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2021年04月15日

閉鎖独占の育児からの離脱

今回は、育児という観点で集団の在り様に焦点を当ててみたい。

昨今、過剰保育つまり親や教師の過干渉が子供の自立性や活力を奪っているという問題が顕在化している。もはや子供の意識としてはこれらの「圧力」は当たり前の所与のもので逃れられないものとして捉えられてしまい、反抗する意識さえ失っているという。これは素直さに潜んだ由々しき問題である。心を閉ざし、果ては本来十全に機能するはずの本能の発現さえ衰弱してしまっているのである。

生物進化上、特に哺乳類以降は、外敵からの防衛の必要から体内である程度成長してから出産するという胎生に進化した。そして、本能機能としても出産後生体になるまでは様々な生存課題を学習によって機能を獲得している。主として、子供同士のじゃれあいなどの遊びの行為の中で疑似闘争の経験を積んで学習していくのである。人類に置き換えれば、「育児」ということとなるが、現代では、その育児を一人の母親や独占的地位の担任教師に委ねられ(押し付けられ)、しかもその内容は閉鎖独占という価値に歪んだものに堕してしまっている。例えば学歴信仰などもその一つであろう。

そこから離脱しなければ本来の共同体的な社会へは移行できない。特定の立場のものに育児の責任を押し付けることから脱する必要があるし、子供の側からすれば、安心して依存できる場があればそれ事足りるのである。

今回もそういった可能性を示唆する記事を紹介したい。

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2021年04月15日

白人(欧米人)の意識構造の解明(4) 略奪集団であるが故に自我の塊になった西洋人

近代世界は白人の世界征服によって形成されたと言っても過言ではありません。
白人(印欧語族)の出自は、狩猟部族→牧畜部族→遊牧部族→交易部族という段階を経ていますが、ここまでは世界共通で、白人、セム族・ハム族、北方モンゴロイドも同じです。
では、白人と、セム族・ハム族や北方モンゴロイドを分かつものは何か? 白人の特質を形成した直接的な原因は何か?

その半答えは『実現論』(リンク)にあります。

『遊牧派生の邪心集団による掠奪闘争は極めて激しい容赦の無いものとなり、皆殺しが常態となる。従って、仲間を皆殺しにされて一人二人と生き残った者たちは憎悪と警戒心の塊となり、共認基盤を失って終ったことと相俟って、全面的にかつ強く自我収束する。そんな者たちが生き延びる為に寄せ集めの新たな掠奪集団を形成しては他部族を襲うという形で、数百年に亙って掠奪闘争が繰り返された。そんな生き残りの末裔が、西洋人である。それ故に、本源共認の基盤を根こそぎ解体して終った西洋人は、本源的な共認収束力≒集団収束力が極めて貧弱で、自我収束が極めて強い。しかし、自我だけでは共認を形成できない。そこで彼らは、専ら自我に基づく本源風の架空観念に収束し、架空観念で共認を形成する。』

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2021年04月08日

閉鎖独占の核家族からの離脱

 

前回は、核家族の問題点を指摘し、今まさに崩壊しつつあることを述べた。今回は人類社会がどのような家族集団に変化していくのかを探りたい。

すでに時代の価値観は閉鎖独占の関係が忌避されている。その状況はネットの普及やシェアリングという機能分担の隆盛からも推察できる。底流には社会とのつながりたいという欠乏が顕在化しているともいえる。それは最基底の家庭でも最先端の職場という場においても一様に人々の意識に作用している。そうしなければ不全あるいは問題が解決しないことを感じ取っているかのようだ。これは集団として血縁に縛られない新たな可能性を示唆している。

一方でその深い意識は、生命原理としての雌雄分化における安定と変異に貫かれた集団の在り様を探し求めることにつながっていく。歴史を顧みれば、人類の場合、長らく母系集団にて平和共存を維持してきたことがその実現形態であり、母系の世代を貫通した安定性に勝るものはない。

これらを示唆する記事を紹介したい。それぞれの記事単独では可能性は見えにくいが、このシリーズを通して総合的な視点でご覧いただきたい。

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2021年04月08日

白人(欧米人)の意識構造の解明(3) 遊牧部族が交易に転じると何が変わるのか?

