2009年01月26日
騎馬民族は来たのか? ④ 騎馬民族は来なかった!~佐原真氏の反論~
これまで2回に渡り、騎馬民族征服説を唱えた江上氏の論拠をご紹介してきました 🙂
しかし現在の学会では、今だ江上氏の説は主流として認められていません。
教科書をはじめ、日本の学界では騎馬民族は日本に来なかった!という説が一般的なのです。日本史では、他民族の文化は吸収してきたが、征服された事はないということになっています。
今回は、
江上説への反論を真っ向から唱えた佐原真氏。その騎馬民族は来なかった!説を、佐原真氏の著書等から抜粋してその論点をご紹介したいと思います 😮
「騎馬民族は来た!?来ない!?」での両者初めての直接対談では、反論・激論というより、若い佐原氏が江上氏のパワーに押し切られて、江上氏の独壇場・講演会・回想録的な感が否めません。もちろん、要所要所では反論されていますが。
(ただし、弥生時代まで日本に馬はいなかったという点については両者の共通認識として固定されています※)
しかし、江波氏が亡くなられた後、さらに研究・追求を重ねた佐原氏が改めて出版した著書のあとがきには、ハッキリこう記されています。騎馬民族征服説は作りだされた伝説であると。
1948年に江上波夫さんがはじめて騎馬民族説を提唱して以来、多くの反対説が掲げられてきました。
(略)
そうです。騎馬民族説は、江上さんがつくり出した昭和の伝説なのです。日本の歴史が1945年、神話の呪縛から開放された直後、提案された江上波夫さんの仮説は、学会からまともに批判されながら一方では一般市民の間に広く受け入れられていきました。
なぜでしょう。戦時中には、日本神話が史実として扱われ、神武以来の万世一系の歴史が徹底的に教え込まれました。江上説にはそれをうちこわす痛快さ、斬新さがあり、解放感をまねく力がありました。また、人びとの心の奥底では、日本が朝鮮半島や中国などに対して近い過去に行ってきたことの償いの役割を、あるいは果たしたのかもしれません。
そして、江上さんの親しみやすい、偉ぶらない人柄と、明快な話ぶり、精力的な執筆活動や講演などの普及活動によるものでしょう。そして多くの人びとが「伝説」を広げることに参画したからでもあります。こうして騎馬民族は50年経って「伝説」として定着したのです
昭和23年 江上波夫氏が騎馬民族征服説を唱えました。古代 大陸から騎馬民族がやってきて日本を征服し、今に至っているという説です。この説は学会では認められませんでしたが、一般受けがよく、後に江上氏は文化勲章も受賞することになります。
そして、佐原氏のこの本は、次のような文化史的側面から江上氏の騎馬民族征服説に反論していきます。
★騎馬民族=畜産民という観点から、その文化を特徴づける食習慣
★家畜管理法として去勢
★儀礼と祭りに見られる供犠の習俗
本来、佐原氏は江上氏と同様に古墳時代については実は門外漢です。(佐原氏の専門は弥生時代)しかし、考古学者として各々文化的根拠や歴史については、かなり緻密に且つ詳細に研究されておられます。
それら文化研究の詳細を除くと佐原氏の反論の論点は大きく上記の3つです。
以下にその論旨の概略をまとめてみました☆
佐原真氏の3つの反論
食習慣からの反論
騎馬民族は遊牧民族の流れであり、肉食・内臓食・ミルクを飲む・香辛料を使うという食習慣が文化として定着している。しかし、日本にはそのような習慣は長らく存在していなかった。騎馬民族が来ていたらそのような習慣が日本にも定着しているはず→来なかった!
去勢文化からの反論
騎馬民族には家畜管理の必要から、家畜を去勢する。この家畜管理上重要な技術が日本では、明治期になるまでみられない。したがって→来なかった!
供犠文化からの反論
騎馬民族や大陸には祭祀上欠かせないものとして供犠がある。生きた動物を神に捧げる生贄の文化。しかし、日本は血を好まずそのような風習や習慣は祭祀には無い→来なかった!
