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2007年9月29日

2007年09月29日

「こやらい」にみる子育ての精神

高校生の自殺や、親殺しが相変わらず続いています。現在の一対婚による密室家庭での「子育て」は、修復以前に、根本的に狂っているのではないでしょうか?今回は、「こやらい」を通じて、過去の子育てを振り返ってみたいと思います。
「こやらい」と一人前より
《引用開始》
「私はこやらいの最中だ」とか、「あなたはこやらいが終わった」などと、八幡浜地方では育児のことを「こやらい」というが、これは標準語ではなく、中国・四国地方に残る方言である。
大藤ゆき著『児やらい』には、「愛媛県宇和地方でもコワライ、コアライなどといい、同様の意味(養育のこと)に使っている。
山口県大島では子どもの世話になやむことがコヤラエであった。
「追いまわすだけでなく、大きく成長をしてゆく子を母の手から放すことを意味している」と紹介されており、「こわらい」、「こあらい」、「こやらえ」等の方言があったようである。
もともとこの方言は、子を「やらう」ことから来た言葉であるが、「やらう」とは、動詞「やる(遣)」の未然形に、反復・継続を表す助動詞「ふ」が付いたもので、追い出す、しりぞける、追い払うといった意味がある。
子供を育てることを「やらう」・追い払うと表現することは奇妙な感じもする。
これは、現代の子育て・教育は、親が前に立って子供を引っ張る立場にあるのとは正反対に、かつては、親は子供を大人社会へと追い出して一人前にしようと後ろから支える立場にあったことを示しているのかもしれない。
子供を世間に巣立たせる意味で「やらう」・追い出すという言葉を用いたのだろう。
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