近代世界は白人の世界征服によって形成されたと言っても過言ではありません。そして、白人(印欧語族)の出自は、狩猟部族→牧畜部族→遊牧部族→交易部族という段階を経て略奪集団に至ったという流れを、どの集団も例外なく経ています。

前回の記事(リンク)では、牧畜部族が遊牧部族に転換したことによって、
①それまでの単位集団とは違う、牧畜母集団と複数の遊牧男集団という重層集団(社会)がはじめて形成された。
②婚姻制が母系婿入り婚→父系嫁入り婚に転換し、同時に母権集団→父権集団に転換した。
を、扱いました。
今回は、遊牧→交易に転換したことによって、集団の意識がどのように変わったをテーマとします。

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2021年04月01日

閉鎖独占から解放共創へ~核家族の崩壊

前回までのシリーズでは、支配から自主管理へという視点で可能性を展開してきた。今回は、特に社会的にも問題が噴出している核家族に焦点を当てたい。メディアでもしばしば報じられているが、核家族がはらむ問題は深刻で悲惨な事件が示すように社会的に崩壊していく様相である。

その原因は、世代間の断層でもあるが、閉鎖した場で独占意識に根差した場であることに起因する。特に恋愛結婚により、規範意識さえ持ちえず自分勝手な思い込み、独占意識、さらには子供への所有意識がいびつに肥大したことが大きい。時代的には貧困の圧力から脱し、大家族の田舎から都市での核家族が主流となってから家族という集団としての劣化が始まったといえる。

それは核家族というもの自体が、本来子供を産み育てる安心できる場=生物一般でいえば縄張りである家庭という機能がはじめから外注化され社会的な機能を持っていないからである。つまり、仕事=生物一般でいえば縄張り闘争も家庭にはなく、出産、育児、教育も大半は外注化され分業化されてしまった。つまり課題が喪失してしまい、自分勝手な判断が横行し子供への虐待へと進行していくことになる。核家族では、父親、母親が単独で対立しやすく、そして絶対化してしまう構造にある。その危険性を意識している親はどれだけ存在するのだろう?

そういう場に閉じ込められた主婦は自由自在に過ごせるはずだったのに反して、社会空間に出ていく意識が強くなっている一方、子供への管理圧力をますます強めてまさに虐待しているかのような父親、母親も目立つ。そのような場からさっさと家出して放浪している若者も見逃せない現象だ。つまり、核家族という閉鎖した独占欲を満たすだけの空間はすでに崩壊しているのである。そして社会に開放された(つながっている)安心できる縄張りを模索し始めているともいえる。

そういう記事を紹介したい。

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2021年04月01日

白人(欧米人)の意識構造の解明(2) 牧畜→遊牧によって何が変わったか?

近代世界は白人の世界征服によって形成されたと言っても過言ではありません。そして、白人(印欧語族)の出自は、狩猟部族→牧畜部族→遊牧部族→交易部族という段階を経て略奪集団に至ったという流れを、どの集団も例外なく経ていると考えられます。

前回の記事(リンク)では、狩猟部族が牧畜を始めたことによって、
1.常時蓄積された財が登場し、はじめて財産意識が登場したこと。
2.人間がを飼い馴らすという自然の摂理に反する行為が登場したこと。
を扱いました。
今回は、牧畜→遊牧に転換したことによって、集団の意識がどのように変わったをテーマとします。

るいネット『遊牧の段階では、何が変わるのか?』(リンク)より

◆遊牧の起源。何故、牧畜→遊牧に変わったのか?
牧畜という生産様式は世界中の至る所に存在するが、遊牧は中央アジアから東アジアにまたがる広大な草原ステップの帯の地帯にほぼ限定されている。ここは乾燥度が高く、家畜の餌となる植物が少ない。そういう生産力が低い地域で牧畜→遊牧に転換したのである。

遊牧の移動様式として、2つ考えられる。
①牧畜母集団があって(餌が少なくなったので)斥候部隊(男集団)が派遣されるケース。
②男集団だけでなく、女・子供も一体で動くケース。

しかし、女子供も一緒に動いたケースはほとんどないであろう。まず他に餌がある場所が見つかっていない場合は、女・子供も一緒に動くことは、生存確率が非常に低い決死行となり、部族滅亡の危険性が高い。
また、当時の牧畜集団の人数規模は100人程度だったと推定されるが、この規模の女・子供含めた母集団が食っていける場所があるはずがない。だから女・子供連れて移動したとは考えられない、乾燥化などによって食糧生産力が7~6割に落ちた段階で(多くて10人程度の)斥候部隊を何方面かに派遣して、各男部隊が1~2割程度の不足分を遊牧で補っていたはずである。

