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2017年01月12日

学校教育:男女共学か別学か~明治以降

前回の投稿(学校教育:男女共学か別学か・・・江戸時代の場合)では、江戸時代の寺子屋や若者組の様子を勉強しました。
今回は、明治以降の近代教育の流れを見てみます。

 

江戸時代の寺子屋は庶民の子弟を対象としており、女子も教育を受けていた。
しかし、「男子と同一の教育内容を、同一の師に共に学ぶという文字通りの男女共学の例はきわめて珍しいことであった。
藩校は士族階級の男子の教育機関であり、幕末に始まる庶民州の門戸開放政策の際にも、女子を含めて検討した藩は
全体の3%でしかなかった。

 

◆戦前の男女共学・別学・・・戦前は男女別学
○1872年 太政官布告
学制とともに発せられた太政官布告では 「幼童の子弟は男女の別なく小学に従事」しなければならないとされた。
「そこには将来の母という女性という限界はあるが、男女ともに教育の対象とみる、新たな視点があった。

○1879年 教育令
教育令では「凡学校ニ於テハ男女教場ヲ同クスルコトヲ得ス、但小学校ニ於テハ男女教場ヲ同クスルモ妨ケナシ」として、
学制下で認められた男女共学を否定し、男女別学と性差に基づく教科の設定を原則として掲げた。

○1900年 小学校令施行規則
小学校1・2 年以外は原則として男女別学であることが明記された。

○1903年 専門学校令
専門学校にあっては 1903年の専門学校令による入学規定は単なる法令上の形式的規定に過ぎず、実際には各学校が
それぞれ定めることとなっており、 音楽学校を特例とするほかに共学は存在しなかった。

○1946年 国民学校令改正
大学については法規として明記されなかったので、1913年に東北帝国犬学総長沢柳政太郎は英断を以って女子の入学を
許しているが、それは例外的事例であった。
男女共学禁止の原則は1946年10月9日の国民学校令施行規則の一部改正 まで続いた。その間、国民学校初等科の男女
共学は原則として認められず、中学校・高校における男女共学が実施されるのは戦後の新学制発足と同時である。

 

◆戦後の男女共学・別学
○1945年 女子教育刷新要綱
戦後の新制高校における男女共学はアメリカ教育使節団報告書や女子教育刷新要綱、CIE(民間教育情報局)などの意向
を踏まえて発足した。
1945年12月4日に閣議了解された女子教育刷新要綱では男女の教育機会・内容平等について方針が明らかにされている。
すなわち、女子に対する高等教育機関の開放と男女共学の採用を明記し、女子中等学校の教育内容を男子中等学校と
同程度とすることが記載されたのである。 しかし、 中等教育段階の男女共学の実施については記述されていない。

○1947年 教育基本法
当時の文部省は、教育基本法の公布・施行に先立ち、高校では必ずしも男女共学でなくてもよいという方針を明らかにした。
中学校についてはすみやかに男女共学の実施を求めたが、高校についてはただちにこれを強行することを求めなかった。
このように男女共学に消極的であったのは、「教育刷新委員会での議論を見る限りでは、それは男女の風紀問題の発生への
危惧と男女の特性の相違ゆえ」であるといわれている。
男女共学よりも「教育機会と教育水準の男並み化が優先課題だった結果、
これらが保証されるのであれば共学は是非とも実施すべきものとしてはとらえられていなかった」のである。

○1960年代
男女共学は1960年代には制度として定着し日常化していったが、当時の教育政策の影響を大きく受けた。
1960年代の高校教育はマンパワー・ボリシー(人的能力開発政策) や後期中等教育の多様化政策などによって課程別、
学科別、コース別に教育課程が編成されるようになり、普通高校のなかにも男女比が極端にアンバランスな学校や男女別
クラスの存在する学校が増加し、共学率は増大するものの「共学制を実質的に崩す方向」が見られるようになった。
「男女別学が高度成長期に強化されていくのは、前近代的な男尊女卑の教育観への『回帰』ではなく、資本主義社会が
要請する性別役割分業に基づいた男女特性教育へと『前進』していったからなのである。

○1970年代
1970年代になると、別学校を多く残した東北地方や中部地方でも、宮城県や長野県などのように共学校への移行や共学校
を新設する動きが見られた。こうした共学化の動向は、「第二次共学化の波ともいえるほど多くの公立の男女別学高校の数
を減少させ、男女共学高校を増大させるもの」であった。

○1980年代・・・男女差別撤廃条約
男女差別撤廃条約が批准された1980年代には家庭科の男女共修を求める声が大きくなり、1989年3月の学習指導要領改訂
により、高校では1994年度から男女共修となった。

○1990年代・・・男女共同参画社会基本法
こうした時代状況背景に、1990年代以降は公立・私立ともに男子のみの学校、女子のみの学校の学校数は減少している。
少数となった公立の別学校に対する共学化の議論が起こり、男女共同参画社会基本法が制定された1999年以降、男女共学
化が急速に進められた。

○現在の状況
現在では宮城県や福島県などで全面的共学化が実現している。公立の別学校が比較的多く設置されている埼玉県、群馬
県、栃木県の3県では、宮城県や福島県同様、別学校の共学化が議論されたが、前述のように、各県教育委員会は別学校
を存続させている。
2014年5月1日現在、全国の公立高校3,628校中、男子のみの学校が9校、女子のみの学校が38校、あわせて57校と、
学校数ではわずか1.6%の存在となっている。

 

◆戦前の男女別学の理由
戦前の男女別学級編制の理由としては、男女によってその性質、風習、社会的な仕事が違うので教育の方法も違わざるを
得ないというものであった。
男女を分ける教育理念の背後には、『男女七歳にして席を同じうせず』といった儒教的思想の影もあったとされる。
当時の男女別学は教育空間の分離だけではなく、教育内容の差異を企図していた。
例えば、明治期の高等女学校では同年の中学校(男子)に比べ英・数・国の合計時間数は半分に満たず、裁縫、家事など
の科目に時間が割かれていた。女子の教育では家事、育児、内助といった「家庭役割」に適した科目に比重が置かれ、「男女
別学は文字通り内容上の別学にまで進んでいったのである。そのため、「同じ五年制の学校であっても、一般には、中学校
に比べて高等女学校は普通教育のレベルが一年分ほど低い」といわれていた。そのような教育を正当化したのが「良妻賢母」
思想である。女子については貞淑の美徳や婦徳の涵養が目的とされたのである。

こうした戦前の男女共学禁止、別学推進は、当時の政府のとった銭湯における男女における混浴、海水浴場における混泳
の禁止と同じ男女分離政策の一環であり、その背景には若者宿、娘宿に象徴される男女の関係をめぐる農民文化の破壊
旧武士風の規範の導入、さらにはキリスト教文明社会からもたらされた性欲に対する罪悪感や禁欲主義があり、こうした人々
の性道徳、性意識の変化とも密接に関係しながら強化されていったと考えられる。
当時、女子は男子に比べて生まれたときから遺伝的に能力が違い、学力が乏しいという認識は一般的であった。
ただ、戦前においても研究者や実践家の間では男女共学の意義と実施方法などについての検討はなされていた。
当時の男女共学否定論と賛成論の要点は次のようであった。
【否定論】風紀の乱れ恐れがあり、男女の美点長所を喪失させ、男女教育の特性が発揮できず、男子の学問的水準を低下させる。
【賛成論】男女共存は人間の生活形式であり、男女相互の理解と感化により円満な人格的発達が可能となり、男女の切磋琢磨に
より学力が増進し、経済的にも有利である。

 

