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2007年08月18日

縄文人とラピタ人の謎

以前、ラピタ人って? ラピタ土器って?に、「海のモンゴロイド集団」ラピタ人と縄文人との土器文化による共通項に触れましたが、他にも類似性を表す事例(風習や祭儀etc・・・)がいくつかあるので紹介します。
このラピタ人ポリネシア人だけでなく、メラネシア人ミクロネシア人といった南太平洋の民族のすべてのルーツであると言われています。
謎に包まれたラピタ人ですが、われら祖先の縄文人と、なんだかの深い関係性があったようです。遠い昔、海を渡って長い旅(航海)に旅立った我ら祖先がいたのかもしれません。
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テレビ東京・編の「海を越えた縄文人」より要約、抜粋しました。
以下、縄文人とラピタ人の類似点
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①5000年前の縄文土器が、南太平洋のメラネシアで発見された
1996年8月、ソロモン諸島から東南に約1000km離れたエファテ島で、5000年前の縄文土器片が発掘されました。太平洋広域へのモンゴロイド移住は、約3000年前前からポリネシア海域を拠点に活発化しましたが、それより2000年も前に、縄文人は固有の土器文化を携えて進出したのではないかと考えられています。
②鹿島神宮の“棒踊り”とあまりにそっくりな“スティック・ダンス”
戦いに旅立つ男達を祝福する儀式舞踏を“スティック・ダンス”と言うのヤップ島にはあるのですが、茨城県鹿島神宮にも“棒踊り”という戦勝祈願の舞踏があります。
③「日本書紀」や「古事記」にもカヌーという言葉は記述されている
「日本書紀」や「古事記」の大和朝廷時代初期の記述に、“枯野”、“軽野”と書かれています。またカタマラン(双胴船)についても、さらに古い神代の昔の「海幸彦山幸彦神話」に“堅間小舟”として登場してきています。こうした言葉の存在は、太平洋広域文化との交流が縄文以来続いてきた事を物語っているのではないかと考えられているようです。
④御柱祭そっくりの“ネコウェア・セレモニー”
長野県諏訪大社には、七年に一度、山から御神木を切り出し、命懸けで諏訪湖畔へ運び降ろす、“御柱祭”という日本列島における大祭がありますが、バヌアツ共和国にも、木柱を運び天に向け立て、天の神を地上に招く神聖な道を作る祭りがあります。
⑤入れ墨や抜歯の習慣etc・・・

など、数多く共通項(風習や祭儀etc・・・)が、見受けられます。
自然と同化しながら暮らし、略奪部族の影響を受けていない人々が日本以外にも、遠い海を渡り広がっていき、様々な地域の礎を築き、現在まで脈々と継承されていることは、縄文社会や本源社会を探求する上でとても大切な視点だと感じます。

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「こやらい」、興味深い言葉ですね。
ネットで「こやらい」を検索してみたら、ブログ『セコ道くさくさメモ』さんに、大藤ゆき『児やらい 産育の民俗』(初版は昭和19年)の紹介がありました。その本の柳田国男の序文が紹介されていたので引用します。
>【人を成人にする大切な知識の中には、家では与へることができぬことが実はいくつもありました。さふいふ点については世間が教育し、また本人が自分の責任で修養した】
「自分の子」という意識ではなく、「世間=みんなで子育て」という意識。この本が出版されたのは昭和19年。もはやこのころから「みんなで子育て」は失われつつあったのでしょうか?
「自分の子」という意識がどこから出てきたのか? 一方、共同体社会での「みんなで子育て」はどんなものだったのか?追求していきたいですね。がんばりましょう!

  • さいこう
  • 2007年9月30日 11:52

共同体社会と人類婚姻史 | 「こやらい」にみる子育ての精神

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