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2009年10月03日

日本人の基点「勤勉」は、充足発の女原理

日本人の勤勉性。。。
敗戦からの復興やその後の経済成長、その原動力として日本人特有の「勤勉性」はよく挙げられます。
ではこの「勤勉性」はどこから来るのでしょうか。
このことに関して、るいネットからとても興味深い記事を見つけたので紹介します!
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その前に応援宜しくお願いします!!
       

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日本人の基点「勤勉」は、充足発の女原理

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最近、婚姻史や共同体社会のことを調べています。その中で思うのは、女性は「勤勉」だということです。
事例としては、自然豊かな(=自然外圧が低い)東南アジアでは多分にもれず女性がよく働きます。一方、男性はのんびり・ブラブラしている。
これがあらわしているのは、
闘争存在である男性は、闘争課題があるとがんばるものの、闘争圧力がなくなると途端に「怠ける」ということ。外圧依存型の闘争性や勤勉性はもっているものの、何もない時には怠けがちなのがオスという生物なのでしょう。

一方、女性は外圧が高い場合は当然のこと、外圧が低い状態でも勤勉さを失わない。東南アジアの事例は、男性の怠け者ぶりが顕著であるため、女性の働き者ぶりが相対的に際立っているだけとみなせます。メスは基本的に勤勉な生物なのでしょう。

では、なぜ女性が勤勉なのか?
それは、充足・安定存在ゆえであると考えます。
子育て、炊事、掃除、縫い物・・・身近な周りの充足のために日夜勤勉に働くのが女性=お母さんの姿だったりします。どんな家でも女性=お母さんの勤勉さがなければ、日常的な充足・安定は維持できません。
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これを逆に見れば、女性は身近な皆の充足・安定のために働いてくれているということです。自分の勤勉さが、皆の充足・安定につながるとわかるうえ、主体的に動いていけば、皆の充足・安定を高める課題(期待)は無数にかつ常に存在します。したがって、永続的に勤勉さが持続するということでしょう。
このように考えると、「勤勉」は女原理なのだと思います。
特に、我々日本人が考える勤勉さは、この女原理発の勤勉さに根ざしているでしょう。

充足・安定を尊ぶ縄文体質とは、すなわち女原理。女原理で動いてきた我々日本人にとって、女性の勤勉さは肯定・感謝の対象であり同化対象です。そこを基点に、男性にとっての労働=闘争も認識して価値を見出していったのが日本人なのだと思います。(労働=闘争を男原理と直結させて理解する欧米人にとって、ここは理解しにくいでしょう)
今後、充足発の実現方針を出していくのは、男原理の闘争過程ですが、たゆまぬ努力の源泉である勤勉さは、女原理の勤勉さであると思います。
この勤勉さが、充足発の闘争を実現する日本人的基点になると思えてきました

 
               
以上、HAYABUSAさんの投稿からの引用でした!
:D HAYABUSAさん、有り難うございます! :D
 「勤勉性」と言われると、汗水流して働くお父さんをすぐにイメージしてしまいますが、実は女原理に根ざしていた、というのはとても面白いですね。
「勤勉性」もまた日本人の充足可能性への収束の結果なのだ、という点は目から鱗でした。

では同じ農耕民族の東南アジアの人達はどうなのでしょう?勤勉?怠け者?その違いはどこから来る?
私たち日本人の心に根ざす「勤勉性」には、これからどんな可能性があるの?
みんなでもっともっと深く追求してゆきたい内容です。
みなさん、コメントどしどし下さい!宜しくお願いします!!

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comments

明治時代に女たちが「女性たちの生き方」を探求していた時期があった。
働く女性と子育てについて大正の昔に与謝野晶子と平塚らいてうで繰り広げられた「母性保護論争」です。
この母性保護論争は子産み子育てと仕事の関係について論じた古典の中で、平塚は、「子育て環境(=経済支援)を国家が行うべきだ」と唱えたのに対して、与謝野は「男にも国家にも頼らず女も経済的自立すべきだ」と論議しています。
時代は、江戸時代の鎖国から明治の開国へと世界の列強各国の中に日本が市場開放されていく時代です。
明治政府は急激な「文明化」を図り、明治憲法の家長制度を定め、工業化~農村から都市への流出が進み、以前のような農村共同体の中にあった女性たちの役割も無くなり、「女性たちの生き方」が問われだしたのでした。
そして、日本は1868年に鎖国時代に世界に国を開放して市場社会に突入して132年が経った。
当時の「女性の役割」(≒社会の仕組みそのもの)を、改めて議論すべき状況に来たと思います。

  • 猪飼野
  • 2010年1月9日 16:00

>女性の「性」を肯定し、社会の中でそれを如何に役立てて行く<
雷鳥が求めた本来の女の役割とは、周りに期待をかけ、自らは充足存在となることであったのではないか。つまり、性的充足存在としての価値を全うしたかったのだと思います。
それは江戸時代までは都市部の支配層を除きその下に位置する共同体においてはごく普通に女の役割として集団から期待されていたものなのだと思う。
(性的価値といってもいわゆる性的”商品価値”ではないでしょうね)

  • 鯉太郎
  • 2010年1月10日 12:16

フェミニズム⇒ウーマンリブ⇒ジェンダーフリーと変化してきた近代思想も私権の衰弱と共にその影響力はほとんどなくなってきています。
否定発の思想は、その対象が衰弱すれば衰弱するのは必然だからです。
そのような状況下にもかかわらず声高に叫び続ければ、余計に周りに違和感を与え、バッシングされるのも当然なのでしょう。

  • 不撓不屈
  • 2010年1月12日 23:43

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  • 匿名
  • 2011年12月4日 11:26

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