◆戦後の男女共学の意義
新制高校における男女共学は全国一律に実施されたわけではなく、地域によっては別学校が存続した。
しかし、「人々の男女観、性別役割意識などに与えた影響という点からいえば男女共学制の採用は第二次世界大戦後の教育
改革のなかでも画期的な改革であった。 初期の共学校では共学そのものが「大きな生活学習」であった。
男女共学初期の男女生徒にとってはお互いが未知の世界との出会いであった。男女共学は、異性の実像を見きわめさせ、
いろいろな人間のいることを理解させるうえで大きな役割をはたしてきたのである。

 

参考:(リンク

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2017年01月05日

学校教育:男女共学か別学か・・・江戸時代の場合

前回投稿では、学校教育や男女関係の問題、現況について整理しました。(リンク
男女共学か別学を考えるにあたり、まずは明治から始まる近代教育の以前、江戸時代の教育がどうであったかを整理してみます。

◆藩校
江戸時代中期までは、武士の学問は、平和な時代の余技、教養といった程度に考えられていたが、中期以降は、現実の政治や経済の困難を
克服するために教育を重んずる方向に各藩が傾いた。
藩校は天明・享和期(1781〜1804)に最も多く設けられた。
それは、商品経済の発展によって武士階級全搬の財政難が深刻化し、綱紀粛正のためにも、現実の問題の解決のためにも、子弟の教育を重
視するという方針に転じた。
教育内容は、基本的には儒学中心である。
為政者階級としての道徳的人間を形成することが目的であったが、少しずつ、経済実用の学を重んずる傾向に変わっていった。

◆郷学
江戸時代中期以降になると、庶民教育のために「郷学」も設立した。
郷学は、もともと家臣の学問や武芸を向上させるために設立された。言い換えれば、藩校の分校のようなものである。
しかし、1745 年(享保の改革期)以降は庶民の教育へとその目的が広がった。
その中で、民間の有志や町村(あるいは町村組合)が設立する郷学も増加していき、その形態は多様化した。
このような藩校や郷学の多様な展開を支える基礎となっていたのが寺子屋である。

◆寺子屋
その歴史は室町時代後期までさかのぼり、寺院教育を母体として発生した。寺子屋の名の由来はここから生まれた。
明治政府(文部省)が1892年に編纂した『日本教育史資料』には、明治初期における全国約15,000の寺子屋と1,500の私塾が確認できる。
ただしこのデータは調査の不十分さが指摘されており、実際にはさらに多くの寺子屋が存在していたことが明らかになっている。
このように、士・農・工・商の身分制が確立していた江戸時代の教育は、武士と庶民の教育も大きく 2 つに区分されていたが、教育の近代
化によって2つの教育がしだいに融合化されていったのである。

普及したのは、藩校と同じく18世紀以降である。
商業が盛んになり、交通が盛んになり、交通が進み、生産や商取引に契約書、帳面類、書簡などの必要が著しく生じた。
幕府の側でも、さまざまな事柄を伝達するのに文字を用いて効果を上げようとした。
諸法度、御触書、御高札といった法令を広く領民に知らせるためにも、広く庶民が読み書きの能力を高める傾向を歓迎した。
そのため、最初は江戸、大阪といった大都市で設けられた寺小屋も幕末期には、天保年間(1830−1844年)頃からは、農村や漁村の隅々まで
開かれるようになった。
寺子屋で先生役を引き受けた師匠は、必ずしも特定の知識階級ではない。数の上では、庶民が最も多い。
町年寄や隠居と呼ばれた人、庄屋や組頭にような農漁村の支配層、次いで多いのは、武士。また僧侶や神官も寺子屋を開いた。
一番見逃すことが出来ないのは、寺子屋が庶民が自らの必要から生み出した自然発生体としての組織であって、幕府や藩の側の要請に基づくものではないことである。

◆寺子屋に見られる男女別学
江戸時代の寺子屋の普及によって、現在の学校の基礎が築かれた。では、その学習は男女に差が見られるのだろうか。
これを紐解く手がかりとして、江戸時代に使われた教材に「往来物」がある。
現代の教科書の役割を果たし、様々な手習に対応するため、江戸時代中期頃から出版が盛んになった。
その内容も様々であり、読者に合わせて編集され、その種類は数千種にのぼる。
往来物の代表的なものには、『消息往来』(1843年刊行)、『庭訓往来講釈』(1845年刊行)、『商売往来』(1830~1844年刊行)などがある。

そして、数ある往来物の中には女子用に編集されたものがある。例として、『女今川』、『女庭訓往来』などがある。
これらは、もともと男子用として広く使用されていた往来物を女子用に編集したものである。
女子用に掲載された往来物の内容には以下のようなものがあげられる。
「女今川・女庭訓往来・百人一首・女大学・婚礼の次第・年中行事・出産に関すること」などである。
これらの内容からわかるとおり、男子が学問や実用的な職に関する知識を学ぶのに比べ、女子は日常生活に必要な知識や、女子的教養が主な内容である。
つまり、家庭内の女子、妻としての教養が重視されていたことがわかる。

男女の学ぶ内容の違いは、寺子屋の男女の就学率にも大きく影響していた。
女子が教育を受ける目的が家庭内において必要な教養を身につけることに偏っていたため、女子の教育が家庭内で行なわれるケースが少なく
なかった。しかし、江戸時代後期になるにつれ、地域によって差はあるものの、女子教育の必要性が高まったことから、女子の寺子の数が増
加したと考えられている。特に江戸では女子の寺子数は男子の約9割と、極めて高い就学率だった。

ほとんどの寺子屋で、男女は同じ部屋で手習を行ない、まれであるが、女子限定の寺子屋も設立された。
現在、寺子屋で手習をしている絵が描かれている書籍や襖絵が数々残っている。
それらには、同じ部屋に男子と女子とに分かれて学習している様子や男女が分かれて遊びをしていたことなどが読み取れる。
男女共学が普通で、比率としては、全国平均では男100:女25、ただし、江戸では男100:女89。
神田、日本橋、浅草などの庶民が群居するにぎやかな町、卸問屋や株式組合が盛んに活躍している地域では、男女比はほとんど同じだった。

江戸時代の社会は、武家社会の主従関係が基礎となっていたが、これが庶民の家庭にも及んでいた。
親子関係、夫婦関係も主従関係と同様に見られていた。そのため男子と女子の教育は区別して考えられていたのであろう。
一方、私塾は藩校や寺子屋とちがい、身分上の差別が少なく、武士も庶民もともに学ぶ教育機関であった。
現在の私立学校の前身あるいは母体となっているものも多い。

◆若者組による教育
伝統的な地域社会において、一定の年齢に達した地域の青年を集め、地域の規律や生活上のルールを伝える土俗的な教育組織である。
若者衆、若者仲間、若者連中など、また集まる場所を青年宿、若衆宿,若者宿,若勢宿,寝宿,泊り宿,若宿など、地域によっても様々の名
称がある。類似の風習は日本のみならず、世界各地の伝統社会に存在する。
近世において、地域社会の構成員を教育する場として確立したと考えられ、地方では明治以降も多く引き継がれていたが、公教育の普及に伴い衰退・消滅していった。

若者組への加入・脱退の決まりは大きく2つに分けられる。
1つは、その村の男子全員が加入するというタイプで、多くの場合は結婚を機に脱退する。
もう1つは各戸から1人(長男)だけが加入するというタイプで、多くの場合結婚ではなく一定の年齢に達すると脱退するというものであった。
いずれの場合も、一定年齢(10代半ばくらい)に達すると加入する。
若者組を卒業したものは、地域社会で一人前のメンバーという事になる。

