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2009年10月27日

サル・人類の機能獲得と弱点 ~共感充足の獲得~

先日のなんでや劇場で、「婚姻制度が社会の最基底部にあるのは、哺乳類では雌雄の引力が最大の引力(活力)であるからだが、全文明史を覆すほどの今回の社会の大転換も、男女の引力を基盤にした社会変革というスタイルになるのではなかろうか。」という観点が提示されました。そして、その変革の土台となるのは男女共認であると...

人類は、男と女で構成されています。これまでも、そしてこれからもこの構成は変わりません。だから、今後の社会がどのようにかわるのかを見通す上でも、きちんとどのように男女の関係が成立してきたのかを押えておく必要があります。その部分をサル段階から人類にかけての成立過程を再度復習していきます。内容は、実現論の前史ニから紹介していきます。

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るいネット 実現論 前史 ニ.サル時代の同類闘争と共認機能より引用します m027

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他方、同じ原モグラから出発して樹上に逃避の場を求め、樹上機能(後ろ足の指で手と同じ様に枝を掴める)を発達させて遂に樹上で棲息するに至った原猿は、大きな可能性を獲得すると同時に、大変な問題に直面することになる。まず、樹上には外敵が殆どいない。その上、樹上には栄養価の高い果実や木の実が沢山ある。従って、陸・海・空とは別の樹上という第四の世界をほぼ独占した原猿たちは、最高の防衛力と生産力を手に入れたことになり、忽ち森林という森林を埋め尽くして(その食糧限界まで)繁殖していった。

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そこで、彼らの最強本能たる性闘争=縄張り闘争の本能が問題化する。この本能は、激しい個間闘争によって敗退した大多数の成体が行き場を失って外敵に喰われ、あるいは餓死することを前提にしている。簡単に言えば、大多数が死んでくれることによって調和が保たれる本能である。確かに、半地下(ほぼ地上)であれば縄張り(言わば土俵)から敵を追い出すのは簡単である。しかし樹上には何本もの枝があり、降りれば地上があり、しかも縄張り内には何百本もの樹がある。この様な縄張り空間では、1匹の覇者が多数の敗者を縄張りから完全に追い出すことは不可能である。たとえいったん追い出したとしても、追い出された者は樹上逃避できるので、外敵に喰われることなく大多数が生き残る。そして、生き残っている以上、彼らは常にどこかの覇者の縄張りを侵犯していることになる。敵(=縄張りを持つ覇者)はメスの掠奪は許さないが、縄張り周辺でのエサの掠め取りまでは手が回らない。もちろん、首雄が恐ろしいので、彼らは概ね各縄張りの境界線上にたむろすることになるが、そこでは充分な食糧を得ることができない。

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かくして、樹上逃避機能を獲得したが故に死なずに、かといって縄張りもなく中途半端に生き残ることになった原猿たちは、本能が混濁して終う。しかも彼らは、絶えざる縄張り侵犯による過剰な緊張や怯えや飢えの苦痛など、全ゆる不全感に恒常的に苦しめられることになる。同じ性闘争本能を持つ肉食動物や草食動物がぶつかったのは本能の適応不足=限界であり、それは全ての生き物の本能が孕んでいる限界と同質のものであるが故に、彼らの限界も他の生物と同様に、無自覚のDNA変異によって克服されていった。


しかし、原猿がぶつかったのは単なる本能の限界ではなく、絶えず生存の危機に晒され不全感覚が刺激され続けるという意識的な極限状態であり、しかも本能そのものが混濁するという本能の不全(縄張り闘争には勝てないのに、死なずに辛うじて生きている)故に、本能ではどうにもならない(従って本能を超え出るしかない)という未明課題だったのである。

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彼らは恒常的に飢えの苦痛に苛まれ、いつ襲ってくるか分からない敵=首雄の攻撃に怯えながら暮らしていたが、それらの極度な不全感が生命の根源を成す適応欠乏を強く刺激し、生起させた。加えて、恒常的に強力な危機逃避回路(未解明だが、おそらくアドレナリンetc.の情報伝達物質)が作動する事によって(これも未解明だが親和系のオキシトシンetc.による性封鎖力ともあいまって)性闘争が抑止され、それによって、モグラ以来性闘争物質によって封鎖されてきた追従本能が解除された。かくして、不全感の塊であった境界空域の弱オスたちは、適応欠乏に導かれて強く追従本能に収束する。


