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2017年02月23日

古い強制制度は「制度疲労」を起こし自滅する

1970年、豊かさ実現により、社会構造(パラダイム)が大きく変わった。
人々は「飢え」を前提に、力のあるものに従わざるを得ないという、力の原理=本能的条件が無効となったこと。
その結果、力の原理=序列原理で成立している国家権力が、ますます強制圧力(制度・法律)を強めている。
しかし、強制圧力を強めるほどに、現実社会と乖離し、単なる制度圧力として人々を苦しめているのが現在の姿。

あちこちで「制度疲労」が起こっている。
力の原理はもはや働かない以上、国家機構の暴走の果てに、強制制度は自滅するしかない。
主に結婚制度について、ネットから人々の声を拾ってみた。

◆結婚制度について思うこと〜世界から取り残される日本〜(リンク
 厚労省の調査で比較されるこの20年間の各国の変化を見ても、経済大国第3位の我が国の「結婚制度」は、
 明らかに「制度疲労」を起こしている。

◆結婚に代わる未来の制度(リンク
 結婚制度は確かに古くて制度疲労が起きている。
 旧来の感情的な価値観にささえられている結婚制度から感情を抜いたとき、そこに残るのは個別および全体最適のための仕組みである。

◆「年収600万円以上あるのに結婚したがらない男の本音」について考える(リンク
 結婚制度が現代という時代にそぐわず、制度疲労を起こしているのではないかと思います。
 結婚制度も、時代に合わせて変えればよいと思います。

◆そろそろ結婚制度自体を見直したら?(リンク
 世界的に見ても、結婚という制度自体が、もはや明らかに制度疲労を起こしつつある。
 少子化が進む中、子育てにかかるコストの多くの部分は社会全体で負担していくべきものだという考え方が定着すれば、
 子育てのために婚姻関係を継続しなければならない理由は徐々に希薄なものとなっていく。

◆『事実婚 新しい愛の形』(リンク
 なぜ若い男性が結婚したがらないか。
 その最大の理由は、彼らにとって今の日本の婚姻制度が『重すぎる』からである。
 ここまで結婚しない若者が増えてきたということは、従来の結婚制度を見直す時期が来ているのかもしれません。
 日本における結婚制度が制度疲労を起こしているという見方もできるでしょう。

◆ニッポンの働き方と家庭のあり方は問題だらけ(リンク
 男性にとっても、女性にとっても問題の多い働き方と家庭のあり方。
 今、女性が家庭の中で使っている時間をただ就労に回せばよいとうことではなく、日本社会の制度疲労の問題だと思うんです。

◆日本の学校システムはすでに崩壊している。(リンク
 現代の教育システムが、子供たちが社会に出たときに働くその職場環境に果たして合致しているのでしょうか。
 というか、親の世代からして、その親が働く職場環境は、もう日本の学校システムが想定するものとは大きく違ってきてしまっています。
 日本の学校は明治期以来の一方通行型の一斉授業からほとんど変わっていないからです。

 

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2017年02月16日

「脱○○」で思考が自由になる!

・「脱学校」の潮流が始まった!(リンク
・結婚制度は崩壊寸前!?~個人の自由と集団再生の綱引き(リンク

脱学校、脱結婚、脱市場、、、
近代社会が作りあげてきた強制的な制度が崩壊しようとしている。
かつての「反」でも「非」でもなく、「脱」という動きで、人々は動き始めた。

「反」は単に否定して終わり、何も生み出さない。
対して「脱」は、強制からの解放、新たな道を探ること、可能性に向かうこと、、、

面白いブログ記事があったので紹介しよう。

 

「脱◯◯」でブログネタ量産!自由になれる思考ツール♪
脱なんとか、って脱サラが始まりなんでしょうか?誰が言い出したのか知らないけど、最近増えてる気がする。
これ、いい表現だな〜。 コピーライターだけのものにしておくのはもったいない。

「反対」(反)でも「否定」(非)でもじゃないところがいい。
その土俵ごと、古いですよ、ってニュアンスがあって。
同じ土俵で賛成も反対もしませんよ。もうそこからは脱出しますからね。っていう。

 

もーやだーって何かに嫌気がさしたときにおすすめ
とりあえず「それ」に「脱」つければいいですね。
それだけで、とりあえずその嫌なものの根本からちゃぶ台ひっくり返せる土壌ができます。

脱会議・・・会議なんてそもそもいらない!?
脱恋愛・・・恋愛ってしないといけないもの?
脱営業・・・(その)営業じゃない方法もあるかも?
脱ダイエット・・ダイエットってなんのためにしてるの?
脱健康・・・あれ?健康ってなんだっけ?
脱育児・・・育児こうあるべき、があるから辛いのかも?
脱学校・・・学校に行かずとも・・・?
などなど。

 

ブロガーにおすすめ
ちょっと考えるといくらでも作れて楽しいです。
脱、って思考を自由にする便利ワードなんだなあ。
ブロガー的には、困ったら脱つけてみようっていうワザはありかもね。笑
脱というからには、じゃあなんなんだ?っていう、明確に新しい提案が必須になっていい頭の体操になります。

脱残業
脱モテ(非モテではない)
脱正規(非正規ではない)
脱就活
脱起業
脱結婚
脱成長
・・・まだまだ普通かも。

脱ブログ
脱コミュニティ
脱食事
脱性別
脱不倫
脱女
・・・この辺になるとちょっとひっくり返りレベルが高くなる感覚。

 

たとえば、最近思うこと。
反戦じゃなくて脱戦争がいいなあ。
フランス人がテロでたくさん亡くなって、テロは許せないという。
あるいは、フランス人だけじゃなくて全世界のテロや紛争などで亡くなった人へ思いを馳せようという。
犠牲になったフランス人だけに追悼するのでも、全世界の犠牲者に思いを馳せるのでも、戦争やテロに思いを馳せるのと変わらない。
「Pray for France!」
「戦争反対!」
そう思うとき、テロや戦争のことをイメージする。そのイメージに囚われちゃう。
全世界でテロ、紛争は絶えないんだな、怖いことだな、悲しいことだな、もう起きてほしくないけど、いまも戦っている人はいるんだ・・・
そんなことを考えちゃう。

戦争なんていらない
戦争でお金を使うなんてバカみたい
経済のために戦争するなんてもういやだ
そんな戦争で殺し合わされるなんてくだらない

そう思うなら、祈ってる場合ではなく、
そのすべての文脈、イメージから脱出するのがいいのかもしれない。

就活なんていやだ!と思ったときに、脱就活の考え方で、
いわゆる「就職活動」とまったく違うことをしているうちに就職活動の必要性とか重要性は消えているように、

戦争なんていやだ!と思ったときは、脱戦争の考え方で、「戦争」のすべての文脈から脱出する。
祈ったり戦争反対デモをしたり意思表明をしたりするのではなく、
まったく逆のことをやっていれば、戦争の存在感が薄れていくのかもしれない。

抜け出したい「現実」とやらに「脱」をつけてみれば、
新しい自分仕様の世界が開けるぞー!

