体タイプが存在しないのか?
 D2タイプに象徴される世界的に珍しい事象が、日本でみられるのはなぜか?

この辺りを調べてみたいと思います。
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              画像はこちらからお借りしました。
るいネットの~日本列島ではなぜ多様な人種が存続したのか~と言う投稿を紹介します。 

同じく崎谷氏の著書「DNAでたどる日本人10万年の旅」より日本列島に定着した各系統の特徴と、その分布を見ていきたい。
なぜ日本にこれほどのDNAの多様性が温存できたのかは大陸の戦乱史と
比較して見ていくと明らかになってくる。
  

■日本列島では維持できた高いDNA多様性
日本列島へは、後期石器時代にC3系統、O系統のヒト集団(移動性狩猟文化)が、新石器時代にはD2系統(縄文文化)C1系統(貝文文化)およびN系統のヒト集団が、金属器時代以降にはO2b系統、O2a系統のヒト集団(長江文明)、またその他、O3系統(黄河文明との関連)O1系統(オーストロネシア系)などの集団が渡ってきて、現在までそれぞれの集団を維持している。このように日本列島は非常にDNA多様性が高い地域である。それもかなり遠隔なヒト集団が現在も共存しているという世界的にも珍しい地域である。
 
これに対してユーラシア大陸東部に目を転じて見ると、そこには民族の存亡をかけた凄まじい戦争の歴史が大幅にDNA地図を塗り替えた事になる。まず旧石器時代には東アジアにおいても狩猟採集の民族が広がっていたと思われる。それはおそらくインド経由で東アジアに達し、北上してきたC3系統の可能性が考えられる。今でもC3系統の末裔はシベリアの地の少数民族、先住民として残り、主に狩猟採集の生活を送っていた。
しかし東アジア東部においてシベリアやモンゴルなどを除く華北、華南、東南アジアにおいてはC3系統の比率は非常に低い。これはその後に膨張してきた別のヒト集団によって少数者へと追い込まれていったからではないだろうか。
 
また、D系統についてもその分岐の時期(13000年前)の推定値によると東アジアにもっと拡がっていた可能性が考えられる。しかし今では東アジア各地や朝鮮半島ではD系統は極めて稀で、この日本列島に最大の集積地点が残り、また遠く離れたチベットでD系統が存続するという事態に追い込まれている。両者を分ける広大な地域には後に別のヒト集団が割り込んでいたことが予想される。
 
このC3系統、D系統を圧迫してそれらを隅に追いやったのがO系統である。その分岐時期(17000年前)や移動の開始時期(8700年前)の推定値は新石器時代におけるO系統の拡大を示している。
漢民族と関連するO3系統は東アジア北部の華北、黄河上流域に端を発して次第に南へ東へと拡大していった事が指摘されている。O3系統の拡大は黄河文明の拡大を意味しており、長江文明として繁栄していたO2系統の集団を圧迫した。O3系統ヒト集団による先住系集団の圧迫・壊滅は朝鮮半島でも同様で、縄文文化を担ったとされるD2系統は朝鮮半島では壊滅している。
 
これらとは対照的に日本列島には東アジアの生存競争に破れたD系統およびO2b系統が非常にたくさん存続している。特に新石器時代のヒト集団の名残として貴重なD系統が世界的にも非常に高いレベルで今も日本列島の中心を担っている事は、日本列島の固有性を考える上で非常に重要であると思われる。
さらに日本では少数になっているが、今でもc3系統、Q系統、N系統、C1系統が存続しており、こうしてみると、日本列島には東アジアの古い歴史に関わる貴重な人々が今でもそのDNAを保存することができたこと、時代ごとに東アジアの変動を表すヒトの避難場所として古いものから新しいものまで重層したヒト集団の複雑な構造を示している事などの点で、貴重な地域であると考える事ができる。

 
崎谷氏のこの記事によれば、東アジアにはかつて多様な系統のヒト集団が気候変動の度に登場し、複層してきたが、やがて黄河文明を興したO3あるいはその前の長江文明を築いたO2bの集団による圧迫、拡大を受け、それ以外の小集団は方々へ散在したとされている。集団間の圧迫の理由は時代的に見ても単に戦乱だけではなかったと思われ、ウィルスへの対抗性や寒さや乾燥への適応力だった可能性もある。いずれにしても日本列島へ渡来したのは、それらの外圧から逃れてきた民であった事は事実のようである。

  
日本列島には、D系統を筆頭に、O系統、C系統と少量ののN系統、QやIが分布するが、これらはそれぞれ、
出アフリカ3大グループに属しています。
時代的にもかなり古い出アフリカ3大グループの系統が一つの地域(=日本列島)にある程度のまとまりを持って
分布することは、全世界的に見て非常に珍しいことだと言う。
   
このような高いDNAの多様性や旧石器時代の古い型のY染色体を日本列島で何故保持出来たのか。
崎谷氏は、次のように分析している。
  
1.ユーラシア大陸東部では、民族の存亡を賭けた凄まじい戦争の歴史が、DNA地図を大幅に塗り替えたが、
 日本列島ではそのような事態は現出しなかった。
2.大陸の混乱で難民化した人々が、日本列島に渡来したことでDNAの多様化が進む一方、渡来人も先住の
 人々も共に平和共存の道を選んだため、多様なDNA集団が列島に残ることになった。
3.日本列島の温暖で湿潤な気候が、豊かな植物相を提供し、大量の堅果類を栄養源として列島に居住する
 集団に供給した。
4.列島を囲む暖流や寒流の混交が、豊かな海を提供し、安定的なタンパク源としての海産資源を供給した。
 
私は1~4の中で特に上記3.4.で挙げるような列島の豊かな自然が各時代に渡来した人々に安定的に栄養源を供給してきたと言えます。
その為、渡来人も先住の人々も共に争う必要もなく、平和共存の道を選ぶ事が出来、結果的に多様なDNA集団が列島に残ることになった、と考えます。
 
日本は世界的にも極めて珍しい多様な人種が集まっている、と言うことですが、これは多様なDNAが温存されている、と言うことであって多様な民族で形成される事ではない、と言えます。
 
外圧から隔離された孤島でもなく、常に大陸からの圧力状況にさらされながら集団として適応し、かつ、古来より続く共同体気質を残しているのが今の日本の姿なのです。
   
・共同体気質が現代まで残っている
   (期待・応合=共認充足がすべての活力源)
・警戒心が低く、応合性が高い
   (現実を否定せず受け入れる思考)
・正直、言い訳しない、勤勉
   (架空観念や固定観念を必要としない実現思考)
  
等々、わたしたち日本人が無意識のうちに行う行為や思考が、このような歴史の塗り重ねで形成されてきたのが、『日本人』なのです。
  
日本民族内には多様なDNAを持っているが、日本に根付いている共認内容は他国とは違う固有のものであり、日本民族共通の基盤として持っているものである。
そうである限り、日本民族はやはり「単一民族」であると言うべきだろう。
日本人とは多様なDNAを温存させている単一民族だ、と言える。
  

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コメントを入力してください。たとえば、シェパードを増やしたいと考えるときには同じ犬種と交雑させます。スピッツとはわざわざ交雑させません、でも奇形は生まれません。人間だけが奇形が多いのでしょうか。
疑問なのですが人間だけがX 遺伝子・Y 遺伝子が必要なのでしょうか。
 

  • 岡田静亮
  • 2013年11月26日 16:15

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