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2022年10月22日

人類の追求の原動力は何か?②~人類はどのように本質に迫っていっているのか~

前回は、人類の追求の原動力である「同期と一体化と観念機能」について扱いました。今回は、人類はどのように本質に迫っていっているのかを扱っていきたいと思います。

 

下の図は、前回も示した、同期と一体化と観念機能の図解です。前回の記事では、図解の一番下にあるように、本質の抽出や構造化がうまくいかないとき、なぜ交信に戻るのか、という点を重要になりそうなポイントとして挙げました。

この問いを深める上で参考になるのが、こどもの発達過程です。こどもがどのように外の世界を把握できるようになるかを見ていくと、大きくは3つの段階がありそうです。

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【段階1】これ何?を繰り返す

乳幼児は、「これ何?」「これ何?」を繰り返して、周りの対象や世界を掴んでいきます

その過程では、こどもはものすごく楽しそうです。何かが知れたこと、分かったことで、大きな充足を感じています。まずこれが、一体化の第一段階と言えそうです。(その原動力となっているのは、おそらくオラウータン時代の密着充足が発達してできた一体化欠乏です。)

ただし、これはまだ、それぞれの「何か」同士のつながりは見えていなく、発見した「点」が頭に増えていっているような状態だと思われます。

 

【段階2】類型化の始まり/「何?」が「なんで?」になっていく

好奇心をもとに何?何?を繰り返していくうちに、これとこれは共通項がある、というのが分かり始めます。共通部分が分かってくると、それに対して何が違うのかも分かってきます。

また、少しずつ、疑問がなんで?に変わっていくことで、点と点が線でつながり始めます。ただし、このときの線のつながりはまだ一直線で、複雑な原理や関係を見い出すところまでは行ってないと思われます。

 

【段階3】本質の抽出ができ、全く違うものへの適用ができるようになる

さらに発達すると、物事の関係が立体的にとらえられるようになり、関係ないものでもつなぎ合わせて考えることができるようになります。人類が縄文時代に土器や道具、衣食住を発達させたのも、本質抽出した原理を、他のものにも応用することで、新しい発見をしていったからでしょう。

 

これらのこどもの発達段階を、最初の図解と合わせてみると、人類はどのように本質に迫っていっているのかが、さらに深まってきそうです。

 

 

①:図解の「不整合状態→交信」では、【段階1】のような、「何?」「何?」を繰り返している状態ではないでしょうか。次から次への目に入ってくる未知なものに対して、交信→同期を繰り返し試みている段階だと言えます。

 

②:図解の「本質抽出→交信」は、【段階2】のような類型化であったり、なんで?を繰り返しているような状態だと思われます。例えば、

・類型化してみたけど、当てはまらないものがある

・こうすればこうなるということが分かってきた気がするけど、まだスッキリしない

それをもっとスッキリするためには、見ている世界や対象ももう一度広げてみる必要があります。そのため、もう一度、最初の交信に戻って捉えていきます。

 

③:図解の「構造化→交信」は、【段階3】のような、ある現象の背後にある原理がだいぶ掴めてきて、構造化まで行っている段階です。ここまで構造化できたとしても、交信まで戻る必要があるのはなぜでしょうか?

ひとつは、外圧や対象世界は、変化するのが常であり、そこには常に不整合が孕んでいるからです。完全に整合する状態は起こりえず、そこに向けた一体化追求は、限りなくあると言えます。

もうひとつは、人類の飽くなき欠乏です。万物への一体化と充足を羅針盤にして生きてきた人類は、それだけ不整合に対して敏感であり、それが欠乏につながることで、さらなる交信と一体化を求めて行動するようになった、ということではないかと思います。

 

こどもの持っているような一体化欠乏が、交信→同期→共振→一体化→観念機能とつながっているということが見えてきました。

次回は、この認識を、縄文人の追求力につなげて見ていきたいと思います。

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