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2017年02月09日

勉強も部活も「強制」、どこに「自主」が存在するのか?

今や学校は、勉強だけでなく、部活も「強制」、ブラック部活であるという。
どこに「自主」が存在するのだろうか?
我慢も限界を超え、学校から離脱する流れが加速するのも無理はない。
どんな状況なのか、記事を拾ってみた。

 

なぜ中高の「部活動」は”強制”になったのか?リンク
子どもたちも先生も疲弊している!
本来は「やりたい人がやるもの」なのに、なぜか「やらなければならない」ことになっている中学・高校の部活動。
“強制”化してしまうのは、一体なぜなのか?

当初は志をもった先生たちの自主的な取り組みとして設計されていたんですが、学校週5日制導入に向けて1989年に
学習指導要領が改訂されたとき、“クラブ活動の代替”という位置づけになったんです。
それによって事実上カリキュラム内に入り、“必修”に近い形になってしまいました。
あともうひとつ背景があって、1980年代に「子どもをペーパーテストだけで評価していいのか?」という問いから
「もっと多様な能力で評価しよう」という流れが出てきました。それで入試のとき、
「勉強だけではない」基準として、スポーツや芸術活動を行う“部活動”が評価されるようになった。
つまり、部活動が“成績”として受験に響くものになった、、、

 

子どもに理不尽強いる「ブラック部活」の実情リンク
丸刈りや白飯2杯ノルマも当たり前
性論で健康を害するほどの練習を強いられ、絶対権力者の顧問に意見もできない。
そんなブラック部活慣れした子どもたちが、将来ブラック企業に狙われる?

 

中学の部活動は「素人指導」のままでいいのかリンク
この時代の出会いが”スポーツ人生”を変える

 

少年スポーツを「成果主義」で測る”異様”リンク
「勝つか、辞めるか」を子に迫る大人たち
都内で小学生の女子サッカーチームでコーチを務める男性は耳を疑った。
「今日ね。試合で5回ボールをさわらなかったら、サッカーやめなさいってママに言われたの」

 

学校は、なぜ「治外法権」になってしまうのかリンク
巨大組体操、PTAの背景に潜む問題
たとえば、部活動は今、成績評価につながってしまっているんです。
聞いた話では、大学入試の面接で「あなたのいいところは?」って質問されると、多くの生徒が「部活動」のことを言う。
「勉強で1番をとった」とか言う子はいない。
1980年代に学力の多様化ということが言われて、
部活動というものが子ども全体を見るときの大きな軸になってしまったんです。
そのため、たとえ周囲が「部活動はやらなくていいよ」と言っても「でも進学に関係があるし」ということで、
やらざるをえない作用が働いてしまう。

 

箱根を制した青山学院・原監督の「仕事語録」リンク
「僕は陸上の人というより、ビジネスマン」
「ビジネスマンとしても通用する人間を育てたい」
「自分自身で目標を決めて、その具体的な事例を自分の言葉で書き込む。
そうすることが『自立』につながっていきます。
今できることの半歩先を見つめながら、少しずつ向上していくだけでも、4年間でものすごい成長があるはずなのです」

 

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2017年02月02日

義務教育からの脱出

学校に行かない人のための情報サイト「義務教育からの脱出」(リンク

こんなサイトがあったことに驚き!
しかもしっかりとした総合サイトとして作られている。
「子どもは大事、これからの社会を担っていってもらわないと、、、」
よく聞く言葉であるが、本当にそう思っているならば、まずは学校教育の大改革は必須!
義務教育からの脱出は早いほうが良い。

サイトからポイントを紹介する。

 
 

■■義務教育の歴史

□ 日本の義務教育は1872年に始まった
義務教育の歴史というのは実は浅く、日本では1872年(明治5年)の学制という制度から事実上の義務教育が始まりました。
2015年から数えたとしても143年の短い歴史に過ぎません。
それまでは政府の作った学校に人々が通うという慣習自体が殆ど存在しませんでした。

□ 学制以前の教育は寺子屋が主流
公式に記録されているだけでも全国で1万数千もの寺子屋が存在したと言われています。
実際には記録漏れが数多く存在したようで、全盛期にはその数倍以上の寺子屋が日本全国に存在していたのです。

□ 義務教育は産業革命から始まった
産業革命により近代工業化が進むと庶民の教育はどのように変化することになったのでしょうか?
都合のいい労働者を作れる仕組みが必要になったのです。
・命令に従順な人間
・工場の現場監督に逆らわない人間

□ 義務教育はヨーロッパから輸入したもの
産業革命に乗り遅れた日本
戦争に勝つための体制作りとして、フランスやドイツなどのヨーロッパの義務教育制度を参考にして、
日本でも同じような近代工業化・富国強兵の政策を進めるべきだと判断し、1872年に義務教育となる「学制」を開始したのです。

□ 日本はドイツの義務教育の影響が強い
国民を政府にとって都合の良い存在に仕立てる為の国家主義的な色合いが強い義務教育こそがドイツの基本方針だったと言う事です。

□ 反対派が圧倒的に多かった
国民が必要だと思わなかった制度
学校の授業内容などに多くの国民は学ぶ意味というものを見出す事ができなかったのです。

□ 立身出世主義の布教
学校で勉学に励んでいれば将来出世できるという思想を国民に植え付けない限りは、
殆どの家庭が子供を学校に通わせるような事は有り得なかったと言えるでしょう。

