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2020年05月14日

今回のコロナ禍でグローバル社会から共同体社会へ転換するのか? -5.本来の共同体が持っていた機能としての福祉、教育などを共同体で取り組んでいく課題

前回、主体的な合意形成こそ共同体にとって生命線となり、必然的に社会統合のシステムを変えていく潮流を生み出していくこととなるだろう。と結んだが、今回は、その課題の中身として、かつての共同体が持っていた福祉や教育など、どう取り組んでいくか考察したい。

近代の市場経済にとって、外部経済として経済価値に寄与しない領域として福祉や教育、ひいては家事労働をとらえてきた。現在は、この領域も市場化されたサービスとして存在する一面がある。ただし、国などの社会的な補助、助成がないと成立しない面も否めない。かつては、自給自足が当たり前の共同体としてそれらの課題を包摂し、成員全員が担うべき根底的な課題で、国家主導による強制などではなく血の通った期待の中で成果を上げてきた。まさに自主自立を原則とした中で全員が主体的に取り組んだものであった。つまり、これらの課題は市場にはそぐわないことを意味している。

コロナ禍を契機として、グローバル経済の限界と終焉の予感が増大するいま、市場経済にそぐわない課題が浮き彫りになり社会システムの見直しが求められる。その先進事例を紹介したい。

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■自主自立の共同体の教育や福祉はどうだったのか

江戸時代の「寺子屋」の事例を紹介。まさに百花繚乱で必要は最大の母ともいえそうな成果である。また江戸時代までは自主自立の仕組みで成立していた社会であったことが見て取れる。むしろ、近代以降のほうが奴隷に成り下がったがゆえに要求主義が肥大化してしまった感が否めない。

 

識字率70%超え!~寺子屋の仕組みがすごい~/Japan

寺子屋は諸外国よりも高い識字率を実現できた江戸時代の教育機関

寺子屋とは江戸時代(1603年~1867年(諸説あり)に普及した、読み・書き・そろばんを教える庶民の教育機関です。幕府や藩の援助や介入のない独立運営でした。古いものは室町時代後期にまで遡ることができると言われ、寺院における師弟教育から始まったことから「寺子屋」の名称が残ったと言われています。

そしてその寺子屋の数。江戸末期には江戸府内でなんと4000カ所、日本全国では15,000~20,000程あったようです。更に驚くのが、江戸時代の就学率。諸説ありますが、70~86%(1850年頃:農村を含めた江戸府内)と言われています。
ちなみにイギリスの大工業都市で20~25%(1837年)、フランスでは1.4%(1793年初等教育は義務教育で無料)、モスクワで20%(1920年)というデータがあります。
江戸時代がどんなに教育熱心だったか分かりますね。またこの結果、幕末の成人男性の識字率も70%を超えていました。ちなみに同じ時期、ロンドンの識字率は20%、パリでは10%未満となっています。寺子屋は、世界でも類をみないほどの成果を挙げていたのです。

(中略)

ボランティアで教える先生たち

寺子屋で教えていたのは、なんと現役の村役人や僧侶、神官、医師、町人。本職の仕事をする傍らで、子どもに指導をしていていました。寺子屋の先生は、お師匠さんと呼ばれており、お師匠さんはほとんどボランティアで、授業料などは生活の足し程度でしかなかったようです。
なぜ全国で1万5千もの塾ができる程大勢ボランティアの先生がいたのでしょうか。それは先生になると、たとえ身分は町人でも、人別帳(戸籍)には、「手跡指南」など知的職業人として登録され、生徒からは「お師匠様」と尊称で呼ばれ、地域でも知識人、有徳者として尊敬されたから。お師匠様たちは物質的には豊かでなくても、近隣の人々に感謝され、尊敬されるという精神的な価値で十分満足できたのです。

完全オーダーメイドのマンツーマン教育!!

現在の小学校では勉強する科目が決められており、皆が同じカリキュラムで学ぶことになります。
寺子屋では読み・書き・そろばんを中心に、地理教育、裁縫教育、農業教育など生活に必要な実用的知識を教えていました。そして基本教育習得後は、百姓のお子様には「百姓往来」、商人のお子様には「商人往来」と相場についての本、職人のお子様には「番匠往来」など、親の職業や本人の興味に合わせた往来物(今で言う教科書)を用いて指導していました。
膨大な量の中から師匠がその子にあった往来物を選びます。往来物は人それぞれ違っており、一人一人の年齢や興味、その子が将来就くであろう職業によって教育方法を自由に変えていったのです。完全オーダーメイドのマンツーマン教育だったのですね。