◆母集団と遊牧男集団の重層社会
遊牧によって史上はじめて人工的な男集団が登場し、かつ、それまでの単位集団とは違う、牧畜母集団と複数の遊牧男集団という重層集団(社会)がはじめて形成されたのである。遊牧部隊の移動距離が1~3ヶ月までならば狩猟時代と変わりがないが、遊牧部隊の移動は家畜の餌となる植物植生によって決まるので年間コースとなって、1年間母集団に帰ってこないことになる。

牧畜集団で財が登場していることは既に述べたが、財は母集団の女ボスが管理している。これは単なる母系ではなく、財の管理→集団の実権は女ボスが握っているということであり、母権社会と呼ぶのが適切である。女の分配も女ボスが差配している。
狩猟部族の時代はその婚姻制は勇士婿入り婚、牧畜に代わっても勇士婿入り婚を踏襲していたが、そこでも実権(選択権)を握っているのは女ボスである。

しかし、1年間に1回しか遊牧男集団が帰ってこないのでは、婿入りという実体はなく、そもそも1年間の禁欲生活は男女ともに無理がある。とりわけ、遊牧男集団の方でそれが問題化する。母集団には男もいるが、遊牧集団は男だけだからである。そこで母集団に対して「女よこせ」要求が出てくる。

◆婚姻制が母系婿入り婚→父系嫁入り婚に転換し、同時に母権集団→父権集団に転換
しかし、それだけでは父系へは転換しない。女・子供を連れて遊牧を続けるための手段が必要で、それが馬の使役である。概ね6000~5000年前に馬の飼育が始まり、荷運びに馬を使役するようになったことではじめて、女・子供を連れて移動することができるようになった。
そうして、遊牧男集団の「女よこせ」要求に対して母集団が女を分配するようになり、婚姻制度が母系の勇士婿入り婚から父系の嫁入り婚(父権多妻婚)に180度逆転する。同時に、財産(家畜)は男のリーダーが管理するように変わり、集団の主導権も男に移行する。

それでも部族全体の統合は必要なので、それぞれの遊牧集団ははじめは母集団に戻ってきたが、母集団を介さず遊牧集団同士で婚姻を結ぶようになると、母集団の存在理由がなくなってゆき、母集団が消滅したことで遊牧部族は完全に母権から父権へ転換する。
但し、母集団がなくなって以降も、それぞれの遊牧集団が単独分離したわけではなく、全遊牧集団が年1回集合したり、早馬で連絡を取り合うなど部族統合は維持され続けた。

人類500万年間、女たちは女集団の中で生きてきた。母系の段階では女たちの生まれ育ちはみんな一緒であったが、父系になるとそれぞれの集団の女たちの出自はバラバラなものになる。女たちの共認充足空間の中に隙間風が吹くようになり、とりわけ、嫁取り交渉では集団の財が多い方が交渉が有利に運ぶので、各氏族の蓄財意識が高まってゆく。こうして出自の違う女同士の間で私益の対立が発生しはじめる。これが相対自我の芽生えであり、遊牧→父権転換(嫁取り婚)から自我が発生したと考えられる。

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2021年03月26日

お見合い結婚の方が、恋愛結婚よりも幸せになれる!?

現代はお見合い結婚よりも恋愛結婚が多くなっていますが、離婚率は上昇しています。
果たして自分で相手を決める恋愛結婚は幸せになれるのでしょうか?

ある女性が、「自分で決めるといつもダメンズ(ダメ男)を選んでしまう。いっそのこと私に合う人を誰かに決めて欲しい」と言っていました。
これはお見合いのようなシステムを希望する人たちが増えている兆しなのでは?と思いました。

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■お見合い結婚の方が、恋愛結婚よりも幸せになれるという事実

私達は日本に住んでいるので自由恋愛≒当然の事と思っているかもしれないが、インドでは現在でも結婚の主流方法はお見合いだ。

ご存知の通りインドにはかの有名なカースト制がある。結婚も、このカースト内でお見合いを通じて行われる事が多いようだ。

「お見合いなんて自分でパートナーを選べないんだから、不幸に決まってるじゃん」とお思いかも知れないが、実は真実は逆だ。

少なくとも多くの人にとって、お見合い結婚の方が幸せになる確率が高いのである。

大規模調査により、インドにおいて恋愛結婚の離婚率は50%。対するお見合い結婚の離婚率はなんと5%である。つまり自由恋愛させると、半分は結婚に失敗するのに対して、お見合い結婚だと95%もうまくいくのである。

