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2008年01月24日

薬物文化とシャーマニズム

最近、スピリチャルなるものが流行しています。
霊的・精神世界というと、どこか胡散臭さを感じてしまう人も多いかと思いますが、今回は、文化史・人類学という視点から、シャーマニズムの問題を扱ってみたいと思います
シャーマニズムとは、シャーマン(巫師)の能力により成立している宗教です。シャーマンはツングース語に由来し、トランス状態に入って霊(超自然的存在)と交信する現象を起こすとされています。
シャーマンに関する学説に様々ですが、概ね以下のように定義されます。

①トランスという特別の精神状態において脱魂(ecstasy)または憑依(憑霊)(possession)が行われる。
②神仏・精霊などの超自然的存在と直接接触・交流・交信 する。
③社会的に一定の役割を持つ信仰と行動の体系。 

①のトランスは、ある種の異常心理状態ですが、平常の社会人と半ば交流できる状態でもあります。(※演技的なものもあると考えられています。)「脱魂型」は、ある人物の霊魂が身体を離脱することであり、訳語(ecstasy)からも判るように恍惚状態になるとされています。「憑依(憑霊)」は、神霊・精霊がある人物の身体に憑くことを示します。
世界の民族の中で、薬物や植物を使用することでトランス状態になり、儀礼として積極的に活用されている事例を紹介します。

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以下、『彼岸の時間』蛭川立著より抜粋・引用します。
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●向精神性薬物の分類
儀礼あるいは嗜好品として使われる向精神性の薬物・植物は、大きく三種類に分類される。
【興奮剤】:覚醒剤・コカイン・カフェイン・アレリコンなどで、眠気やだるさを取り除き、元気にさせてくれる。
【抑制剤】:モルヒネ(アヘンの主成分)・ヘロインなどで、静かな満足感を与えてくれるので活動性は低下する。酒も抑制剤の一種だが、興奮剤的な作用もあわせもっている。
【サイケデリックス】:LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)やDMT(ジメチルトリプタミン)などで、単純に心を興奮させるのでも沈静化させるものでもなく、意識の状態そのものを変容させてしまう。(※LSDは人工合成物質だが、DMTは植物の中に含まれる。)
大麻(マリファナ)やカヴァも効果は弱いがこの種類に分類される。薬物の種類によっては幻覚作用をもたらすものもあるが、サイケデリックスとは魂を顕現させるという意味で、無意識に眠っていたその人の心の本質を意識の水面の上に浮かび上がらせる作用をもつ。 

医学的には、向精神性の薬物の害は毒性・依存症・耐性に分類され、毒性はさらに身体毒性と精神毒性に分けられる。酒を大量に飲むと脳が麻痺して死ぬし、肝臓も痛める(身体毒性)。また酔っ払うと思考がが阻害され、急に攻撃的になることもある(精神毒性)。毒性の無い薬など無く、要は量と使い方次第である。
興奮剤・抑制剤・サイケデリックスの三種類の薬物のうち、耐性と身体依存性があるのは、酒やヘロインのような抑制剤だけである。しかも、精神毒性で暴力をふるったり、離脱症状で痴呆のような悲惨ことが起こるのは酒だけで、アヘンやヘロインではそういうことは起こらない。

