2009年10月20日
人類の起源-4~論理整合性に立脚した事実を重視するスタンスにこそ生命線がある~
こんにちは、「人類の起源」シリーズの第四回をお送りします。
ところで、440万年前に生息したラミダス猿人(学名=アルディピテクス・ラミダス)のほぼ全身にわたる化石がアフリカ・エチオピアで発掘され、分析結果が米科学誌「サイエンス」に、最近掲載されました。本当に初期人類の化石だとすれば興味深い発見ですね。現在は調査チームの報告しかないようですが、今後追加情報などが増えさらに多く事が明らかになっていくと思います。今後の展開に注目です。(「WIRED VISION」の記事など参照)

●ラミダス猿人「アルディ」の全身骨格が載った米科学誌サイエンスの表紙
ただ、記事で違和感があったのが、紹介されている分析結果を基にした初期人類像の仮説。この記事にように初期人類は「木の上での生活にも地上での生活にも適応していた」との仮説がよく紹介されますが、違和感を感じます。
主な違和感のポイントとしては、
- 初期人類は森林地帯に生息していたと見られる=豊かに暮らしていたとする点
- 土踏まずがなく、親指のような大きな爪先を持つ=木登りも、直立歩行も出来たとする点
人類が木にも登れ地上にも適応し豊かな環境の中で生きていたような優れた動物であったならば、人類の最先端機能=観念を生み出必要も、直立二足歩行をしなければならなかった理由も、そこからは導くことが出来ません。
この領域は、物証が乏しく限られた事実からの推測の域を出られない問題ですが、それ故に論理整合性が問われる問題だと思います。論理整合性という点でしっくり繋がる投稿が、るいネットにあったので、紹介したいと思います。ぜひ、読んでみてください。
シーリーズ・バックナンバー
◆第一回「人類の起源-1~初期人類の逆境と圧力源=活力源」
◆第二回「人類の起源-2~圧力=活力のしくみ」
◆第三回「人類の起源-3~肢の指の退化が観念機能を生み出した」
るいネット『サルからヒトへの足の指の変異:『地上生活順応説』には物証もなければ論理的反証が多すぎる』
>人類の指の形が変わったのは地上で生活するようになってから後のことこの認識自体が固定観念ではないでしょうか?。
私自身相当のエネルギーを使って文献を調べたことがあるのですが、地上生活に順応する過程で足の親指が対向性を失ったことを示す化石etcの物証は見つかっていません。したがって、物証だけからは、足の指の変異(=先祖がえり)が先か、地上生活が先かを結論付けることはできません。その意味で、類塾ネットの投稿の記述を誤りと断定することもできません。
逆に専門家が言うように、地上生活が先であったとしたら、ほとんど木に登らず地上生活を営んでいるゴリラやヒヒは、なぜその生活様式に順応した足の指になっていないのか?という疑問が浮上します。

●ゴリラのナックルウォーク(写真はこちらより)と●二足歩行するニホンザル(写真はこちらより)
地上生活が長い霊長類も決して木にぼる機能は失っていない
しかも、ゴリラもヒヒも真猿類の進化系統樹上は、ヒトが原チンパンジーから枝分かれする遥か以前に登場しており(この点は最近のDNA解析の成果として証明済み)、地上生活をする霊長類としては彼らの方が先輩ですから、順応するための時間という観点からは、ゴリラやヒヒの方が有利です。ならば、人類の祖先は原チンパンジーではなく地上派のゴリラやヒヒである可能性の方が高くなるはずです。ついでに言うなら、ゴリラやヒヒから枝分かれしてヒトに進化した種がいたと言うなら、チンパンジーよりもゴリラやヒヒに近いDNAを持った人類の化石が発見されていてもいいはずです。しかし、これらの点は最近のDNA解析という言わば物証から、人類の祖先は原チンパンジーであることがほぼ明らかになりました。つまり、地上生活に順応するために足の指の形質が変わったという認識には、物証がないだけではなく、他の多くのサルの生活様式と進化論的思考との照合からも、論理的反証が多すぎるのです。

