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2019年06月16日

西欧科学の不整合3 宇宙論・物理学系~ビッグバン理論・相対性理論の矛盾他

 実際、現象世界には、西欧科学では説明できない数多くの不整合が存在する。その例を挙げる。
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【A.ビックバン理論の矛盾】

ビックバン理論は、次のような前提を、疑問なく受け入れなければ成立しない。「大昔、時間と空間は存在していなかった」「ある時、爆発によって時間と空間が忽然と出現した」「爆発の原因は不明である」「宇宙は光速よりも速く膨張していた」「宇宙は均一である」「宇宙には均一でない大構造がある」「宇宙の膨張によって銀河同士の距離は増大するが、銀河内の太陽と地球の距離は変わらない」。
そのおかしさを証明するかのように、観測技術の進歩によって、それまで考えられてきた宇宙の構造を覆す事実が次々と観測されている。「ビッグバンが起こった138億年前よりも古い、145億年前の星(メトセラ星)」「大規模構造(グレートウォール)と呼ばれる、まるで壁のように連なった銀河」「銀河がまったくない、ぽっかりとした空洞(ボイド)」etc。これらの構造は、従来のビッグバン理論ではとても説明できない。

よって、すでに、イギリスの科学誌『ネイチャー』は1989年に、『ワシントン・ポスト』紙は1991年に、ビッグバン論理は死んだという論をはっきり述べている。

なお、ビッグバン理論は、もともとアインシュタインの相対性理論(重力の理論)をもとにして考え出されたものだが、そもそも相対性理論自体がいくつかの矛盾を孕んでいる。

 

【B.相対性理論の矛盾】

アインシュタインの特殊相対性理論は、光の速さを超える存在はないという前提に立つ理論である。それは「光のスピードに近づくと質量が無限大に増大して動かしにくくなるからだ」とする。また、止まっている者から見ても動いている者から見ても、光の速度は同じに見えること(光速度不変)を前提にしている。

ところがそれを前提にすると「長さは縮んでついにゼロになる」「双子の兄弟の片方がロケットで光速に近いスピードで宇宙に飛び出すと、浦島太郎のように片方だけが歳をとる」「ミュー中間子の寿命が延びるのは、高速度運動に近いため」「高速度を超えると、時間の流れは逆転して過去に戻る」「高い山に置いた時計ほど時間が早く進む」となってしまうが、そんなことにならないのは誰が考えても分かる話である。
これは「光の速度を超える存在はない」「光速度不変」という誤った前提のつじつまを合わせるためには、光速に近づくと質量が増え、空間は縮み、時間は遅くなる(特殊相対性理論)、加えて、重力によって時間や空間が歪む(一般相対性理論)と考えるしかなくなるからである。

実際、最新の実験結果で、超光速が自然界の普遍的な現象としてすでに確認され、光速の1.7倍という数値まで出されており、「光の速度を超える存在はない」という相対性理論の前提は崩れている。

 

【C.物理学の基本法則「エネルギー保存則」は成り立たない】

すさまじい速度で運動している地球の大気は、真空の宇宙空間に常時、かつ大量に散逸されている。にもかかわらず地球の総質量は変わっていない。でなければ地球はその重力で月を衛星として繋ぎとめることはできない。また太陽も永年に亙って大量の光・エネルギーを放出し続けている。にもかかわらず、太陽の質量は全く減っていない。なぜなら、太陽の質量が減ったら、その重力で惑星を繋ぎとめることができないからである。

ミクロの世界でも同様に、原子核の周りを回っている電子はエネルギーを消費している。かつ、外からエネルギーは供給されていない。物理学の「エネルギー保存則」によれば、軌道電子の運動は減衰するので、半永久的に回り続けることはできないはずである。このように、宇宙というマクロの世界でも、電子というミクロの世界でも、物理学の「エネルギー保存則」は成り立たないのである。

 

【D.太陽の惑星は全て、太陽から生まれた】

定説では、太陽の惑星は別の天体からやってきたとしているが、この定説は全ての惑星が太陽の自転軸に垂直な平面上を公転している事実と矛盾する。なぜならば、外からやってきた惑星が同一平面上に都合よく並ぶわけがないからである。

それに対して佐野千遥氏は、元々、今の太陽-海王星間の距離を半径とする巨大な太陽が、徐々に半径を縮めて行った際に太陽の表面から剥離して全ての惑星は生成されてきたとする仮説を提起し、太陽から水星の内側に新惑星が誕生するという予言を的中させている。

 

【E.太陽の重力と惑星の遠心力は釣り合わない】

「太陽が引く重力と惑星の回転運動の遠心力が釣り合っているから、惑星は軌道を回っている」と高校・大学では教えられているが、この2つの力だけでは、惑星は軌道上に留まることができない。例えば、惑星が振動して少し外側に振れれば、外へ運ぼうとする遠心力の方が中へ運ぼうとする重力より急速に大きくなり、惑星は外へ向かって加速度的に飛び出してしまう。惑星が振動して少し内側に振れれば、中へ運ぼうとする重力の方が外へ運ぼうとする遠心力より急速に大きくなり、惑星は太陽へ向かって加速度的に落下してしまうからである。

 

【F.山水はどこから湧き出てくる?】

奥山の湧き出る大量の清水は何処からやってくるのか、どうやって作られているのか?山から流れ去った水のうち、雨として山に戻るのはほんの一部分にしか過ぎないが、その理由について、現代科学は全く説明ができていない。ロシア科学アカデミー・スミルノフ学派の佐野千遥氏は、草木が太陽エネルギーと宇宙のエーテルエネルギーを使って水を作り出しており、この余剰水の一部が奥山の湧き水となると結論づけている。

 

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2019年06月13日

西欧科学の不整合2 生命・人体系、医療系➁~「がんは治療すべきではない」が世界の常識 他

実際、西欧科学では説明できない数多くの現象事実や不整合が存在する。その例を挙げる。
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【G.アレルギーを引き起こす原因は食物ではなく、人工物質】