□ 戦前の学校教育
日本の戦前の教育方針は主に富国強兵・道徳重視の教育に集約されていたと言えるでしょう。

□ 戦時下の学校教育
全てが戦争の為に使われた
大東亜戦争の渦中にあってはもはや個人の立身出世というのは殆ど置き去りにされて、
国家の存続の為の国民形成こそが唯一の目標とされました。

□ 戦後日本の学校教育
日本を解体したアメリカ
日本の義務教育の原点である学制は個人の立身出世主義を市民に植え付けることで就学率を上げてきましたが、
戦時下ではそれが排除されて国家主義になり、敗戦後は完全に国家主義が排除されて元に戻ったということです。

 

■■義務教育の本質と真の目的

□ 義務教育は奴隷の生産工場
日本に限らず、教育というのは殆どの例外なく教育を施す側の利益を最優先として実施されるのが歴史の常です。
個人の自由意志・自我というものを破壊し、
命令された事だけを忠実にこなす奴隷体質の人間を作るための制度こそが義務教育の真の目的だからです。

□ 資本主義社会の仕組みと誕生
全ては資本家が利益を出す為であり、資本家の莫大な富は労働者の犠牲の上に成り立っていたのです。
産業革命以降から、現代の集団授業・学校教育と呼ばれるものが本格的に開始されたわけですが、
それは被支配者(奴隷)となる人々を作り出すための制度だったのです。

□ 増え続けるワーキングプア
義務教育というのはそもそもとして「国家の発展に必要な労働力を育成する」ということを本来の目的として作られましたが、
現在の日本では低賃金・単純労働者の育成の場でしかないのが現状だと断言できます。

□ 低賃金でも喜んで働く労働者を作ること
今の学校教育では
「我慢するのは当たり前」
「先生や大人の言う事を聞く子が優等生」
「周りの人と同じことをしないのは悪い事」
・・・という洗脳を施された、何も考えずに上の人間の命令に従うロボット人間が作られ大事にされるものです。

□ 退屈な場所で良い消費者ができる
突き詰めてみると結局殆どの若い人たちの間に共通して言える事は政府の作った学校という場所に心底退屈していると言う事なのです。
学校自体が本当に価値を感じられるものであり、子供たちの探究心や知的好奇心などに良い影響を与えることができるものであるなら
ば、死んだ魚の目をしたような若い人は必ず減ると思います。

□ 無気力な人間が出るのは必然
学校に「ただ通うこと」が目的化されているから
学校という狭い箱の中に閉じ込められ、
教師や教育委員会・文部科学省の決めた方針に従うことだけを求められるような生活が殆ど毎日続く中で、
将来のことなんてわかるはずがないのです。

□ 学校は金儲けに使われている
教育業界には数多くのお金儲けが目的の企業・団体の介入が存在し、子供達を餌にビジネスをしているというのが真実です。

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2017年01月19日

学校教育:男女共学か別学か~生産活動に根ざした教育機関であることが先

「学校教育:男女共学か別学か~」において、江戸時代の状況と明治以降の状況について見てきた。

 

江戸時代は、
農業であれ商業であれ、生産を中心とした共同体集団の存在が基本となっている。
子供たちも生産活動を担いながら、共同体における役割として「若者組」にて年長者から学び、生産の必要な実学を
「寺子屋」で学ぶ。
若者組では男女別々に、寺子屋では男女一緒だが学ぶ内容が役割に応じて男女で異なっている。
男子は生産を中心に担う存在として実務に関する内容を主に学び、女子は共同体を内から支える存在として日常生活の
知識や教養を学ぶ。
つまり、共同体の一員としての役割が明確にあり、その役割を担うべく「若者組」では年長者が教育し、「寺子屋」で
は自主的に学ぶ。そこには当然、男女の役割の違いもあり、男として女としての学びに加え、性関係をも取込んだ教育
システムとして存在していた。

 

そして明治以降では、
戦前は、江戸時代の若者宿、娘宿に象徴される男女の関係をめぐる農民文化の破壊と旧武士風の規範の導入、さらには
性欲に対する罪悪感や禁欲主義があり、こうした人々の性道徳、性意識の変化とも密接に関係しながら男女共学禁止、
別学推進が強化されていった。
戦後は、アメリカ支配により男女平等観念が導入され、男女の教育機会・内容平等が謳われ、男女共学化が加速している。

 

江戸時代は、共同体集団における現実の生産課題に対し性も含めた教育が行なわれていたが、明治以降は現実に立脚する
ことなく観念的であることに気づく。

 

そもそも「元来、教育は生産者を作り出すためにある。」(リンク
つまり、生産活動と切り離された教育では意味が無い、ということ。

 

農業高校や工業高校などは生産活動を積極的に行なっており、それ自体が現実と直結する学びの場となっている。
男女共学か別学かを議論する前に、何の生産課題も無く、現実社会から切り離された無圧力空間たる学校教育を生産活動
を軸とした教育機関に変えなければ、共学だろうと別学だろうと根本解決にはならないということだろう。

「学校」のあり方、「学び方」を根本的に変えていかなくてはならない。
少なくとも、現状の学校(制度)は、無目的で現実と繋がらない勉強圧力ばかりで、子供たちの活力を下げるだけの害悪
であり、そればかりか思考停止人間を作り出す張本人=日本社会にとっての「敵」だということを認識する必要がある。

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2017年01月12日

学校教育:男女共学か別学か~明治以降

前回の投稿(学校教育:男女共学か別学か・・・江戸時代の場合)では、江戸時代の寺子屋や若者組の様子を勉強しました。
今回は、明治以降の近代教育の流れを見てみます。

 

江戸時代の寺子屋は庶民の子弟を対象としており、女子も教育を受けていた。
しかし、「男子と同一の教育内容を、同一の師に共に学ぶという文字通りの男女共学の例はきわめて珍しいことであった。
藩校は士族階級の男子の教育機関であり、幕末に始まる庶民州の門戸開放政策の際にも、女子を含めて検討した藩は
全体の3%でしかなかった。

 

◆戦前の男女共学・別学・・・戦前は男女別学
○1872年 太政官布告
学制とともに発せられた太政官布告では 「幼童の子弟は男女の別なく小学に従事」しなければならないとされた。
「そこには将来の母という女性という限界はあるが、男女ともに教育の対象とみる、新たな視点があった。