しかし、互いに追従し合っても、誰も(縄張りの確保あるいは不全感の解消の)突破口を示すことは出来ない。そこで、わずかに可能性が開かれた(=不全感を和らげることのできる)親和本能を更に強化し、追従回路(アドレナリンetc.)に親和回路(オキシトシンetc.)が相乗収束した依存本能に収束してゆく。つまり、「縄張りを持たない敗者たちが互いに身を寄せ合う」

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不全課題を抱えて依存収束した弱オスたちは、依存し合う中から、「どうする?」⇒「どうにかならないか?」と可能性を相手に求め、互いに相手に期待収束してゆく。こうして、依存収束⇒期待収束し、互いに相手を注視し続ける内に、遂に相手も同じく依存し期待している事を発見し(探り当て)、互いに相手の課題=期待を自己の課題=期待と同一視して理解し合うに至った。自分以外は全て敵で、かつ怯え切っていた原猿弱者にとって、「相手も同じく自分に依存し、期待しているんだ」という事を共認し合えた意味は大きく、双方に深い安心感を与え、互いの不全感をかなり和らげることが出来た。この様に、不全感を揚棄する為に、相手の課題=期待を自己のそれと重ね合わせ同一視することによって充足を得る回路こそ、(未解明だが、おそらくは快感物質βエンドルフィンを情報伝達物質とする)共感回路の原点である。


この安心感+が、相手+⇒仲間+共感を形成し、原猿たちは不全感の更なる揚棄を求めて、より強い充足感を与える(=得る)ことのできる親和行為(スキンシップなど)に収束していく。そこでは、相手の期待に応えることが、自己の期待を充足してもらうことと重ね合わされ同一視されている。つまり、相手の期待に応え充足を与えることは相手に期待し充足を得ることと表裏一体である。従って、相手の期待に応えること自体が、自己の充足となる。共感の真髄は、そこにある。共感の生命は、相手(=自分)の期待に応望することによって充足を得ることである。こうして、不全感に苛まれ本能が混濁したサルたちは、その唯一の開かれた可能性=共感充足へと収束することによって、はじめて意識を統合することができた。これが、サル・人類の意識の、第一の統合様式たる共感統合の原基構造である。

上記の内容を図解化したら、以下のようになります。るいネット 【図解】実現論 前史ニ.サル時代の同類闘争と共認機能より引用します。

   原猿―樹上機能獲得
           ↓
          最高の生産力・防衛力獲得
           ↓
          縄張り闘争の本能の混濁(負けても死なない)
           ↓
          恒常的不全感(縄張り侵犯による緊張・怯え・飢え)
           ↓     ↓
          適応欠乏 危機逃避回路
           ↓     ↓
           ↓   性闘争抑止
           ↓     ↓
            →→→追従本能解除
                 ↓↓
                 ↓↓
               依存本能収束              
                 ↓↓
                 ↓↓
                期待収束「どうする・どうにかならないか」
                 ↓↓
                 ↓↓
                共感充足「相手も同じく自分に依存し、期待
                     しているんだ」という同一視 

図解化されたものを見ると、本文もすっきり理解できますね!樹上に逃避した原猿が、物凄い年月を経て共感充足を得ることが出来るまでの図解です。

ポイントはサルが獲得した共認機能というものは、本能の進化(DNA組替え)という生物史を覆す、全く新たな進化機能であることでしょう!

では、続き「ニ.サル時代の同類闘争と共認機能」の後編、共認機能の獲得の歴史をお送りします m027

by 復讐の叫び

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comments

人類の性の本質を考えるにあたって、サル・人類が持っている共感機能に遡って再考してみました。

るいネット「RE:共鳴回路と共感回路について教えて下さい!」
より

>問題は人類は(正確に言えば共感機能が生み出されたのはサル以降なので、サルは)何故共感回路という、「相手を同一視することによる充足回路」を作ったかです。言葉を換えれば、何故このように相手同一視の回路を「快感回路」にする必要があったかです。
おそらくこれの回路が形成された理由は、「相手を同一視できない事に対する不全(マイナス)」があったからでしょう。つまり相手(同類)が敵であったことに由来している、と思われます。

>つまり不全感=飢えと恐怖の塊であった(かつ本能ではそれは解消できない苦しみ)に見舞われた原猿達がこの不全の苦しみを解消する(和らげる)為に、(敵であると思っていた)相手を自分と同一視する→そのことによって充足回路=不全解消回路が作動するという、本能には無い回路を形成した、これが共感回路の原点です。その後この機能を発達させる事によってサルと人類は、多様な感情及び表情や言葉などの表現手段を発達させていく事になります。

