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2010年02月03日

人類の進化-2  2足歩行は人類を形成した主要因ではない

kouza1-11.jpg

現存する生物のうち、直立二足歩行が可能な生物は、人類だけである。
したがって、人類の進化(特に注目されるのが知能進化)は、2足歩行→道具使用による知能進化という説がいわれているようですが、
この説は、本当に人類進化の本質をとらえているのでしょうか?


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新シリーズ「人類の進化」の第2回目の今日は、人類進化に関して書かれた「るいネット」の記事から、
【2足歩行は人類を形成した主要因ではない①②】北村浩司さんの投稿を紹介します。

(以下引用)


■2足歩行は人類を形成した主要因ではない①サルの上半身直立の事実

直立歩行と知能の発達(共認・観念の発達)に関する投稿が続いていますが、多くの誤解があるようです。この問題を議論する上では、先ずサル段階での肉体機能の変化を抑えておくことが、私は不可欠だと思います。

あまり注目されていませんが、サルは木の枝を足の指でつかめる事によって上半身を既に直立させています。またサルの眼窩は顔の前面に位置しています。(一般動物は顔の側面に位置している)そのことで、立体視が可能になり、互いが向かい合って表情を読み取ることが可能になっています。またよく「目は心の鏡」と、いわれますが互いの目を見ることが可能となっています。このことが共認機能の発達とって大いに有利に働いたことは言うまでもありません。というよりも、むしろ共認機能の発達の為に肉体的変化を促した、と言った方が正確でしょうか。まさしく最先端の機能に旧い機能が収束し、再統合される典型的事例の一つだと思います(29834「闘争(能力)適応 と 共生(取引)適応」四方氏)

またサルは同様に足の指で木の枝を掴める事によって、手と指先をある程度自由に使えます。これが上半身直立という機能とあいまって、身振り手振りなどの多様なボディランゲージを可能にしています。

つまり共認機能の発達にとっての肉体機能的な条件は、ほぼサル段階で獲得されているのです。 (同時に観念機能は自然に対して共認回路を使ったことが原点ですから、観念機能登場の肉体的条件も実現論http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=1&t=6#02

>足の指が先祖返りして、それ以前の獣たちと同様、足で枝を掴むことが出来なくなったカタワのサル=人類は、樹上に棲めるという本能上の武器を失った結果、想像を絶する様な過酷な自然圧力・外敵圧力に直面した。そこで、本能上の武器を失った人類は、残された共認機能を唯一の武器として、自然圧力・外敵圧力に対応し、そうすることによって、共認機能(≒知能)を更に著しく発達させた。実現論http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=1&t=6#01

極度の不全の中で共認機能一点に収束した、これが人類が更に共認・観念機能→知能を発達させた圧倒的要因です。直立は殆ど関係ありません。

060531saru01.jpg


■2足歩行は人類を形成した主要因ではない②直立→道具説の批判

しかし直立が人類を形成した主要因であるかのような誤解が、未だに広く蔓延しているのは、おそらく直立によって手が自由に使えるようになり、道具を使ったりものを加工することが可能になった(そのことが人類の知能を発達させた)という、エンゲルス以来の学説の影響力が強いからではないかと考えられる。実際人類をホモ・ハビルス=道具を使う存在と呼ぶ文化人も多い。(更にこの見解には、その背後に道具→生産力の発達こそ人類史を動してきた根本要因である、という生産力中心史観も横たわっている。)

しかし前投稿で明らかにしたようにサルもほぼ手や指を自由に使える。実際一部のサルは木の枝を道具として使っている。
更に大脳生理学からも以下のようにいえる。大脳の運動機能を司る領域は指・手を司る領域と、唇の周辺を中心とした顔面の表情を司る領域が、その大部分を占め、その二つはほぼ一対一の大きさである。いうまでも無く後者は共認のためである。
但し前者の中には腕や肩の(元々全ての動物が持っていた体を支える機能)運動の機能が含まれており、それが20%~30%程度を占める。(指だけなら0.7から0.8)更に指にはモノを加工するだけでなく会話には身振り手振りが不可欠であることから分るように、ボディランゲージに機能している役割も大きい。これが指の持つ機能の1/3とすれば前者=加工と後者=共認の比率はほぼ0.5:1.25=2:5である。
つまりこの事は大脳の発達は主要に共認機能の発達を動因としていることの一つの傍証である。
確かに人類が手を使ってモノを加工できるようになったことも大脳の発達に関わっていることも間違いないが、その比重は意外なほど小さいことも示す。
加えて直立以前のサルの段階で指の使用や道具を用いていた事実と併せれば、直立それ自体の持った意味は更に小さくなる


(以下引用終わり)

2足歩行⇒道具説による知能進化は主の要因ではなく、共認機能の発達を動因としていることがわかる。
とはいえ、2足歩行は人類のみの進化であり、どうして人類は2足歩行に至ったのか?このあたりを次回は追求してみたいと思います。