アレルギー疾患は先進諸国に多く、開発途上国には少ない(アフリカや南米にはアレルギーの存在しない地域もある)。

人工物質は、細菌との共生関係を狂わせ免疫機能を阻害する(農薬や抗生物質や排気ガスetcは、細胞膜の修復機能を阻害し細胞を酸化させ、細胞膜のほころびからそれらの人工物質がタンパク質とともに侵入する。)

 

【H.花粉症の原因も、人工物質】

花粉の多い田舎より、花粉の少ない都会の方が、花粉症の人が多いのはなぜか。同様に、田舎から都会に出てきた途端に、花粉症になるのはなぜか。

ネズミに、スギ花粉だけを注射してもアレルギーを引き起こすIgE抗体は産生されず、スギ花粉にディーゼル車の排気ガスの微粒子を混ぜて注射をするとスギ花粉に対するIgE抗体が産生された。このことから、スギ花粉だけでは花粉症は発生しないが、そこにディーゼル車の排気ガス有害化学物質が加わると花粉症が発生する事が分かった。
また、「花粉は有害」と観念で思い込むことが、過剰免疫反応を加速させる。実際に、「花粉は有害ではない、自然の一部である」と認識し、自然と花粉に感謝することで全快した事例が多くある。

 

【I.タバコ発ガン説の嘘。発がんの原因も、人工物質】

タバコは2300年間の歴史をもつのに、近年になって肺がんが増えてきたのはなぜか。喫煙率が下がっているのに、肺がんが増えているのはなぜか。禁煙者の方が肺がん疾患率が高いというデータを近代医学が無視するのはなぜか。

「タバコは肺がんの原因」の根拠となった動物実験は、人間の体格に換算すればおよそ200本分に相当する本数のタバコを毎日ネズミに吸わせるというもの。しかも、それだけ異常な量を吸わせて、肺がんになったネズミは100匹のうち数匹にすぎなかった。(それぐらいのパーセンテージなら、肺ガンはタバコを吸わせなくても発生する。したがってこの実験結果は、むしろ喫煙と肺がんのあいだに因果関係がないことを証明したようなものだという見方もできる。)

学者やマスコミが、より大量に摂取あるいは吸収し、がんやアレルギーの原因となっている人工物質(排気ガスや農薬や食品添加物や放射能や電気製品の電磁波)の危険性を殆ど取り上げず、タバコだけを悪者に仕立て上げるのはなぜか。

 

【J.早期発見できない健康診断】

血圧の正常値の上限は、1987年の180未満から現在の130未満まで、どんどん引き下げられてきた。この基準値引き下げの結果、高血圧と「判定」される患者は170万人から2700万人へと16倍に膨れ上がり、高血圧疾患には年間2兆円も使われるようになった。

また、胸部X線検査は、約100年前に国民病だった結核を診断するため導入された検査だが、現在は結核患者が激減したため、目的を「肺がんの早期発見」に変更した。しかし、がん専門医が指摘しているように、「胸部X線検査で肺がんの早期発見などあり得ない」。

また、20年以上も前に米国や英国の研究で、「健康診断によって死亡率が低下することはない」ことが証明されている。

 

【K.ワクチン(予防接種)に予防効果なし。深刻な副作用あり】

高速でDNA変異するインフルエンザウィルスに対しワクチンは殆んど効果が無い。これはWHOや厚生労働省も認めている事実である。むしろ、ワクチンに含まれる重金属や他の生物のDNA断片などが引き起こす深刻な副作用が多数報告されている。米国では2009年のインフルエンザ流行の際、疾病対策予防センターが強制的にワクチン投与を進めた結果、妊婦の胎児死亡率が24倍にも上昇したことが情報公開法により明らかになっている。子宮頸がんワクチンも、米国の食品医薬品局が「子宮頸がんの原因とは無関係で、全く無意味」と認めたワクチンである。しかし日本では2010年以降、10代の希望者にも対象を広げて投与されるようになった。その結果、歩行障害、記憶障害、激しい頭痛など重篤な副作用が多発し、被害者の会が次々発足している。

 

【L.輸血は受けてはいけない。塩水で充分】

輸血は、がんの増殖を加速する。輸血は、出血を加速する。輸血は、感染症を引き起こす。輸血は、ショック死を引き起こす。

事故で半分の血液が流出した場合も、輸血をしないほうがはるかに生存率は高くなる。無輸血手術に切り替えた医者の多くは、「輸血をしていた当時よりも劇的に生存率や回復率が上がった」「二万件を無輸血で手術したが、死亡例はぜロ」etcと証言している。

「出血多量による死」を防ぐには、「水」と「塩(人工塩は×)」で充分。

 

【M.抗がん剤は造がん剤。「がんは治療すべきではない」が世界の常識】

アメリカで271人の医者に「自分自身ががんになったら抗がん剤を打つか?」と聞くと、270人が「断固ノー」だった。それも当然で、抗がん剤はベトナム戦争で枯葉剤として使われたマスタードガスから生成され、致死量もマスタードガスと変わらない。既に1988年に米議会のがん問題調査委員会では、「抗がん剤は、実は造がん剤」であると結論付けられている。

その後、抗がん剤だけではなく放射線治療も摘出手術も延命効果よりも免疫力低下の害の方が大きいことが明らかとなった。そもそも、がん細胞は常時体内で発生しているものであり、今や「がんはうかつに治療すべきではない」ことが世界の常識となっている。

実際、代替療法に国家を挙げて切り替えた、かつてのがん大国アメリカは、がん患者激減に成功している。

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2019年06月13日

西欧科学の不整合1 生命・人体系、医療系①~人体エネルギーはどこから生じるのか?他

実際、西欧科学では説明できない数多くの現象事実や不整合が存在する。その例を挙げる。
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【A.人体エネルギーはどこから生じるのか】

現代西洋医学は、人体が一日に必要とするエネルギー量を食事から摂取する2300~2500kcalだけと考えているが、人間の体は例えば室温6度の中で体温を36度Cに保つ為だけでも57500~62500kcalが必要。このエネルギーはどこで生み出されているのか、現代科学は説明できない。また、世界には不食で生きている人が3000人はいるとNASAが確認しているが、これも現代科学は全く説明できない。