○1879年 教育令
教育令では「凡学校ニ於テハ男女教場ヲ同クスルコトヲ得ス、但小学校ニ於テハ男女教場ヲ同クスルモ妨ケナシ」として、
学制下で認められた男女共学を否定し、男女別学と性差に基づく教科の設定を原則として掲げた。

○1900年 小学校令施行規則
小学校1・2 年以外は原則として男女別学であることが明記された。

○1903年 専門学校令
専門学校にあっては 1903年の専門学校令による入学規定は単なる法令上の形式的規定に過ぎず、実際には各学校が
それぞれ定めることとなっており、 音楽学校を特例とするほかに共学は存在しなかった。

○1946年 国民学校令改正
大学については法規として明記されなかったので、1913年に東北帝国犬学総長沢柳政太郎は英断を以って女子の入学を
許しているが、それは例外的事例であった。
男女共学禁止の原則は1946年10月9日の国民学校令施行規則の一部改正 まで続いた。その間、国民学校初等科の男女
共学は原則として認められず、中学校・高校における男女共学が実施されるのは戦後の新学制発足と同時である。

 

◆戦後の男女共学・別学
○1945年 女子教育刷新要綱
戦後の新制高校における男女共学はアメリカ教育使節団報告書や女子教育刷新要綱、CIE(民間教育情報局)などの意向
を踏まえて発足した。
1945年12月4日に閣議了解された女子教育刷新要綱では男女の教育機会・内容平等について方針が明らかにされている。
すなわち、女子に対する高等教育機関の開放と男女共学の採用を明記し、女子中等学校の教育内容を男子中等学校と
同程度とすることが記載されたのである。 しかし、 中等教育段階の男女共学の実施については記述されていない。

○1947年 教育基本法
当時の文部省は、教育基本法の公布・施行に先立ち、高校では必ずしも男女共学でなくてもよいという方針を明らかにした。
中学校についてはすみやかに男女共学の実施を求めたが、高校についてはただちにこれを強行することを求めなかった。
このように男女共学に消極的であったのは、「教育刷新委員会での議論を見る限りでは、それは男女の風紀問題の発生への
危惧と男女の特性の相違ゆえ」であるといわれている。
男女共学よりも「教育機会と教育水準の男並み化が優先課題だった結果、
これらが保証されるのであれば共学は是非とも実施すべきものとしてはとらえられていなかった」のである。

○1960年代
男女共学は1960年代には制度として定着し日常化していったが、当時の教育政策の影響を大きく受けた。
1960年代の高校教育はマンパワー・ボリシー(人的能力開発政策) や後期中等教育の多様化政策などによって課程別、
学科別、コース別に教育課程が編成されるようになり、普通高校のなかにも男女比が極端にアンバランスな学校や男女別
クラスの存在する学校が増加し、共学率は増大するものの「共学制を実質的に崩す方向」が見られるようになった。
「男女別学が高度成長期に強化されていくのは、前近代的な男尊女卑の教育観への『回帰』ではなく、資本主義社会が
要請する性別役割分業に基づいた男女特性教育へと『前進』していったからなのである。

○1970年代
1970年代になると、別学校を多く残した東北地方や中部地方でも、宮城県や長野県などのように共学校への移行や共学校
を新設する動きが見られた。こうした共学化の動向は、「第二次共学化の波ともいえるほど多くの公立の男女別学高校の数
を減少させ、男女共学高校を増大させるもの」であった。

○1980年代・・・男女差別撤廃条約
男女差別撤廃条約が批准された1980年代には家庭科の男女共修を求める声が大きくなり、1989年3月の学習指導要領改訂
により、高校では1994年度から男女共修となった。

○1990年代・・・男女共同参画社会基本法
こうした時代状況背景に、1990年代以降は公立・私立ともに男子のみの学校、女子のみの学校の学校数は減少している。
少数となった公立の別学校に対する共学化の議論が起こり、男女共同参画社会基本法が制定された1999年以降、男女共学
化が急速に進められた。

○現在の状況
現在では宮城県や福島県などで全面的共学化が実現している。公立の別学校が比較的多く設置されている埼玉県、群馬
県、栃木県の3県では、宮城県や福島県同様、別学校の共学化が議論されたが、前述のように、各県教育委員会は別学校
を存続させている。
2014年5月1日現在、全国の公立高校3,628校中、男子のみの学校が9校、女子のみの学校が38校、あわせて57校と、
学校数ではわずか1.6%の存在となっている。

 

◆戦前の男女別学の理由
戦前の男女別学級編制の理由としては、男女によってその性質、風習、社会的な仕事が違うので教育の方法も違わざるを
得ないというものであった。
男女を分ける教育理念の背後には、『男女七歳にして席を同じうせず』といった儒教的思想の影もあったとされる。
当時の男女別学は教育空間の分離だけではなく、教育内容の差異を企図していた。
例えば、明治期の高等女学校では同年の中学校(男子)に比べ英・数・国の合計時間数は半分に満たず、裁縫、家事など
の科目に時間が割かれていた。女子の教育では家事、育児、内助といった「家庭役割」に適した科目に比重が置かれ、「男女
別学は文字通り内容上の別学にまで進んでいったのである。そのため、「同じ五年制の学校であっても、一般には、中学校
に比べて高等女学校は普通教育のレベルが一年分ほど低い」といわれていた。そのような教育を正当化したのが「良妻賢母」
思想である。女子については貞淑の美徳や婦徳の涵養が目的とされたのである。

こうした戦前の男女共学禁止、別学推進は、当時の政府のとった銭湯における男女における混浴、海水浴場における混泳
の禁止と同じ男女分離政策の一環であり、その背景には若者宿、娘宿に象徴される男女の関係をめぐる農民文化の破壊
旧武士風の規範の導入、さらにはキリスト教文明社会からもたらされた性欲に対する罪悪感や禁欲主義があり、こうした人々
の性道徳、性意識の変化とも密接に関係しながら強化されていったと考えられる。
当時、女子は男子に比べて生まれたときから遺伝的に能力が違い、学力が乏しいという認識は一般的であった。
ただ、戦前においても研究者や実践家の間では男女共学の意義と実施方法などについての検討はなされていた。
当時の男女共学否定論と賛成論の要点は次のようであった。
【否定論】風紀の乱れ恐れがあり、男女の美点長所を喪失させ、男女教育の特性が発揮できず、男子の学問的水準を低下させる。
【賛成論】男女共存は人間の生活形式であり、男女相互の理解と感化により円満な人格的発達が可能となり、男女の切磋琢磨に
より学力が増進し、経済的にも有利である。

