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2007年12月21日

戸籍制度に見る東洋と西洋の違い

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奈良正倉院に残る最古の戸籍“大宝二年御野国加毛郡半布里戸籍”


 タイトルに「東洋と西洋の違い」とは書いてみましたが、実は国民の身分関係を明確にするための戸籍制度を採用しているのは日本、韓国、台湾だけです。他の国は個人の履歴をどのように管理しているのかというと、欧米では個人毎の登録を基本として、さらに出生・婚姻・死亡などの「事案」別に分類されるのが一般的のようです(リンク)
 アメリカも個人登録で、ある州で結婚すれば、式を挙げた教会がその州へ届けてくれる。また、別の州で出産すれば、赤ちゃんを取り上げた病院がその州へ届けて把握されるのみ。(こんなので上手く管理出来るのかとも思いますが、実際に相続人の追跡などにかなり支障があるようです。)


 東洋と西洋、登録手法にこのような違いが出来たのはどうしてなのでしょう。

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 戸籍制度のオリジナルは中国で、唐時代の華北社会では戸(こ)と呼ばれる形態の緊密な小家族が成立しており、これが社会構造の最小単位として機能していました。そのため政権が社会を把握するためには個々の戸の把握が効果的であり、支配下の民の把握を個人単位、あるいは族的広域共同体単位ではなく、戸単位で行ったというのがのが始まりのようです。 (ウィキペディアより)


 日本における戸籍制度の歴史は、飛鳥時代に人民把握のために撰定・編纂されたものが始まりとされています。しかし、当時の日本では、中国での「戸」のような小家族集団ではなく、家(いえ)という拡大家族的な共同体が広範に形成されていた為、戸籍制度は一旦廃れ、有力百姓を通じての民衆支配や人別帳と呼ばれる血縁家族以外に遠縁の者や使用人なども包括した「家」単位に編纂されたものを基に統治が行われていました。

 その後、明治維新により戸籍制度が復活し、戦後の民法改正により現在の戸籍制度になりますが、一貫して国民を集団単位で登録するというスタンスは変りません。

 日本では、国民の管理を個人単位で行うのではなく、「家」や「世帯」という集団単位で行おうとしていたことがわかります。(台湾や韓国が同じ制度を取っているのも実は戦前に日本が導入したのがきっかけ。)

 それに対して海外、特に西洋においては戸籍という概念は無く(一部家族簿という登録制度はある)個人別の身分登録制度が基本となっており、自治体よりも地域の教会の役割が大きいのも特徴です。

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ロックウェル“婚姻届”
 このような違いはどこから来たのでしょうか。国民を管理する」というのは、支配階級が徴税をいかにスムーズに行うかが主目的です。日本における徴税制度は「年貢」つまり家族又は村が耕す田圃一反あたりに対して納めるのが基本です。それに対して中世ヨーロッパやロシアでは「人頭税」、全ての国民1人につき一定額を課す制度が普及していました。こうした税制の違い、徴税を集団単位で行うか又は個人単位で行うかが国民の管理制度に大きく影響していると思われます。

 この他にも、母系制を残存させ集団規範で行動する日本人には戸籍制度が、集団が解体されバラバラになった個人が宗教(教会)で纏まるしかなかった西洋では教会を中心とする個人登録制度が馴染んだのではないでしょうか。 このあたりは、徴税される側であった「農民に対する日本と西洋の違い」を調べてみる必要があるのかも知れません。

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