「離婚しないからといって、幸福なわけじゃないでしょ」

そう思うかも知れないが、残念ながらその意見も間違いである。

幸福度をみると、恋愛結婚をした人の方が、結婚当初の幸福度が高いようだが、時間の経過とともに恋愛結婚をした人の幸福度は下がる傾向にある。

それに対して、お見合い結婚をした人の幸福度は年数とともに徐々に上がっていく傾向にある。

なんでそんな事が起きるかと言うと、要は結婚生活においての当初の期待値が問題なのである。
恋愛結婚の場合、ステキな恋を通じて結婚するわけだから、はじめから期待度合いはトップクラスである。

そこから結婚生活が始まったら、実は相手の嫌な部分が見えてきたりといったマイナスのイベントが盛りだくさんなわけで、残念なことに幸福度は結婚生活が続くについれてだだ下がりになるのである。

それに対して、お見合い結婚の場合は、お互いがパートナーにはじめから殆ど期待していない。そんなもんだから、低空飛行スレスレの期待値からスタートしたわけだから、その後期待値は上に行く余地が全然あるのである。

こういう事もあって、インドでは現在でも75%以上の人がお見合い結婚を望んでいるのだという。どうやら自由恋愛はクソゲーなだけではなく、幸福になる為の手法としても問題があるようだ。

■選択肢が多いほうが良いわけではない。「ジャムの法則」

選択肢は多い方がいいのか、少ない方がいいのか。

「え?選択肢は多いほうがよくない?」と思うかも知れないけど、これまた残念なことに事実は反対なのだ。多すぎる選択肢は人にとってはマイナス以外の何物でもない。

これはシーナ・アイエンガーの名前を一躍有名にした社会実験なのだけど、彼女は適切な選択肢の数はどれくらいなのかという事をスーパーの売場に置いたジャムの数から最適解を導き出したのだ。

彼女のこの業績はジャムの法則という名前で一般的に知られている。

この実験の概要はこうだ。アメリカの高級スーパーマーケット・ドレーガーズのジャム売り場で、24種類のジャムと6種類のジャムを並べ、それぞれの売り場における売上げを比較した。

その結果、多くの人が訪れたのは24種類のジャムを用意したコーナーだったようだけど、購入者数はなんと6種類のジャムを用意したコーナーの方が10倍も高かったのだという。

つまり、多すぎる選択肢は人から”選ぶ”という意思決定プロセスの難易度をメチャクチャに上げるのである。

これは現代の婚活アプリや街コンの問題点を強烈に指摘している。つまり、人に多くの選択肢を与えると、人は選ぶことすらできなくなる。だから自由恋愛2.0の婚活アプリは、ジャムの法則に則っていえば失敗以外の何物でもないのだ。

■自由恋愛から積極的に降りられる道を作ろう

自由恋愛は本当に苦しい。こんな茨の道を通り抜けないとパートナーが作れないだなんて、圧倒的に苦しい。

だからできたら上記のような仕組みを誰か作ってくれる事を心の底から祈る。AIで最適な相手を見つけてくれる、そんなサービスがあってもいいんじゃないかと思うんですよね。

戦わない選択肢があってもいいと思うんですよ。本当にね。

リンクより

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2021年03月26日

支配から自主管理へ-10

これまで、このシリーズで自主管理への展望を様々な角度から探求してきた。時代の先端意識は間違いなくそこに向っていく。

重要なのは、メディアに躍らされず冷徹にさまざまな情報を整理し虚実を分別していくこと。その意味においても、個人という限界にぶち当たる。本当のところ皆はどう感じどう判断しているのか、探索し始めているようだ。このことからすでに自主管理の共同体が求められる土壌ができつつあるともいえる。

それは歴史的な必然として、まもなくグローバルを標ぼうする市場社会が終わりを告げることから感じ取れる。そして、水面下ではその理不尽な社会を終わらせる闘いが全世界的に既にはじまっているから他ならない。

否応なく、その意識転換の静かな闘いにはいらざるを得ない。それを示す記事を紹介し、このシリーズを結ぶ。

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2021年03月18日

支配から自主管理へ-9

 