 

◆戦後の男女共学の意義
新制高校における男女共学は全国一律に実施されたわけではなく、地域によっては別学校が存続した。
しかし、「人々の男女観、性別役割意識などに与えた影響という点からいえば男女共学制の採用は第二次世界大戦後の教育
改革のなかでも画期的な改革であった。 初期の共学校では共学そのものが「大きな生活学習」であった。
男女共学初期の男女生徒にとってはお互いが未知の世界との出会いであった。男女共学は、異性の実像を見きわめさせ、
いろいろな人間のいることを理解させるうえで大きな役割をはたしてきたのである。

 

参考:(リンク

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2017年01月05日

学校教育:男女共学か別学か・・・江戸時代の場合

前回投稿では、学校教育や男女関係の問題、現況について整理しました。(リンク
男女共学か別学を考えるにあたり、まずは明治から始まる近代教育の以前、江戸時代の教育がどうであったかを整理してみます。

◆藩校
江戸時代中期までは、武士の学問は、平和な時代の余技、教養といった程度に考えられていたが、中期以降は、現実の政治や経済の困難を
克服するために教育を重んずる方向に各藩が傾いた。
藩校は天明・享和期(1781〜1804)に最も多く設けられた。
それは、商品経済の発展によって武士階級全搬の財政難が深刻化し、綱紀粛正のためにも、現実の問題の解決のためにも、子弟の教育を重
視するという方針に転じた。
教育内容は、基本的には儒学中心である。
為政者階級としての道徳的人間を形成することが目的であったが、少しずつ、経済実用の学を重んずる傾向に変わっていった。

◆郷学
江戸時代中期以降になると、庶民教育のために「郷学」も設立した。
郷学は、もともと家臣の学問や武芸を向上させるために設立された。言い換えれば、藩校の分校のようなものである。
しかし、1745 年(享保の改革期)以降は庶民の教育へとその目的が広がった。
その中で、民間の有志や町村(あるいは町村組合)が設立する郷学も増加していき、その形態は多様化した。
このような藩校や郷学の多様な展開を支える基礎となっていたのが寺子屋である。

◆寺子屋
その歴史は室町時代後期までさかのぼり、寺院教育を母体として発生した。寺子屋の名の由来はここから生まれた。
明治政府(文部省)が1892年に編纂した『日本教育史資料』には、明治初期における全国約15,000の寺子屋と1,500の私塾が確認できる。
ただしこのデータは調査の不十分さが指摘されており、実際にはさらに多くの寺子屋が存在していたことが明らかになっている。
このように、士・農・工・商の身分制が確立していた江戸時代の教育は、武士と庶民の教育も大きく 2 つに区分されていたが、教育の近代
化によって2つの教育がしだいに融合化されていったのである。

普及したのは、藩校と同じく18世紀以降である。
商業が盛んになり、交通が盛んになり、交通が進み、生産や商取引に契約書、帳面類、書簡などの必要が著しく生じた。
幕府の側でも、さまざまな事柄を伝達するのに文字を用いて効果を上げようとした。
諸法度、御触書、御高札といった法令を広く領民に知らせるためにも、広く庶民が読み書きの能力を高める傾向を歓迎した。
そのため、最初は江戸、大阪といった大都市で設けられた寺小屋も幕末期には、天保年間(1830−1844年)頃からは、農村や漁村の隅々まで
開かれるようになった。
寺子屋で先生役を引き受けた師匠は、必ずしも特定の知識階級ではない。数の上では、庶民が最も多い。
町年寄や隠居と呼ばれた人、庄屋や組頭にような農漁村の支配層、次いで多いのは、武士。また僧侶や神官も寺子屋を開いた。
一番見逃すことが出来ないのは、寺子屋が庶民が自らの必要から生み出した自然発生体としての組織であって、幕府や藩の側の要請に基づくものではないことである。

◆寺子屋に見られる男女別学
江戸時代の寺子屋の普及によって、現在の学校の基礎が築かれた。では、その学習は男女に差が見られるのだろうか。
これを紐解く手がかりとして、江戸時代に使われた教材に「往来物」がある。
現代の教科書の役割を果たし、様々な手習に対応するため、江戸時代中期頃から出版が盛んになった。
その内容も様々であり、読者に合わせて編集され、その種類は数千種にのぼる。
往来物の代表的なものには、『消息往来』(1843年刊行)、『庭訓往来講釈』(1845年刊行)、『商売往来』(1830~1844年刊行)などがある。

そして、数ある往来物の中には女子用に編集されたものがある。例として、『女今川』、『女庭訓往来』などがある。
これらは、もともと男子用として広く使用されていた往来物を女子用に編集したものである。
女子用に掲載された往来物の内容には以下のようなものがあげられる。
「女今川・女庭訓往来・百人一首・女大学・婚礼の次第・年中行事・出産に関すること」などである。
これらの内容からわかるとおり、男子が学問や実用的な職に関する知識を学ぶのに比べ、女子は日常生活に必要な知識や、女子的教養が主な内容である。
つまり、家庭内の女子、妻としての教養が重視されていたことがわかる。

男女の学ぶ内容の違いは、寺子屋の男女の就学率にも大きく影響していた。
女子が教育を受ける目的が家庭内において必要な教養を身につけることに偏っていたため、女子の教育が家庭内で行なわれるケースが少なく
なかった。しかし、江戸時代後期になるにつれ、地域によって差はあるものの、女子教育の必要性が高まったことから、女子の寺子の数が増
加したと考えられている。特に江戸では女子の寺子数は男子の約9割と、極めて高い就学率だった。

ほとんどの寺子屋で、男女は同じ部屋で手習を行ない、まれであるが、女子限定の寺子屋も設立された。
現在、寺子屋で手習をしている絵が描かれている書籍や襖絵が数々残っている。
それらには、同じ部屋に男子と女子とに分かれて学習している様子や男女が分かれて遊びをしていたことなどが読み取れる。
男女共学が普通で、比率としては、全国平均では男100:女25、ただし、江戸では男100:女89。
神田、日本橋、浅草などの庶民が群居するにぎやかな町、卸問屋や株式組合が盛んに活躍している地域では、男女比はほとんど同じだった。