●シャーマン儀礼と薬物文化
薬物の文化を高度に発達させたのは、圧倒的にアメリカ大陸の先住民社会である。それ以外の地域でも、酒や大麻やカヴァが(聖なる)薬物として使われたとはいえ、いずれも意識状態を変容させるほど強い作用は持たない。強力なサイケデリックスの儀礼的な使用は、ほとんどが中南米、特に現在のメキシコ周辺と、ペルー周辺の先住民社会に集中している。
サイケデリックスを含む薬草は、ほとんどの場合狭い意味での(脱魂型の)シャーマニズムの儀礼の中で用いられる。脱魂型のシャーマンのうちでも、中南米以外の狩猟採集社会でも意識を変容させるために、何らかの薬草を補助的に使用している。
一方、同じシャーマンでも憑依型のシャーマン(霊媒)や祭司は、酒を使うことはあってもサイケデリックスは使わない。酒の原料の多くが米、麦、トウモロコシなどの栽培植物であり、農耕儀礼の中で使われることが多いことをみると、酒はサイケデリックスよりも新しい時代に、クォリティは低いが大量生産の可能な代用品として発明された可能性が大きい。
つまり、全人類が狩猟採集民だった太古の時代には、脱魂型シャーマニズムが地球上で広く共有され、それが、農耕と牧畜の発明以降は、徐々に酒の使用と結びついた祭司・霊媒(憑依型シャーマン)複合型の宗教文化に取って代わられてきたのだ。
中南米の先住民社会は、文明を発達させるとともにサイケデリックスの使用を強化し、脱魂型シャーマニズムを発展させてきたようにみえる。彼らの文化には憑依型のシャーマニズムが全く見られない。

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蛭川立氏が『彼岸の時間』の追求している「意識の変容」は、人類学のアプローチとして興味深いテーマです。
そして現代でも、ランニング・ハイの事例など、(薬物を使わなくても)過酷な状況下におかれた場合、脳内物質の作用でトランス状態になることは知られています。極限的圧力下の置かれていた始原人類の意識状況を探る上で、蛭川氏の追求テーマは注目に値します。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。(byマツヒデ)
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comments

個人の農地も、みんなで確認し合った用水システムを活用しないと機能しないという事ですね。村社会の共同体は、水利管理や田植え、稲刈りと共同で行っていたのでしょう。
農家の屋根のかやぶきも、順番を決めて村のみんなの力で作成したという事を聞いたことがあります。
共同体で自治が成立していた社会ですね。

  • koukei
  • 2008年3月25日 17:59

コメント、ありがとうございます。
>共同体で自治が成立していた社会ですね。
そうなんです。
日本と西洋の農村を比較して調べていると、本当に日本の農村は共同体的性質が強いと思います。
それは、稲作によるところが大きいのですが、ゆる過ぎない日本の外圧下で稲作をする、ということが強い結束につながっているのではないか、と推測しています。
東南アジアなどの熱帯の稲作地域は、1年に米が2回も3回も収穫できるようなところなので、稲作地域特有の共同性を残しつつも、その結びつきは若干弱い感じがします。
このあたり、外圧状況からのアプローチも今後加えていきたいと思います。
また読んでくださいね。

  • hayabusa
  • 2008年3月25日 21:33

私の実家は、かつて兼業農家で構成された村でした。
4つの自治があり、それをまとめたものが地区でした。その地区の代表を「惣代」と呼び、統合役を任されていたと記憶しています。
兼業だけに家単位で田植え作業が出来てしまうので、共同作業というのはあまり無かった様に思いますが、唯一「水」の管理は共同でしか成り立たなかった。
月1回の寄り合いは、その話が中心だった様です。何処の池を使うか・・・など。
今でもその役(惣代)は存在していますが、様式だけが残っているだけだと思います。
(統合役としての仕事も減っているはずですし・・・。)

  • 奈良県民
  • 2008年3月25日 23:10

コメントありがとうございます。
>4つの自治があり、それをまとめたものが地区でした。その地区の代表を「惣代」と呼び、統合役を任されていたと記憶しています。
驚きです!
自治と結びついた「惣」が今でも残っているなんて!
やっぱり、水という共有資源がある以上、話し合って調整しあうことが不可欠なんですね。
僕には農業経験がほとんどないので、このようなお話を頂くのは大変ありがたいです。
今後も日本の村落共同体について調べていこうと思っていますので、ご意見をお聞かせください。よろしくお願いします。

  • hayabusa
  • 2008年3月26日 21:48

「平成の黙示録」という表題の私説を公開しています。
http://makoto-ishigaki.spaces.live.com にアクセスしてください。

共同体社会と人類婚姻史 | 東洋と西洋 ~日本:惣村の崩壊から近世農村へ~

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