年長者がリーダーとなり、後輩たちに指導を行った。
若者宿、若衆宿などといわれる拠点があり、そこに集団で寝泊りする場合も多かった。
村内の警備や様々な作業を行ったり、共同で集まり親睦を図った。
特に祭礼では、若者組のメンバーが子供組を指導して中心的に運営を行う場合が多かった。
また交際上必要となる飲酒・喫煙の指導、さらに村内の恋愛、性、結婚を管理する側面を持ち、リーダーが各自に夜這い を指示して童貞を
捨てさせることも行われた。男性の若者宿に対して同じ年頃の女性が集まる娘宿の存在する地域もあり、この場合双方の交流によって結婚相手を探すという意味があった。

◆◆江戸時代の教育
基本となるのは農業であれ商業であれ、生産を中心とした共同体集団の存在である。
子供たちも生産活動を担いながら、共同体における役割として「若者組」にて年長者から学び、生産の必要な実学を「寺子屋」で学ぶ。
若者組では男女別々に、寺子屋では壇上一緒だが学ぶ内容が役割に応じて男女で異なっている。
男子は生産を中心に担う存在として実務に関する内容を主に学び、女子は共同体を内から支える存在として日常生活の知識や共用を学ぶ。
つまり、共同体の一員としての役割が明確にあり、その役割を担うべく「若者組」では年長者が教育し、「寺子屋」では自主的に学ぶ。
そこには当然、男女の役割の違いもあり、男として女としての学びに加え、性関係をも取込んだ教育システムとして存在していた。

鍵となるのは、前提としての集団の存在、中心にある生産課題・役割といった点だろう。
このような視点で、次の明治以降の近代教育を振り返ってみる。

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2017年01月04日

最近の小中学生は「付き合う」のが当たり前!?

NHK総合『エデュカチオ!』は、「イマドキの子どもの恋愛事情」特集。ここ数年、小学校高学年~中学生の間で流行っているという「つきあうブーム」の実態とは?

◆今時の小中学生は「つきあう」ことがブーム!
今時の子供たちのおつきあいは、告白するのは女の子からが多く、1つ年下の男の子とつきあう女子もいるとか。積極的なのは女子で、男子は受け身なのが特徴のようだ。
「つきあうブーム」について、女子小中学生にインタビューすると
・「クラス40人中、つきあっている子がいないのは2人だけ(中1)」、
・「とにかく告白する!(小6)」、
・「カレカノ、メチャいます。3人に1人はいる(中1)」
・「(憧れは)壁ドン!みたいな(中2)」
など、驚きのコメントが。
一方、母親たちからは「私達の時代では、考えられない」「ちょっと軽すぎる」「秘密にされて、何もなければいいけど。何かあった時にイヤ」と、ネガティブなコメントが寄せられた。

◆ブームのキッカケは雑誌の恋愛特集?
小学生女子に人気の雑誌・ニコ☆プチの馬場すみれ副編集長によると、「つきあいブーム」のキッカケは「4~5年前から、男の子と遊ぶテーマで読み物ページを作り始めた」ことなのだとか。
雑誌の中でも、恋愛に関する特集や「男子と遊ぶコーデ」などの特集は特に人気が高く、約3000人を対象とした読者アンケートによると、小学校高学年の4人に1人がつきあっているという驚きの結果が出たという。
番組の街頭取材で出会った「ごく普通の小学生男子」も、6人中5人が「つきあったことがある」と回答。そのキッカケは「手紙で告白された」「放課後、呼び出されて告白された」と、女子からのアプローチによるものが多いようだ。

◆今どきの女子小学生が男子にモテる為にしてる努力が凄い!
小学生向けのファンション雑誌『ちゃお』の特集より(男子モテのススメ ~男子モテは気合と作戦~)
BdBjla0CMAAyWOX
 ・いい香りがするサラサラヘア(リンスを忘れない)。派手すぎないヘアアクセ。寝ぐせがついてない。
 ・いつも笑顔。プルプルくちびる(リップを持ち歩こう)。人を睨まない(怖い!)。
 ・リアクション大きめ(驚き、笑いは大げさに)。綺麗 or 可愛い字が書ける。からだを動かすのが好き。
 ・短めスカート or キュロット。どこかに女の子らしさがある服(リボン、レースなど)。
 ・動きやすい靴(いつでも走り出せる!)。汚れても気にしない(だったら着てくんな、になる)

◆小学生は、デートでどんなことするの?
ちなみに、小学生カップルのデートは、学校のことや、好きな物の話などをしながら、一緒に歩いたりするのが一般的で(子供なので、喫茶店などには入らない)、2人きりになると緊張して会話が長続きしないため、ダブルデートをすることが多く、結果的に同性同士で盛り上がっていることが多いのだとか。

臨床心理士・山崎洋史教授によると、
「(つきあうことが)ステータスになっていることは間違いありません。彼氏彼女がいることを友達に自慢できる。自分自身が嬉しいという気持ちが背後にある。今の6年生くらいの子が言っている”つきあう”の言葉の意味は、告ったら『いいよ』と言ってくれた、友達と複数でプリクラを撮りに行く、というもの。そういう”つきあう”の裏側にある行動をきちんと受け止めてあげることが、すごく重要なんです」

【参考】
『IRORIO』 恋愛の低年齢化?小中学生の間で「つきあう」ことがブームになっている!(リンク
『naverまとめ』今どきの女子小学生が男子にモテる為にしてる努力が凄い!(リンク

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2017年01月04日

学校教育:男女共学か別学か

新年おめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!!

 

さて、昨年は学校教育の問題から、男女関係の問題へと記事を書きましたが、
この二つを重ねてみると、学校教育の共学・別学問題が浮かび上がってきます。
教育的側面と、男女関係の側面、さらには社会的役割の面から考えていく必要があり、
そもそも人間が成長していく過程においては、どのような空間、集団が適しているのかという問題であり、
単純に共学か別学のどちらがいいかという問題では無さそうですね。
今年は新年1回目から、この課題について考えていきたいと思います。

まずは前提として、問題点、および現在の先端の潮流を整理しておきたいと思います。

 

◆近代思想の終焉
○新しい社会が始まろうとしているのに、社会統合観念が無い
時代は私権社会から共認社会へと大きくパラダイム転換している。
現に、市場主義は限界を見せ、グローバリズムは終焉を迎え、世界は民族主義、地域主義へと転換しつつある。
人々の意識は、深いところで本源収束に向かっている。
新しい世界が始まろうとしているが、いまだ新しい観念、思想は何も生まれていない。
世界を、社会を統合するには、新しい観念体系が必要であるが、どこからも生まれない、生み出せないでいる。
その原因は、大多数の人間が思考停止しているからであり、
近代思想は意味を失ったにもかかわらず、脳が近代思想に洗脳されたままで、自由に思考し追求できないからである。
それどころか近代思想は、自分第一・他社否定の自我に立脚し、現実を否定し、現実に存在しない架空観念に立脚し、
さらには信じれば終いという構造にあるため、たちまち近代思想でしか考えられない脳構造=思考停止に陥ってしまう。
※参照:近代観念による事実の封印と思考の停止

 

◆学校教育の問題
○思考停止を作り出した張本人は学校教育である
学校教育は近代国家にとって都合のいい人材を育成するための期間として登場した。
つまり、近代思想を盲信することであり、軍隊よろしくお上に従順に従う働きバチの大量生産である。
※参照:小学校の教育に残る「軍事訓練」1/2 小学校の教育に残る「軍事訓練」2/2

○強制教育が思考停止を作りだす
学校教育の問題の本質は強制教育にある。
乳幼児期は「何で?何で?」と知りたい欠乏全開で、未知なるものに対する興味関心でいっぱいなのに、
学校に入った途端に、本人の欠乏とは無関係に、これが教科書ですよ、これが正しい世界です、と一方的に詰め込まれる。
そのうえ、中学に入ると教科書に対する習熟度を測るためのテスト漬けが始まる。
いつしか勉強は未知の世界を知ることではなく、テストの点数を稼ぐことが勉強だとすり替わってしまう。
加えて、テスト勉強は覚えれば終い、理解すれば終いなので、単なる理解脳、暗記脳を作り出し、現実には何の役に立たない
脳構造を作り出すことになる。
※参照:強制的な勉強は、本来の思考を封鎖する