江戸時代の社会は、武家社会の主従関係が基礎となっていたが、これが庶民の家庭にも及んでいた。
親子関係、夫婦関係も主従関係と同様に見られていた。そのため男子と女子の教育は区別して考えられていたのであろう。
一方、私塾は藩校や寺子屋とちがい、身分上の差別が少なく、武士も庶民もともに学ぶ教育機関であった。
現在の私立学校の前身あるいは母体となっているものも多い。

◆若者組による教育
伝統的な地域社会において、一定の年齢に達した地域の青年を集め、地域の規律や生活上のルールを伝える土俗的な教育組織である。
若者衆、若者仲間、若者連中など、また集まる場所を青年宿、若衆宿,若者宿,若勢宿,寝宿,泊り宿,若宿など、地域によっても様々の名
称がある。類似の風習は日本のみならず、世界各地の伝統社会に存在する。
近世において、地域社会の構成員を教育する場として確立したと考えられ、地方では明治以降も多く引き継がれていたが、公教育の普及に伴い衰退・消滅していった。

若者組への加入・脱退の決まりは大きく2つに分けられる。
1つは、その村の男子全員が加入するというタイプで、多くの場合は結婚を機に脱退する。
もう1つは各戸から1人(長男)だけが加入するというタイプで、多くの場合結婚ではなく一定の年齢に達すると脱退するというものであった。
いずれの場合も、一定年齢(10代半ばくらい)に達すると加入する。
若者組を卒業したものは、地域社会で一人前のメンバーという事になる。

年長者がリーダーとなり、後輩たちに指導を行った。
若者宿、若衆宿などといわれる拠点があり、そこに集団で寝泊りする場合も多かった。
村内の警備や様々な作業を行ったり、共同で集まり親睦を図った。
特に祭礼では、若者組のメンバーが子供組を指導して中心的に運営を行う場合が多かった。
また交際上必要となる飲酒・喫煙の指導、さらに村内の恋愛、性、結婚を管理する側面を持ち、リーダーが各自に夜這い を指示して童貞を
捨てさせることも行われた。男性の若者宿に対して同じ年頃の女性が集まる娘宿の存在する地域もあり、この場合双方の交流によって結婚相手を探すという意味があった。

◆◆江戸時代の教育
基本となるのは農業であれ商業であれ、生産を中心とした共同体集団の存在である。
子供たちも生産活動を担いながら、共同体における役割として「若者組」にて年長者から学び、生産の必要な実学を「寺子屋」で学ぶ。
若者組では男女別々に、寺子屋では壇上一緒だが学ぶ内容が役割に応じて男女で異なっている。
男子は生産を中心に担う存在として実務に関する内容を主に学び、女子は共同体を内から支える存在として日常生活の知識や共用を学ぶ。
つまり、共同体の一員としての役割が明確にあり、その役割を担うべく「若者組」では年長者が教育し、「寺子屋」では自主的に学ぶ。
そこには当然、男女の役割の違いもあり、男として女としての学びに加え、性関係をも取込んだ教育システムとして存在していた。

鍵となるのは、前提としての集団の存在、中心にある生産課題・役割といった点だろう。
このような視点で、次の明治以降の近代教育を振り返ってみる。

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2017年01月04日

最近の小中学生は「付き合う」のが当たり前!?

NHK総合『エデュカチオ!』は、「イマドキの子どもの恋愛事情」特集。ここ数年、小学校高学年~中学生の間で流行っているという「つきあうブーム」の実態とは?

◆今時の小中学生は「つきあう」ことがブーム!
今時の子供たちのおつきあいは、告白するのは女の子からが多く、1つ年下の男の子とつきあう女子もいるとか。積極的なのは女子で、男子は受け身なのが特徴のようだ。
「つきあうブーム」について、女子小中学生にインタビューすると
・「クラス40人中、つきあっている子がいないのは2人だけ(中1)」、
・「とにかく告白する!(小6)」、
・「カレカノ、メチャいます。3人に1人はいる(中1)」
・「(憧れは)壁ドン!みたいな(中2)」
など、驚きのコメントが。
一方、母親たちからは「私達の時代では、考えられない」「ちょっと軽すぎる」「秘密にされて、何もなければいいけど。何かあった時にイヤ」と、ネガティブなコメントが寄せられた。

◆ブームのキッカケは雑誌の恋愛特集?
小学生女子に人気の雑誌・ニコ☆プチの馬場すみれ副編集長によると、「つきあいブーム」のキッカケは「4~5年前から、男の子と遊ぶテーマで読み物ページを作り始めた」ことなのだとか。
雑誌の中でも、恋愛に関する特集や「男子と遊ぶコーデ」などの特集は特に人気が高く、約3000人を対象とした読者アンケートによると、小学校高学年の4人に1人がつきあっているという驚きの結果が出たという。
番組の街頭取材で出会った「ごく普通の小学生男子」も、6人中5人が「つきあったことがある」と回答。そのキッカケは「手紙で告白された」「放課後、呼び出されて告白された」と、女子からのアプローチによるものが多いようだ。

◆今どきの女子小学生が男子にモテる為にしてる努力が凄い!
小学生向けのファンション雑誌『ちゃお』の特集より(男子モテのススメ ~男子モテは気合と作戦~)
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 ・いい香りがするサラサラヘア(リンスを忘れない)。派手すぎないヘアアクセ。寝ぐせがついてない。
 ・いつも笑顔。プルプルくちびる(リップを持ち歩こう)。人を睨まない(怖い!)。
 ・リアクション大きめ(驚き、笑いは大げさに)。綺麗 or 可愛い字が書ける。からだを動かすのが好き。
 ・短めスカート or キュロット。どこかに女の子らしさがある服(リボン、レースなど)。
 ・動きやすい靴(いつでも走り出せる!)。汚れても気にしない(だったら着てくんな、になる)

◆小学生は、デートでどんなことするの?
ちなみに、小学生カップルのデートは、学校のことや、好きな物の話などをしながら、一緒に歩いたりするのが一般的で(子供なので、喫茶店などには入らない)、2人きりになると緊張して会話が長続きしないため、ダブルデートをすることが多く、結果的に同性同士で盛り上がっていることが多いのだとか。

臨床心理士・山崎洋史教授によると、
「(つきあうことが)ステータスになっていることは間違いありません。彼氏彼女がいることを友達に自慢できる。自分自身が嬉しいという気持ちが背後にある。今の6年生くらいの子が言っている”つきあう”の言葉の意味は、告ったら『いいよ』と言ってくれた、友達と複数でプリクラを撮りに行く、というもの。そういう”つきあう”の裏側にある行動をきちんと受け止めてあげることが、すごく重要なんです」

【参考】
『IRORIO』 恋愛の低年齢化?小中学生の間で「つきあう」ことがブームになっている!(リンク
『naverまとめ』今どきの女子小学生が男子にモテる為にしてる努力が凄い!(リンク

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2017年01月04日

学校教育:男女共学か別学か

新年おめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!!

