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2007年06月07日

男子禁制って?

koukei さんの、性を集団で規制する社会の中の、

日本においても少し前までは立派な「女人禁制」文化があった。

を見て、じゃあ「男子禁制」もあるのでは m052 と思って調べてみました m072

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「男子禁制」でネットで検索すると、まずは女子寮・宝塚・尼寺など、さらには、女性専用車両なんかが出てきます Shocked
でも、そんな女人禁制に対抗だ~!みたいなものではなくって、本当のところはどうなの?って色々見てきたら、いくつおもしろいものを見つけました m036

まずは、沖縄の「御嶽」から。

御嶽(うたき)は、沖縄の宗教の宗教施設。「腰当森(くさてむい)」、「拝み山」などともいう。

御嶽は沖縄の神話の神が存在、あるいは来訪する場所であり、また祖先神を祀る場でもある。地域の祭祀においては中心となる施設であり、地域を守護する聖域として現在も多くの信仰を集めている。 沖縄の信仰では神に仕えるのは女性とされるため、王国時代は完全に男子禁制だった。現在でもその多くが一定区域までしか男性の進入を認めていない。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用

なるほど、そういえば巫女さんやイタコも女だし、神様に関係する役割は、女だけが担うものも多いかも m037
次は、沖縄の波照間島から m146

クムリ

クムリは文字通り「籠り」行事であり、旧12月辛酉の日より60日おきに2月、4月の3回、いずれも辛酉に行われる。司とバシヌシカ(年長のパナヌファ)2名が御嶽に籠り、供物を供え、火と香を絶やさず燃やし続ける。順に「3日クムリ」「5日クムリ」「7日クムリ」と呼ばれ、かつては実際にそれぞれの日数籠ったが、80年代には1~2晩に、最近は1日に短縮されたという。男子禁制の神事。2日目には神井戸で「アマグイヌパン」と呼ばれる雨乞いの神歌が歌われる。神歌では、雨を司る神の生誕と成長を描写した詞や、水田のあった場所や降雨時に水路となる場所の地名を読み込んだ詞が歌われる。各御嶽で読み込まれている地名を繋いでいくと、東から西への水脈が浮かび上がる。また琉球王府への上納品であった麻や綿の生育も祈願される。こののち各ウガンパカで「ミジマチ(水祭り)」が行われる。また、その後にアミニゲースーニゲーと同様の、冨嘉の「ミジヌファ」による西から東への「ミジマチ」も行われる。
波照間島の神行事・中篇ー作物願い、雨乞いーより引用

他に、「穢れ」とも関連して、こんなのもありました。香川県にある伊吹島のお話しです m146

伊吹島では、出産は、各家の納戸等でおこない、その日の内、もしくは翌日、出部屋に入る。そして、30日間母子だけの別火の生活をする。赤不浄で家の中が穢れると言う古代からの日本の風習で昭和 45年頃まで使用された建物跡である。男子禁制で女性だけが入室を許された。月経の女性も泊りに行っていた。穢れるということでなぜ、女性だけが、別火の生活をしなければいけないのと、現代の女性から反発がくるかもしれないが、母子の健康を考える上での昔の人の知恵かもしれない。北浦の港を見下ろせる眺めの良い静かな環境が残っている。

伊吹島 歴史散歩より引用


誕生後三日目には「三日のヒアワセ」といって、新生児が男の場合は女の子の母親を呼んで馳走共食する。同性の者を呼ばないのは、お互いにカタマケしないようにとの気持ちの現われらしい。ヒアワセは火合わせであって、これから出部屋生活を共にする合火(あいび)の意味を持つものと思われる。事実このように縁あって出部屋生活を共にした母と子は、それぞれに「出部屋友達」として終生のまじわりがはじまるのである。本来が「穢れを避けて身を慎む事」を起源とする出部屋であり、昔は入院中に出来上がった着物の枚数によって、嫁の腕の善し悪しが批判されたが、むしろ「出部屋友達」として、一生親類付合いをする仲間と共に、約1ケ月を過ごす。ここでの生活は、昔と全く違い、気楽に産着を縫ったり、雑談したり力のいる水汲み等は古い人がしてあげるというように世話をしたりされたりしながら、家での雑用から完全に開放されのどかな日々を送るのである。これは何かと忙しい漁村の家にいてはとうてい考えられない別天地であったといえる。
伊吹島 再発見より引用

「男子禁制」とか「穢れ」というと、何か性(女)を否定しているように一見思えますが、実際はそうではなく、男と女それぞれの役割分担から来ているもののようです。「女人禁制」も、もともとは女や子供は入っては行けない危険な場所や役割から生まれたのではないでしょうか。「穢れ」として女を隔離するのも、出産や月経で体力的に弱っている女を、過酷な労働から守るという意味合いの方が大きいように思います。
「性否定社会」っていうのは、少なくとも日本にはなさそうですね m001

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comments

女人禁制というと何となく女性を差別しているようで、強くなる一方の解禁圧力に対して、よく頑張って伝統を守っておられるなと感心していました。
この解禁圧力って、男女同権思想から来ているんですね。

一方、男子禁制はあまり槍玉に挙げられることがないですね。これも男女同権思想の都合のよさを感じます。逆に男子禁制文化さえ、何で女性だけが、と女性の反発が予想されるところに、伝統文化の解体過程を感じます。

男女の役割分担を基にした伝統は解体され、今や“何にもない”状態のように思います。これでは貧しくなる一方ですね。
かつての共同体は、よく男女の役割を考えていたんだなと、改めて思い知りました。

  • 2007年06月11日 00:03

>「穢れ」として女を隔離するのも、出産や月経で体力的に弱っている女を、過酷な労働から守るという意味合いの方が大きいように思います。

なるほど。すごく納得です。

昔は、「穢れ」といっても、女性を低く見たり、女性自身の自己否定に結びつくことはなかったようです。

「穢れ」や「不浄」という言葉には、男と女の役割を明確にし、同時に世界は男と女が対になって成立していることを誰もが意識するような働きがあったのかもしれません。

出産や月経が個人の課題となり、社会から隠蔽されてしまっている現在とは大きな違いですね。

  • さいこう
  • 2007年06月12日 20:52

岡さん、さいこうさん、コメントありがとうございます♪

男と女それぞれの役割がみんなに認められていたからこそ、昔の人々は性を肯定的にとらえられたんだと思います。精神的にも肉体的にも理にかなった本来の男女の役割分担を、もっともっと知りたいですね。他にも色々知っている方、投稿よろしくお願いします~☆

  • まりも☆
  • 2007年06月13日 18:21
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