 

◆家庭の問題
○家庭は教育機能を失い、子育てを学校に丸投げ
市場社会が進み、共同体社会は完全に崩壊、地域社会も崩壊し、サラリーマン家庭の集合体が現在の形。
この変化は大きな意味をもつ。
共同体の闘争過程・生殖過程を併せ持った家庭が消滅し、過程は闘争圧力のない消費のみの場となったこと。
これにより、家庭が子どもの教育機能を喪失してしまった。
にもかかわらず、母親にとっては存在理由が子育てしかないため、子どもの教育を学校教育に委ねるしかない。
その学校教育ではテスト、受験と勉強だけが取り沙汰される。したがって母親もまた勉強圧力を子ども強いることになる。

○学歴信仰の終焉
今や東大卒が大工になる時代である。
時代を生き抜くためには、すべては人材育成が鍵を握る。
現実の社会で激しい同類闘争に晒される企業においては、学歴など何の意味を持たない。
答を求めるだけの理解脳では、現実の壁に対し、何の役に立たないどころか足を引っ張るだけ。
勉強がんばって、いい大学に入って、大企業に入れば、、、と親が思っているとしたら大間違い。
にもかかわらず、家庭では「勉強しなさい!」と相変わらず子どもに勉強圧力を強いる、という問題。
※参照:学歴信仰は終わった。答えを理解するだけの頭脳では、仕事に対応できない

 

◆男女関係の問題
○性の衰弱は、人類存続の問題
1対1の恋愛関係は、必然的にセックスレスをもたらす。
それは、恋愛とは独占することが目的だから。
独占の性関係は自我と自我のぶつかり合い、駆け引きの応酬。だから、疲れる、面倒くさい、、、
それよりも仲間関係の方が充足できる。
現に、自我が衰弱し、仲間圧力の中で育ってきた若い世代は、男女仲間からの性関係に移行している。
最近では女子から告白するケースも当たり前になってきている。
女子の充足期待に男子が応えられるか、男子の性欠乏が復活しない限り、未来は無い。
※参照:恋愛至上主義や個人主義が進んだ結果、ついに結婚制度が崩壊へ
    性意識がついに反転!?~小中学生の恋愛ブーム

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2016年12月29日

結婚はオワコン!?~制度崩壊の先の、男女の性充足関係を如何に再生させるか!

前回の記事:【結婚制度は崩壊寸前!?~個人の自由と集団再生の綱引き】では、日本以外の先進国では婚外子の出生率が3割~5割という記事を紹介しました。
今回は、この記事に関するブログ記事を紹介します。

★結婚はしなくていいけど、子どもはほしい
★子供ができたら結婚するけど、(子供もできてないのに)結婚だけするってことの意味がよくわからない、という人が多くなっている。
★子どもがいないなら・・はて、なんのために籍を入れる必要があるんだっけ?という感覚に皆がなってきてるから、デキ婚が増えている。

すでに1対1の恋愛関係の果ての結婚制度は有名無実化、崩壊していることを端的に示している。
女性が結婚する理由は、出産~子育てにおける安心基盤の確保、この1点をおいて他にない。
女性が結婚の条件として収入やら地位やらに拘るのは、子育て空間の安心基盤を確保するための現実的な課題があるからだと捉えるべきだろう。だからこそ男を選択するハードルが高くなっていくし、男はますます応えられなくなっているのが現状の不幸な状況。デキ婚が増えていることが、結婚の理由が出産以外に無くなってきていることをよく現している。

このような状況を突破するには、
安心して出産~子育てができる基盤をつくっていく必要がある。
それを現在の政策のように、経済的援助や保育所の増設などの対処療法ではなく、
企業内保育を義務付け、企業集団や地域で子育てする基盤を作っていくこと。
そして、1対1ではなく、重婚可能なようにすることで、抜本的に変わっていけるだろう。

しかし、それだけでは全然足りていない。
生物がオスメス分化したのは、安定(オス)と変異(オス)を分担することで外圧に適応するためであり、
オスメス関係~男女関係は適応原理、社会構造の最基底部に位置する問題である。
メスは単に子を産むという生殖役割を持っているのではなく、その充足性をもってオスを元気にさせる、オスはそれに応えるべく闘って守る、というオスメスの充足関係が根底にある。
翻って現在のセックスレス減少=性の衰弱は驚くべきスピードで進んでいる。
性関係を含めた男女の充足関係~活力を如何に再生させるか、これが次代の最大の課題ですね。
追って追求していきます。

リンクより
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これって、何が起こっているか、わかりますか?

西欧先進国においては、すでに「結婚」という制度は、崩壊しつつあるんです。

結婚は過去の制度となりつつあり、もはや100年後に残っているとはちょっと思えないよねって感じの制度です。つまり、今どき「婚姻率を高めよう」なんて、完全に時代に逆行してるんです。

みなさん、“3世帯同居”って聞いたら、どー思います? 「ああ、うちも昔はそうだったよ」って感じでしょ。「3世帯同居が減ってるって? それは問題だ! 3世帯同居がどうやったら増えるか、みんなで知恵を出し合って問題を解決せねば!」って思う?

結婚制度も同じです。時代に逆行してまでそんなオワコン(=ブームの終わったコンテンツ)である制度を、再普及させる必要はありません。

結婚がいったいつ頃「みんながするもの」になったのか知りませんけど、今や「社会的な役割を終えつつある」ってことに、みんな早く気が付きましょう。

現時点で、西欧先進国に比べて日本で婚外子がこんなに少ない理由は、日本女性が「ぜひとも結婚してから、子供を産みたい!」と考えているからではなく、「結婚せずに子供を産める環境が整っていないから」にすぎません。

ここでいう環境とは次の2点です。
1.法制度的に婚外子は不利益を蒙る
2.シングルマザーが子育てするのは、経済的にとても厳しい

世間の目とかもありますが、それは上記が変われば改善されます。他の先進国のように「子供の半分は婚外子」になれば、子供がいじめられるとか気にする必要もなくなります。

法律を変え、シングルマザーを経済的に超手厚く保護すれば、日本でも数十年で(=みなさんの子供の世代では)婚外子が3割を占めるようになるでしょう。そしてその過程で、出生率が上がり、少子化は改善されていくのです。「子供を産みやすい社会」とは、そういう社会なんです。

日本にだって、「結婚はしなくていいけど、子どもはほしい」という女性は、今でもたくさんいます。それなりの経済力と勇気のある女性の中には、自らシングルマザーを選ぶ人も増えています。
でも、そういうことができる女性は、まだまだ少数です。一人で働きながら子供を育てるのはスゴく大変。

けれど、上のふたつの環境が変われば、結婚しなくても子供を持ちたいと考える女性は相当数いるでしょう。てか、今の時点で夫と子供がいる女性でさえ、「子供がいなくなるなんて、考えられない! 耐えられない!」けど、「夫がいなくなっても・・・まあね」って人はたくさんいるだすよ。

もっといえば、デキ婚の増加は、日本でも同じ意識が広まっていることを暗に(しかし非常に強く)示しています。
子供ができたら結婚するけど、(子供もできてないのに)結婚だけするってことの意味がよくわからない、という人が多くなってるんです。

「日本はまだ法律・制度的にも、そして経済支援的にも、子どもができたら結婚する必要がある。けど、子どもがいないなら・・・はて、なんのために籍を入れる必要があるんだっけ?」
という感覚に皆がなってきてるから、デキ婚が増えてるんです。

それにしても、最近あべっちから出てくる少子化対策はホントにおもしろい。

彼らは
・たとえ選択制であっても、夫婦別姓なんて絶対反対である
・保育所を増やすくらいなら、3年の育児休暇をやるから、家で子供の面倒をみろ
・「女は早く結婚しないと子供が持てないぞ」と紙に書いた手帳を女性だけに配るから、よく読んどけ
とは言うけれど、

・妊娠した時点で保育所の入所希望を出しておけば、一年後までに保育所を整えておきます! とも、
・子供のいる男性の育児休暇の取得実績が低い企業にはペナルティ与える! とも
・シングルマザーでも子供が育てられるよう、経済的な優遇措置を大幅に拡大する! とも
・婚外子に関する法律的な区別を一切なくすから、結婚前提にせずに子供つくってOK!
とも、ぜったい言いません。

なぜだって?

