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2011年05月03日

シリーズ「モンゴロイドの歴史」2~人類の出アフリカとモンゴロイドの誕生~

こんにちは。シリーズ「モンゴロイドの歴史」の第2回です。
前回の第1回では、まず「今、人類史を追求する意義と視点」として、『震災や原発など、不安が先行している今だからこそ、人類に進むべき道、可能性を発掘するために、人類がいままでどのような道を歩んできたのかの歴史事実をしっかり押さえる』という目標を固定しました。
第2回からは、いよいよ、私たちの祖先であるモンゴロイドが、「どのような外圧状況で、どのように可能性収束したのか」を追求していきます。
<人類の拡散ルート>画像はコチラから

今回は、人類の出アフリカ~モンゴロイドの誕生までの人類の足跡をたどります。
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■人類の出アフリカ
人類は約500万年前、アフリカに誕生。肢の指の先祖返りによって、樹の上に棲めるというサル時代の最大の武器を失った人類は、想像を絶する逆境に陥りました。鋭い牙も、走力も他の動物に比べて肉体機能が遥かに劣る人類は、地上では狸のような小動物にも負ける存在であり、従って日々の食料も確保できず恒常的な飢えに苛まれ、常に肉食動物の襲来に脅える絶望的な生存状況でした。
この本能機能だけでは適応できない状況の中で、人類は共認機能を強化し、その共認機能をさらに進化させ観念機能を獲得し発達させていきます。しかし、約1.2万年前まで洞窟に隠れ住むしかない状況が続きます。このような過酷な状況に加えて、繰り返し訪れる氷期による寒冷化→乾燥化→「食料がない」という二乗の逆境に陥った人類は、かろうじて逃げ延びて命を繋ぐために、出アフリカ=決死行を試みます。
<各段階の人類分布>(別冊日経サイエンス151より)
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原人段階(約200万年前~25万年前(一部4万年前まで))
   ホモ・エレクトス(ジャワ原人・北京原人)
約180万年前、本格的な氷期(リス氷期)に突入。益々進む乾燥化→食料不足の中で、原人は可能性を求めてアフリカからユーラシア大陸へ→中央アジア→東南アジアへ拡散。後に全て絶滅。
旧人段階(約60万年前~3万年前)
   ホモ・ネアンデルターレンシス
旧人が拡散を始めたと考えられる60万年前は、ドナウ氷期に当たり、原人の頃と同じく、やはり急激な乾燥化→食料不足が起こったと考えられる。アフリカから中央アジア、ヨーロッパへと拡散。繰り返される厳しい氷河期を乗り越えることが出来ずに全て絶滅。
新人段階(約16万年前~現代)
   ホモ・サピエンス(現生人類)
約15~14万年前は1000年単位で非常に激しい乾湿の変動があった。また約11.5万年前から最後の氷河時代、7万年前には最終氷期の亜氷期が始まり、この時代以降寒冷で乾燥した気候になる。
約12万5千年前、一つの集団がグリーンサハラを縦断し、ナイルを北上し、レバントに到着。レバントにたどり着いた部族は、9万年前頃までには死に絶える。
約8万5千年前、一つの集団がアフリカからユーラシア大陸へ。その後、全世界へと拡散。現在の全てのアフリカ人でない人種は、この集団に由来する。

■出アフリカ三大グループ
出アフリカを果たした人類は、Y染色体によるDNA多型分析によると、大きくAからRまでの18の系統に分けられます。

  • A系統(アフリカに固有)
  • B系統(アフリカに固有)
  • C系統(出アフリカの第一グループ)
  • D,E系統(出アフリカの第二グループ)
  • F~Rまでの系統(出アフリカの第三グループ)

の5つのグループに分かれる。
現生人類の発祥の地アフリカに留まったA,B系統を除くと、アフリカから出ていったグループは3つの系統、つまりC系統、D,E系統、F~R系統に分かれる。この出アフリカ三大グループの末裔が全世界に広がっていった結果、現在の全世界的なヒト集団の分布に繋がっている。

<Y染色体DNAの系統樹>画像はコチラから

詳細な系統樹はコチラ
この中で、東へ向かった集団がモンゴロイドと呼ばれます。
■南方(スンダランド・インド)で形成されたモンゴロイドの基層的形質

Y染色体分析によると、原モンゴロイドの登場は5.5万年前のインドとされる。インドのドラヴィタ人はその末裔である。また5~4.5万年前には原モンゴロイドはアジアの南方(オーストラリア、スンダランド、中国南方)へと広がっていく。各々をオーストラロイド、スンダ・モンゴロイド、シナ・モンゴロイドと呼ぶことにする。
ここでモンゴロイドY染色体の分化を整理しておくと、
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となる。このように多様に枝分かれしたが、旧人とも交配したという最新事実から考えて、基本的に枝分かれした各スンダランド人同士も、温暖湿潤で豊かな環境条件に恵まれていることもあって、共存共栄関係にあったと考えられるだろう。

<スンダランドを再現した地図>画像はコチラから
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スンダランド (Sundaland) とは、現在タイの中央を流れるチャオプラヤー川が氷河期に形成した広大な沖積平野である。現在ではタイランド湾から南シナ海へかけての海底に没しており、マレー半島東岸からインドシナ半島に接する大陸棚がそれに当たる。氷河期に、海面が100メートル程度低くなり広大な平野であった。
最近では、紀元前70000年頃から紀元前14000年頃にかけての氷河期には陸地であった。紀元前12000年頃から紀元前4000年にかけて約8000年間にわたる海面上昇により海底に没した。(Wikipediaより)



このように、出アフリカ→人類の拡散とは?

■第一の逆境:
人類の歴史は、そのほとんどが極限的な飢え=(ただでさえ)「生きていけない」
■第二の逆境:
加えて、繰り返し訪れる氷期による寒冷化→乾燥化→「食料がない」
★人類の拡散とは、(ただでさえ)「生きていけない」×「食料がない」という二乗の逆境から、かろうじて逃げ延びて命を繋いできた過程、まさに『決死行』であった。
(決して、物見遊山で拡散・移動したわけではない。食料=ごちそうを求めて生存域を拡大していったという学者の説も誤り→その証拠に、拡散した人類も洞窟や崖地に隠れ住む生活であった。また約500万年前~約1万年前まで人口はほとんど増えていない)

アフリカを脱出し東へと移動した集団は、温暖湿潤で豊かな環境を手にし、その場所でモンゴロイド基層的形質を獲得します。しかし、その後、再び環境変化に伴う逆境に見舞われ、移動を始めることになります。
次回、「モンゴロイドの北上」に続きます。乞うご期待ください!!

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