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2012年05月31日

【世界の神話から見える男女の性】-6~中国の神話(儒教と道教)~

シリーズでは、世界の国々の神話から民族特性(男女の性)を探ってきました。
【世界の神話から見える男女の性】-1~日本の神話からは何が見えるか?~
【世界の神話から見える男女の性】-2~ギリシャ神話=略奪闘争の正当化神話~
【世界の神話から見える男女の性】-3~エジプト神話=周辺国家に対抗する神権政治の宗教国家~
【世界の神話から見える男女の性】-4~メソポタミアの神話~
【世界の神話から見える男女の性】-5~古代インドの神話の源流を探る~
今回はいよいよ、東洋での四大文明・中国=「黄河文明」を扱います。
ギリシャ、エジプト、メソポタミアなど個性豊かな神話があり、多くの神々が生き生きと大衆の信仰を受けていました。
「中国神話」を調べてみたのですが、中国神話は驚くほど影が薄く、他の四大文明と神話の様子は明らかに違うのです。
どのように違うのか? それは何故なのか?
中国神話は影が薄い!?理由を追求してみました。
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以下の文章はピクシブ百科事典より「中国神話」からの引用します。
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中国神話とは、中国に伝わる神話・伝説。人が超常の力を得てなる仙人の伝説とほとんど一体化している。歴史上の人物が神となるケースも多い。これらの結果、人を超えた絶対神の影は薄い。
■概要 
中国語には本来「神話」という概念はない。
神という概念はあったが、実のところ歴史時代の前に神話時代があったという世界観ではない。
むしろ、人と神と仙人とが混然としたカオスをなしていると言ったほうがよい。
このあたりが、日本神話やギリシャ神話などとの大きな違いである。
そこで、以下でそのカオスについて概観してみよう。

ピクシブ百科事典より「中国神話」では、①儒教の神話と、②道教の神話のに軸で、中国神話を分析しています。
まずは、儒教の神話です。


儒教の神話
■天地開闢
最初は混沌とした世界である。やがて清んだ陽気が天となり、濁った陰気が地となった。
ここに盤古という巨大な神が生まれ、吐息から風、涙から雨、またその遺体から山岳や草木等が生まれたという。
■三皇五帝
盤古の死と共に世界の創造はおおよそ終わり、三皇が次々に現れる。
◆伏羲:蛇身人首の神。家畜の飼育や漁撈などを教える。
◆女媧:蛇身人首の神。伏羲の妹とされ、人類を泥から作った(あるいは産んだ)。
◆神農:人身牛首の神。伏羲の子孫で農耕や医薬などの発明者とされる。
三皇にも女媧に代えて祝融を入れる等諸説あるが、概ね人間離れした姿で神と認識されていた。
だが、伏羲や神農が陳の街に都をおいて王に即位したり、 後述する黄帝と戦った伝承があったり、
既に人間の王との区別があいまいである。
次に現れた五帝は、最初の王とも呼ばれる黄帝や善政の代名詞とされる堯舜など、
もはやほぼ完全に人間の王となってしまう。

■殷周以降の王と神話
殷周時代は考古学的裏付けもあり、歴史上の王の時代といえる。
殷の神話は、「帝」という神を王が祭祀することを骨格としていた。
その方法が犠牲を捧げることや占いなどであり、現代に残る甲骨文字は占いの遺物である。
殷を滅ぼした周は「天」という信仰対象を持っていた。
天は天命という形でその意思を下して王を選ぶ。ゆえに王は天の子、天子である。
実際には殷を武力で滅ぼしたことが天命の力によるもの、と正当化したため、
逆に武力で王を倒して自ら王となった者が天命を得た者である、という論理が成立した。
こうして天命の行方は武力次第という、神の影が薄い図式が強化されたわけだ。
他に周は、社稷(それぞれ土地神と穀物の神)、宗廟(神となった祖先)等を祭祀した。
この祭祀のルールを体系化したものが儒教であり、ここまでが公式の中国神話となる。
後に始皇帝が三皇五帝以上の業績を自らが挙げたと称し、劉邦がこの皇帝という称号を引き継いで漢の皇帝となる。
漢の君主が皇帝、すなわち三皇五帝を超える存在となり、天や社稷、宗廟の祭祀を行うとなると、
上述の神話はほぼ全て皇帝権に吸収されてしまうのがわかるだろう。
だが、ここで終わりではなかった。