だって彼らが目指しているのは、子どもを増やすことではなく、“昭和”に戻ることだからです。 Back to the Future or to 昭和?

下手すると、育児休暇を3年にした暁には、保育所を減らせるだろうくらい考えてそうです。「やっぱり3歳までは、子供は母親が育てるべきだろ。その後に、どうしても働きたいというなら働けばいいけどね」って感じ?

平成の次の年号が “昭和2.0” だったりしないことを祈りたい。
いろんな意味で古すぎです。
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2016年12月22日

結婚制度は崩壊寸前!?~個人の自由と集団再生の綱引き

結婚制度崩壊」と検索すると、いっぱい引っかかるのに驚いた!

・婚姻制度は破綻してきているのか?(リンク
・結婚はオワコン!? – Chikirinの日記 (リンク
・結婚制度は崩壊する? | AquaMarineの日記(リンク
・女装する東大教授、結婚制度にギモン。(リンク
・もう日本も結婚制度やめませんか?(リンク
・ある30代独女の本音 ”結婚制度を廃止してしまえ!(リンク
・結婚というイデオロギーもやがて崩壊していくのではないか(リンク

 

検索トップページからひとつ記事を紹介する。
日本以外の先進国では婚外子の出生率が3割~5割という記事だが、
スウェーデンとフランスでは婚外子が50%を超えているという。次いで、デンマーク、イギリス、オランダ、アメリカ、、、
婚外子率上位の国はいずれも欧米諸国、個人主義の歴史の長い国だ。
このことから容易に想像されるのは、個人主義、恋愛至上主義の行き着いた結末ということ。
恋愛至上主義ゆえに結婚制度が壊れ、家族が消失する

 

種の存続、、、生物にとって最も重要な課題、生命原理そのもの。
この適応課題が、種としての、集団としての、家族としての課題から切り離され、全くの個人課題となってしまった。
つまり、生物にとっての最重要課題が、個人の勝手に委ねられているということ。
その背景にあるのが、個人主義、人権思想、福祉主義などの観念群である。
日本において結婚制度崩壊の声が顕在化してきたのは、可能性でもあり、危険でもある。
欧米のように個人の好き勝手に委ねられれば、もはや集団再生は不可能であるが、
本源収束の潮流にある日本においては、集団再生の方向で男女関係が見直されることは可能性に他ならない。

 

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結婚制度は崩壊寸前!?日本以外の先進国での婚外子の出生率が3割~5割だと判明
婚姻届を出していない男女の間に生まれた子どもを「婚外子(こんがいし)」と呼ぶのですが、この「婚外子」が日本以外の先進国で増えているというのです。
結婚して子どもを産んで…という結婚制度はもはや崩壊寸前なのでしょうか。
日本以外の先進国でなぜ婚外子が5割ほどにも増えたのかその背景に迫ってみましょう。

 

◆◆婚外子とは

婚姻届をだしていない男女から生まれた子どものことで、法律上では非嫡出子とも呼ばれます。
婚外子になるきっかけとなるものには、結婚をしたいとは思わないが子どもだけは欲しくて生んだケース、不倫関係にあったがその妻が離婚に同意しないためやむを得ず婚外子として生んだケース、夫婦別姓を望むため婚姻届を提出しないで事実婚状態として生んだケースなど理由は様々です。

戦前は日本も婚外子が多かった
戦前は一夫多妻のような習慣が残っていたため日本でも婚外子も多かったのですが、戦後急速に婚外子の比率は低下しました。

 

◆◆日本以外の先進国と日本との婚外子の割合の差

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上のグラフは世界各国の婚外子の割合を表したグラフです。
日本は1980年の0.8%に対し2008年には2.1%に上昇したものの世界的にみるととても低い割合ですね。
注目したいのはスウェーデンとフランスでは婚外子が50%を超えています。
なぜ出生数の50%以上にも婚外子が増えたのでしょう。
50%を超えているスウェーデンとフランスの現状をみていくことにします。

◇スウェーデンのサムボ制度
スウェーデンにはサムボ制度というものがあります。
これは事実婚や同棲の制度で、同じ住所で一緒に生活をし性的関係をもつ男女への制度です。
サムボ制度を利用しているカップルは多く婚姻届を出した人達の9割がサムボを経験しています。
一緒に住み結婚へのお試し期間として機能している制度とも言えますね。
またサムボカップルの間に生まれた子どもは婚外子となるのですが、婚外子に対する法律上の差別というものはなく、結婚している人達の間に生まれた子どもと同じように権利が保障されているのです。
婚外子の割合が54.7%のスウェーデンでは未婚のまま子どもを生むことが社会的にも受け入れられているのですね。

◇フランスのユニオンリーブル
フランスではユニオンリーブル(自由な結合)を選ぶカップルが一般的です。
昔のフランスは「結婚=家族」でしたが、今では法的な束縛のない共同生活が選ばれています。
日本でいうところの事実婚です。
フランスでは結婚と事実婚での差がほとんどありません。
事実婚のカップルの間に生まれた婚外子も差別を受ける状況におかれることはないのです。

 

◆◆日本はなぜ婚外子が少ないのか

日本以外での先進国で婚外子が増えている現状をどのようにとらえますか?
もはや「結婚」そのものが崩壊しつつあると思えてきませんか?
なぜ日本では他の先進国より婚外子がこんなにも少ないのか…。
それは婚外子の多い国に比べて婚外子を守ってもらえる安心がないからではないでしょうか。

◇子どもを産みやすい社会ではない?
日本にも「結婚はしなくても子どもだけは欲しい」と考える女性がたくさんいます。
しかしシングルマザーで子どもを養っていくのは経済的にとても厳しいのです。
保育園の待機児童の問題もありますよね。
シングルマザーに対し経済的に手厚く保護すれば少子化問題も改善されていくでしょう。

 

◆◆子どもを産みやすい社会を

いかがでしたか?
結婚という形式にとらわれずに事実上の家族になる日本以外の先進国の考え方は、日本ではまだまだ賛否両論あるかと思います。ただ婚姻関係を結ばないでも子どもにとって幸せな家庭があることは変わらないのです。
結婚している夫婦から生まれた子ども同様にきちんと保護されている社会であれば差別を受ける状況にはおかれないですし、親が離れるようなことになっても育てやすい環境で育っていくことができるのです。
日本ではまだまだ遠く先の長い話なのかもしれませんが、日本以外の先進国でのこのような状況や「こんな考え方もあるのだな」と知っておくのは良いことなのかもしれませんね。
少子化問題や子どもが育てやすい社会になるよう心から祈るばかりです。