前回、自主管理の共同体にとって不可欠の感覚、そこから展開した世界観は”人類皆仲間”という意識にあり、それは同類だけではなく万物に対して同化を試みて一体意識を持つことであろうと推察した。

では、その一体という意識構造はどのように形成されてきたのだろうか? 極限時代の人類はまさに奇跡的に生き延びてきたのであり、自然界の中で生かされている=生きていること自体に感謝する意識であったことは容易に想像できる。だからこそ、生かされている対象へ注視し、同化を試みることとなる。それはあたかも赤子が大人が話す言葉や表情をひたすらまねて共感し覚えていくことからもみて取れる。ただ純粋に対象と一体となることだけである。

その追求の果てに、精霊を措定し、言葉を生みだし、法則化、抽象化した概念に発展していく。例えばカタカムナという古代文字には、ミクロからマクロまで同一の原理=螺旋構造で成り立っているという世界観があるといわれている。これは最先端科学の認識に勝るとも劣らない。

現代でも「気」をあわせるなど一体化の意識はかろうじて残っているが、現代人が忘れかけている万物への感謝が意識の底流にあり、それを呼び覚ますだけで大きく回天していくのかもしれない。

その参考となる記事を今回も紹介したい。

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2021年03月12日

お見合いの歴史

現代は自由恋愛の末の恋愛結婚が主流になっていますが、戦前はお見合い結婚が主流でした。
お見合い結婚と恋愛結婚の比率が逆転したのは1960年代。リンク
では、昔主流だったお見合い結婚の歴史を見ていきましょう。リンクより

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1.お見合いのはじまり

歴史上、お見合いの始まりに近いといわれているのが、鎌倉時代です。
武家の間で、家の結びつきのための政略結婚が盛んに行なわれるようになりました。

しかし、この時代のお見合いは、武家・公家・貴族など、身分の高い家の風習であり、農民には許されていませんでした。
家の存続をかけて行なう戦略結婚では、決定権は男性側にあり、女性の役割は、裏切りを防止する人質のような扱いでした。

この頃に、今の仲人の原型となる「中媒(ちゅうばい)」と呼ばれる男女を合わせる人が登場します。
そして、政略結婚が盛んになると、お色直しや高価な引き出物、里帰りなどの風習もうまれました。

2.お見合いの語源
お見合いの語源は、「妻(め)取る」の意味をもつ、娶(めあ)わせること、「目と目を合わす」「妻合わせ」から由来します。
妻を合わせること、要するに、結婚させるという意味です。

■お見合いが広まった理由

鎌倉時代には、身分の高いものだけの風習だったお見合いは、時代の流れとともに変化をしていきます。
お見合いの時代の流れと変化についてお話します。

1.江戸時代の庶民の風習
この頃のお見合いでは、仲人役の人が、男女両家の釣り合いを見て、男性を伴い、女性の家を訪れます。
そして、男性は女性がお茶を出す様子や立ち振る舞いをよく見て気に入れば、出されたお茶を飲む、お菓子を持ち帰る、扇子を置いて帰るということが合図でした。
お茶にもお菓子にも手をつけずに帰る場合は、気に入らなかったということですね。
ここに、女性の意見を尊重することはありません。
男女の格差があった時代。良し悪しを決定するのは男性側でした。

また、それとは違うお見合いスタイルもこの頃にありました。
当人同士が向き合うという形ではなく、水茶屋(寺の境内や花見の時になどに設けられたお茶を出す簡素な店)や芝居小屋など、人の賑わうところで偶然出会ったという形を装ったそうです。

しかし、どのお見合いも自分たちの幸せのためではなく、家の幸せのための結婚であることが多かったようです。

そして、この頃の結婚平均年齢は
男性が25~28歳の間
女性が18~24歳の間

ちなみに、近年の平均初婚年齢は
<2015年現代の平均初婚年齢>
男性 約31歳  女性 約29歳

初婚年齢に対してもずいぶんと変化してきたことが伺えます。

2.戦前は70%以上がお見合い結婚
戦前の結婚率については、明確な統計はないものの、結婚の方法はほとんどが見合い結婚で全体の約7割だったといわれています。
恋愛結婚も全くないわけではありませんでいたが、戦前は婚姻に戸主の同意が必要だったので、恋愛で当人だけの勝手な結婚は事実上許されていなかったのです。
農家などは見合いの機会もなく、親同士の話しで決まってしまうこともあったといいます。

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