 

【B.栄養学(カロリー計算)の非科学性】

現代の栄養学では、〔食物を燃やして発生した熱量-排泄物を燃やして発生した熱量〕でカロリーを算出しているが、この計算式には何の科学的根拠もない。なぜなら、食物は人体内部で燃焼する訳ではないからである。例えば、牛は草だけを食べているが、牛は草の主成分であるセルロースを消化も吸収もできないので、摂取カロリーはゼロである。にもかかわらず、500kgを超す巨体に成長する。実は、腸内細菌が、栄養分を作り出している。

 

【C.細胞分裂説では説明がつかないことばかり】

胎児・幼児時代から、脳や肝臓、筋肉等の細胞は細胞分裂なしに増加しているが、生物学や近代医学はその理由について何も語れず、いまもって沈黙が守られたまま。また、人体では1日に約2000億個もの赤血球が減っているが、これは肝臓や脾臓で破壊されているのだろうという漠然とした推測で終わっている。

赤血球は、白血球や肝細胞、脂質、生殖細胞などありとあらゆる細胞に転換し、また、逆にそれらの細胞から赤血球へと戻ったりといった、千変万化の働きをしている。

また、毛細管の先端は閉鎖型になっているというのが既成学説だが、組織を観察すれば、毛細管の先端が諸所で開放型になっており、流出した赤血球を組織中に無数に見ることができる。組織をさらに注意深く検索すれば、赤血球から次段階への移行型中間像が存在することも容易に見ることができる(健康なときには正常体細胞への移行中間像、病的環境にあるときにはガン細胞等の病的細胞への移行中間像)。

 

【D.骨髄造血説の根拠となった不自然な実験】

血液は骨髄で作られるという骨髄造血説。そこから、白血病などの「血液のガン」に対して骨髄移植が唯一の手段とされている。ところがその根拠は、「10日前後食物を与えなかった動物の骨髄を開くと血が存在する」という極めて不自然な実験である。

実は、健康な動物の骨髄には脂肪細胞しか見つからない。あるいは、骨のない動物や、まだ骨のできてない卵の中にも血液が存在するなど矛盾する事実が一杯ある。

また、人体では1日に約2000億個もの赤血球が減っている(同時に生成されている)が、その理由も現代医学は説明できないでいる。

 

【E.生命体の原基ソマチッド】

生物学最大の謎である、生命誕生のメカニズム。近代の生物学では全く解明できないその「生命の起源」を解明する手がかりとなるのが、生命体の原基といわれる「ソマチッド」の発見である。

ソマチッドとは、血液中に存在する微小生命体のこと。DNAより遥かに微細な物で、強酸・強塩基によっても死なない、酷く温度を下げても上げても死なない、真空にしようが巨大な気圧を掛けても死なない、何億年も生き続ける等、「物理的生命体」と名付ける事ができる特性を持っている。

ソマチッドは、水素(電子)をエネルギー源として活動し、細菌やウイルスとは別の生命体とされているが、DNAの前駆物質でもある。

ソマチッドは、免疫機構が弱まったり不安定になったりしたときに、正常な形態(3段階)から異常領域の形態(13ステップ)へと次々と変化していく(消えてしまうこともある)。ソマチッドの形態と疾患との間には明らかに関連性があり、ソマチッドの形を見ればその人にどんな疾患があるのかも分かる。ソマチッドを検査することによってがんやリウマチなどの疾患判定ができるようになり、かつソマチッドの形を観ることで、がんなどの変性疾患の発生を18ヶ月前に予知・予測することができる。

この「ソマチッド」の発見は、生物学のみならず、医学・物理学などあらゆる科学を根底から塗り替えることになる。

 

【F.遺伝子と数字のトリック】

ある遺伝子の作り出す蛋白質は、他の多数の遺伝子群が作り出した他の蛋白質群と、極めて多様な連鎖化学反応を行っている。むしろ、Aという蛋白質がBという蛋白質としか(それ以外には)反応せず、かつその反応がA→Bで止まってしまう(それ以降は一切反応しない)ケースは、極めてマレにしか存在しない。
例えば、患者に欠損している特定の遺伝子を組み込む遺伝子治療で、予想外の副作用を起こす場合もそうで、細胞が正常に作動するには、ある遺伝子が活性化すると同時にそれを抑制する遺伝子が働く必要があり、その抑制する遺伝子を活性化させる別の遺伝子が働かなくてはならない。

従って、例えば、サルと人類の遺伝子が2%しか違わないからといって、サルと人類が98%同じであるとは言えないし、同様に、男と女の遺伝子が1%しか違わないからといって、男も女も99%は同じであるという根拠には全くならない。

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2019年06月11日

★明治時代初期:なぜ、学校一揆や学校焼き討ちが起こったのか?

前回、明治時代に出来た家族制度を庶民がどのように受け入れていったかを紹介しましたがリンク、変わったのはそれだけではなく、強制教育としての義務教育”が導入され、学びの場は寺子屋から学校へと変わりました。
今回は新しい教育制度を庶民はどのように感じ受け止めたのかを紹介します。
リンクより

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明治の初め、国家の教育制度に対して、「学校一揆」や「学校焼き討ち」が起こった。なぜ、庶民はここまでの強硬な行動に出たのだろうか?庶民にとって学校教育とはどんなものだったのだろうか?

