2009年10月23日
始原人類の婚姻制 ④ 『 兄妹婚 』
シリーズ“始原人類の婚姻制”①原始婚と性習俗と②エスキモー族の風習では
現在の常識で思いも寄らないほど多様な婚姻様式が紹介されこれらも踏まえて
③『風土、生産様式、婚姻制』では生産様式は、その置かれた自然外圧状況に
適応する形で決まって来る事、そして婚姻規範も外圧(風土)→生産様式に
依って規定され集団を存続、繁栄させる為の規範である事が分りました。
言い換えれば婚姻制(男女関係)を集団によって規定してきたのが人類500万年の
歴史であり、それはいかに集団を統合するかという視点からだ、と言うことが分かり
ました。
(スリランカの村落共同体・・・画像はココから)
③『風土、生産様式、婚姻制』の中のモンスーン型(日本や東南アジア)では
採取生産→総偶婚となっています。
『総遇婚』とは“るいネット”の新概念定義集によると
集団毎の男達と女達が分け隔てなく交わりあう婚姻様式。
とあります。
約1万年前、採集・漁労部族はこの総偶婚によって性闘争を完璧に解消し、
自我回路をほぼ完全に封印していた。・・・・
私はこの「総偶婚」の中でも集団規模の比較的小さい間(初期段階)は「兄妹婚」
だろうと考えています。
この辺りをるいネットの“兄妹婚の痕跡”と言う秀作投稿を引用して考察してみます。
■■■ 兄妹婚の痕跡 ■■■
最新の流れからするとオフ気味ですが、前回触れた塞の神がらみで、兄妹婚について少し・・・。(リンク )「塞の神における兄妹相姦についての記号論的考察」を参照しながらまとめてみます。
塞の神の男女が兄妹にして夫婦であるとされるのは、塞の神の神話的根拠であるイザナギ・イザナミが兄妹にして夫婦であるためだと言われています。ギリシャ神話をはじめ、世界の創世神話を見ても兄妹婚は珍しくありません。 ただし、それらが古代の社会風俗を直接反映しているとは考えられていません。
そこで民話に目を向けると、たとえばフィンランドの民族叙事詩「カレワラ」では、クツレルボが野原で美しい乙女と出会い、その娘と交わるが、身元を尋ねた時、彼女が行方知れずになっていた実の妹であることを知り、妹は滝に身を投げ、彼もやがて自殺します。この他千夜一夜物語の第11・12話や、朝鮮民話など、兄妹相姦の物語は普遍的ではありますが、たいていは強烈な罪の意識を伴い、当事者の異常な死で終わる暗い物語になっているのです。
ところが、兄妹相姦が民俗的に必ずしもタブーではない、東南アジアから我が国に及ぶ範囲では、兄妹相姦の物語が、あっけらかんとした明るさをもって語り継がれているのです。塞の神にからめて兄妹相姦を語っている伝承が、群馬県勢多郡粕川村月田、栃木県上都賀郡栗野町上粕尾・下粕尾 、岐阜県吉城郡宮川村中沢上 などに伝えられています。
また、宇治拾遺物語、今昔物語に、いずれも同じ内容で、土佐の妹背島の始祖物語として兄妹婚の話が記載されています。兄妹婚、兄妹始祖伝説は奄美・沖縄・宮古・八重山などの南西諸島でも数多く伝えられていて、大島健彦氏の「始祖に関する近親相姦の伝承一覧」によると、南西諸島における45の事例のうち、兄妹婚が34例もあったそうで、単に男女または夫婦と伝えられている9例も、兄弟の可能性を否定できないとか。
例)八重山諸島鳩間島・・・鳩間島を大津波が襲い、兄妹だけが島の高い所へ逃げて助かる。やがて津波が引き二人は里へ降りていったが、急坂で先を行く妹が石につまずいて倒れ、後を行く兄も倒れた妹につまずいて妹の上に倒れて結ばれた。妹は兄の子を生み、更に子孫が栄えた。
東南アジアでの事例としては、 フィリピンのルソン島のギャンガン地方のイフガオ族の神話、 中国南西部少数民族ミャオ族・ヤオ族などの民話などがあげられます。
(例)スラウェシのバランテ半島の神話・・・原初の海水に覆われていた地上に、天神は舟型の箱にトプルとラボロリングの兄妹を裸のまま入れて天から降ろす。箱には雄鶏と雌鶏も入れられていた。やがて海水が引いて陸地が出来た時、兄妹は箱から出て、鶏が交わる様子を見て性交のことを知り、自分たちも交わって人間の始祖となった。