ほ乳類全般に於いても、共鳴回路というものは存在します。
外敵に対して、集団動物が一斉に鳴き出したり、同じ行動をとる事は観察されており、また、集団動物でなくとも幼少期に狩りの仕方等を学ぶ=模倣も共鳴回路を下敷きにしたものかも知れません。

しかし、そのほとんどは外敵に対する危機察知や、捕食のための機能であり、サル・人類が持っている共感回路のように充足感(快感)を伴うものではないと思われます。

サル・人類の相手同一視から生まれる充足感(快感)が人類の男女間引力の基底部にあるのは間違いないのではないでしょうか。

  • The Ginyu Force
  • 2009年10月28日 18:23

原猿弱オスたちが本能混濁という逆境で獲得した共感機能が、現代人類の充足(共感充足)の源となっていることが分かります。

では、この共感機能(回路)は、脳回路としてどのようにして形成されたのか?とても気になるところです。

「共感回路はどうやってできた??」(ブログ:生物史から、自然の摂理を読み解く)より、 

●初期原猿の脳
「視覚情報(ボスザル、隣の弱雄)→大脳辺縁系(恐怖回路へ接続)」
            ∥
            ∨  
●原猿から真猿へ(共感回路の獲得へ)
「視覚情報(隣の弱雄)→認知回路(新皮質)→大脳辺縁系
           (相手の表情から) (追従回路、親和回路等)」

なんと!恐怖や警戒の対象を、「認知回路(新皮質)」を経由して、安心や充足の対象へと転換していった! 
共感回路の獲得、この脳回路の飛躍的な進化に驚かされます。

  • echo
  • 2009年10月28日 23:22

>共感の生命は、相手(=自分)の期待に応望することによって充足を得ることである。これが、サル・人類の意識の、第一の統合様式たる共感統合の原基構造である。

原基的な「共感機能」は原猿時代に形成されたものとありますが、突然変異などで急に出来上がったものではない様ですね。何度も世代を繰り返し脈々と塗り重ねられ獲得していったもの、という内容の記述がるいネットにありました。→(http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=1549&pgh=0「原猿における共感機能の進化の流れ」)

しかし、現代人にとってこの当たり前の共感機能も、外圧(貧困)を克服し、集団も解体してしまったという環境では、退化の道を歩んでいる様にも思えてしまいます。(そう簡単には退化しないとも思いますが・・・)

改めてこの原基構造を認識するということは、これからの人類の可能性を模索する上で重要な認識だと思いました。

  • mine
  • 2009年10月29日 10:50

◆ペットに関する面白い記事がありました。

>猫の癒し効果で、家で猫を飼っている人は心臓病になる確率が約3分の1になる、という研究結果が発表されました。こちらの研究、10年にわたって4300人以上のアメリカ人(30歳~75歳)を対象に行われました。AdnanQureshi博士も、「効果があるとは予想していたが、これほど大きな効果があるとは思わなかった」とコメントしています。精神的なストレスや不安が、心臓疾患に関係があることは今や周知のことですが、ペットから“癒し”を得ることで、ストレスを軽減できているようですね。(PETST:リンク)


>ペットである哺乳類の段階では、恐怖や怒り、愛着、喜び、悲しみ等の情動を持っています。これらの役割を持つのが大脳辺緑系です。(リンク)
餌付けされた犬猫(ペット)は、餌を与えてくれる飼い主に依存しているので、飼い主に対して、喜びや、愛着,甘えなどの情動を発信します。そして、警戒心のない安らいでいる行動が、人間には癒しを感じさせてくれるようです。

つまり飼い主に全面依存しているペットは、警戒心も解除されるので安心環境を提供してくれて「癒し」を感じられるのでしょう。
しかし、ペット(哺乳類)は飼い主に依存しますが、相手に同化して共感する能力が殆どありません。

それよりも、人類における最大の「活力源」は、共感機能の作動(≒お互いが分かり合える)だと思います。

お互いの存在を分かり合えて、役割~評価される関係です。

つまり、人類の共認機能からすると、仲間集団の中で自分の行動がみんなに役立ち喜ばれる事が最大の活力源であるという認識は大切だと思います。

収容するだけの老人ホームや、何もしないでも食べていける(≒期待されていない)環境での活力不全をペットで癒すよりも、期待される役割(=応望できる仲間)が必要という事に成ります。

  • 猪飼野
  • 2009年10月29日 20:59
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