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2016年12月22日

恋愛至上主義や個人主義が進んだ結果、ついに結婚制度が崩壊へ

◆減り続ける婚姻数と増え続ける離婚数

日本も含めて、現代文明を受け入れた国々の多くはすでに結婚という制度は崩壊しているか、崩壊の途上にある。結婚という制度はもう形骸化してしまっている。
婚姻数は日本でも1972年の109万9984件をピークに、あとは急減しており、2014年は64万3740件にまで落ち込んでいる。ところが、逆に離婚数は1974年は11万3622件だったのが、2014年は22万2104件となって2倍近い伸びだ。

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離婚が増えているというのは、要するに「家族の破壊」が増えているということでもある。現代は、大切な人間関係が成就している時代ではなく、大切な人間関係の破壊が進んでいる時代と言える。「結婚しない人が増え、結婚しても離婚する人が増えている」という現象は、まわりを見ても体感できるはずだ。
3人に1人は離婚している。離婚は珍しいものではなくなっている。むしろ、結婚生活が10年、20年も続いているということが「すごい」と珍しがられる逆転現象も起きている。

◆恋愛至上主義が逆に結婚と出産を遠ざけている事実

日本における結婚制度はこれからもどんどん形骸化していくのは間違いない。なぜなら、結婚制度を破壊する文化的な要素が現代社会には満載だからだ。結婚が成り立たなくなっている理由は様々なものがある。収入、少子化、働き方、男女同権……。いろんな理由が結婚を遠ざけている。そして、この理由はそのまま離婚の理由にもなっていく。あまり指摘されていないが、現代社会で結婚が維持できにくいのは、「恋愛の自由化」も要因としてある。

かつて、日本の結婚には見合いというものがあって、恋愛感情がないまま結婚することは珍しいことでも何でもなかった。親が選んだ相手と、素直に結婚していた。親が選んだ相手と一緒になるというのは、恋愛至上主義で生きている私たちから見ると信じがたい結婚形態のように見える。自分の人生を親が勝手に決めるのだから、個人主義の浸透した現代人には想像もできないかもしれない。

しかし、世界を見回すと、そういった「見合い結婚」は珍しいものでも何でもない。人間は愛がなくても結婚できる。実は、そういった見合い形式の結婚が当たり前だった時代では、皮肉なことに結婚は長続きした。離婚が容易でなかったという理由もあるが、実は本人同士も「自分の感情など関係なく一緒にいるのが結婚だ」という義務的な意識があったからだ。

しかし、自由意思での結婚、あるいは恋愛の成就としての結婚の場合はそうではない。恋愛感情が結婚の動機になった場合、恋愛感情が消えたら一緒にいる理由も消えてしまう。恋愛に重きを置くカップルであればあるほど、恋愛感情が消えてしまった状況の中で一緒にいるのは無意味に感じるようになる。「好きでもないのに、なぜ一緒にいるのか?」ということになってしまう。

◆結婚は磁石のS極同士を無理矢理近づけているような状態

1)原理的に動物のオス(人間の男を含む)は、メスと長期関係を続けるようには出来ていない。
2)恋愛開始後3年程度で「恋愛感情を引き起こす脳内物質PEA」の分泌が一気に降下し、男も女も脳が覚めて相手のことを何とも思わないようになる。
3)「自分の思い通りに物事が運ばないとストレスが発生する」という原理上、自分以外の人間である配偶者(相手は自分の操り人形ではないので思い通りには動かない)との共同生活は絶対的にストレスを生む。

上記のような原理があるにも関わらず、無理に(というより自然の原則に反して)男女を長期的に婚姻関係で縛っているので、容易に離婚へと転落する事になります。磁石のS極同士を近づけても、反発してお互いが離れて吹き飛ぶのが自然の成り行きでしょう。

引用元:「いいところネット

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2016年12月15日

学校教育~労働体験に加え、能力評価軸を変える必要がある

前回の投稿(無圧力空間から脱し、半学校・半労働の教育制度にしたら?)では、学校教育における労働体験のすすめを書いた。

職場体験は文科省がすすめている政策であり、あらためて文科省の考えを調べてみた。(下記)
文科省自身は、「学ぶことの意義」という教育の根幹の部分が問われている、ということをはっきりと明記している。
そして、そのための一つの政策として小中高と連続する職場体験を推奨している。
現に、全国の公立中学校における職場体験の実施率は、平成16年度ですでに90%に達している。
しかい、平成12年に政策化され、約15年。「仕方なく生きている」という子どもの増大は何を意味しているのだろうか?

職場体験が一般化してくれば、能力評価も変わってくるはず。
テストの点のいい子が職場でも成果を上げるとは限らない。関係づくりのうまい子、追求肌の子、サービス精神旺盛な子、、、
いろんなタイプの子がいて、職場ではそれぞれの能力が発揮されることになる。

つまり、いくら職場体験を実施しても、学校内での評価が相変わらず学力=テストの点数であれば、何も変わらないということ。
テストが出来ても社会では通用しない、社会で通用するには○○の能力が必要と、必要な能力~評価軸・評価指標を変える必要がある。
学校における評価軸が変わっていくことで、それでも探究心旺盛で本当の学力が身につけば、意味も無く勉強圧力をかけるしかない母親の意識も変わっていくのではないか。

その意味で、今回は「テストのない学校」について調べてみた。
どのような成果が生まれているのかは、また調べてみたい。

 

◆テストのない学校
 ○入試も定期試験もない学校?都立高校の新たな仕組み
 ○中間・期末テストなし! 約半数が国公立大現役合格する高校
 ○テストも時間割もない、自由な学校。「八ヶ岳サドベリースクール」
 ○成績で評価しない!インターンシップで単位が出るテスト無しの学校がアメリカにあった!

一方で、こんな学校もあった!
 ○「静岡県で全国学力テスト下位の学校は、校長の名前を公表…」どう思う?

 

◆文科省:職場体験の基本的な方考え方
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1.職場体験が求められる背景

 職場体験が求められる背景として、子どもたちの生活や意識の変容、学校から社会への移行をめぐる様々な課題、そして、何よりも望ましい勤労観、職業観を育む体験活動等の不足が指摘されています。

物質的な豊かさや生活の利便性の向上、都市化・少子化等の進展に伴って、子どもたちの生活や意識も大きく変容している。また、これまでの子どもたちには見られなかった柔軟な感性や遊び心、ボランティア活動等への高い参加意欲を持っているなどの積極性は見られるものの、社会性の不足、規範意識の低下、人間関係や連帯感の希薄化、集団や社会の一員としての自覚や責任感の低下などが指摘されている。そして、変化の激しい先行き不透明な社会を背景として、若者の世界に漠然とした閉塞感や無力感、あるいは、職業について考えたり、職業の選択・決定を先送りにするモラトリアム傾向やフリーター志向の広がり、高水準で推移する若年者の失業率やいわゆる「753」といわれる就職後の早期離職、また最近ではニートの問題が指摘される中で、生徒の進路意識や目的意識の低下が懸念されている。
一方、このようなことから、学校段階では、従来から課題となっている不登校や中途退学についても、将来の社会的自立に向けた支援の視点から「進路の問題」として捉えることの重要性が指摘されている。
何よりも、各種報告等によると、日本の子どもたちは、将来に向けて、なぜ、学ばなければならないのか、学び続けなければならないのか、何のために学校で学ぶのか等、学ぶことへの関心や意欲が低下傾向にある等、様々な課題が指摘されている。
まさに、「学ぶことの意義」という教育の根幹の部分で問われているのである。
こうした課題の背景には、子どもたちを取り巻く環境の変化等に起因する様々な要因が考えられるが、特に、子どもたちの生活の中で、疑似体験や間接体験が多くなる一方、社会体験や自然体験等の直接体験が著しく不足していることが大きく影響しているとの指摘がある。
自己の将来に夢や希望を抱き、その実現をめざし、職業生活に必要な基礎的な知識や技術・技能の習得への理解や関心、望ましい勤労観、職業観の育成はすべての子どもたちに必要なものである。また、技術革新の進展や経済・産業の変化や構造転換などが急速に進む中で、学校教育を終えた後も、若年者に対して、新たな知識や技術・技能を身に付け、生涯にわたって自己の職業生活をたくましく切り拓いていこうとする意欲や態度、目的意識などを培うことがこれまで以上に大切になってきている。

