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2007年01月17日

イスラム教を信仰しながら母系性を保つミナンカバウ族とは

今日は世界最大の母系性部族のミナンカバウ族について少々別の視点からの紹介をしたいと思います。
ミナンカバウ族はインドネシアのスマトラ島のほぼ中央に位置するブキ・ティンギという、標高約900mの高原の町に住んでいます。
14世紀以降のイスラム勢力によるこの地への進出、19世紀にはオランダの統治下におかれるなど、ヨーロッパ諸国の侵略を次々と受けながら、現在多くはムスリムでありながら今も母系性を維持しているというところに驚きを感じますね。
そこで、「ミナンカバウ」という名前の由来について見て調べてみました。
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初めにミナンカバウの住む町、ブキ・ティンギを見てください。私たちは母系性部族、というと未開部族かと思いがちですが、なんのなんの、住んでいるところはなかなか素敵な”町”です。 :P
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こちらで有名な建築様式は、空港ビルでもおなじみの、屋根の両端が大きく空に向かって反り返っている「水牛」の角をイメージした建物ですね。
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ミナンカバウ族と水牛は切っても切れない縁があるようです。
調べてゆくと、ミナンカバウ族にまつわる民話で、以下のような話がありました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ミナンカバウ(Minangkabauまたは水牛の勝利)600 年くらい昔のことです。ジャワには強い王国があり、ジャワの王様は西スマトラを征服しようと考えていました。そこで、ジャワの王様は西スマトラの人々に使者を送り、「服従か?死か?」選択するように迫りました。 
 西スマトラの人々は、「征服されたくはないし、死ぬのも嫌だ」と悩みましたが、ついによい考えを思いつきました。彼らは、ジャワの王様の使者に次のように提案しました。
「戦えば、死者もでるし、町も破壊される。水牛の試合で決着をつけましょう。あなた方の水牛が勝てば、我々はすすんで服従します。しかし、我々の水牛が勝ったら、我々を征服しようという野心を捨て、我々をこれまで通り自由にさせて下さい。」
 ジャワの王様はこの提案を受け入れました。そして、強そうな水牛を国内から探し出し、代表として西スマトラへ送り込みました。 ジャワから来たとても強そうな水牛を見て、西スマトラの人々は、落胆してしまいました。「これでは、我々の国の水牛では勝てない」と。 しかし彼らのうちの一人が名案を思い付きました。 まだ生まれて間もない子供の水牛を親から引き離し、その子供の水牛の角に鋭い鉄製の角をかぶせて3日間乳を与えずにおいたのです。 そして、「我々の水牛も準備が出来た」と、試合に臨みました。
 さて、試合が始まると、お腹を空かした子供の水牛は一目散にジャワの水牛へ突進し、お腹の下に頭を突っ込んで乳を探しました。すると、かぶせてあった鉄製の角がジャワの水牛のお腹を突き上げ、ジャワの水牛はあえなく鳴声を上げて逃げてしまったのです。
 意外な結果に終わりましたが、約束は約束です。 ジャワの王様は、征服の野望を諦めました。
 これが、彼の地を”Minangkabau”(The Buffalo’s Victory)と呼ぶようになった理由とのことです。

http://forum.nifty.com/fworld/indonesia/folktales/minang.htm
そして、

ミナンカバウとは、勝つという意味の「ミナン」という言葉と水牛という意味の「カバウ」を組み合わせてついたと言われています。名前の由来でもある「牛」は、彼らにとってとても貴重で働き手として食用として生活に密着していました。伝統家屋の屋根(ミナンカバウルーフ)には牛の角の形が模られ、闘牛などの伝統行事や民族衣装にも反映されています。

東南アジア~スマトラ島
ミナンカバウ族は、その名の由来の通り、多くの支配者達にも屈服しないで自分達の文化を守り通したのでしょうか。それが出来たのは母系性であったことと関係があるのかは分かりませんが、もしかしたらやっぱり「女は強し」だったのかもしれません。
最後に建築様式にもなった水牛の角を見てお終いにしたいと思います。
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アンダマン諸島は、2005年の大津波にも被害は驚くほど少なかったそうですね。
マングローブの森が自然の防波堤になったとも、突然の海の後退を見て津波を予知して避難したとも言われています。
近代化したところほど被害が大きかったというのは皮肉ですね。現代人はどこで、自然との向き合い方を誤まったのでしょうか。

  • 石野
  • 2007年1月29日 13:11

『泣く』行為が頻繁に行われている・・・。
感情を表す、伝える行為としては非常に分かりやすいですね。
せかせかした社会に生きる我々と違い、彼らの感情の表現は非常に素直でかつ豊かなんじゃないかと思いました。

  • 後藤美奈子
  • 2007年1月29日 13:30

アンダマン諸島人はうれしくて泣く、悲しくて泣くを超えた次元で泣いているような気がしてならない。今泣く事などめったにない自分にとっては羨ましい限りである。

  • 樽本
  • 2007年1月29日 13:35

石野さん、大津波の情報、ありがとうございます。
実は気にはなっていたんですが、被害が少なかったと聞いて、その秘密をもっと知りたくなりました。マングローブも予知もどちらもありそうですね。
後藤さん、樽本さん、コメントありがとうございます。
『泣く』のは“心”、つまり共認回路が作動して(開いて)いるからで、さらにその原点は強力な不全や逆境を前にしての仲間との共感にあります。
不全や逆境⇒どうしよう?どうにかして!
⇒苦しいのはみんな一緒なんだと安心して泣く、でもどうしようもできなくてごめんと泣く、でもみんな、いてくれてありがとうと感謝して泣く
⇒みんなで立ち向かっていこう(⇒踊り?)
って感じでしょうか。
参考にするところはありそうですね。

  • 2007年1月30日 01:22

コメントに対するコメントです。
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「葬式で大泣き」という事を、現代人が忘れてしまった大切な事・・・などと感じ入る態度を、繊細というのかな?
幼児も言葉を覚える前の唯一の自己表現として「泣く」。動物も「鳴く」。
チベット僧が、国境なき記者団の訪問で、実情を訴えた時も、子供の様に泣きじゃくって、論旨を得なかった。
韓国中国に限らず葬式の「泣き女」は広く世界に分布している。亡くなった人を惜しむ気持ちを「パフォーム」する事は、まだ生きている人達の明日を保証する「政治」も含まれている。
それを論理的な言葉で簡便に表現する技術はまだ育っていないので、「身体」を使い長く演ずる。
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安易な教訓を求める読み方は、このサイトのテーマの持つ真の重要性を希釈してしまう。

  • stead
  • 2008年5月10日 02:04

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