中国の神話の影が薄いということが、お分かりいただけたでしょうか。
しかし、何故に中国だけが違うのでしょうか?
神話が何故必要だったのか(≒神話の歴史的な役割)を、次のように分析してみました。
■神話が果たした役割(ギリシャ、エジプト、メソポタミア、インドなどから)
・本源集団が、略奪闘争集団に駆逐されながら、部族規模が大きくなり中央集権国家への変化の中で、神話が変遷されています。
本源集団    = 本源共認   = 自然信仰   =母系集団
  ↓
集団規模拡大 = 集団自我   = 守護神信仰  =母系・父系の混在
  ↓
略奪闘争                           =父系に移行
  ↓
中央集権国家  = 私権共認   ⇒神話にて大集団を統合
(周辺部族を融合)       (各部族の守護神を融合=神話の登場)              
                     ↓
                 その後は、国王が神に

※つまり、神話は、複数部族を武力で一時的に統合した後、統合国家を安定させる為に、観念統合する為に各部族の守護神を融合した神話が必要だったのです。
※その結果、神話は本源集団(母系)から略奪闘争集団(父系)に移行する、正にその狭間で、作られていることは、注目しておきたい内容です。
では何故、中国では神話が無い(に等しい)のでしょうか? 
そこで、中国の特殊性を列記してみます
★中国の侵略部族の統治は、融合型ではなく、「破壊型」であった。
※殷は周に滅ぼされるのだが、セム族系の周は金属精錬を得意とせず、その技術はとうてい殷に及びませんでした。つまり、全て破壊してしまって征服してしまう文化だったようです。
その結果、多部族の守護神を組み込んで神話で観念統合する統治を必要としなかった。
★「神」ではなく「天」という普遍観念を持って、武力の正当化。
神話において国王の正当性を共認するのではなく、天は天命としてその意思を下して王を選ぶ
=武力で勝った勝者は、天命を受けたことの証=武力の正当化
秦の始皇帝は三皇五帝の業績を超え、劉邦は「皇帝」として漢の君主となる⇒神話はほぼ、皇帝権に吸収される
・神話~宗教による観念統合が弱い中国の中央集権国家は安定せずに、戦乱の時代を発生させます。そして、神話~宗教に代わる観念統合を、中国人は生み出します。
★神、宗教を否定した「中華文化」⇒儒教がそれに代わる。
その結果、中国は「儒教」(=祭祀を司る皇帝と官僚)により、規範で統合される国家と成っていく。
~~~~~~~~~~~~~・~~~~~~~~~~~~~~~
しかし話の続きがあります。
支配者層は、「天」という概念での武力正当化と、「儒教」による規範統合で統治していった。
一方で、大衆は母系文化の流れを汲む「道教」を継承して、新たな神話を復興させたのです。
ピクシブ百科事典より「中国神話」

道教の神話
■道教の成立と神話復興
時代は漢の末に下り、三国志の時代となる。
この時代に活動した黄巾賊(太平道)と五斗米道はいわゆる草創期の道教教団である。
公式の神話が皇帝権に還元された一方で、民衆の間に別の神話体系が生まれつつあった。
それがこの道教とその神話である。
■創始者は人か神か
道教の創始者とされるのは儒教の孔子とほぼ同時代の人物とされる老子である。
だがこの老子、五斗米道によって太上老君という天の最高神に祭り上げられた。
人から最高神への出世である。
やがて唐代に、天の最高神は元始天尊となり、天地開闢以前からの最高神とされた。
その都は天にある街、玉京であるともいう。
道教教義上の至上倫理は「道」というが、これを神格化したのが太上道君(霊宝天尊)だ。
これに太上老君(道徳天尊)を加えた三清が最も尊い神々ということになった。
元始天尊は自然の気から生まれたといい、人ではなく普通に神である。
だが元始天尊は逸話が乏しく、その部下たる玉皇大帝の人気がこれを凌ぐようになる。

■やはり人気のある神々は人の出身
玉皇大帝とはいわゆる道教での天帝を指す(玉帝、天公など別名も多数)。
玉皇大帝は元始天尊を支える神々の一柱であるが、
宋代に入って人気が高まったことで天の最高神であるとされるようになった。
