2009年10月16日
始原人類の婚姻制 ③「風土、生産様式、婚姻制」

今回で3回目となる「始原人類の婚姻制」ですが、1回目:原始婚と性習俗、2回目:エスキモー族の風習と、現在日本での男女関係、婚姻制とは全く異なる婚姻制が現実に存在していることを見てきました。
そこで今回は、婚姻形態はなぜ異なるのか、どのようにして婚姻制は決まるのかを見ていきたいと思います。
るいネット 岡本さんの投稿「風土、生産様式、婚姻制」からの引用です。
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婚姻様式と風土との関係について、富田さんが返信されていますが、私も林さんの風土類型に沿って考えたいと思います。風土と文化・思想との関係は、和辻哲郎氏や梅原猛氏などの優れた考察がありますが、実現論は婚姻様式まで踏み込んでいて大変興味深いと思います。
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まずモンゴロイドが住むモンスーン型ですが、確かに「季節風」によって湿気や暑さ、暴風雨、洪水、大雪、台風、乾季雨季などさまざまな外圧を受け、和辻哲郎氏曰く「人間をして自然への対抗を断念させるほどに巨大な力であり、人間を忍従的たらしめる」となりますが、山野や海辺には豊かな食料資源があり、しかも簡単に採取できます。人間を忍従的たらしめると同時に、豊穣な恵みをもたらす自然に囲まれて、「人間や動植物ばかりか、山や川にすら生きた生命が宿り、世界はすべてこうした生きた生命から成り立っているという世界観(梅原猛氏)」が育まれたのでしょう。
闘争圧力がそれほど高くなく、したがって能力ヒエラルキー格差が付きにくい平準な集団を統合するには、総偶婚が適していたと考えられます。勿論、性闘争や自我が発現する余地はありません。
牧場型は、地中海沿岸をルーツとする北西ヨーロッパの風土とされ、コーカソイドがいます。地中海沿岸はモンスーンの夏の湿潤に対し、夏の乾燥を特徴とし、大雨、洪水、暴風は少なく、人間に対して従順とされます。モンスーンアジアの人々が自然に対して受容的、忍従的であるのに対し、牧場型の人々は自然との戦いから開放されていると言えます。この自然の「従順さ」は人々を自然の中に法則を探求させることに向かわせたり、征服する発想につながりました。
北西ヨーロッパは夏雨地帯ですが、降水量はモンスーンアジアに比して少なく温順で、暑熱の代わりに激しい寒さをもちます(ただ暑熱より寒さは容易に征服されやすい)。温順な自然は半面土地が痩せていることを意味し、地中海も死の海といってよいほどに生物の少ない痩せ海でした。
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森林で獲物を追う狩猟部族は、まだまだ強い闘争圧力を受けて強い集団統合力を維持し続けているため、婚姻制は首勇集中婚の規範を残しつつ、一段下に拡張した勇士集中婚(勇士婿取り婚)を形成していったと考えられます。
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牧畜生産に移行すると一気に闘争圧力は低下しますが、母系氏族集団を破壊するような性闘争はほぼ封鎖されていたと思われます。
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砂漠型(ツンドラ、ステップ、砂漠+オアシス、サバンナの4類型がある)と称される風土に進出した遊牧部族は、西アジアにコーカソイド、中央~東アジアにモンゴロイドがいます(林さんの挙げられていたアフリカは一旦おきユーラシア大陸を想定します)。遊牧は、遊牧している野生の有蹄類の群れにくっついて移動する生産様式ですが、梅棹忠夫氏によると、家畜の子どもを人質に取ることによって母親を逃げられないようにして、子どもに乳を飲ませる際に人間が搾りとるという技術と、大多数のオスを去勢することによって群れの中にとどめたまま、群れの統制を保つ技術の、二つの技術を前提として完成したとされています。農耕に匹敵する人工的な加工が施された家畜は、蓄財意識を芽生えさすに十分だったと思われます。
まして小集団(小氏族)で移動するという闘争集団ゆえに、男原理の父系集団に移行すると、嫁取りのための婚資(=相当数の家畜)を蓄財することを第一義とする私益集団と化していきます。私益集団から掠奪集団が生まれるのは時間の問題と考えられます。
(実現論 イ人類の同類闘争=性闘争から掠奪闘争へ実現論2_1_00参照)
風土、生産様式、婚姻制を整理して見ると、
・モンスーン型風土(湿潤、受入れるしかない圧倒的な自然)⇒採取生産(豊穣な恵み、闘争圧力低い、能力格差つかない)⇒総偶婚
・森林⇒狩猟生産(食料確保大変、強い闘争圧力、能力格差大)⇒勇士集中婚