2.職場体験の必要性

 職場体験には、生徒が直接働く人と接することにより、また、実際的な知識や技術・技能に触れることを通して、学ぶことの意義や働くことの意義を理解し、生きることの尊さを実感させることが求められています。また、生徒が主体的に進路を選択決定する態度や意志、意欲など培うことのできる教育活動として、重要な意味を持っています。

望ましい勤労観、職業観の育成や、自己の将来に夢や希望を抱き、その実現を目指す意欲の高揚を図る教育は、これまでも行われてきたところであるが、より一層大切になってきている。
職場体験は、こうした課題の解決に向けて、体験を重視した教育の改善・充実を図る取組の一環として大きな役割を担うものである。特に、生徒の進路意識の未成熟や勤労観、職業観の未発達が大きな課題となっている今日、生徒が実際的な知識や技術・技能に触れることを通して、学ぶことの意義を理解し主体的に進路を選択決定する態度や意志、意欲など、培うことのできる教育活動として重要な意味を持っている。
このような職業にかかわる体験は、ともすれば「働くこと」と疎遠になりがちであった学校教育の在り方を見直し、今、教育に求められている学ぶことや働くこと、生きることの尊さを実感させる具体的な実践の場である。
特に、中学校における職場体験は、小学校での街探検、職場見学等から、高等学校でのインターンシップ等へと体験活動を系統的につなげていく意味において、重要な役割を持っている。
このため職場体験は、各学校において、事業所や地域との深い連携・協力関係のもとに、生きた学びの場を構築していくという観点に立って、幅広く導入していくことが強く望まれている。あわせて、小学校・中学校・高等学校等の連携を図っていくことも重要である。
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2016年12月08日

無圧力空間から脱し、半学校・半労働の教育制度にしたら?

今回は、学校授業における職場体験、企業による学校教育への取組み、地域ぐるみでの学校教育サポートなど、
学校と外との関係について調べてみました。

まず、小学校から高校まで、かなり進んでいることに驚いた。
平成12年に総合学習が取り入れられるようになり、平成16年にはキャリア教育の推進が提言されている。
この段階で何らかのかたちで職場体験を取りれているのは中学校で90%を超えている。

 

最近の事例を少し紹介すると、リンク
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●私立品川女子学院高等部 対象学年:1, 2年生 実施時間 総合:20時間
~起業家教育が教えてくれる、私にもできる「社会貢献」~
品川女子学院では、起業家教育で育つ3つの心を大切にしている。
①貢献意識(社会のために何かをしたいという意識)
②使命感(人任せにせず最初に手を挙げる人になるという意識)
③自己肯定感(教科の勉強の出来不出来と関係なく自分も得意分野で起業が出来るという意識)
本格的に活動を開始する中学3年時には企業とコラボ授業を行い、企業の商品開発等を実施する。

●NPO法人ジュニアエコノミーカレッジ 対象学年:小学5, 6年生 実施時間:30時間
~子どもたちの決める力を養う、地域に根付いた「ジュニエコ」~
資金を集め会社を作る、事業を計画し、商品を製造・販売し、決算を行い、会社を解散する。
ジュニエコでは実際のお金を集めた起業・商売の実施体験をおよそ4カ月に渡る5回のプログラムで提供している。
過去にジュニエコを体験した経験者に対するアンケート結果を見ても、「会社・経済の仕組みに対する理解」といったスキル面での効果だけでなく、「仕事でお客様を喜ばすことの大切さの理解」や「仲間と協力することの大切さ」などの気付きを得たとの回答が多い。

●東京都杉並区立桃井第三小学校 対象学年:小学3,4,5,6年生 実施時間 総合:32時間
~地域があるから学校がある、地域から積極的に学ぼう~
起業家教育を経験した上級生が、これから起業家教育に取り組む4年生に「コツ」を教えてあげるための冊子を作成している。
伝える子どもにとっても、自分が学んだことを振り返ることができる。
また、6年生の学生を対象に「職業エキスポ」と題したイベントを実施している。数十人の現役の職業人が体育館に集まり、小学生が実際の職業人にインタビューをしながら調べ学習をするイベントである。
この職業エキスポに向けて、3年生から5年生の間に段階的に学べるようにプログラムが組まれている。
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このような事例は数多くある。レポートを見る限りは楽しそうで、活性化していそうだ。
しかし一方では、勉強する意味が分からず「仕方なく生きている子どもたち」が急増、学校に行かない選択も増えている。
このズレ、違和感は何なのだろうか?

総合学習のわずかな時間だけでは足りていないのだろうか。
わずかな時間だけ職場体験しても、すぐさま現実に戻ってしまうからだろうか。
そもそも授業の延長という関わり方では、本物の圧力もかからないし、本物の課題意識、役割も生まれないからだろう。

少し歴史を振り返ってみると、
共同体とともにあった江戸時代は、農業が大半の時代。農家は1件1件が1つの生産体であり、闘争役割と生殖(消費)役割を併せ持った集団であった。言うまでもなく子どもにも生産体としての課題に基づく役割があった。その中で子どもたちは自然に学んでいった。

それに対し、明治以降の市場化により共同体集団は解体されサラリーマン家庭(核家族家庭)になり、闘争の場と生殖(消費)の場は分断された。このことの持つ意味は非常に大きい。生産体ゆえに成立していた家庭における教育機能が、サラリーマン家庭では全く機能しなくなったからだ。加えて母親(専業主婦)にとっては家庭は消費だけの場であるため、生産課題はもちろん無く、あるのは子育て課題のみとなってしまった。家庭に子育て機能が無いのに、母親は子育て課題しかないため、母親のストレス、子育て不安は溜まる一方。教育は学校や塾に丸投げ、学校や塾に従い、勉強圧力だけは子どもに押し付ける。
かくして、家庭は闘争課題が何も無い無圧力空間にもかかわらず、母親からの勉強圧力だけが降りかかるといういびつな圧力場が形成されてしまった。子どもにとっては何の課題も役割もないのに、勉強圧力だけ降りかかってくるという意味不明の状況になってしまった。「仕方なく生きている」という状況も、闘争と生殖が分断された無圧力空間のなかで必然的に生み出されたものだ。

現状の学校も、学校という外界から隔離された特殊な空間のなかでは、何の外圧も無く、したがって課題も役割も生まれない。
江戸時代の寺子屋は農作業の繁忙期には開催されず、繁忙期には当然のように子供たちは農作業を担っていたという。

 

現実の圧力のなかで、集団における課題に応じた役割を担うことで、本来の生きる力が身についていく。
総合学習のわずかな時間だけ職場体験などという中途半端な関わり方はいっそやめてしまい、3ヶ月、6ヶ月とまとまった時間の、しかも体験ではなく実際の仕事に就いてみたらどうだろうか。
年間の休日は、小学生164日、中学生154日、高校生134日、大学生199日というデータがあった。ほぼ1年の半分近く休んでる。
休みすぎだろう。休みを返上して労働日を組み込めば授業時間も充分に確保できる。
現実の圧力のなかで働くことで、未知の領域に触れることで、本来の知りたい学びたい欠乏は沸いてくるはず。
授業もまた生きた学びの場に変わっていくだろう。

また、子どもたちの働く場を地元の会社なりお店が提供するように協力関係を作っていければ、それこそ地域ぐるみで子育てという現代における共同体社会のあり様も見えてくるかもしれない。