1)学校教育は、村落共同体の農民自治に反するものだった
江戸時代の村落共同体は、農民自治が基本。教育も村ごとに主体的におこなっていた。子供たちは村の「子供組」「若者組」「娘組」などに所属し村の規範を学んだし、寺子屋の師匠も村が雇っていた。

それが、明治時代になって、村の事情にはお構いなく、国から学校教育を押し付けられた。

2)学校教育は実用にならなかった
「今は青年学校に男女とも入るが、特に教へる人がないから今の若者は草履も草鞋もつくれず、着物一枚ぬへないと言つてゐる。今の学校は実用にならぬ、理屈のみ教へるとは、現代教育に対する古老感である。」

これは、昭和・敗戦前後の民俗学者・山口彌一郎の言葉だが、この時代以上に、明治の始めころは、「学校の教育内容」と「村で必要とされたもの」が、かけ離れたものだったに違いない。

その「実用にならない学校」に無理やり通わされ、しかも、授業料までも徴収された。

3)学校教育は村落共同体を破壊しかねないものだった
明治生まれの民俗学者・柳田國男は、若者を教育する方法を「平凡教育」と「非凡教育」の二つに大別し、「平凡教育」の必要性を説いている。

「非凡教育」は書物を読むことを特色し、現実的には学校教育を指している。「非凡」であること、つまり他より優れていることを求める教育であるから周りの者はみな競争相手。西洋個人主義に基づく教育で、結果的に順位や序列を生む。

これに対して「平凡教育」とは、古くから日本の社会で綿々と引き継がれてきた教育法。周りの人々と同じように秩序を乱さず一人前に生活できる能力の養成を目指す。そこで一番嫌われるのは手前勝手、横着、自分さえよければいいという態度、人に迷惑を与えて顧みないという行為。年長者を見習い、土地の慣習、先例に従う日常の生活を通して行われる教育。

このように「非凡教育」(学校教育)は、伝統的な「平凡教育」とは相容れないものであり、共認原理で統合される村落共同体を破壊しかねないものだった。

◆以上のように、当時の庶民にとって学校教育は、現実の役に立たないどころか、村落共同体を破壊しかねないものだった。その学校教育を押し付ける国家に対する反発が、「学校一揆」や「学校焼き討ち」だったのではないだろうか。

しかし、次第に工業化・近代化、市場拡大や都市化が進み、また西洋近代思想が浸透していく中で、庶民にも「学校教育が役に立つ」ことが認識されはじめる。そして、これまでの「村落共同体の共認充足」と「私権拡大の可能性」が天秤にかけられ、ついに「私権拡大の可能性」⇒「学校教育の必要」へと意識は転換していくことになる。

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2019年06月06日

西欧科学の成立年表補2 1560~1670年後期魔女狩りは金貸し支配国家の布石

宗教改革が始まると同時に前期魔女狩りが沈静化するが、その半世紀後の1560~1670年に今度はプロテスタントがより苛烈な魔女狩りを仕掛けることになる。後期魔女狩りである。
『化学史研究』「魔女狩りと近代ヨーロッパ」(鈴木晃仁)の要約。
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魔女狩りは近代初頭に特徴的な現象であり、魔女狩りのピークはフランス絶対主義、オランダ・イギリスの市民革命、ガリレオ・デカルトらの科学革命の時代と重なる。「中世の魔女狩り」という言葉は甚だしい時代錯誤である。
そして、イギリスでは議会制と政党政治が確立した時期に、魔女狩りは終焉した。
実際に、魔女を告発し法廷に連れてきたのはほとんどの場合民衆(魔女と顔見知りの村の隣人)であったが、魔女観念を作り上げ魔女狩りを扇動したのは、悪魔の存在を信じるエリート階級であった。
しかし、裁き手と同じ大学出のエリートである魔術師が悪魔との契約の罪状で裁かれたことはほとんどなかった。
魔女狩りの犠牲になったのは圧倒的多数が下層の人間。その80%が女性。かつ、その大半が老婆や未亡人・非婚女性である。

後期魔女狩りを主導したのはカトリックよりもプロテスタントであるが、彼らが立脚する旧約・新約聖書には、魔女の実在と厳しい処罰の主張に有利な記述を数多く含んでいる。彼らは、悪魔や魔女の実在を疑う者は聖書に書かれていることを疑う無神論者であると論陣を張った。

当時すでにエリザベス救貧法が徐々に施行されており、貧困は個人の責任であり、慈善は国家が正当なシステムに沿って正しい貧民にのみ行うことであり、個人が無差別に施しを与えることはむしろ貧民の怠惰を助長する悪習であるとの観念が広まりつつあった。
しかし、一方で施しを拒むことはキリスト教徒としての慈善の義務と共同体の相互に助け合う義務を履行しなかったことになる。施しを拒んだ相手を魔女だと告発し本当の悪人は彼女だと自分に言い聞かせることで、その罪の意識を拭い去ろうとする。
このように魔女の告発は古い共同体と慈善の理念にそむいた罪の意識を他人に転嫁するという機能を担っていた。
貧富の差が大きくなりつつあり、貧困と慈善に関する古い共同体的な理念が新しい個人主義的なものに変わりつつある「移行期」の社会において,魔女告発は心理的な代償の役割を果たした。
魔女の告発は、絶対主義国家のイデオロギーが村の日常生活のレヴェルヘと浸透していた時代に、風向きを敏感に察知して時流に乗り遅れまいとする行為であった。近代初頭のフランスは、絶対主義と反宗教改革の聖俗の両権力が中世には「閉じられていた」農村に浸透し、個々の農村を中央に対して「開かれた」ものにすること、つまり民衆がそれぞれ属している共同体に特有な文化的規範ではなく、普遍的に妥当する単一の観念や法制度に従うように仕向けた時代であった。

この規範化にとって重要なのは、民衆が各々の独自のルールでなく国家によって与えられる法を用いて行動すること、民衆同士の間で問題が起きたときに彼らの間でそれを解決するのではなく、その問題を法廷に訴えることである。魔女の告発者たちはこの新しい規範された問題解決法を採用した。
家畜が奇妙な死に方をした時に、個人的な復讐や保護用逆魔術の使用によってその問題に対処するのではなく、誰それが魔女術をかけたと法廷に訴え出ることが絶対主義のイデオロギーが要求した文化的な慣習であった。
民衆文化の改革が進み、フランスの農村が「開かれた」ものになっていく時期に魔女告発が起きたのは、一部の富裕な農民たちが新しい文化的規範を採用したからである。即ち、16世紀末から17世紀前半の魔女告発の増加は、フランスの権力がもくろんだ制度化と近代化が成功したことを語っている。
ミュシャンブレやクラークのモデルは、民衆からの魔女告発がエリートが持っていた悪魔学とは独立に行われつつも、絶対主義や宗教改革・反宗教改革などのエリートのイデオロギ-の産物であるという議論を立て、近代初頭のヨーロッパ社会がエリートの新しい価値観を受け入れていくプロセスの中に魔女狩りを定位している。
個人や個々の共同体が独自に解釈し維持する秩序の観念から国家が均―に与える法に基づいた秩序の観念へと移行した時代に、新しいエリートの文化を受容した民衆たちは魔女を告発しはじめる。

