2007年07月13日
妻問婚のイメージとは?
「日本婚姻史シリーズ」では、日本の婚姻史の変遷を、岡さんが詳細に綴ってもらっています(非常に濃い!
)。
その中の一つに日本婚姻史7 前婿取婚~飛鳥奈良平安(初)~
がありますが、その妻問い婚のイメージを膨らませるようなエピソードを見つけたので、引用したいと思います。
エピソード高校日本史
より引用です。
「奈良時代の家族構成(妻問婚と夜這い)」1、鹿児島県へ旅行に行った時、同僚が鹿児島特産の「柘植の櫛」を買っていました。そこで、私は、何故、鹿児島では柘植の製品が特産になったのか、調べてみました。
2、鹿児島では女の子が誕生すると、庭に柘植を植えます。その女の子が年頃になり、結婚が決まると、その柘植の木を切り、嫁入り道具にします。そんな風な話を聞いたことがあります。
3、大学時代、鹿児島から来た同期生がこんな話をしてくれました。
戦前のことです。柘植の木がある程度大きくなると、そこの女の子が適齢期に達したということが誰にでも分かるようになっています。その女の子を好きな男の子は、夜になると、その柘植の木の植わっている庭に、木の棒を突き立てて帰ってくるといいます。
女の子は、それを見ていて、その男の子が好きな時は、その棒を家の中に入れておきます。次の夜、男の子がやってきて、木の棒が無ければ、自分の意思が受け入れられたと思い、女の子の部屋に入っていくといいます。4、木の棒を使ってお互い呼び合い(ヨバイ)、こうして妻問婚が成立するのです。
5、男の子が好きでない場合、次の夜も、男の子は木の棒を立てて、家に帰ります。毎日毎日繰り返し、100本木の棒が立った場合、男宿の連中が女の子をさらって、結婚をさせるといいます。昔から伝わる合理的な制度です。
↑薩摩柘植櫛
この風俗の様子は、万葉集から読み取れるという事でした。
百万本のバラではないですが、100回も家に通っていた男も居たって事ですね。粘り勝ち?
しかし、最後は有無を言わさず女をさらうという事になっていますが、このあたりは族の力関係にもよると思うので、イメージの検証が必要かも知れませんね。
- by minene71
- at 21:36



comments
直接呼びかけたり、歌垣や文を使うだけではないんですね。木の棒は驚きでした。
木の棒を使う風習はトラック社会にもあって、50年ほど前までは、男性が女性を誘い出すのに「夜ばい棒」が使用されていたようです。(鹿児島と民族的に関連しているかもしれないですね。)
夜ばい棒は、先端に精巧な刻みや彫刻が施された1メートルほどの棒で、男性が昼間、気のある女性に会うと、自分の棒を見せたり触れさせて、特徴をしっかり頭に入れておいてもらう。
夜になって人々が寝静まった頃、男は好意をもつ女性の家に行き、壁の隙間から夜ばい棒を差し込む。棒の先端を彼女の髪にからませて手で引っ張り、寝ている彼女に合図を送る。
彼女は好意をもつ男性であればその棒強く引き、家の中に入ってこいとの合図。
棒を2~3度ゆすると、外へ出てゆくからしばらく待てとのサイン。
棒を強く押し返すと、気がないから立ち去れとの返事。
ついでに、ブッシュマンは求婚に弓矢を使用したようです。
男が夜、娘の小屋に自分の弓矢を差し入れるのが求婚の印で、女がそれを一晩中小屋の中におけば婚約が成立したそうです。
木の棒や弓矢は、男の象徴として見られていたかもしれないですね。
100本木の棒が立った場合、男宿の連中が女の子をさらって、結婚をさせるって、いささか強引な感じもしますが、村々や集団によって、いろんな手法があるんですね。
妻問婚や夜這いの世界観が、かなりイメージできるようになって来ました。ヽ(*^。^*)ノ
単純な疑問なんですが、求婚を行う行為が“言葉”ではなく弓矢やら棒やら何かモノを使って合図するんでしょうか?
100本の木の棒=100回も通っているんだから、最後は相手として認めてあげなさいって、みんなから諭されるってことですね♪
ほんとにダメな男だったら、周りのみんなが認めないだろうし。みんながお互いに信頼しあっているからこそできる婚姻制度だな~って思いました。
>まりもさん
そういうことなんですか~!?
“さらう”という言葉から多少略奪的なニュアンスも感じましたが、共同体内において考えれば、そういったおおらかな解釈の方があっている様な気がしますね。(^^ゞ