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2011年05月12日

ゲルマン人と古代ローマ人の性に対する意識の違いとは?

「ゲルマン人の結婚」について、
【阿部謹也:西洋中世の男と女 聖性の呪縛の下で、筑摩書房】
の一部を紹介します。
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ゲルマン人とはどういう民族か?
一般的に知られているのはDC375年がピークとなる「ゲルマン民族の大移動」です。
北方から移動してきたゲルマン人ですが、東方からのフン族による玉突き、あるいは人口増大が原因で移動が始まったと考えられています。
ゲルマン人は農耕牧畜を部族単位で営んできており、禁欲的な価値観を持ち、集団意識が高い集団です。→参考資料
<世界の各部族の婚姻形態 メモ>古代ゲルマン族
次々と押し寄せて来るゲルマン民族は、ローマ人にとって「略奪集団化」した驚異な存在でした。その流れは避け様も無く、西ローマを中心に混血化が進んでいきますが、そもそも享楽的なローマ人と厳格なゲルマン人とは相容れない様に思われます。
この過程は追って整理するとして、まずは、その禁欲的な価値観を持つゲルマン人の文化『婚姻形態』について調べたので紹介したいと思います。
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最近のバックナンバーです。
中世・暗黒時代の悪魔とキリスト教
西洋中世社会の実像:中世は身構えた時代
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以下、 「西洋中世の男と女 ~聖性の呪縛の下で~」筑摩書房 阿部謹也
からの抜粋引用です。
『結婚の三つの形』

ゲルマン人のもとでの結婚には、おおよそ三つの形があったことがわかっています。
1、まず最初にあげなければならないのは、正式な結婚ムント結婚(Muntehe)です。家父長権のことをドイツ語でムントと呼びますが、家父長結婚、ムント結婚といわれるものがあります。ムント結婚とは何かといいますと、結婚させようと思う一組の男女がいるとして、その両親、とくに父親同士 - ムント権者が話し合いをまずするのです。そして花婿側がムントシャッツ - 日本で言えば持参金に当たりますが、男の場合ですから少し違います - 嫁資を支払って、花嫁に対する家父長権、つまりムントの引き渡しを求めます。これをムントシャッツといいますが、最初は、牛とか手綱をつけた馬とか楯とか槍とか剣などの実質的なものが多かったのですが、後になると土地とかその他の財産も含まれるようになります。
いずれにせよ花嫁の家に代償を支払うという形になります。売買結婚とは違うのですが、これによって娘に対するムント権が実の親からなくなります。ムントつまり父の支配権ですが、それを花婿側が買い取るという形になります。これが婚約です。家父長権、ムントを譲り渡す行為です。これが成立すると、花婿が花嫁のムント、つまり家父長権をもらうという儀式がありまして、この場合は、花嫁自身の意志は事実上は問われないのです。
(中略)
2、これに対して和合結婚、フリーデルエーエ(Friedelehe)の形があります。これには、家父長同士の話し合いはありません。これは家父長が同意しない場合が多いからです。したがって当然、嫁資の移動もありません。結婚しようとする者同士の同意があれば成立します。花婿は、しかしながら、公衆の面前で、花嫁を家に連れて帰り、床入りをします。翌朝、花婿は花嫁にモルゲンガーベ、朝の贈り物をしますが、これが事実上の嫁資に近いものになります。
この形式の結婚は身分が違う者のあいだでしばしば見られたのです。中世は現代と違って身分制社会なので、身分が違う者同士の結婚は、ほとんどできません。
(中略)
3、この他に略奪結婚という形もあ。ましたが、これはムント結婚でも和合結婚でもない、実力行使によるもので、ムント結婚を前提にしています。したがってこれはムント結婚のいわば違法形態で、女性、あるいは女性の親の同意は求めずに行われるもので、(中略)貴族の娘を奪って、事実上の略奪結婚をしてから、今度は親同士が話し合いをして、身分が違わない場合は、それからムント結婚に移る例もしばしば見られたからで、これは実力行使が先で、後で正式にそれが認知されるという形です。

ゲルマン人とローマ人の違い

「彼女らは、ローマ人のように、見世物の誘惑や宴席の刺激に損なわれることなく(サーカスに行ったり宴会に出たりしない)、よく貞潔を守って一生を過ごす。また姦通はきわめて少なく、その処罰は即座に行われる。夫は妻の髪を切り取って、裸にし、近親の目の前で家より追い出し笛を振るって村中を追いたてる。またこの国では処女のみが結婚し、結婚の誓は一度限りである。彼女らはあたかもただ一つの身体、ただ一つの生のみを持って一人の夫に奉仕すかのである」(同前)。タキトウスはこういう文章を書いています。
これはローマ時代末期の文章です。この文章はタキトウスが、ローマ社会がいかに頚廃しているかを示すために、自分が見たこともない、話に聞いているだけの、当時、未開民族と思われていたゲルマン民族の風習を美しく描くことによって、ローマ人に反省を求めた文章なので、これを根拠にして、実際にゲルマン人がこうであったということはできないわけです。いわば衰退期にあったローマ社会に対する批判が正面に出た文章です。
実際にはゲルマン人のあいだでも、一夫多妻はしばしば見られたのです。内縁関係も存在していました。しかしながら、内線関係と正式な結婚との区別ははっきりしていなかったのです。そのためにゲルマン人のあいだでは、内線関係はないというタキトウスのような考え方もありうるわけです。むしろ短期、長期の内縁関係は、ゲルマン民族のあいだでは一般に見られていたことが最近では明らかになってきています。
結婚していながらひとりないし二人の内線の妻を持っている者もいましたし、その内緑の妻とは、多くの場合は同じ身分の者ではなくて、召使や奴隷でした。二人のあいだに生れた子どもは父親の財産に対して相続権を当然主張することができました。ゲルマン人のもとでのそういう内縁関係には、とくに儀式は必要なかったのです。すでにお話したアフェクチオ・マリターリスというローマの結婚の愛と撃つ考え、方もなかったので、ゲルマンの国では、結婚にせよ内線関係にせよ、決定的に重要なのは床入りという行為であって、性行為がもっとも重要な指標であるとされていました。それがない結婚は存在しないと考ぇられていたのです。したがってゲ′ルマン人のあいだでは、共に暮らし、子どもをもうけ
るという目的で性的な営みをすることが結婚だと考えられていたのです。

ゲルマン人がこういう状態である時に入ってきたキリスト教の教えが、具体的な男女の結婚という営みにどのような変化をもたらしlたかがこれからの課題です。キリスト教の教ぇは、ゲルマン人の結婚観とはまったく異なった論理に立ったものでした。

ゲルマン人と古代ローマ人の性に対する意識の違いをまとめると・・・
<ゲルマン人>  ←――――→  <古代ローマ人>
SEXは大事         SEXは快楽     
集団の継承        子どもは邪魔 
結婚は部族間の契約関係  結婚は個人の自由
父系相続         貞操感 
女の不倫のタブー     倫文化
    
と整理できます。
ゲルマン人の侵入以降、キリスト教はゲルマン人を含め観念統合してゆきますが、この両民族の違いには相当の距離が有るように思います。
そのキリスト教の教義には、どの様な魅力or戦略(≒統合戦略)があったのでしょうか?
今後、そのキリスト教の結婚観や性の意識について考えていきます。

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