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2011年08月27日

『中華の性文化変遷』③ アヘン戦争 ~五四新文化運動 (帝国主義の欧米文化が流入し、女性の人権解放運動へ)

こんにちは。中華の性思想変遷、今回はその3回目です。
今回はアヘン戦争から、中国社会が西洋化の方向に舵をきるその端緒となった太平天国の乱、そして 洋務運動を見て行きたいと思います。
太平天国の乱とは、清朝末期の大規模な反乱です。高校の頃、学校で習った方も多いのではないでしょうか。
下の写真は、その革命政府が発行した貨幣だそうです。
独自の通貨を発行してしまうあたり、その反乱の規模が伺えます・・・
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前回紹介したように、中国の社会・文化は宋の時代に大きな転換点を迎えました。
性文化もまたここで大きく転換します。
そして、次の大きな転換点がアヘン戦争とその後の西洋化への流れです。
結果的に変革は中途半端に終わり、清は欧米列強に翻弄されながら衰退して行きますが、これらの運動が後の五四新文化運動へと繋がって行きます。
この中国の運動とは、一体どんな物だったのでしょうか。

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アヘン戦争
以下の文章は
「改革開放以降の中国人の性意識の変容およびその形成要因についての考察」
http://nucba.sampleple.net/themes/s_cic@cic@nucba/pdf/njlcc062/p055_72.pdf#search=’中国人の性意識’さんからお借りしました。

アヘン戦争から54新文化運動まで-新思想の流入と歴史の残存1840年のアヘン戦争は中国の近代史の幕を開けた。その後、中国の政治は多元化し、社会は反封建、半植民地社会段階に入り、静養しそうも少しずつ中国社会に浸透し始めた。1851年から13年間に渡り「太平天国」運動は、男女の平等を宣言し、女性の教育や土地の分配を受ける権利を訴え、纏足の廃止、婦人売買の禁止、一夫多妻制や売買婚姻制度の廃止を主張した。太平天国が崩壊した後、儒教的社会勢力の反動が起こり、女に「三従四徳(三従とは、未だ嫁がざるときは父に従い、嫁しては夫に従い、夫の死後は子に従う;四徳とは、婦徳(貞順)、婦言(言葉遣い)、婦容(身だしなみ)、婦功(家事)で、女性の守るべき道を言う)や「三網五常」(三網とは、君は臣の網、父は子の網、夫は妻の網;五常とは、父子親あり、君臣義あり、夫婦別あり、長幼序あり、朋友信あり)の伝統を再び守らせようとした。にもかかわらず、太平天国は当時の丁国社会に進歩した思想の種をまいた。その後、清政府の「洋務運動」により西洋の人権論や民主的意識が中国に流入し、その中で西洋のフェミニズムが紹介され、「平等思想」と「婚姻家庭観」が宣伝され、伝統的な婚姻制度に影響を与えた。1902年、近代中国で初めて翻訳された女性問題に関する書物「女権編」が中国に紹介された。西洋思想は中国人、特に女性知識人に広まった。

太平天国運動、洋務運動、女性運動は中国人の伝統的な性意識を変え始めた。だが、これらの運動は旧伝統を支持する勢力からの制圧があったため、領土の広い中国の全土全員まで影響を及ぼす事が困難であった。また、数千年に渡って築き上げられた中国人の伝統は性意識、性文化は一朝一夕に変えるわけにはいかなかった。従って、近代の中国は、西洋思想が浸透しつつながら、伝統思想も根強く残存していた時代と言える。


以上、引用おわり
さて、
中国の西洋化の端緒となった太平天国の乱
中国史において、民衆や軍閥の反乱、漢民族と満州民族の争いは殊更珍しい事ではありませんが、この反乱の特徴は乱の思想がキリスト教に根ざしていたと言う点です。
この乱の首謀者は洪秀全という人物で、科挙への挑戦と失敗を繰り返す内に科挙制の基本思想であり儒教思想に嫌気が差し、キリスト教へとのめり込んで行きます。
しかしながらキリスト教を異端としていた清にあって、そのキリスト教思想自体が洪秀全の独自の解釈が多分に入った、かなりいかがわしい物だったようですが・・・
故に、その教義には中途半端感が否めないのですが、それでも、中国文化の中で初めて男女平等や冨の均等分配を提示した事は特筆に値します。
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洪秀全
しかしながら、これらの思想が大衆に支持されていたかは疑問です。
当時の清朝の政治腐敗と圧政が、人々に乱への期待感を植え付けた部分も多いようです。
しかし、こうした儒教思想とは全く違った観念がある事を大衆が知る切っ掛けとなったことは間違いありません。
その後の洋務運動によって、西洋社会の文明や観念と共に性文化も流入してきます。
男女平等や女性解放などの思想に感化されつつ、一方で中国の伝統的な性文化もまた根強く残していたと言う点は、その後の中国を考える上では重要です。
この点は明治・大正期の日本と比べてみると、その違いも鮮明になって興味深いのではないでしょうか。

以上、
次回はいよいよ近代中国!
④五四新文化運動 ~中華人民共和国成立~ 改革開放
(毛沢東の中華人民共和国を作った時代:女性を戦力化~「一人子政策」はじめ強く性規制 

の予定です!お楽しみに!!
最後に、応援の方もよろしくお願いします!!

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