2009年10月13日
人類の起源-3~肢の指の退化が観念機能を生み出した
「人類の起源」シリーズの3回目です。
第一回は、初期人類の逆境と圧力源=活力源を考察する中で、『同類圧力こそが人類の永遠の圧力源=活力源』であることを確認し、第二回 は、「圧力が活力に繋がっていく仕組み」について考察しました。
今回は、「肢の指が退化し、本能でも共認でもどうにもならない事態に直面した人類が、それを突破するため、最先端機能=観念を生み出した」構造について考えてみたいと思います。
るいネット『51373 肢の指の退化=適応説への反論 』より 問題の捉え方がおかしいのではないか?と思います。>全ての生物は、環境(外圧)に対する適応態として存在する。そして環境(外圧)が変化すると新しい環境(外圧)に適応すべく新しい最先端の可能性へと収束し、やがて新しい機能が生み出されると、古い諸機能は新しい環境に適応し得る最先端機能の下に収束することによって、全体が再統合される。 (29834「闘争(能力)適応 と 共生(取引)適応」)
言うまでもなく人類の最先端機能とは、観念機能です。二足歩行の機能でも、ましてや肢の指で木の枝を掴めなくなったことでもありません。
>足の指が偶然、突然変異して先祖返りするということは考えにくいのではないでしょうか? 何らかの外圧に適応するべく古い機能を組み替えたものなのではないでしょうか?(富田さん51086)
>尻尾の退化や、現代人の歯や顎の退化と同じように、直立後に使われなくなった肢の機能が退化した、と捉えるのが最も矛盾が少ないのではないでしょうか。(蘆原さん51249)おそらくこのような疑問の背後には現在の人類学者に見られる、地上に降りたこと或いは直立したことが、あたかも素晴らしいことであると言う思い込み(その背後にある人類の種としての優越性という錯覚)があるような気がします。
木の枝を肢の指で掴めなくなった、つまり樹上で暮らせなくなった、ことが如何に決定的に生存にとって不利な状況であったかをリアルに想像してみる必要があるのではないのでしょうか?人類は鋭い爪も牙も力も走力も他の哺乳類に比して圧倒的に劣ります。つまり樹上を追われたサルは到底適応できる存在ではありません。また地上で暮らすようになったから、その必要性が無くなった、というのも矛盾です。実際ニホンザルなどは地上での生活時間のほうが長いのですが、相変わらず樹上で暮らす機能は退化していません。言うまでもなく、いざと言うときに樹上に逃避できることは大きな武器だからです。
またサルは実際ある程度の時間直立歩行することが可能です。そして直立に必要なのは主に腰骨の機能であって、それさえ変化させれば、肢の指の形状を変えなくても直立歩行は可能です。つまりどこから考えても、肢の指で木を掴める機能を退化させる積極的必要性はどこにもありません。
(因みに直立する必要があったのは、肉体機能ではどうにもならなかったが故に、木の枝などの武器を持つ必要があったからだと思われます)逆に肉体機能=本能機能の変化と共認機能で、充分適応できる状態だったのであれば、最先端機能である観念機能を生み出す必要性も出てきません。つまり以上より極めて非適応的な変化=退化がサル=始原人類に起こったと考えるしかないのです。
かつこの肢の指の変化は突然変異と言っても、新しい機能が生まれたわけではありません。肢の指が木の枝を掴めなくなる=指が対角線上に曲がらなくなる、という否定形の変化です。つまりある遺伝情報が発現しなくなる、というだけの変化ですから。ウィルスであれ、ホルモン物質→内分泌の変化であれ、遺伝情報を撹乱・破壊する環境要因の変化があれば、一定の確率で、ある地域の集団内の複数の個体に充分起こり得るものだと思います。
もちろんこの変化は元々非適応的なものですから大多数のケースは絶滅したでしょう。その中で共認機能だけを頼りに奇跡的に生き延びてきたのが始原人類です。加えてあくまでも、本能でも共認でもどうにもならない事態に直面したからこそ、それを突破し得る最先端機能=観念を生み出したことも忘れてはならないと思います。
『肉体機能=本能機能の変化と共認機能で、充分適応できる状態だったのであれば、最先端機能である観念機能を生み出す必要性も出てきません。』に、納得です。
確かに人類がここまで科学技術を発展させたのは、肉体的には圧倒的に劣っていたと考えたほうが説得力がありますね。
次回、地上生活に順応したから肢の指が退化したという説について、検証したいと思います。
- by tama
- at 18:00

comments
