2007年08月23日
江戸の庶民は、堅苦しい見合いは嫌だったようです。
江戸時代の庶民の結婚。適齢期を見てみると、男の結婚は二十代半ばから三十代前半くらいで現在と余り違いが無いのに対して、女の結婚は二十歳前後で結婚するのが普通だったといわれています。なので、女性の方はかなり早い結婚だったといえます。結婚に至るまでの経緯は、庶民は意外と自由恋愛が多かったといわれています。
『江戸町民の生活』からの引用

大江戸博物館より
イメージとしては庶民の結婚はお見合いばかりだったのではないかというように想わないでもないのですが、お見合いは庶民でも裕福な層に多かったそうです。ちなみにこの時代の見合いというのはなかなか個性的で、例えばお互いに隣の店から相手の様子を伺ってみたり、時には(混浴が中心だった時期)銭湯で見合いをする事もあったそうです。
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ところで庶民はお見合いに対してそれほど良い印象を持っていなかったような節があります。様々な川柳や狂歌でお見合いについて茶化した内容のものがあり、その中にはお見合いの仲人の人は平気で親兄弟を死んだことにして家族構成を偽ったというものもありました。この家族構成は既に江戸時代から色々と問題を含んでいたようです。
しかし「自由恋愛」と言っても、現代のような好いた腫れたではなく、もっと生活観のある現実的なものだったようですかったようです。詳しくは、以前投稿しました⇒江戸の庶民は、恋愛と現実の結婚とは、別物と考えていたを参照してください。
結婚したらすぐに、現実的な生活が始まります。
さて、自由恋愛か見合いを経て結婚した庶民。式の内容については余り記録が残っていませんが、いつもより少し奇麗な服を着て、ご近所や友人を呼んで簡単なパーティーを催す程度だったようです。
ちなみに庶民の場合は結婚の報告を大家にします。これはそもそも夫婦が同居するので、住民が増えますよという報告だったようです。
cf.大家さんは、マンションの管理人のような長屋の管理人で、且つ役所の業務である住民票を付ける業務も行っています。
結婚する際に女性が持参金を持って来るという習慣もあり、商人などの間ではかなり高騰していたようですが、庶民の間ではそれほど高騰する事も無く、余裕が無ければ形だけ持たせる…くらいの額の場合もあったようです。ちなみにこの持参金はあくまでも妻の財産として、保護されており、勝手に夫が使い込めば離婚原因となり、また離婚時に返却の必要がありました。
ところでお見合いをプロの仲人に頼むと、その持参金の一割ほどが仲人の収入になりました。
顔見知りと結婚して、夫婦一緒に長屋での共同生活が始まる。庶民は子供が1~2人だったようです。
- by koukei
- at 22:22




comments
結婚に対する特別な感情がこの時代の女性には無かったのでしょうね。生活が基本となっているので、駄目であればやり直しすればいいし。持参金も持ってかなり主体的に女性が判断していたと感じます。
一方、今では、地味婚ということも言われますが、やはり女性にとっての一大イベントとして華やかにされることもあります。どちらかと言うと男性が女性につき動かされて行うのが一般的か?女性が主体であることは違いないですが、なんか江戸時代とは違う気がします。現実よりも理想や幻想の方が大きく「結婚」に対し変な期待がかかっているとも感じます。
この時代って、今のような「できちゃった婚」なんていうものがあったのでしょうか?疑問です。
確かに、現在のように幻想的な結婚観はなかったようですね。「一生の伴侶」と言うところでしょうか。離婚もあったようですが.....。
出来ちゃった婚は? 密かに私は有ったのだと推察しています。だって、処女性は問われなく婚前でも確かめ合って結婚するケースがあったのだから当然出来たりもするでしょう。でも、結婚して10ヶ月か8ヶ月かは、処女性と同じように、あまり問われなかったのではないでしょうか。