●霊長類の進化系統樹
以上のように、地上生活順応説よりもDNA変異説(=足の指の先祖がえり説)の方が多面的に論理が整合しています。そもそも、物証だけで結論付けられないからこそ、様々な現象事実を論理的に組み立てて仮説を提起していく中で人類は科学を発達させてきました。これが科学的思考や事実追求の王道であることは人類史が証明しています。おそらく、自由で科学的な思考には、権威のある方のお墨付けなどむしろ邪魔で、論理整合性に立脚した事実を重視するスタンスにこそ生命線があると感じるのは私だけではないと思います。
『物証だけで結論付けられない』とは、次のようなことだと思います。今回のラミダス猿人化石の分析結果でほぼ全身の骨格が復元されましたが、これにも注意が必要です。例えば、足の指の対向性。これは骨だけでは判断しきれないのではいでしょうか。

●類人猿とヒトの足~靭帯と足の形の違いに注目
(写真は「退化」の進化学 (ブルーバックス)より)
このように骨の形状・構造以外にも、筋肉のつき方・繋がり方で足の機能は異なります。やはり化石証拠だけでは決め手になりきらず、総合的な論理整合性こそが重要になります。
「論理整合性に立脚した事実を重視するスタンスにこそ生命線がある」
これに賛同します。今の段階では「DNA変異説(=足の指の先祖がえり説)」の方が、観念機能獲得に至った人類進化として論理整合性が高いのは明らかです。「地上に降りたこと或いは直立したことが、あたかも素晴らしいことであると言う思い込み(その背後にある人類の種としての優越性という錯覚)」を排し、論理整合性に立脚した事実を重視するスタンスでの追求が必要です。
「人類の起源」シリーズは今回の第4回で終了とし次のシリーズへと移ります。4回にわたりお付き合いありがとうございました。続きとしてシリーズ「人類の進化」を予定しています。少し準備期間を頂きますが次のシリーズにもぜひご期待ください。では。(さいこう)
- by yidaki
- at 21:00



comments
面白いのでよく読んでます♪
更新頑張ってくださいね☆
>人類が木にも登れ地上にも適応し豊かな環境の中で生きていたような優れた動物であったならば、人類の最先端機能=観念を生み出必要も、直立二足歩行をしなければならなかった理由も、そこからは導くことが出来ません。
そうですよね。いわゆる人類学者は、人類を特別視し過ぎて、進化を貫く構造を考える姿勢に乏しいように思えます。
ラミダス猿人についての考察、興味深く読ませていただきました。(私自身、ラミダス猿人とは、人類ではなくむしろサルではないかという疑問を持っています。)
そもそも、サルが現在もサルのままで、同じ霊長類の人類が著しく言語(観念)機能を発達させた要因は何なのか?この疑問には、化石人骨などの物的証拠だけでは答えられません。
「論理整合性に立脚した事実を重視するスタンスにこそ生命線がある」というスタンスに賛同します。
みやさん、こんにちは。
どんどん記事アップしていきますので、ぜひ、また遊びに来て下さい。
tamaさん、こんにちは。
人類学の研究成果はもちろん重要ですが、人類の起源を解明するには、それだけでは足りない、部分だけを見ていても解明できない課題だと思います。
ここは、あらゆる角度からの追求が必要ですね。多面的に追求していきましょう!
世界のマツヒデ さん、こんにちは。
ラミダス猿人の全身骨格については、まだ研究チームの発表だけなので、他の研究者の意見など今後いろいろ明らかになっていくと思います。楽しみですね。もしかしたら、人類ではないかも。
確かに、専門家の視点は専門領域内に留まりがちなので、注意が必要ですね。「論理整合性に立脚した事実を重視するスタンス」で頑張りましょう。。
ラミダス猿人が「木の上での生活にも地上での生活にも適応していた」という仮説が提起された記事をネットで読んだときは少し驚きました。
しかし、そうだとしたら生物における普遍原理ともいえる「逆境⇒進化」、ここまで人類だけが観念機能を進化させ発展に至った構造が説明できないように思います。
>「論理整合性に立脚した事実を重視するスタンスにこそ生命線がある」
学者の見解には、どうも一面的な分析と、人類の種としての優越性という錯覚による思い込みが介在して、都合の良い解釈(仮説)となっているように思えてなりません。
論理整合性に立脚した事実を重視するスタンスにこそ生命線なのだと私も思います。