教育は知識だけでなく人間としての生き方を学ぶこと

現在も先生方は休日やプライベートの時間を返上し、熱心に子どもへの指導を行っています。教育制度においても、日々議論を重ね、思考錯誤されていますよね。どの時代においても、子どもへの教育については大事な課題となっています。

 

自給自足+自治の集団には、高齢者の役割は無限にある。~江戸時代は自治社会~

・・・・人口の大半を占める日本の農村には、現代から見ても理想的な農村自治の仕組みがあった。

農村自治は村単位で行われ、警察、裁判所、福祉など政治から生活の全般全てにわたっていた。村長はいず、その代わり村方三役といい、「名主(庄屋)」、「年寄り」、「百姓代」の3人が農村自治に当たっていた。議会に当たる「寄り合い」があり、一家から一人が参加して多数決で決める。その「寄り合い」の下に「組」「講」「座」「若者組」などの組織が作られ、祭りや治水など村の様々な行事をこなす。

藩や徳川幕府は、行政のうち、農村でできることは出来る限り農村の自治に任せる方針。農村自治では難しい飢饉や災害や大事件などの非常時の場合などに初めて自治に関与するぐらい。

そして、これら全てがボランティアで行われる。それを可能にしたのは、村民全員の収入源が同じ農業で、生活基盤が同じであれば自治のための共同作業が無報酬でもできるからだ。

現代のようなサラリーマンがいたりして生活基盤がそれぞれ違ってしまった村や町内会などの自治とは全く違う強固な自治組織が出来上がっていた。

そのため現代なら膨大な費用がかかる行政が、ほとんど費用をかけずにできた。現代のように政治家に丸投げし、お任せしてしまった結果、税金が国民のために使われず、利権に群がってしまうようなムダだらけの行政とは違う、理想的な行政が実現していたわけだ。

では、普段は武士は何をしていたのかというと、藩の用事以外は年貢の取り立てぐらいのことで、その年貢の額も農民との話し合いで決められ、名主が村全員の年貢を取りまとめて収めるシステム。その結果、主導権を農民に握られた武士は貧乏を余儀なくされることになる。例えば横暴な代官が直訴によって辞めさせられた記録も残っている。

江戸時代には大地主は存在しなかった。土地はほとんどが農民の自己所有。但し、所有権はあっても田畑永代売買禁止令により、勝手に土地を売ることはできなかった。農民は土地を手放し農業を離れることは禁止されていた。主要財源であるコメの生産安定のために幕府が取った政策。大事な米の生産を担う農民を粗末に扱うことはご法度だった。

当時の農村は日本全国で約6万3千。それらは全て村落共同体として、大きな行事は村人が全員で行う。村人の家も木材など材料は多少買うことはあっても、それ以外は金をかけず、村人全員で建てる。子供や年寄りの面倒は村全員でみる、日用のものは隣近所で貸し借りをしあう。

こうやってすべて金で解決するしか無い現代と比べ、お金がなくても安心して暮らしていける「助け合いの村社会」を実現させていた。

議会に当たる「寄り合い」では、時間のあるときは全員が納得の行く結論が出るまで、何日もかけてトコトン話しあうのが慣例だった。現代の議会よりよほど中身のある話し合いが行われたことだろう。

現代は休日は法律を作って国が定めるが、江戸時代はその休日さえも農村が自分たちの都合の良いように決められている。

とにかく、江戸時代は政府(幕府)に何かしてもらうという発想は皆無。全てできることは自分たちでやるという、「庶民が自立していた社会」だった、信じがたい話だけど。

 

■自主自立に向けた先進事例

では、現代における自主自立への潮流の先進事例を紹介する。現在の個人を原点とした諸制度の中で限界はあるものの、どう突破しようとしているのかがキーポイントとなりそうだ。

学童保育による地域共同体化の流れ②

子どもの安全な居場所づくり・・・囲い込み型から拠点型へ
小伊藤亜希子(大阪市立大学)