魔女狩りの衰退
17世紀後半から18世紀初頭にかけて、始まった時と同じよぅにヨーロッパ各国でほぼ足並みをそろえて魔女狩りは衰退し終焉する。この衰退を引き起こしたのは主としてエリートの側であるという点に関しては歴史家たちは合意している。
18世紀以来魔女狩りは機械論哲学や近代科学のおかげで消滅した、という意見は繰り返し表明されてきたが、その証拠はきわめて乏しい。
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以上のように、1560~1680年の後期魔女狩りによって国民一人一人を国家が直接管理する近代国家体制が確立された。実際、中央集権の絶対主義国家を確立した英エリザベスⅠ世や次のジェームズⅠ世は魔女狩り強化令を発布しており、フランスの絶対主義下でも魔女狩りの嵐が吹き荒れた。
ところが、17世紀後半、中央集権の絶対主義国家⇒民主革命(私有権の不可侵と議会制度)と中央銀行制度が確立すると同時に、つまり、近代国家体制が完成すると同時魔女狩りは終焉した。
つまり、後期魔女狩りは、金貸し支配国家の布石であったのではないだろうか。

また、この当時のエリート科学者たちが魔術師であったのも注目点。
上記論稿ではエリート魔術師が魔女狩りで裁かれていないと書かれているが、実際は、ガリレオは異端審問で有罪になっており、ケプラーの母親は魔女の嫌疑をかけられ逮捕されている。魔術師たちも脅されていたことを暗示している。

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2019年06月06日

西欧科学の成立年表補1 1480~1520年前期魔女狩りは宗教改革の布石

「魔女誕生」は、魔女狩りを前期1480~1520年/後期1580~1670年に分けている。
以下は、その要約。
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前期魔女狩り:宗教裁判所が先頭に立って行ない、犠牲者は限られていた。カトリックが主導
後期魔女狩り:世俗裁判所(領主・国王)が行ない、被害は大きかった。プロテスタントが主導
それ以前から異端審問はあったが、魔女狩り、つまり女をターゲットとした迫害が始まるのは、1480~1520年にかけての前記魔女狩り以降である。
魔女狩りは、魔女狩りの手引書『魔女の槌』が著わされた1480年代に始まり、その後一時停滞し、1580年代に再び、魔女についての新しい文献が出て再燃。

魔女狩り以前から、キリスト教とは異なる様々な呪術概念が存在していた。それら民衆の呪術に対する教会の見解は、「呪術を信じることは悪魔にだまされているからであり、それらは現実には起こり得ないことである」というものであった。そして、民衆の呪術概念を駆逐しキリスト教の教化が行われたが、その教化の具体的指導書が「贖罪規定書」である。その目的は民衆の悪しき誤りを正し、キリスト教信仰の定着を図ることであった。このため、魔女的な行為に対する罰は、さほど厳しいものではなく、まして火あぶりにされることはなかった。

また、1450年頃までの異端裁判では、女性に非難が集中したわけではなかった。実際、1438年ラ・トゥール・ドゥ・パンの裁判では被告はほとんど男であった。
キリスト教世界に害悪をもたらす女性という後世の魔女のイメージは、1486年に出た『魔女の槌』で初めて登場する。
女性を妖術と結びつけてその悪を論じた『魔女の槌』は魔女狩りの手引書となり、魔女=キリスト教世界に害悪をもたらす女性というイメージが確立された。

『魔女の槌』の著者は、インスティトリスとシュプレンガーという二人の異端審問官、つまり教会のエリートたちである。
そのターゲットとなったのは賢女である。実際の経験から直観と多くの呪文によって忠告や助言を与える術を心得ていた老婆や産婆を指すとみてよいだろう。彼女らは手をかざして病気を治したり、悪の魔術を防ぐお守りやその他の手段を講じ、そのうえ多くの者は、占いや愛の魔術も取り扱った。
これらの女性は、その不可思議な知識や能力を身につけているために怖れ敬われる存在であった。なぜなら、病気を治したりできるのなら、逆に病気や災いを引き起こしたりもできるだろうと考えられたからである。
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問題は、なぜ1480~1520年に前期魔女狩りが起こったか?どのような目的で教会のエリートたちは魔女狩りを始めたかである。
注目すべきは1517年宗教改革が始まると同時に、前期魔女狩りが沈静化している。
このことは、前期魔女狩りが宗教改革の布石であったことを暗示している。
実際、宗教改革派の攻撃の的になったのは、免罪符と異端審問(魔女狩り)である。魔女狩りの火をつけておいて、宗教改革派に攻撃させるというマッチポンプが前期魔女狩りだったのではないだろうか。