・牧場型風土(夏乾燥、征服できる自然)⇒牧畜生産(食料確保改善、闘争圧力低下、能力格差縮小)⇒勇士資格が低下した勇士婚
・砂漠型風土(乾燥、定住では生き延びれない厳しい自然圧力)⇒遊牧生産(家畜化技術、移動生活、闘争集団化)⇒父系嫁取り婚
となります。
人類の生産様式は、その置かれた自然外圧状況に適応する形で決まっていきます。
この部分は理解しやすいと思いますが、ポイントは婚姻制も風土、生産様式によって集団が決めると言う点です。
自然外圧があり、その外圧に適応した生産様式があり、その生産様式を最も上手く行なえる集団をいかに作るか=集団をいかに統合するかという視点で集団内の婚姻制(男女関係)が集団規範として定められていきます。
婚姻制(男女関係)とは、集団をどのようなルールで纏めるか、活力ある集団にしていくかという、最基底部にある規範なのです。
現代に生きていると、一夫一婦制、男女の自由恋愛、自由な性関係は、最も進んだ(自然な)男女関係のように思ってしまいますが、婚姻制は「集団」という視点が無いと見えてきません。
婚姻制(男女関係)を集団によって規定してきたのが人類500万年の歴史であり、それは以下に集団を統合するかという視点からでした。婚姻制(男女関係)を個人の自由としている現代は、人類史の中で極めて異端な状況と言えそうです。
- by sinkawa
- at 21:30
comments
遊牧部族とその婚姻制が掠奪集団の起源になったというのは驚きですね。
BC3000年頃の地球の乾燥~砂漠化がユーラシア大陸~西アジア周辺に、遊牧
生産を生み出しました。
Msg:28378
遊牧部族は
>小集団(小氏族)で移動するという闘争集団ゆえに、男原理の父系集団に移行すると、嫁取りのための婚資(=相当数の家畜)を蓄財することを第一義とする私益集団と化していきます。私益集団から掠奪集団が生まれるのは時間の問題と考えられます。
<
なんでや劇場での最新議論では
http://blog.trend-review.net/cgi/mt-tb.cgi/1295
>これまで自我は個人と一体であると考えてきたが、それは間違いではないか。
集団の自我(私権)こそ、自我(私権)の出発点ではないのか。
個人発の自我が集団に蔓延したのではなく、まず集団自我(私権)が生まれ、それが個人に転写され、個人の自我(私権)が生まれたのではないか。<
と述べられています。
この時、婚姻自体は集団内にありますから、集団自体の自我、私権意識化が最初で、そこから、個人に転写され、婚姻も私有婚化することで自我、私権意識が一層強まっていったという順序でしょうか。
牧畜生産の婚姻制について、さらっと書いてありますが、どんなものだったのでしょう?
牧畜生産には狩猟生産ほどの闘争圧力は働きにくいわけで、能力格差はつき難い。したがって、成員の能力評価が平準化した集団になっているのではないかと推察します。
その場合、当初の勇士集中婚の裾野を広げて、広く婚姻の機会をもうけて性闘争の封鎖に対応していたということでしょうか?
牧畜生産といっても色々な場合が考えられるので一概には言えないと思いますが、高い闘争圧力を前提とした勇士婚の様式が、牧畜生産では変化しているはず。そこを知りたいですね。
人類が生き続ける為に必要なのは
先ず食料・・・・・・・動物は食料がないと死んでしまう。
もちろん生殖・・・子孫を残す。
そして集団・・・・・・弱い動物なので一人では生きていけない。
その集団を維持して行くにはどうやって食料を得るか?
・・・食料=自然の恵みなので気候風土に依って規定される。
(ex.採取、狩猟,漁労,牧畜,遊牧,農耕・・)
そして、どう統合するのか?
これらの課題を解決する為に規範が共認され、役割が共認されて集団が
統合されるということになります。
今まで『生産様式と婚姻様式の関係』とか言われてもピンと来ません
でしたがみなさんの意見を基に整理して行くと、
本来あるべき人間の姿を探求する上で、人類の生存していた地域の
自然外圧⇒生産様式と婚姻様式の理解は重要な視点だと思います。
牧畜には貯蓄に基づいた利子生活や、基金による財団経営に通じる部分が多いという話を聞きました。
日頃、牧畜にあまりなじみの無い私たち日本人からすると、牧畜とは「歩く食料貯蔵庫」であり、動物性食料の資源を手元において生かしたまま貯蔵することにあると考えがちですが、それは貯蓄の元金を食いつぶすようなものです。
実際は、病気や怪我で目減りする元金(家畜)を出産による再生産で補いつつ、もっぱら家畜の乳という利子(乳製品)によって生活するというのが牧畜民の姿です。のどかな様子を牧歌的と言いますが彼らの外圧は決して低くはないのでしょう。
消費を増やす為、元金(家畜)を増やそうとしても牧草地の限界以上は頭数を増やすことはできず、再生産される頭数以上を消費すると元金(家畜)が減ってしまう。これを「牧人のジレンマ」と呼ぶそうです。