■囲い込み型子どもの居場所
しかしながら共働き家庭にとって、親が見守ることの出来ない子どもの放課後は大変不安である。学童保育(放課後児童健全育成事業)は97年に児童福祉法に位置づけられて以降、大規模化などの問題をかかえながらも急速に整備が進んでおり、共働き家庭の子ども達の放課後・長期休暇中の貴重な居場所になっている。しかし、安全確保や大規模化などを背景に、集団でのお出かけ以外には帰るまでそこから出てはいけないというのが普通である。しかも最近では親の労働条件に合わせて保育時間も長くなり、6時7時までの保育時間を設定しているところが増えている。これでは学童保育に通う子ども達は、学童保育以外の子どもと遊ぶ機会も地域で遊ぶ機会もまったくないということになる。
また最近では、親が家にいる家庭でも子どもが安全に遊べる場所が求められていることを背景に、すべての子どもを対象にした全児童対策を進める自治体が出てきている。今年5月には「放課後子どもプラン」と称して厚生労働省と文部科学省が連携して学童保育事業を全児童対策事業に一元化する方向が打ち出され、その基本方向として可能な限りの小学校内での実施が謳われている。確かに小学校内にいれば安全には違いないだろうが、なんだか全ての子どもを学校が終わってからも親が迎えにくるまでずっと小学校の中に囲い込み、これまた地域で遊ぶ機会を奪うことにならないかと心配になる。
地域学童の魅力
それに対して近年数は減ってきているものの、地域学童と呼ばれる民家等を使った小規模学童保育所がある。例えば大阪市では、小学校での全児童対策事業を全面展開しており、純粋な学童保育は基本的に父母会運営の地域学童である。場所探しに苦労した末に民家や雑居ビルに入っていることが多く、環境が劣悪であったり立ち退きを迫られることも珍しくないなど問題も多いが、小規模で家庭的な雰囲気には大規模施設型学童にない良さが感じられる。先日学生といっしょに見学したT学童は、長屋を利用した1年生?6年生まで10人余りが通う地域学童である(写真)。その日は小雨が降っていたのであまり外では遊んでいなかったが、長屋の前は車の往来の少ない細い道であり、天気のよい日は、子ども達は家の前の道でも遊ぶし、近くの公園にもでかけて行く。同じく沖縄の古い民家を利用した地域学童では、行き先、帰る時間をきちんと伝えれば、友達の家に遊びに行くことも許されていた。いわば学童保育所は拠点なのである。家庭も同じである。最近の子どもは外で遊ばないと言われ、いろいろな調査で一番よく遊ぶ場所は「自分の家」「友達の家」という結果が出ているが、よく観察していると家で遊んでいる子どもはずっと家にいるわけではない。家でしばらく遊んでいるかと思えばふらりと外へ出たり、のどが渇いたらまた家に戻ったりしながら家を拠点に遊んでいる。もちろんそれには車の往来の少ない家の前の道やすぐ近くにある公園や広場などの「庭先遊び場」があることが条件になる。
学童保育は騒音を発生する迷惑施設として近所から敬遠されることもあるが、子ども達は時には近所のおばさんに注意されたり怒られたりしながら、社会のルールも学んでいくのではないだろうか。囲い込まれた施設ではそうした機会も生まれない。高齢者施設では、最近やっと日本でも地域密着、小規模化の方向が目指されるようになってきた。それに対し、子どもの放課後の居場所づくりは安全を優先するあまり、逆に大規模囲い込み型の方向に向かっているようである。しかし、動きが激しく、遊びによって多くを学ぶ子どもにこそ地域密着、小規模、拠点型居場所が強く求められると思う。

■補足(上記のエッセイにはないところ)
宿題をすませた子からトランプをしたり囲碁をしたりして遊び始めていたが、そのうちかなり激しいじゃれ合いが始まり、襖にはすごい勢いで体当たりするは、畳に引いてあった敷物はぐちゃぐちゃになるはで、私なら「静かにしなさーい!」と叫びたくなるような状態になったが、指導員さんは涼しい顔をして、一人の子と囲碁を打っていた。しばらくすると指導員さんが「そろそろおやつにしようかー、お手伝いしてやー」と台所に立つと、高学年の子ども達が手伝いはじめ、低学年の子も座卓に集まってきて、みんなで「こっちがちょっと多い」などといいながらお皿に分け始めた。特におやつの当番なども決まっていないそうで、ごく自然に家庭でお母さんのお手伝いをする子どもたちという雰囲気だった。

 

高齢者が先導する新たな共同体!~事例編:社会問題に高齢者が動き始めている

【核家族化で失われた役割を復活】                   

以前から、子育て支援政策はありますが、問題を解決に導くような有効な政策はなかなか見えていません。そのような中で、子育てや家事代行業務などで高齢者が活躍しています。核家族化により、母親1人で子育てしなければいけない状況や、共働きで家のことができないような状況に対して、子育て経験豊富,信頼がおける“おばぁちゃん”の活躍の場があるようです。