なぜ、宗教改革が起こったのか?については、「市場論・国家論8.宗教改革とイエズス会」
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・キリスト教は武力支配の時代に作られた宗教であり、欧州が次第に資力支配の時代に移行してゆくにつれて、その教義を修正する必要が出てくる。とりわけ、金貸しにとって、利息の禁止や蓄財の罪悪視は、金貸し支配の社会を構築してゆく上での大きな障碍となっており、何としてもその教義を変革する必要があった。それは、市場を拡大してゆく上で不可避な変革であったとも言える。
・その為には、バチカンを完全な支配下に置く必要がある。又、騎士団領主を実働部隊として大航海を遂行する上で、騎士団に対するバチカンのお墨付きは不可欠であり、そのためにもバチカンを支配下に置く必要があった。
・そこで、金貸しは、バチカンを支配下に置くために、
(1)まずは、金持ちたちに、教会に寄進するよりも金貸し(銀行)に預けた方が得だと宣伝して、バチカンを金欠状態に追い込み、
(2)金欠状態に陥ったバチカンに、免罪符の発行を唆(そそのか)し、
(3)バチカンが免罪符を発行するや否や、ルターとカルヴァンを使って教会批判の火の手を上げさせて、欧州各地で商工業者を中心に改革派の勢力拡大に奔走し、
(4)改革派が一定の勢力に達すると、今度は改革派に対抗してバチカンの勢力を拡大するためにという名目で、騎士団を中核とするイエズス会を設立し、バチカンに公認させた。
以降、現在まで、イエズス会がバチカンを乗っ取り、支配し続けている。
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2019年06月02日

西欧科学の成立年表

なぜ、西欧においてのみ近代科学が登場したのか?
その過程を年表化した。
時系列で並べると、
十字軍→ルネサンス→商業数学の発達→大航海→前期魔女狩り(カトリック)→宗教改革→後期魔女狩り(プロテスタント)と戦争(植民地戦争と三十年戦争)を経て、1600年代に西欧科学が誕生。

1096~1270 十字軍 教皇権絶頂
1100年代    (伊)北イタリアで都市国家成立
1200年代    為替手形等の商業技術が発達。遠隔地間の決済が可能になり、遍歴商業→定住商業へ転換(13世紀商業革命) 
1202      (伊)フィボナッチがイスラムの計算術と代数学、アラビア数字と十進法による計算をイタリアに紹介
1204      (伊)ベネチア艦隊がコンスタンチノープル攻略、クレタ島などを得て、東地中海最強国家に
1220頃     (仏)テンプル騎士団 仏王の財産管理者に
1241      (独)ハンザ同盟 北海貿易を独占 
         
1300~1500 (伊)ルネサンス(恋愛小説→絵画・建築・魔術)
          (伊)商人や職人の算数教室が広まる
1328      (伊)算数の教科書『諸問題の書』で代数学(方程式論)
1300年代    中国から火薬が伝わる
          製鉄技術の発達(フイゴの駆動に水車使用→高温の銑鉄→高炉)
1390      (伊)ベネチアで利子が正式に解禁→銀行が次々と設立
1400年代    (伊)商業都市で、商業・銀行実務から複式簿記(借方=貸方)が発達
1410      (伊)フィレンチェのメディチ家が教皇の財産管理者に
1420~     (ポルトガル スペイン)大航海(1488喜望峰、1498インド到着 1519~35南米征服)
1450年頃    (英仏)百年戦争末期に火砲使用 グーテンベルクの活版印刷
1450~     硬貨需要と兵器需要→金属鉱石生産急拡大→定量的測定が重視される
1452      (伊)マネッティ『人間の尊厳と優越について』人間中心主義

1480~1520 前期魔女狩り(カトリック主導)
1486      (伊)ピコ『人間の尊厳について』自然支配魔術
          (伊)異端審問官インスティトリスとシュプレンガー『魔女の槌』→魔女=女性イメージが確立。
          それ以前から異端審問はあったが、女性をターゲットとした迫害が過激化。
1494      (伊)パチョリ『算術大全』ベネチア式複式簿記の体系化→代数学・方程式の発展(16世紀数学革命)
1500頃     (伊)ダ・ヴィンチ 絵画・解剖学・力学など様々な分野を追求
1517      (独)ルター免罪符批判→宗教改革(異端審問批判)~前期魔女狩り沈静
1534      (英)イギリス国教会成立
          (仏)イエズス会結成
1536      (スイス)でカルヴァンの宗教改革。蓄財を肯定
1537      (伊)タルターリア 弾道学(→力学・機械学へ)と三次方程式の解法
1543      (ポーランド)コペルニクス地動説発表
1545      (伊)カルダーノ 四次方程式の解法と虚数概念
1555      (独)帝国議会でルター派承認。諸侯はカトリックかルター派を選択可能に

1558      (英)デッラ・ポルタ『自然魔術』磁力の定量的測定→数学的関数で表される力概念への端緒
1558~1603 (英)エリザベス1世(中央集権の絶対主義と重商主義)
1560~1670 後期魔女狩り(プロテスタント主導)
1568~1609 (蘭)オランダ独立戦争
1563、1580 (英)エリザベス1世の魔女狩り強化令
1579      (英)技術者教育機関グレシャム・カレッジ設立
1581      (蘭)オランダがスペインから独立
1588      (英)イギリス、スペイン無敵艦隊撃破
1592~1598 (仏)ユグノー戦争(カルヴァン派のブルボン家とカトリック派の内戦)→ブルボン王朝成立
1590年代    (伊)ガリレオ 落体の法則

1600      (英)イギリス東インド会社創設
1604      (英)ジェームズ1世の魔女狩り強化令(ジェームズ1世著『悪魔論』)
1609      (独)ケプラー 惑星運行の法則
1618~1648 三十年戦争→カルヴァン派とオランダ独立承認。ドイツ騎士団発のプロイセン(ルター派)が台頭
1620      (英)フランシス・ベーコン『ノヴム=オルガヌム』
1633      (伊)ガリレオ 地動説を擁護し、カトリックの異端審問で有罪判決
1637      (仏)デカルト『方法序説』
1640      (英)ピューリタン革命
1651      (英)ホッブズ『リヴァイアサン』
1652~1674 (英蘭)第一次英蘭戦争
1661      (英)ニュートン 万有引力の法則
1662      (英)ボイルの法則
          (英)ロンドン王立協会設立
1670頃     後期魔女狩り終焉
1687      (英)ニュートン『プリンピキア』
1689      (英)名誉革命でオランダのウィリアム3世が英王に。英仏植民地戦争開始(~1763)
1690      (英)ロック『統治論』
1694      (英)イングランド銀行設立