 

さて、昨年は学校教育の問題から、男女関係の問題へと記事を書きましたが、
この二つを重ねてみると、学校教育の共学・別学問題が浮かび上がってきます。
教育的側面と、男女関係の側面、さらには社会的役割の面から考えていく必要があり、
そもそも人間が成長していく過程においては、どのような空間、集団が適しているのかという問題であり、
単純に共学か別学のどちらがいいかという問題では無さそうですね。
今年は新年1回目から、この課題について考えていきたいと思います。

まずは前提として、問題点、および現在の先端の潮流を整理しておきたいと思います。

 

◆近代思想の終焉
○新しい社会が始まろうとしているのに、社会統合観念が無い
時代は私権社会から共認社会へと大きくパラダイム転換している。
現に、市場主義は限界を見せ、グローバリズムは終焉を迎え、世界は民族主義、地域主義へと転換しつつある。
人々の意識は、深いところで本源収束に向かっている。
新しい世界が始まろうとしているが、いまだ新しい観念、思想は何も生まれていない。
世界を、社会を統合するには、新しい観念体系が必要であるが、どこからも生まれない、生み出せないでいる。
その原因は、大多数の人間が思考停止しているからであり、
近代思想は意味を失ったにもかかわらず、脳が近代思想に洗脳されたままで、自由に思考し追求できないからである。
それどころか近代思想は、自分第一・他社否定の自我に立脚し、現実を否定し、現実に存在しない架空観念に立脚し、
さらには信じれば終いという構造にあるため、たちまち近代思想でしか考えられない脳構造=思考停止に陥ってしまう。
※参照:近代観念による事実の封印と思考の停止

 

◆学校教育の問題
○思考停止を作り出した張本人は学校教育である
学校教育は近代国家にとって都合のいい人材を育成するための期間として登場した。
つまり、近代思想を盲信することであり、軍隊よろしくお上に従順に従う働きバチの大量生産である。
※参照:小学校の教育に残る「軍事訓練」1/2 小学校の教育に残る「軍事訓練」2/2

○強制教育が思考停止を作りだす
学校教育の問題の本質は強制教育にある。
乳幼児期は「何で?何で?」と知りたい欠乏全開で、未知なるものに対する興味関心でいっぱいなのに、
学校に入った途端に、本人の欠乏とは無関係に、これが教科書ですよ、これが正しい世界です、と一方的に詰め込まれる。
そのうえ、中学に入ると教科書に対する習熟度を測るためのテスト漬けが始まる。
いつしか勉強は未知の世界を知ることではなく、テストの点数を稼ぐことが勉強だとすり替わってしまう。
加えて、テスト勉強は覚えれば終い、理解すれば終いなので、単なる理解脳、暗記脳を作り出し、現実には何の役に立たない
脳構造を作り出すことになる。
※参照:強制的な勉強は、本来の思考を封鎖する

 

◆家庭の問題
○家庭は教育機能を失い、子育てを学校に丸投げ
市場社会が進み、共同体社会は完全に崩壊、地域社会も崩壊し、サラリーマン家庭の集合体が現在の形。
この変化は大きな意味をもつ。
共同体の闘争過程・生殖過程を併せ持った家庭が消滅し、過程は闘争圧力のない消費のみの場となったこと。
これにより、家庭が子どもの教育機能を喪失してしまった。
にもかかわらず、母親にとっては存在理由が子育てしかないため、子どもの教育を学校教育に委ねるしかない。
その学校教育ではテスト、受験と勉強だけが取り沙汰される。したがって母親もまた勉強圧力を子ども強いることになる。

○学歴信仰の終焉
今や東大卒が大工になる時代である。
時代を生き抜くためには、すべては人材育成が鍵を握る。
現実の社会で激しい同類闘争に晒される企業においては、学歴など何の意味を持たない。
答を求めるだけの理解脳では、現実の壁に対し、何の役に立たないどころか足を引っ張るだけ。
勉強がんばって、いい大学に入って、大企業に入れば、、、と親が思っているとしたら大間違い。
にもかかわらず、家庭では「勉強しなさい!」と相変わらず子どもに勉強圧力を強いる、という問題。
※参照:学歴信仰は終わった。答えを理解するだけの頭脳では、仕事に対応できない

 

◆男女関係の問題
○性の衰弱は、人類存続の問題
1対1の恋愛関係は、必然的にセックスレスをもたらす。
それは、恋愛とは独占することが目的だから。
独占の性関係は自我と自我のぶつかり合い、駆け引きの応酬。だから、疲れる、面倒くさい、、、
それよりも仲間関係の方が充足できる。
現に、自我が衰弱し、仲間圧力の中で育ってきた若い世代は、男女仲間からの性関係に移行している。
最近では女子から告白するケースも当たり前になってきている。
女子の充足期待に男子が応えられるか、男子の性欠乏が復活しない限り、未来は無い。
※参照:恋愛至上主義や個人主義が進んだ結果、ついに結婚制度が崩壊へ
性意識がついに反転!?~小中学生の恋愛ブーム

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2016年12月29日

結婚はオワコン!?~制度崩壊の先の、男女の性充足関係を如何に再生させるか!

