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2008年5月17日

2008年05月17日

「わたしの死」

「裁判員制度」をめぐり、本質問題には蓋をしたままの「死刑論争」が続いています。
ここでは、あらためて、「死」というものを考えてみたいと思います。
死の意味領域(内堀基光氏)を参照させて頂きます。
《引用開始、一部編集》
>「わたしの死」というのは普通の人間の長い人類史の過程においては問題にならなかったことでしょう。
これを問題にするのはやはり社会的権力などの、生きている中における差異の肥大化だろうと思います。
それは階級社会の発生といってもいいし権力の発生といってもいい。
個人による他の個体への支配といってもいい。
その中で「わたしの死」というものが出てくるのであろう。
歴史的な諸宗教は基本的には「わたしの死」に関わってくる。
キリスト教にしても仏教にしても、ちょっと違いますがイスラムも基本的にはそうですね。
ようするに「おまえが死んだらどうなるか」という問いかけ、つまり「わたしの死」というものを考えさせるのが、歴史的な宗教の力である。
悪い言い方をすれば、これは一種の詐術であって、その中で「死」というのは自分の死であると人々は思い込まされる。
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(さらに…)

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