もとは光厳妙楽国の王子であったともいい、これも元は人間であったらしい。
娘に織姫がいて、牽牛との恋にパパマジギレするのもこの神様である(七夕の伝説)。
関帝聖君も人気の高い神である。三国志の英雄、関羽のことである。
歴代の王朝から武人の鏡として崇拝されるうち、武神とされるようになった。
さらには算盤の発明者とされ、商売の神ともされるようになった。
かくして中華街には関帝廟が置かれて華僑の信仰を集めている。
周の軍師太公望も、仙人とされる他、軍略の神様としても崇拝された。

■女神にはどんな神々が?
◆西王母:月の女神あるいは女仙の主。長命をもたらす仙桃を授けてくれる。
◆媽祖:航海と漁業の守護神。黙娘という宋代の官吏の娘、幼少時から神通力があって仙人から神となった。
◆碧霞元君(天仙娘々):万能のご利益がある女神という。出自は黄帝の娘であるとか、民間から仙人として修行を続けて神になったとも。
・・・・・・・・中略・・・・・・・・・
このようにして神と人、仙人が入り混じったカオス状態としての中国神話が存在しているのである。

◆中国の中でも、儒教(父系文化)と道教(母系文化)の両輪が観念統合の重要な役割を果たしていたらしい。
◆「道教」は母系の流れを継いでいる

《老子》の中には何度も「母」という字が出てくる。「道」を「玄牝之門」(女陰)や「谷神」(生殖神)とも称し、「天下の母であるといってよい。(第25章)」とも言っている。これは原始宗教の女性崇拝の痕跡である。
母系氏族原始宗教の痕跡を示す道家の特徴は、その後道教に吸収され、道教の中では女性崇拝がさらに豊富になった。早期の道教の神仙である西王母は、母系部族の統治者である。
《竹書紀年》、《穆天子伝》、《山海経》、《漢武帝内伝》、《准南子・覧冥訓》および張衡の《霊憲》などの書物によると、
伝説の有窮国の君主后や商の帝太戊は西王母に仙薬を求め、周の穆王は自ら崑崙山へ出向いて西王母と会い、漢の武帝も西王母に仙術を学ぼうとした。
それ以後、道教の世界では西王母を女仙の祖と考え、彼女を中心とした厖大な女仙の系譜を作り出した。

◆母系文化の中心「西王母」は、父系文化で否定され悪者にされるが、改めて道教により「最高仙女」に復活している。
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<西王母:ウキペディアから>

人間の非業の死を司る死神であった西王母であったが、「死を司る存在を崇め祭れば、非業の死を免れられる」という、恐れから発生する信仰によって、徐々に「不老不死の力を与える神女」というイメージに変化していった。やがて、道教が成立すると、西王母はかつての「人頭獣身の鬼神」から「天界の美しき最高仙女」へと完全に変化し、不老不死の仙桃を管理する、艶やかにして麗しい天の女主人として、絶大な信仰を集めるにいたった。王母へ生贄を運ぶ役目だった怪物・青鳥も、「西王母が宴を開くときに出す使い鳥」という役どころに姿を変え、やがては「青鳥」といえば「知らせ、手紙」という意味に用いられるほどになったのである。また、西王母の仙桃を食べて寿命が三千年も延びている。

◆儒教と道教の差異は、性においても明確です。<「中国セックス文化大革命」より>

「道教」は民間人の宗教で、健康で長生きをするために射精を抑えたセックスを説く。
「儒教」は権力者の宗教で、性欲は健全な精神に悪影響を与えるものとして禁欲主義を唱える一方で、跡継ぎがいないことが最大の不幸とし、妾をつくってでも子孫繁栄に努めろと説く。
ともに長い歴史をもち中国人の精神形成に決定的な役割を果たしてきたこの二大宗教は性意識にも大きな影響を与えている。


<まとめ>
■神話~宗教は、武力統合した大組織を、長期間安定する為に観念統合する役割を果たした。
しかし中国は、神話ではなく
■「天命」による武力正当化と儒教による規範統合による統治で、中央集権国家を構築した。
■中国は二大文化の混合:支配者層の文化=儒教(=父系文化)Vs.大衆文化=道教(≒母系文化を継承)の二軸で統合されてきた。

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