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2020年08月16日

キリスト教による奴隷の婚姻制=一対婚

現代の結婚様式は「一対婚」が主要となっていますが、それはキリスト教が大きく影響しています。リンク リンク リンク
では、なぜキリスト教は一対婚を選んだのかについて解明していきましょう。

キリスト教は15~16世紀にかけて急激に拡大しています。
他の宗教と比較すると、異常とも言える程の拡大の仕方といえます。
この時代は、ヨーロッパ各国が他の国を侵略し、植民地化していく時代。
つまり、キリスト教は侵略と共に拡大していったと言えそうです。

そして、もう一つの特徴は、弱者(奴隷)のための宗教。
「精神世界の鉄人」エッセイ集より抜粋引用

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キリスト教の結婚式では、牧師さんが、厳粛に、
「神のあわせ給うところ、人、これを離すべからず」
と新郎新婦および、会衆に対して宣言します。
神前結婚式なのですが、この「人」という言葉は、元来は、「奴隷主人」のことだったそうです。そして、「新郎新婦」は、元来、「奴隷同士」だったというのが、昔の牧師さんの言葉だったそうです。
初期キリスト教は、イスラエルに始まるそうですが、その後、ローマ帝国の奴隷の間に多くの信者を獲得したようです。
当時の奴隷は、いろいろな待遇があり、全てが鎖に繋がれて重労働していたわけではなく、「下男」、「下女」、「家庭教師」、「芸人」などの自由にローマ市内を歩き回っていた奴隷もいたそうです。
そうすると、当然、恋愛をする恋人ができ、生涯を共に過ごしたいと思ったそうです。しかし、奴隷の身では、その保証がありません。奴隷主人から、「オマエ、今度、外国に売り飛ばすからな!」と言われれば、二人は別れて、まず死ぬまで再会することはありません。そういう境遇の中だったので、ほとんどの奴隷達は、恋愛をあきらめたそうです。
しかし、中にはあきらめきれないカップルがいて、その人たちは、「自分達も、人間らしく、結婚式を挙げたい」と強く願ったそうです。
でも、二人が「夫婦」であるということは、ローマ市内では、知人や家族が認めてくれるのですが、外国に売り飛ばされ、離れ離れになり、戸籍も証人もいなくなれば、誰も、「夫婦」だと認めてくれません。
そういう状態のカップルに、キリスト教の牧師さん達は、
「天上には、絶対的な神がいて、二人は、天国で再会できます。さらに、神があなた達の結婚に立ち会って証人になってくれますから、大丈夫ですよ。信者になれば、たとえ奴隷どうしでも、天国に戸籍簿があるから、立派に夫婦ですよ。」
と説いたそうです。上記の「人、これを離すべからず」というセリフは、「奴隷主人でも、二人の結婚を引き裂くことはできない」という意味だったそうです。
しかし、このセリフは、明日にもやってくるかもしれない「強制的な別離」の恐怖を、改めて思い出させるセリフでもあったようです。
現代の新郎新婦は、このセリフを、何も考えずに、聞き流しているようですが、当時の奴隷同士は、悲壮な気持ちで、結婚式で、聞いていたようです。

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上記のように、侵略によって確保した奴隷の心の安定(現世で報われなくても来世では幸福が約束されている。)を与える効果は絶大だったと言えると思います。
キリスト教は、元々は結婚禁止の宗教でした。特にカトリックの司祭は独身でしか成れなかったし、その地位を守るためには、一生独身を強いられました。(参照:「バルバロイ!」結婚(Marriage)) 

それが、宗教改革(プロテスタント分派)の前後から、その規律がなし崩しになり、最終的には「一対婚」のみ(離婚厳禁)を認めるようになっていきます。
特に奴隷という身分に於いては、何人もの妻を抱える経済的余裕はないですし、離婚を認めてしまうと「奴隷の子は奴隷」という出自管理も難しくなっていきます。
つまり、キリスト教は「一対婚」という婚姻制度を「秘蹟(ひせき)」という形で救済される形体を組み込み、支配者の侵略→奴隷の統合にとても都合の良い武器となり、爆発的(強制的)に広まっていった宗教と言えそうです。
現代では、「一生一人に添い遂げる」ということで一対婚(一夫一婦制)が美化されていますが、元々は奴隷を都合良く管理する婚姻形態にすぎないのだ。と認識を改める必要があるのではないでしょうか。

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