その他、三品彰英氏の学説からの引用により
●急転的・突発的変化は起きなかった。副葬品の内容も突然に変わったわけではない。
という点と
論拠というよりは、江上氏の論調や論理構成に対する問題点・苦情?として
以下の点を挙げられています。
● 江上氏が難しくしている
● 馬がたくさんいても騎馬民族とはいえない
● 騎馬兵がいても騎馬民族とはいえない
● 飾り馬も騎馬民族のものとはいえない
● 江上氏の掲げる騎馬民族の風習はすべてではないが、おおよそ農耕民族にもある
● 去勢は騎馬民族征服説の証明と実は関係ない→そのことは認めるが、純粋な遊牧民が去勢をしないというのは江上氏の妄想である
● 共通点しかあげない不公平
😮 以上が佐原真氏の反論でした。
モンゴルの遊牧地域に入った日本人第一号でもある江上氏。その江上氏が騎馬民族説が発表したのは、1949(昭和24)年のこと。それはまだ日本のあちこちに、焼け跡が残っている頃でした。しかし、それはまだ学会での話。その後10年を経て、ようやく昭和33年、『日本民族の起源』が平凡社から発行されました。これが、江上氏の説が一般の目に触れた最初の本でした。
そして江上説に対する反論は、その登場と共に現れました。
小林行雄氏は、「上代日本における乗馬の風習」(『史林』34-3、1951)において、日本における馬具の出土例を検討し、騎馬の風習は5世紀末以降であり、古墳時代前期と後期の文化の移行は漸進的であると言及しました。
また『歴史の旅』(秋田書店)が『騎馬民族征服王朝はなかった』という特集を組んみました。巻頭論文「騎馬民族征服王朝説の虚像と実像」で鈴木靖民氏は説の成立と批判説を紹介し、「学問の進歩や苦悩・反省と無縁の騎馬民族説は大いに疑問とせざるをえない。」と書いています。
「論証は必ずしも体系的でなく、断片的でおおざっぱ過ぎる。」と厳しい批評です。
さらに佐原氏のいう「侵略や差別の思想に通じる伝説を否定し根絶することが現代に生きる研究者の社会的責任」との文章を紹介し、「ではそれと違った真の歴史像をどう提供するか。市民の歴史認識・歴史観形成の問題として、研究者の責務を痛感させることは佐原氏に同じである。」とも書いています。
江上説の批判者の一人、岡内三真氏の言葉もまた厳しいものです。
「この仮説は、現代では通用しなくなった戦前の喜田貞吉の「日鮮両民族同源論」を基礎にして、戦前・昭和初期の歴史教育を受けて北京に留学し、軍隊の庇護の下に中国東北地区を闊歩した江上流の資料収集法と旧式研究法に基づいている。無意識に吐露する現代論や人間感にはアジアの人々の心を逆なでするような言葉が含まれる。」
ここでは「日鮮両民族同源論」にもふれています。江上氏も戦前の理論の継承者であることをはばからないのも謎ですが、攻撃に近い批判の激しさも気になります。
その多くの反論の論調もおおよそ共通で
● 日本人は騎馬民族的ではない
● 騎馬民族説は差別の思想
● 騎馬民族説は旧式の発想
各々の事実や説とは別に、構図としては邪馬台国論争同様に、東大VS京大論争の感も否めません。なんだか、考古学会のねじれ国会状態?・・・ちょっとそんな気もしてくるような 🙄 (江上氏=東大、佐原氏=京大出身)
最後まで読んで頂きありがとうございました 😀 by笠
※ 弥生時時代まで日本に馬はいなかった→佐原氏も同意 (反論あり) 水野祐/直良信夫紀 縄文時代の貝塚から出土の馬骨の出土数を根拠→現在、フッ素分析・ウラン分析により後に貝塚に捨てられたものと判明
<参考書籍>
『騎馬民族国家』 江上波夫著 中公新書
『江上波夫の日本古代史』 江上波夫著 大巧社
『騎馬民族は来た!?来ない!?』 江上波夫・佐原真
<参考にさせて頂いたサイト>
騎馬民族征服王朝説は検討に値するのかhttp://homepage1.nifty.com/sawarabi/kibaminz.htm
是か否か (討論) 騎馬民族征服王朝説http://www5.ocn.ne.jp/~vorges/sub19.html
- posted by kasahara at : 2009年01月26日 | コメント (7件)| トラックバック (0)
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男女関係=恋愛の時代はごくわずかで、結局定着しなかったということですね><。。このブログの追求テーマである、旧い時代の婚姻・男女関係はある程度分かってきていますが、新しい男女関係も生まれているのか?がさらに追求テーマになりそうですね♪
「恋愛」の男女関係は、ギラギラとしたエネルギッシュな物だと思います。
お互いが「恋愛」に幻想を持ちながら、駆け引き(≒騙し合いに近い?)なので、疲れる活動です。その疲れ以上に、幻想化した「性」をプラス幻想化して、引き合い突き進んだと言った感じでしょうか。
現代の男女関係は「草食系」らしく、お互いを信じあう、認め合うと言う共認充足がお互いの関係の基礎にある男女関係なのでしょう。
エネルギーをぶつけ合うようなSEXは疲れるからやらない?
そんな感じなのでしょうか。
「恋愛」に代わる新たな男女関係
「恋愛」 ⇒「 ? 」
なんて呼ぶのでしょうね。
まりもさん、コメントありがとうございます。かつての婚姻について、その変化の必然を知りながら、現代の変化もどういった原因から来るのかを掴みたいところですね。
おっしゃるように、これからの男女関係の予測も、大きなテーマです。
もんなしさん、「恋愛」に代わる新しい言葉、難しいテーマですね。
疲れるほどにエネルギーを使うのではなく、心の底からお互いに共認充足しあうというイメージとすると、るいネットに「和合」という言葉がありましたね。
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