★【高齢者活用子育て支援事業】の事例紹介:親の居場所をつくる

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=292951

いずれも、行政と地域が一体となって行っている育児の取り組みです。

☆東かがわ市:にこにこクラブ~地域組織活動育成

・公的支援のない土日に活動,廃園施設を有効活用しながら活動。

☆須坂市:NPO法人へそのお~ふれあいサロン運営

・自宅開放からのスタートし、,ネットワークも広がりをみせている。

★高齢者組織化に近いビジネスの事例・・・かじワン

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=292862

「社会を変え、国を変え、世界を変えたいという志を抱いて経営を行っており社員一同この精神を充分に理解し最高のサービスのご提供を追求しております。」という結集軸で、家事代行サービス事業を展開。引退した高齢者層が、働く女性をサポートしている。

【市場化・都市集中化→活力を失った地域を活性化】

首都圏から離れた地域において、高齢者人口の比率が高くなり、地域が過疎化している事例はよく聞かれると思います。そのような中でも、経営的にも自立し地道に活動している集団があります。

★老人共同体の実現に向けて その萌芽となる事例紹介~地域を伝承するおふくろの味「ファームまぁま喜ね舎」

http://bbs.kyoudoutai.net/blog/2014/07/2798.html

「福井の母ちゃんの味」「地域の食文化」を伝承するという目的の元に結集。「高年齢者の高年齢者による高年齢者のための企業組合」高齢者でも働ける業務体制をつくり、仲間同士の繋がりも深めている。

★【高齢者活躍の事例】八王子市清川町「きよぴー&とまと」地域の高齢者が皆でつくりあげてきた集団

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=291274

地域高齢者のための配食サービスや様々なイベント開催をするなど、小規模だが継続的に活動。

【学校・家庭教育機能の喪失により失われた教育の復活】

「学級崩壊」「家庭教育の喪失」の言葉に代表されるように、教育機能が破綻しつつあります。それに代わり、江戸時代の“寺子屋”や人生経験豊富な高齢者の役割が見直されている潮流があるようです。

★高齢者が知恵や技能を教える「寺子屋事業」の取り組み

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=291661

地元のシルバー人材センターが事業母体。高齢者が培ってきた知恵や技能を地域社会に還元していこうという取組み。

★高齢者の役割~文化・知識・技術の伝承者および子育て~

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=279861

高齢者の最大の役割は子育て。現代、高齢者は仕事を剥奪された。

【限界を迎えた福祉政策→高齢者相互の介護・共同体の復活】

社会保障政策が限界を迎える中で、福祉の世界では、元気な高齢者による介護事業を立ち上げ、人材不足をカバー。また昨今のシェアハウスの流行は、若者だけでなく、高齢者間でも事例があります。

★【高齢者活躍の事例】若者に介護はさせない~元気高齢者による高齢者支援~

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=291232

「高・介併進策」と名付けた介護の人手不足解消。高齢者の生涯雇用のステージの確保。補助金なしで社会に負担をかけず自立。知識や経験を持つ元気高齢者の力を活かしている。

★高齢者生活共同運営住宅(高齢者生き活きグループリビング)とは?

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=291125

一人暮らしで生活に不安や不便を抱える高齢者が、比較的低廉な料金で、地域でお互いの自主性を尊重した共同生活を営むことにより、生涯自己実現を図りつつ健やかに老いることを目的とする、小規模在宅型共同住宅。地域住民へ住宅の開放や、地域活動への参加など、社会的役割も積極的に果たしていく開かれた共同住宅を目指している。

【新たな役割創出・追求・可能性】

このような高齢者の本来の役割が見直される一方で、新たに、高齢者自らが起業し、チャレンジしていく潮流もあります。

★高齢者の仕事がない?全員参加型起業の事例~ワーカーズ・コープ~

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=291339

仲間で資金と労働力を持ち寄り、参加者全員が経営者として働く「ワーカーズ・コープ」

★高齢者の起業が急増、理由は経験を生かす・社会の役に立ちたい

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=291120

急増しているという高齢者起業家の「動機」を調べると、自らの主収入の確保といった人は少数派で、「社会の役に立つ」「今までの経験を生かす」といったように、対象が社会へと向っている傾向が読み取れる。

核家族化,地域活力の衰弱,学校・教育機能の喪失,限界の福祉政策・・・・どの事例も、現代社会の根本問題を解決のために、高齢者が自立して生きてこうとする事例ばかりです。

そして、起業という形で新たな役割の追求していく事例まで登場している。

現代社会は、様々な問題を自ら追求していく「自給期待」が顕在化している時代です。http://blog.nihon-syakai.net/blog/2013/10/002638.html

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