前回の記事:【結婚制度は崩壊寸前!?~個人の自由と集団再生の綱引き】では、日本以外の先進国では婚外子の出生率が3割~5割という記事を紹介しました。
今回は、この記事に関するブログ記事を紹介します。

★結婚はしなくていいけど、子どもはほしい
★子供ができたら結婚するけど、(子供もできてないのに)結婚だけするってことの意味がよくわからない、という人が多くなっている。
★子どもがいないなら・・はて、なんのために籍を入れる必要があるんだっけ?という感覚に皆がなってきてるから、デキ婚が増えている。

すでに1対1の恋愛関係の果ての結婚制度は有名無実化、崩壊していることを端的に示している。
女性が結婚する理由は、出産~子育てにおける安心基盤の確保、この1点をおいて他にない。
女性が結婚の条件として収入やら地位やらに拘るのは、子育て空間の安心基盤を確保するための現実的な課題があるからだと捉えるべきだろう。だからこそ男を選択するハードルが高くなっていくし、男はますます応えられなくなっているのが現状の不幸な状況。デキ婚が増えていることが、結婚の理由が出産以外に無くなってきていることをよく現している。

このような状況を突破するには、
安心して出産~子育てができる基盤をつくっていく必要がある。
それを現在の政策のように、経済的援助や保育所の増設などの対処療法ではなく、
企業内保育を義務付け、企業集団や地域で子育てする基盤を作っていくこと。
そして、1対1ではなく、重婚可能なようにすることで、抜本的に変わっていけるだろう。

しかし、それだけでは全然足りていない。
生物がオスメス分化したのは、安定(オス)と変異(オス)を分担することで外圧に適応するためであり、
オスメス関係~男女関係は適応原理、社会構造の最基底部に位置する問題である。
メスは単に子を産むという生殖役割を持っているのではなく、その充足性をもってオスを元気にさせる、オスはそれに応えるべく闘って守る、というオスメスの充足関係が根底にある。
翻って現在のセックスレス減少=性の衰弱は驚くべきスピードで進んでいる。
性関係を含めた男女の充足関係~活力を如何に再生させるか、これが次代の最大の課題ですね。
追って追求していきます。

リンクより
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これって、何が起こっているか、わかりますか?

西欧先進国においては、すでに「結婚」という制度は、崩壊しつつあるんです。

結婚は過去の制度となりつつあり、もはや100年後に残っているとはちょっと思えないよねって感じの制度です。つまり、今どき「婚姻率を高めよう」なんて、完全に時代に逆行してるんです。

みなさん、“3世帯同居”って聞いたら、どー思います? 「ああ、うちも昔はそうだったよ」って感じでしょ。「3世帯同居が減ってるって? それは問題だ! 3世帯同居がどうやったら増えるか、みんなで知恵を出し合って問題を解決せねば!」って思う?

結婚制度も同じです。時代に逆行してまでそんなオワコン(=ブームの終わったコンテンツ)である制度を、再普及させる必要はありません。

結婚がいったいつ頃「みんながするもの」になったのか知りませんけど、今や「社会的な役割を終えつつある」ってことに、みんな早く気が付きましょう。

現時点で、西欧先進国に比べて日本で婚外子がこんなに少ない理由は、日本女性が「ぜひとも結婚してから、子供を産みたい!」と考えているからではなく、「結婚せずに子供を産める環境が整っていないから」にすぎません。

ここでいう環境とは次の2点です。
1.法制度的に婚外子は不利益を蒙る
2.シングルマザーが子育てするのは、経済的にとても厳しい

世間の目とかもありますが、それは上記が変われば改善されます。他の先進国のように「子供の半分は婚外子」になれば、子供がいじめられるとか気にする必要もなくなります。

法律を変え、シングルマザーを経済的に超手厚く保護すれば、日本でも数十年で(=みなさんの子供の世代では)婚外子が3割を占めるようになるでしょう。そしてその過程で、出生率が上がり、少子化は改善されていくのです。「子供を産みやすい社会」とは、そういう社会なんです。

日本にだって、「結婚はしなくていいけど、子どもはほしい」という女性は、今でもたくさんいます。それなりの経済力と勇気のある女性の中には、自らシングルマザーを選ぶ人も増えています。
でも、そういうことができる女性は、まだまだ少数です。一人で働きながら子供を育てるのはスゴく大変。

けれど、上のふたつの環境が変われば、結婚しなくても子供を持ちたいと考える女性は相当数いるでしょう。てか、今の時点で夫と子供がいる女性でさえ、「子供がいなくなるなんて、考えられない! 耐えられない!」けど、「夫がいなくなっても・・・まあね」って人はたくさんいるだすよ。

もっといえば、デキ婚の増加は、日本でも同じ意識が広まっていることを暗に(しかし非常に強く)示しています。
子供ができたら結婚するけど、(子供もできてないのに)結婚だけするってことの意味がよくわからない、という人が多くなってるんです。

「日本はまだ法律・制度的にも、そして経済支援的にも、子どもができたら結婚する必要がある。けど、子どもがいないなら・・・はて、なんのために籍を入れる必要があるんだっけ?」
という感覚に皆がなってきてるから、デキ婚が増えてるんです。

それにしても、最近あべっちから出てくる少子化対策はホントにおもしろい。

彼らは
・たとえ選択制であっても、夫婦別姓なんて絶対反対である
・保育所を増やすくらいなら、3年の育児休暇をやるから、家で子供の面倒をみろ
・「女は早く結婚しないと子供が持てないぞ」と紙に書いた手帳を女性だけに配るから、よく読んどけ
とは言うけれど、

・妊娠した時点で保育所の入所希望を出しておけば、一年後までに保育所を整えておきます! とも、
・子供のいる男性の育児休暇の取得実績が低い企業にはペナルティ与える! とも
・シングルマザーでも子供が育てられるよう、経済的な優遇措置を大幅に拡大する! とも
・婚外子に関する法律的な区別を一切なくすから、結婚前提にせずに子供つくってOK!
とも、ぜったい言いません。

なぜだって?

だって彼らが目指しているのは、子どもを増やすことではなく、“昭和”に戻ることだからです。 Back to the Future or to 昭和?

下手すると、育児休暇を3年にした暁には、保育所を減らせるだろうくらい考えてそうです。「やっぱり3歳までは、子供は母親が育てるべきだろ。その後に、どうしても働きたいというなら働けばいいけどね」って感じ?

平成の次の年号が “昭和2.0” だったりしないことを祈りたい。
いろんな意味で古すぎです。
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