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2019年05月30日

宇宙の循環を捨象した時空認識を前提とする近代科学の根本的誤り

●宇宙(自然対象)の循環を無視して成り立っている近代科学
ニュートンは外的な事物とは無関係にそれ自体で一様に流れる「絶対時間」や、外的事物とは無関係に存続する不動かつ不変の「絶対空間」概念を唱え、それが近代科学の大前提となっている。
しかし、楢崎皐月氏が指摘するように、このような宇宙(自然対象)の循環と切り離された時空認識は架空観念ではないか。
そして、このような時空観→ニュートンの絶対時間・絶対空間は時間・空間を数学的形式に当てはめるのに都合が良かった。
その代表がデカルト座標である(その原点座標0は、デカルトが原点とする自我に相当する)。
実際、近代科学の物理量(単位概念)は、この時間と空間(長さ)と質量と電気量を加えた4つ基本単位を組み合わせて構築されている。つまり、この時空観が近代物理学の根幹概念を成して、現代の科学者の頭を支配している。
しかし、その大元の時空観が宇宙(自然対象)の循環と切り離された架空観念なのだとしたら、近代科学では宇宙(自然対象)を解明することができないのは当たり前である。
「デカルト座標」(これを学校で教え続けている)
Cartesian_coordinate_system

●物理学者の朝永振一郎氏も、現代物理学の矛盾の所在がその時間・空間概念にあることを指摘している。
氏の著作『量子力学と私』(みすず書房刊)から引用する。
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それでは、自然は一体どちらを望んでいるのであろうか。
すなわち、相互作用をいくらでも小さくすることが実際に可能であり、したがって互いに無関係な素粒子という概念が明確な意味をもっていて、その上無限大などの現れて来ない理論が要求されているのであろうか。
それとも、相互作用の小ささには限界があり、したがってわれわれの理論の構成の土台になっていた「互いに無関係な素粒子」という概念の変更が要求されているのであろうか。
このいずれかが自然の真相である。
しかして量子力学と相対性理論とをそのままの形で結び合わせたわれわれの理論は、このどちらにも属せずに内に矛盾を含んでいるのである。
この矛盾の所在は多分この理論の中の素粒子とか相互作用とかあるいは時間とか空間とか、そういう概念にあるのだろう。
なぜならこれらのものは相対性理論において絶対運動の概念が、量子力学において粒子・波動の概念が受けたような批判を、まだ少しも受けずに多分日常的な意味で用いられているからである。
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答は後者である。物理学の前提を成す「互いに無関係な素粒子」や「絶対時間・絶対空間」など存在しないのである。

●宇宙の循環を無視した近代科学を象徴するのが、天地創造説に基づくビッグバン説と終末論に基づく熱力学である。
古くは12~13世紀、神学者グロステストは<光>によるビッグ・バンとでも言うべき特異な宇宙開闢説を提唱している。ここで言う<光>は、物理的で可感的な光ではなく、すべての物体に先だって存在する形而上学的存在である。この説は「神は”光アレ”と言った」という『創世記』冒頭に伝えられている光を踏まえたものであろう。

そして、「宇宙はひたすら無秩序化→熱的死に向かっている」という熱力学の第二法則(エントロピーの法則)は終末論を引き継いだものであろう。
熱力学第一法則も第二法則も宇宙は孤立系であることを前提として成り立っている。物質もエネルギーも時間とともに孤立した空間の中に無秩序に拡散してゆき、いずれ「熱的死」を迎える。そして、その孤立空間の中で、時間も空間も不可逆(一回限り)のものとされている。

ところが、この熱力学の法則では生命現象は説明できない。それは熱力学が孤立系を前提としているのに対して、生命は常に流転し、常に外界とのエネルギーの流出入があるからである。

楢崎皐月氏が発掘したカタカムナ人の認識では、宇宙は孤立系ではなく、有限宇宙球<アマ>を取り巻く無限の潜象世界<カム>との間で常に循環している。そこでは、時間量も空間量も相互に入れ替わりながら、物質もエネルギーも相互に入れ替わりながら、無限世界<カム>と有限宇宙球<アマ>の間を循環している可逆性のものである。そこでは熱力学の第2法則(無秩序化)とは逆方向の、秩序化=統合の法則が存在しているという。
それに対して、終末論的熱力学をはじめとする近代科学の欠陥の一つは、自然対象が(宇宙も生命も)循環していることを捨象していることにある。それでは循環する宇宙や生命を解明できるはずがない。

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2019年05月30日

キリスト教→近代科学の終末論的宇宙観(時空認識)

近代科学が架空観念であることを示す事例は他にもある。
キリスト教が近代科学に及ぼした、終末論に基づく特異な時空認識と宇宙観である。

●西欧以外の古代人にとって、時間とは宇宙の循環を表すものであった。
ほとんどの古代人の時間認識は、円環的・循環的時間観であり、そこでは過去と未来の区別がなかった。
唯一の例外が最後の審判=終末論を体系化したペルシアのゾロアスター教である。
そのパラダイムを受け継いだキリスト教は天地創造にはじまる世界の出来事の一回性と最後の審判に終る歴史的終末論と直線的な時間観を主張した。
それは古代人に普遍的であった循環的で再現可能な時間観と対立する。アウグスティヌスは『神の国』でキリスト教教義を支える終末論的な直線的時間観を述べて、それに反するギリシア人を痛烈に非難している。
つまり、キリスト教の天地創造論と終末論に基づいた時間認識は歴史的に見て、決して普遍的なものではなく、極めて特異な認識である。
そこでは、空間も天地創造から一方的に無限に広がるが、やがて終末を迎える。そして、時間も空間も不可逆(一回限り)とされている。

一方、日本の江戸時代以前の時間認識は次のようなものである。
夜明け前と夕暮れ時を基準にして、昼を6等分、夜を6等分し、この6等分されたものを「一つ(一とき)」と云う。夜明けや日暮れは季節によって変わるので、夏の昼の「一つ(一とき)」は長く、夜は短く、冬は昼は短く、夜は長くなる。そのため、1年間を二十四節気にあわせて二十四分割し、時刻を変えていた。自然に合わせた生活であり、これを不定時法と云う。

