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2010年07月13日

シリーズ「私婚関係から私権の共認へ-Vol.2」 ~実現論 第二部:私権時代より-⑥~ 

みんさんこんにちは。シリーズ6回目となりました。
今回も『実現論』を紹介しながら、略奪闘争⇒私権統合国家の流れと、その根底的な原因でもある性的自我が集団を破壊していく構造を学んでいこうと思います。
尚、前回までの記事は、
~実現論 第二部:私権時代より-①~
~実現論 第二部:私権時代より-②~
~実現論 第二部:私権時代より-③~
~実現論 第二部:私権時代より-④~
~実現論 第二部:私権時代より-⑤~
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写真はイラン高原)
前回では、約5000年前にイラン高原で勃発した人類最初の略奪闘争について勉強しました。
相次ぐ略奪闘争の結果、負けた集団は皆殺しか命からがら逃げ延びた酷く傷を負った個人となり、本源集団は跡形もなく解体されてしまいました。
その後も、略奪闘争は東西へ玉突きしていきますが、西洋と東洋ではその侵略の度合いに差が出来てゆきます。
何が違うのでしょうか?
もう少しその内容を押さえてみましょう。
いつも応援ありがとうございます。

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人類最初の掠奪闘争がイラン高原の白人(コーカソイド)遊牧部族によって引き起こされます。
1131S.jpg
その略奪闘争は東西へ玉突きしてゆきます。西へは「皆殺し」が常態化したまま伝播してゆきますが、東(モンゴル高原)へは皆殺しとはいかず「覇権闘争(支配・服属)」の色彩を強めてへ伝播してゆきました。
以下、実現論「ロ.私権文明を問い直す(東洋と西洋)」
より引用です。

 それに対して、モンゴル高原は見渡す限りの大草原であって、そこには同じ遊牧部族しかいない。加えて、イラン高原ほど乾燥が激しくない。従って、ここでは掠奪闘争というより覇権闘争の色彩が強く、皆殺しも発生したが、それより支配・服属という形が主流になる。従って、勝者はもちろん服属した氏族も、氏族集団としての本源性を強く残すことになる。東洋人は、概ねこの遊牧→掠奪の北方モンゴロイドが、採集→農耕の南方モンゴロイドを征服した混血であり、従って東洋人は小氏族(大家族)の本源性を色濃く残しており、西洋人ほど自我を肥大させていない。

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(モンゴル高原)    
西洋人は、「皆殺し」で苦した憎悪と警戒心はやがて「相手は敵」という自我を肥大させる事になります。
しかし、東洋人は、支配・服属が主流だった為に本源性を残しつつ集団(母系→父系)を形成していきます。

 この様な意識構造の違いは、夫々の思想の違いに典型的に現れている。同じ二六〇〇年前頃に、西洋ではユダヤ教(→その後キリスト教)、東洋では儒教が登場するが、西洋の観念信仰が自我に基づく極めて独善性・排他性の強い唯一絶対神を非現実世界に構築したのに対して、東洋の儒教は残された本源規範に基づく仁・義・信など、現実世界を導く関係規範に収束した。本源集団・本源共認を破壊して自我に収束した西洋人は、非現実の世界に失われた本源価値を(架空観念として)再構築するしかなく、かつそれが自我に基づくものであるが故に独善的・排他的な絶対観念(ex. 唯一絶対神)への思い込み信仰となるしかなかったのに対して、本源的集団と本源的共認が残存している東洋人の方は、本源規範を私権秩序と整合させることによって現実世界を律しようとした訳である。

この大規模な略奪闘争によって、西洋、東洋、そして島国日本人、のそれぞれに対して、その共同性に大きな差が生まれたと考える事ができます。
要するに、
①西洋人:皆殺しにまで発展した戦争を経験し、周囲に対する警戒心が高まり共同性が失われた結果、自我肥大。とはいえ、自我肥大では無秩序(殺合い)になるので観念統合した(=架空観念)。
②東洋人:皆殺しにまで発展はせず、覇権闘争によって強制的に集団に取り込まれた。母系から父系へと移行する。
③東洋人(日本人):略奪闘争を経験しておらず、日本人は警戒心がそれほど高まることなく共同性が保持されている。
と整理できます。

 本源集団を破壊した私権文明が滅亡の危機を迎えた今日、東洋人の心の底に残る本源集団性・本源共認性は、人類再生の基盤を成すものとして極めて重要になる。中でも、島国ゆえに一七〇〇年前まで掠奪闘争に巻き込まれることなく原始文明を発展させてきた日本人の心の底に残る本源的な共認体質は、極めて貴重である。もし、人類に絶滅を免れ得る資質が残されているとしたら、それは東洋人、とりわけ日本人の心の底に残された、類い稀なる縄文人的精神基盤なのではないだろうか。

その類い希なる「縄文人的精神基盤」とは何か?
それによって新たな可能性は生まれるかも?という期待感が涌きます。
このことを念頭に置きながら、私権統合(国家)によって止揚した同類闘争(略奪闘争)ですが、もう少しその背景を具体的に押さえて生きましょう。

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