 

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2016年12月01日

「教えない学校」~自治体首長も教育革命に取り組んでいる

前回記事では、「教えない授業」、「教えない学習塾」などの先端事例を紹介したが、
現実は、思っている以上に進んでいることに驚いた。
さらに驚いたのは、今回紹介する東京都世田谷区の保坂展人区長。
オランダにも視察に行き、「教えない学校」を目指しては「学ぶとは何か」を現実の区政のなかで追求している。

教育ジャーナリスト出身ということもあるが、自治体の首長が本質論を追求しているのは珍しいのではないか。
公教育は文科省の学習指導要領にて事細かに定められているだけに、現実の改革は極めて難しいと思われる。

しかし、学力低下どころか「仕方なく生きている」子どもたちの実態、一方的に教える学校が子どもたちの意欲を削ぎ思考も活力をも停止させていること、にもかかわわらず子どもたちは義務教育ゆえに学校から決して逃れられないこと、一方で「教えない授業」などの事例が成果を上げていること、親も本当は学力ではなく生きる力、考える力を身につけて欲しいと思っていること、企業からは大学不要論まで言われるようになったこと、先端ではあえて学校に行かない選択をする子どもたちも出現している、、、この流れは止まらない。

教育革命は日本の未来をつくる、待ったなしの最重要の課題だ。
自治体首長の追求がどのように姿を現すか、注目しておきたい。
引き続き、教育の課題から、子育て、地域自治と併せて考えていく。

 

「教えない学校」は「総合知を豊かにする教育」をめざす
「もう一度、子ども時代をやり直すことになったら、あなたはどのような学校や授業を望むだろうか」。
もし、私がそんな問いかけを受けたとすれば、「教えない学校」と答えます。
「教えない学校」とは、生徒が自立的にプログラムを組み立て、試行錯誤の自由があり、子どもにとって自らの力で未知の「知識」や「技術」を身につけ、美しいものやみずみずしい芸術・文化の創造の機会に恵まれ、学科にとらわれず一生忘れない「総合知」を身につける学校。そんな学校があったらいいと考えてきました。

ぼんやりと教室から窓の外を見ると、青空のもとにユニークな形の雲が広がっていて、その雲の配置も風の流れで少しづつ変化していきます。そんな雲に見とれて空想の世界に入っていると、突然、現実に戻されます。先生に指名されたのに、そのことに数秒間、気づかなかったようで教室には「なんだ、あいつは」というような笑いが広がり、先生からお目玉をくらいます。そんな子どもだった頃のことを思い出します。

この半世紀の間、「教育改革」という言葉が語られなかった時期はありません。教室の外に広がっていく風景は、「社会的現実」というリアルな広がりでした。伝統的な日本の学校では、学校で習うことを正確に覚え、ペーパーテストに記述することで評価を受けるということにありました。学習内容は社会に直結せず、抽象的な関わりを漠然と感じさせるにとどまっていました。

■ ■■■
本来の人間の学びは、厳しい自然環境に耐えて生き抜いていくため技術の習得であり、外界と分かち難く結びついていました。川や湖を移動する船をつくるためには、年長者のこれまでの経験知を引き継ぎ、新たな工夫を加えていきます。不十分であれば船は進まず、あるいは浸水します。失敗を通して、また若者たちも技術を習得していきます。

しかし社会が高度化するにつれて、学習内容は「教科」に分解され、また「学習内容」は教科書による授業、理解度を試すテストによって循環していきます。学校で習ったことが、学校のテストと入学試験で役に立つ以外に、本物のリアルな社会とどうつながっているのか、学校の先生も明確に示せない時期が長く続きました。

私は中学2年生の時に、1941年の太平洋戦争突入前後で「歴史」の授業を「時間がなくなった」として中断した先生に対して、「歴史を学ぶのは、近現代史を通して、どのような未来を描くのかを身につけるためだ。先生の授業の順番はおかしい」と批判したことを思い出します。「近現代史は評価が定まっていないから難しい。教科書を読んでおけ」というのが私に対しての返事でした。

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■ ■■■
さて、オランダ在住の教育研究家、リヒテルズ直子さんを招いて、世田谷区の教育委員会の研修で、また保護者が多く集まる講演会で、世界の教育改革の動向を聞きました。オランダやデンマーク、フィンランド、スコットランド等で始まっている教育改革への動きは、国や制度の違いを超えて私たちに「気づき」を与えてくれるものでした。

リヒテルズ直子さんによれば、オランダでは、すでに「どう教えるか」(知識伝達)から、「どう学びを充実させるか」(学習支援)へと重心を移しています。正確に暗記し、知識としてストックして、その成果をテストで検証するという従来型の「教える学校」は存続していきますが、「学びの充実」とは子どもの学習プロセスを個別に支援することで、必ずしも正解を教えることではありません。学校現場でも「授業スキル」(学習指導要領、教科書、授業技術)の向上から、「教育学的環境づくり」(個別の子どものニーズに沿った学習支援)が焦点となるそうです。

こうした変化の背景には、社会構造の変化があります。かつての「産業社会」は、ものづくりや正確で効率のいい処理能力を鍛える教育を求めました。ところが、現在は「市民社会」が形成されていて、多様な価値観を受け入れて、異文化と共生し他者と協働するする多様性が求められていきます。オランダも移民を数多く受け入れてきた社会です。異なる文化や価値観、言語の壁を、教育の力でフラットな市民社会を形成していくことに、きわめて大きな力を注いでいると感じます。

そして、世界各国の教育改革は、教育工場のような知識伝達の一斉授業から、ひとりひとりの子どもの能力を最大限に引き出していく「個別学習支援」へと舵を切り始めているとリヒテルズ直子さんは言います。さらに、子どものひとりひとりの個性の違い、その多様性を受容するインクルージョン(包摂)が行なわれることと、経済格差がそのまま教育格差に結びついていくような悪循環を教育で断ち切ること、また「読み書き」の時代から「ICT技術」の活用へと踏み切ること等が共通項だとしています。

教科書による受動的学びから、トピック学習(教科にとらわれない題材をテーマに多角的に取り組む総合的学習)を中心としたホンモノの題材による能動的学びへの転換を進めていくことや、民主的シチズンシップ教育を通して、批判的に考えることができて市民社会の一員として育てられる教育の推進があげられます。また、学校建築においても、子どもたちが学習するのに最適な場であることを意識して、子どもたちの内面的安定と充実が保証される環境をつくること等です。

■ ■■■
さて、オランダをはじめとした先進的な教育の取り組みを聞いて、ため息をつく時代は終わりました。私たちの関心は、日本の学校現場がこれからどのように変わっていけるか、その具体的な道筋を描くことにあります。

学校現場の話を聞くと、教員の多忙化には拍車がかかっています。授業の準備に時間をかけたり、子どもと向き合う時間を惜しまないと、事務処理が間に合わないと追い立てられるという話も聞きます。「学校が変わる」ということは、「教員が変わる」ということであり、「子どもの幸福度が保証される環境」は、「忙しすぎる教員の生活」を放置しておいては出来ません。

同時に「学校教育」の現状を嘆いたり、否定するだけでは何も生まれてはきません。どうしたら、学校の風通しがよくなり外から人材や情報が入ってくるようになるのか。授業をどのように改善したら、学びの改革に結びつくのか。ICT機器の活用のための基盤をどのように構築していけばいいのか。

私たちは現実をよく直視しながら、その現実を永遠不変のものと認識せずに、世界各国で意識化されている「学校の変容」「学びの改革」への道のりを歩むことができるように、準備を始めたいと思います。そのために、一見遠回りでも、「学ぶとは何か」を徹底的に掘り下げてみたいと思います。

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