るいネットの『肢の指の退化=適応説への反論』へ至るまでの投稿に目を通しましたが、【逆境⇒進化】という生物における普遍構造を考えると、最先端機能である観念機能を生み出す必要性は、地上生活順応説よりもDNA変異説(=肢の指が先祖がえり説)の方が、納得いきますね。
しかし、地上での生活に順応する中で、肢の指が対向性を失ったことを示す物象が、今後見つかったとしたら、【逆境】=【観念機能を生み出す程の極度な外圧状況】を想定し直し、事実か否か?論理整合性によって検証する必要があるのかもしれませんね。
初めて、上記の言説に触れたときは、目から鱗でした。
人類学では、直立二足歩行=人類の起源とすることを不動の前提とし、肢の指についてはほとんど触れていません。この点は、実に不思議です。
従って、サルの肢の指が対向している事実を、多くの人が知らないというのが実情です。
サルと人類では、肢の指の形状が異なるという事実から出発し、あらゆる現象事実が整合する論理は何か?を追求する姿勢に賛同します。
先祖返りについて調べて見ました。
先祖返り=普通では現れない,その先祖のもっていた形質が出てくること。
◆植物の事例
スイートピーの系統の違う白色花を交雑すると,原種の紫色の花をもつ子が現れることがある。これはスイートピーのように二つの白色花系統がそれぞれ場所の異なる突然変異で原種から生じたものの場合,交雑により原種がもつ補足遺伝子の組合せができたからである。「kotobank」
◆人の事例
色覚異常(色盲)。哺乳類は、夜行生活に適応する為に、明暗視覚を強化する代わりに、それ以前の脊椎動物がもっていた3色覚を失い、2色覚動物になった。その後、サル(真猿)段階(そして人)で、改めて3色覚を獲得し直している。(「色覚異常(色盲)は、哺乳類への先祖返り」)
DNAは、使わなくなった機能であっても、それを発現するDNA配列は残していく(いわゆるジャンク遺伝子として残っている)、という塗り重ね型構造を持っている。だから、先祖返り(突然変異)で以前の形質が発現することは珍しくないようです。
440万年前に生息したラミダス猿人(学名=アルディピテクス・ラミダス)のほぼ全身にわたる化石がアフリカ・エチオピアで発掘され、米国、日本、エチオピアなどの国際研究チームによる分析結果が2日付の米科学誌「サイエンス」に掲載されました。
新聞などの記事では詳しいことは分からず、また、発見された事実と仮説とが混在していて分かにくいものですが、報道内容から読み取った範囲で事実だと思われるものは以下の通り。
・類人猿とヒトを寄せ集めたようなモザイク性が特徴
・足の指はチンパンジーほど器用ではないが物をつかめる構造で、ヒト
の足のようなアーチ構造はない
・大きく発達した骨盤の上部は二足歩行型、骨盤の下部は類人猿型の特
徴をとどめている
・脳の大きさはチンパンジーと同程度
・小さな犬歯はヒト型の特徴を示している
二足歩行の可能性は高いようですが、「足の指はチンパンジーほど器用ではないが物をつかめる構造」というのが良く分かりません。
枝から枝へ飛び移れるたのか?何とか木に登れる程度だったのか?が知りたいところ。木に登れたとしても、枝から枝へ飛び移れることが出来なければ、霊長類の樹上に住むことが出来るという本能上の最大の武器を失ったと考えられます。詳細な情報を入手する必要がありそうです。
ただし、人類の起源の追求するときの最大のポイントは、「人類の最先端機能は観念機能」であること。観念機能がなぜ必要となったのか?その外圧状況は何か?について論理整合する仮説を追求することが重要であることにはかわりません。この大きな幹を外すことなく追求していきましょう。
マニマックさん、さいこうさん、コメントありがとうございます。
復元されたラミダス猿人の化石は興味深いですね。
足の指が対向していて木に登れたとの事ですが、事実と仮説が混在しているようで、もう少し詳しい情報を集める必要がありそうですね。
世界のマツヒデさん。
私も人類の起源について、これほど明快で説得力のある理論は初めてでした。
>あらゆる現象事実が整合する論理は何か?を追求する姿勢に賛同します。
これからも、皆で論理整合性を武器に、人類500万年の歴史を追求して行きましょう。
さいこうさん
>DNAは、使わなくなった機能であっても、それを発現するDNA配列は残していく(いわゆるジャンク遺伝子として残っている)、という塗り重ね型構造を持っている。だから、先祖返り(突然変異)で以前の形質が発現することは珍しくないようです。
先祖がえりの情報ありがとうございます。メカニズムが判ってスッキリしました。
また、色盲が先祖返りというのは初めて知りました。興味深い話ですね。