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2007年06月06日

性「否定」は私権闘争前夜の意識状況?

他部族に襲われない辺境地域だからこそ、採集生産を主とした“未開?部族”のまま生きてこられたわけで、未開部族には性にも大らかで肯定的な部族が多く、その真っ只中のメラネシアで、『性を否定視しているかのような部族がいる』 というのは確かに驚きで、面白い切り口だと思います。
しかし、良く考えてみると(未開部族以外の)現代人は、遅かれ早かれ継承してきた集団の性規範を解体し、『性を私権規範の下に封じ込める』方向に舵を切ってきた人々の末裔ですから、その前に「女や性を集団のやっかいもの?敵?」→否定視し始めた人たちが存在したのは必然だし、「私権時代人に近い」という意味で、そちらのほうが主流派じゃないかという気もします。
さて、ニューギニアのマヌス族やファス族は、それが存在意義であり活力でもある
「女の性を封鎖せざるを得ないような、どんな外圧→不全に晒されたのか?」
さらに、「その後、完全に私権社会に移行していかなかったのはなんで?」
とても気になります。

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手相についても、東洋・西洋の違いがあるようです。
>東洋手相と西洋手相
西洋のものは手相を座標で読むということが中心になります。
これは、非常に合理的です。法則性もしっかりしていまして、応用がきくので、勉強すればするほど徐々に進歩していきます。
ちなみに、今まで私が書いてきたのは100%西洋手相術です。
東洋のものはというと、形で読もうとすることが中心です。
もちろん、座標で判断するということもあるのですが、基本的には、一つ一つ覚えていないと何もできないのです。
形を覚えればいいという意味では簡単なのかもしれませんが、星(*)が出たら、しわが出たらというのならわかるのですが、三角形が出たら、魚が出たら、亀の形が出たら……という話で、そもそもどう判定すればいいのかわからないのです。その形自体に無理があったりします。
恐らく、この辺は、天竺から東西に分かれていったときに、手相への考え方も違う方向性で進展したからこうなったのだと思うのですね。
<(「前野さんと手相の生活」
http://homepage3.nifty.com/szyu/palm/kanshou.html
より)
形で読むか座標で読むか、この点においても、東洋・西洋の対象の認識方法の違いが現れていると感じます。

  • echo
  • 2007年7月18日 02:19

共同体社会と人類婚姻史 | 東洋と西洋って何だろう?

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