日本に限らず、西欧中世でも農民の間では時間は循環すると考えられており、季節に関わらず昼が12時間、夜が12時間だったという。
このように、直線的時間認識に支配されたのはキリスト教→近代科学が発達した近代西欧人だけであって、それ以外の民族にとっては、時間とは宇宙(自然対象)の循環サイクルを表すものであり、宇宙の循環と不可分一体のものであった。だから、昼夜を6等分するという、自然の循環に合わせた対象世界と一体化した時間認識だったのである。
その代表が、原日本人(カタカムナ人)の時間・空間認識である。
楢崎皐月氏は『相似像 第六号』「ニ.物の観方考へ方の相異の根元(時・空量、質量について)(4)最新の科学とカタカムナのサトリ」で、次のように述べている。
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時間といふものは、物体が発現しない限り、無いものである。「物体の存在」を離れて「時間」が存在する事はない。物体の存在の他に、時計が時を刻むような「時間」があると思ふのは、人間だけが思考作用によってつくりあげて居る「観念」にすぎない。
本来、生物にとって「空間」とは、めいめいの生存する「トコロ」のことであり、「時間」(トキ)とは、めいめいのイノチが刻々に発生消滅を続けて、統計的に存在し(イマタチ)、トコロを占めて居る期間のことである。言ひかへれば、ものが発生してトコロを占めると同時に、それぞれのトキ(時間の経過)が存在するだけで、時間と空間は、決して分離して存在する二つの「元」などではない。
時計で計る客観的な「時間」は、人間が決めた約束までのことであり、星の距離をはかる光年も、計算上の方便にすぎない。人類や地球や自分の変遷を、歴史的な「時間」として意識するのは、人間だけの観念作用であり、<トキ トコロ>と異なる時・空の観念が固定化して、現実から遊離し、「カン」を狂はせて事実の本質を見失ひ、生命を損ふ方向にゆくとしたら、全く、愚かな悲喜劇である。
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2019年05月30日

近代科学の法則は、数学的に公式化できるように作られた架空観念

山本義隆氏は「近代科学は自然を虚心坦懐に在るがままに記述するものではない。近代科学の法則とは数学的処理ができるように人間が単純化し抽象化した現象の法則である」と述べている。『新・物理入門』駿台文庫 『十六世紀文化革命』みすず書房
その要旨は以下の通り。
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近代科学、とりわけ物理学は、自然を虚心坦懐に眺め在るがままに記述するのではなく、複雑で多彩な自然を単純化・理想化し、特定の現象を捨象することから始まる。
近代以前のアリストテレス自然学では、物体の熱い・冷たい、湿っている・乾いているという性質が本質と考えられていた。実際、日常的に経験される現実の物体はそのような多彩な性質をもつ。しかしガリレイやデカルトは、そのような性質は感覚する人間との関係であり、物体にとって本質的ではないとして捨象し、物体を位置と幾何学的形状だけをもつものとして単純化した。
また小石はストーンと速く、木の葉はヒラヒラとゆっくり落下する。それに対してガリレイは、その差は空気抵抗の影響で、空気抵抗が十分小さくなった極限としての真空中では小石も木の葉も同じ加速度で落下すると主張した。
ガリレイは、物体を幾何学的に単純化された抽象物、空気抵抗を物体の運動にとって副次的・非本質的撹乱要因だとみなす。ガリレイにとって現象とは取捨選択され理想化された現象である。それによってはじめて運動の本質が暴き出されるとガリレイは考えたのである。

ガリレオは「物体がなぜ落下するのか?なぜ加速されるのか?」という追求を放棄し、真空という現実には存在しない理想状況で、物体はどのように落下するのかという問題(落下運動の数学的表現)に自ら守備範囲を限定した。万有引力の法則を数学的に定式化したニュートンも、重力の本質(なぜ引き合うか)を明らかにせず、自ら棚上げにした。

近代科学、とりわけ物理学の成功の理由の一つは、本質の追究を放棄し、その目的と守備範囲を数学的法則の確定に限定したことであるが、数学的に法則化させるためには、あるがままの自然を受動的に観察するのでほなく、現実には存在しない理想にできるだけ近い状況を人為的・強制的に作り出す必要があった。
実際、カントも「近代物理学の法則はあるがままの自然にたいする虚心坦懐な観察や、無前提的で闇雲な測定によって導かれるものではない。その検証は、人間の思考の枠組みに適合するように自然にたいして強制的に働きかけてはじめて可能となる」と記している。

また、数学的処理になじむよう現象や対象を単純化・抽象化しなければならない。そうして数学的に法則化されたのが近代物理学の法則である。
例えば、物理学で扱う物体を抽象化した概念として、質点・剛体・弾性体などがある。質点は位置のみをもち、大きさはない。剛体は大きさをもつが、変形しない。弾性体は力を加えると変形するが、力をのぞくと元に戻る。
しかし、現実の物体は大きさをもち、力を加えれば変形し、力を除いても完全にはもとに戻らない。つまり、質点も剛体も弾性体も、現実の世界には存在しない抽象概念である。
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ロシア科学アカデミーの佐野千遥氏も「現代物理学は自然には実在しない連続実数値を前提とする誤った数学(微積分と確率論)を利用するという決定的な誤りを犯している」と指摘している。
ということは、近代科学の概念や法則は現実を対象化したものではない。数学的に公式化できるように作り上げられた架空観念にすぎない。
その結果、どんなことになったか?山本義隆氏は、次のように述べている。
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近代自然科学の法則は、周りの世界から切り離された小世界、環境との相互作用を極小にした実験室の中で人為的・強制的に創出された現象によって導き出されたものである。自然科学はこのような特殊限定空間における法則の体系であり、そのような科学に基づく技術が、生産の大規模化にむけて野放図に拡大されれば、実験室規模では無視することの許された効果や予測されなかった事態が顕在するのは避けられない。
そもそも、近代の科学技術が自然の支配と地球の収奪を目的としたものである以上、自然破壊や生態系の混乱を生み出すのは必然である。

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