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2020年10月27日

『元始、女性は実に太陽であった。』この言葉の真意は・・・。

元始、女性は実に太陽であった。』

平塚雷鳥の有名な言葉ですが、この言葉の真意は男女同権を求めるものでも、女性の権利を主張するものでもなかったのです。

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元始、女性は実に太陽であった。』
平塚雷鳥により、1911年に婦人文芸誌「青鞜」創刊の辞に記された有名な文言である。
この一文は、そして平塚雷鳥は近代の女性運動の象徴としてしばしば取り上げられる。

しかし、この初期の女性運動は、男女同権を求めるものでも、女性の権利を主張するものでもなかった。
私権時代に抑圧されてきた女としての役割を、社会においてまっとうに果たしたいという思いが根底にあった。
それは、同じ創刊の辞の後半部に見ることができる。

『 ~前略~ 女子が男子と同等の教育の機会を与えられていない現状は残念ではあるが、致命的ではない。知識は真の智への手段の一つに過ぎない。学者であって真を見ること困難な盲者は、男性にも多い。無暗に男性を羨み、男性に真似て、彼等の歩んだ同じ道を少し遅れて歩もうとする女性を、私は見たくない。
~中略~ 然らば私の希う真の自由とは解放とは何だろう。潜める天才を、偉大なる潜在能力を十二分に発揮させる事に外ならぬ。 ~後略~ 』

この素直な女の社会的役割欠乏が権利要求運動へと歪曲されていったのは、欧米近代思想(個人主義、女権論~男女同権論etc.)の流入によるところが大きい。
だが、そうした事実根拠の無い権利要求運動が、何をもたらしたかといえば社会の閉塞である。

女性が社会進出を目指したのは、決して男と同じ役割を欲したり、権利を主張する為ではない。ましてや社会閉塞をもたらすためなどではあるはずもない。
男と社会的課題を共有して女の担う役割を果たし、共認充足を得る為であったはずだ。

社会が混沌としている今、女性が『潜める天才』を『偉大なる潜在能力』を十二分に発揮すること、
それこそがみんなが必要としている女性の社会進出。
そして、そんな『太陽』に照らされて、男たちはみんなが求める答えを出すべく闘っていくのだ。

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