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仙骨の形態と人体

本質に気づけないと目先の秩序に収束して、
軸(本質)のぶれた駒や凧が安定して回らな
かったり、空高く舞い上がれないのと同様に
上手かない。

人体の中心に位置する仙骨と視床下部等の基盤を成し、さくさんの骨と隣接している蝶形骨は他のどの骨よりも重要だと言われている。

皿回しと同様に、回す手に相当する仙骨と回る皿に相当する蝶形骨の振動(回転)を考えると明らかに横方向は具合が良くない。二足歩行の結果もたらされた垂直方向と仙骨の安定的振動がその回転速度と精度を高める働きをしたと思われる。


仙骨と蝶形骨(や脊椎)の振動が全身と脳の活動の源泉であり制御装置でもある(仮説)。

スライドとスクリーンに映し出される映像が天地逆さまであるように、仙骨は人体を逆さまにした形で全身の全ての活動とバランスしている。

例えば仙骨の先端は頭と対応しており、仙骨の先端がロックすると頭がロックしてしまう。

ロックしても「歩くこと」で仙骨の振動がアップする。そのようになる形態になったということだと思う。

「現実」とは駒や凧をどう作るか、身体をどう調整するかということであり、「目先の秩序収束」とは、凧の絵柄や駒の色合に拘ることだと思った。

現実を対象化し、中心点(本質)に対する気づきが、真の秩序形成を導くものだと思う。

  • hosop
  • 2010年02月03日 23:29

何を持って人類になったか、という問いに対しては、「2足歩行」とする学説が圧倒的に多いようです。
しかし、なぜ2足歩行したのかについて納得できる説明をしている学説は見当りません。

乾燥化で森を失いサバンナに進出し2足歩行したという説は、化石調査により、森林に住んでいる時代に2足歩行し始めたことが分かってきており整合しません。草原に進出し狩りをするのはもっと後の時代です。

2足歩行により道具を使い脳が発達したという説も、道具を使用する少なくとも200万年前には2足歩行していたことが分かっており、直接の理由にはなりません。

2足歩行した結果、道具の使用や能の発達が促進されたのは事実だと思いますが、森林で樹上生活に不向きな2足歩行に自ら進出したと考えるのは無理があると思います。

ウィルスなどにより集団が枝を掴めない足に先祖返りし樹上生活ができなくなり過酷な地上で生きざるを得なくなった、そのためにサル時代の先端機能である共認機能に収束していった事が人類を人類にしたと考える方がすっきりします。

  • sinkawa
  • 2010年02月05日 00:35

引用の後半にある「大脳生理学~」の部分で言われているのは、有名なペンフィールドのホムンクルスをもとに書かれたものと思います。

ペンフィールドのホムンクルスとは、脳の運動野(身体運動を司る脳の部分)に占める神経の広さをもとに人間の身体の絵を描いたものです。→ http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/brain/brain/32/index-32.html

ペンフィールドのホムンクスルの特徴は色々ありますが、まずあげるならば「手」が非常に大きいことです。特に親指がものすごく大きい(親指の運動制御に脳の運動野の多くが割かれているということ)。これは、物を「つまむ」動作によると考えます。サルは、骨格的に物をつまむ動作ができない(親指と人差し指で丸をつくる、いわゆる“OK”の合図ができない)と言われていますが、人間はできます。人間の手先の器用さを象徴する特徴です。道具の使用を二足歩行の論拠としている人はこのあたりをもとに言っているのでしょう。一定は説得力があります。

しかし、私たちの手は道具を造るためだけに使っているわけではありません。原点である「触る」ことを置き去りにしてはいけないと考えます。
たとえば、怪我をしたとき、致傷した部分を母親にさすってもらうと、痛みが緩和したように感じます。いわゆる「手当て」の原点ですが、手の触覚と運動がセットになったスキンシップは、我々の生存に大きく貢献する部分。いわんやセックスも、です。セックスの場面での手の触覚、くわえて、つまむ動作などというと卑猥な話になっていきそうなのでご想像にお任せしますが、手の器用さは性機能の進化の一部といっても良いと思います。性充足を活力に生き残ってきた極限時代の人類の特徴でしょう。

いずれにしても、直立二足歩行の動因は一面的ではない。多面的に捉えなければ解明できない問題と思います。

  • HAYABUSA
  • 2010年02月07日 11:40

道具を使う動物を調べてみると道具を使う動物は人間以外にも結構いる。

野生のチンパンジーは木の実を石で割って食べたり、アリを捕るため巣に小枝を差し入れたりする。しかもより効果を上げるために平らな石を選んだり、小枝から葉をはずしたり、改良も加えるのだ。

長い進化の過程で、生物は色々な道具を手に入れ、それらを「生きる知恵」として記憶させた。そしてそれを子供や仲間などに学習させ、自分たちの文化として継承している。遺伝子による本能の継承だけでなく、後天的に学習した事を継承するのは人間の専売特許ではなく、広く生物界でも行なわれているのである。

つまり、人類は直立二歩行によって手が自由に使えるようになり、道具を使ったりものを加工することが可能になった、そのことが人類の知能を発達させた。 と言う説は主要因ではないと言えます。

  • mukai
  • 2010年02月08日 02:09
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