2008年07月15日
沖縄に伝わる一人前の女性の資格行事
世界各地には一人前と認めてもらうための資格試験のような行事があちこちに存在しています。ただ、その多くは男性の為のものが多く、『勇者』
としての資格試験が多いように思います。
今日は日本の沖縄に伝わる、女性の為の一人前の資格試験
と思われる行事について紹介したいと思います。場所は沖縄の本島から離れた久高島と言うところに伝わる「いざいほう」と言う行事です。
(「神の島久高島」より拝借)
以下、池田弥三郎著、「性の民俗誌」より引用です
本島から離れた久高島には、いざいほうという、十二年目ごとに行われる行事がある。島中の処女をかみあしゃげという神聖な場所に集め、そこに設置した、高さ二尺(約60センチ)、長さ二間(約4メートル)ばかり、幅一尺五寸(約45センチ)くらいの橋を渡らせる。ところが、すでに処女でないものはこの橋を渡り終えることが出来ず、落ちて死ぬと言われている。それで身に覚えのある処女は、その行事以前に身を隠してしまうか、それをしいて知らぬ顔で押し通そうとするかする。けれども信仰に支えられているからだろう、しいて渡るものはわずか二尺ほどの橋から落ちて気絶する者さえある、と言うのである。このいざいほうの行事こそ、神に仕える資格の有無テストであったと見ていいだろう。(引用終わり)
ここまで話が進んでくると、これは結局、一人前の女性となるためのテスト、すなわち、成女戒といわれるものの話に踏み込んでくるが、それは先にゆずって、似たような行事の内地のほうにおける残存を求めると、『伊勢物語』以来有名な「鍋かぶり祭り」がそれであろう。
たかだか二尺(約60センチ)の高さの橋から落ちて気絶すると言うくらい、『言い伝え通り、処女でない自分はここから落ちて死ぬかも』と言う信仰心から来る思い込みの強さは相当なものだったようです。
それはともかく、この地方では「いざいほう」と言う行事を通って初めて神に仕える資格が出来、一人前の女性として認められたわけですね。
『いざいほう』の意味は以下のような意味らしいです。
沖縄県久高(くだか)島で、午年(うまどし)に行われる神女加入儀礼。島出身の女性あるいは島の男性に嫁した女性が三〇歳になると参加する。
(リンク)
このように年齢も含めて一人前とみなす機会として、神聖な場所に「有資格者」である女性たちが集められ、みなの前でその資格があることを披露する風習だったようです。
また神に仕えることが出来るのは一般に女性のみであったようで、そのことは当時の建物にも現れています。
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以下、折口信夫著 『琉球の宗教』より引用。
御嶽は、神人(カミンチユ)の外は入れない地方と、女ならば出入を自由にしてあるところとがある。女には、神人となる事の出来る資格を認めるからと思はれる。どの地方でも、男は絶対に禁止である。島尻の斎場(サイフア)御嶽でも、近年までは、女装を学ばねば這入れぬ事になつてゐた。
大きな御嶽(オタケ)なら、其中に、別に歌舞(アソビ)をする場処がある。久高の仲の御嶽(オタケ)の如きが其である。併し多くは、其為に神あしゃげがある。神あしゃげ多くは、神あさぎと言ふ。神あしあげの音転である。建て物の様式から出た名であらう。
(引用終わり)
このように神に仕える神聖な場所へは男性は立ち入り禁止であり、神に仕えることの出来る女性のみが入ることを許されたと言う場所、それが先に出てきた『かみあしゃげ』だったようですね。
しかしいつの時代にも出てくる、『処女』の神秘性はどこから来るのでしょうか?
処女でない女性は橋から落ちるからと、事前に身を隠してしまうなどという出来事はだいぶ後になってからではないかと思いますが、そもそもこの行事が定着した頃の処女であることの理由とはなんだったのでしょうか?
- by saah
- at 23:00



comments
面白い記事ですね☆
神に仕えるのと、処女なのは、関係があるのかなぁ?
それとも、全然別の理由で出来た慣わしが、あとで関連づけられたとか?
続きを楽しみにしています。
ランキング応援しておきます♪
「鍋かぶり祭り」も非常に気になります!
有名、と書かれているそうですが、僕は知りません!
どなたか詳しい方、是非教えてください!!
>しかしいつの時代にも出てくる、『処女』の神秘性はどこから来るのでしょうか?
るいネットに以下の投稿があります。
『「処女性」は女性発の価値観念?』http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=84505
“いざいほう”の歴史ってどれくらいなんでしょうか?もしかしたら明治以降?
shinobuさん、応援ありがとうございます。
Rさん、参考投稿の紹介ありがとうございます。
Rさんの紹介投稿も参照して判断すると、やっぱり「『神のみ』に仕える神聖な人」として、他の誰とも交わらないでいることが条件だったのが発端のような気がします。
そういった高潔な女性=処女だったのが、処女=大切なものに変化していったのではないかと思いますがいかがでしょうか(特に西洋において)。
そのいっぽうで特に日本では神に仕えない平民は誰と交わってもかまわない⇒夜這いなどのおおらかな性になっていたのではないかと想像しています。
やまこうさん、コメントありがとうございます。
投稿で引用した中に書かれていた「鍋かぶり祭り」ですが、元の本にも少し書かれていたのですが、私ももう少し詳しく調べてみたいと思います。
確かに沖縄では、神事は女の人が取り仕切っていますね。特におばあさんが海に向かってお祈りしている姿が印象深いです。
一点確認ですが、『いざいほう』の意味として
>島出身の女性あるいは島の男性に嫁した女性が三〇歳になると参加する。
とありますが、このことと「処女」とが結びつきません。どういうことか分りますか?
岡さん、鋭い突っ込みありがとうございます((;^ω^)。
本文では「いざいほうの意味」として書きましたが、正しくは、「いざいほうの概要」とでも言いますか、辞書に載っていた内容を引用紹介しました。
そこでは確かに「処女」と結びつく記述はありませんね。
これからもどんどん突っ込みいれてください。
つっこみで~す☆
イザイホーについてネットで色々調べて見ましたが、12年に1度という頻度から考えても、島出身の女でかつ島出身の男と結婚した女が対象ということから見ても、「処女性」は関係ないように思います。祭りは12年に1度なのに、12年も処女を守っていたら、子孫が繁栄しません。。
あるとすれば、掟を破って島以外の男性と関係を持ったとか、古くは女が島外に出ることも禁止されていたようなので、それを守らず島外に出てしまったということではないでしょうか?
まりもさん、またまた(;^ω^)ですね。
「いざいほう」は、
>島中の処女をかみあしゃげという神聖な場所に集め、・・・(性の民俗誌)<とあり、
>ところが、すでに処女でないものはこの橋を渡り終えることが出来ず、落ちて死ぬと言われている。それで身に覚えのある処女は、その行事以前に身を隠してしまうか、・・・<とあるように、実際にこの行事に参加した女性はいろいろだったわけで、参加資格は処女だという“言い伝え”でしょうね。
(しかも「処女でない」ことに身に覚えのある「処女」ってなに?(爆))
とにかく言い伝えとはいえ、いつ、どのようにして「処女」が対象だと言う考え方が入り込んだのだろう、と言う疑問からいろいろ考えてみたわけです。
よかったらネットで調べた情報も教えてくれるとありがたいですね。