このように東南アジア地域でだけ、兄妹婚は肯定的に語られています。この「兄妹相姦肯定文化圏」は、東南アジア全般、中国西南部、沖縄・奄美の西南諸島を経て、我が国の本州にまで広がっており、中尾佐助が提唱した照葉樹林文化圏と重なっているのが興味深いところです。
このような伝統を引き継いで、日本では、よく知られているように、「いもせ」という語が(1)兄と妹、あるいは姉と弟、(2)夫婦の2つの意味を持っています。古代史においても兄妹婚はざらであり、特に異母兄妹の結婚は枚挙にいとまがないようです。神事の祝詞の中に、母子相姦、父娘相姦は大罪と明記されている時代になっても、異母兄妹はおろか、同母兄妹間の結婚さえ禁忌として触れられてはいないほどです。
「日本人は長い間、採集部族として総偶婚(それも、最も原始的な兄妹総偶婚)を続け、・・・」(実現論)を間接的に支持する例として紹介してみました。
人類はつい一万年前まで、まともに地上を歩くことが出来ず洞窟に隠れ
棲むしかない様な、凄まじい外圧に晒されていました。
照葉樹林文化圏である東南アジアや日本の場合でも狩猟や採取生産を営み
始め単位集団をなんとか維持していました。
みなさんも始原人類が晒された厳しい自然外圧の状況を想像して見て下さい。
厳しい外圧状況の中、闘争・生産・生殖が一式揃った自立した単位集団で、
幼い時から集団内の役割を分かち合ってきた身近な兄たちと妹たち(集団内の
男女は血の繋がりに関係なく兄妹。)が、その安心できる関係の中で性の役割
も分かち合うのは凄く自然なことではないでしょうか。
もちろん「個人」とか「自由」等の観念など無かったわけですから当然の如く
「集団規範」ともなったのだと考えられます。
また事例であるように兄妹相姦の物語があっけらかんとした明るさをもって
語り継がれていることから、むしろ「兄妹」のセックスはとても楽しいもので、
集団の活力を上昇させたのではないかと思われます。
以上により、採取部族では集団規模の比較的小さい間(初期段階)は
『兄妹婚』であったと考えてよさそうです。
集団規模が拡大していくと『兄妹婚』と言う婚姻規範では集団を統合できなく
なって来る事が想定できますがそのあたりは次回と言うことにします。
兄妹の結婚は現代では社会的タブーとされていますが、東南アジアや日本では
昔は必ずしもそうではなかったことを見てきました。
このことに皆様はどう思われますか。
何よりもまず、社会的タブーなどと云うものは、決して絶対普遍のものではなく、
私たちの観念が作り上げているものなのだと思われます。
- by mukai
- at 20:00



comments
「塞の神における兄妹相姦についての記号論的考察」から、兄妹相姦伝承の部分を引用してみます。
(以下引用)
(a)群馬県勢多郡粕川村月田
美男美女の兄妹がいた。二人はそれぞれに、夫婦となるにふさわしい相手を探すために国中を歩き回る。二人がいずれも探しあぐねて再び家に帰って来た時、求めていた相手というのは、実の兄であり、実の妹であることに気付く。そして、兄妹は夫婦となった。
(b)栃木県上都賀郡栗野町上粕尾・下粕尾
兄妹がいた。二人とも性器が大き過ぎて誰とも合わないので、相手を探すために、それぞれに諸国を歩き回ったが、結局どちらも良い相手が見つからなかった。そこで、兄妹同士で合わせてみたら、うまく合ったので夫婦になった。
(c)岐阜県吉城郡宮川村中沢上
ある双生児の兄妹がおり、兄は旅に出て行き、妹は女郎になる。幾年か後、兄が旅先で女郎を買いに行き、美しく気立ての良い女郎を見染めて通いつめ愛し合うようになり結婚を約束した。しかし、身の上話で二人が双子兄妹であることを知り、二人は渕に身を投げて心中した。その後、この地方では双生児が生まれると、二人を別々に育てて後に夫婦にしてやると云う。
(以上引用終り)
兄妹婚がタブーとされることなく、日常的なものとして存在していたことがよく分かります。
同じ集団で一緒に過ごし、身近で安心できる兄妹、姉弟が結ばれるのは、個人と言う観念がなければ、共認動物としては自然なように感じます。
兄妹婚の国生みパターン神話が世界的に見られるのは何故かが、気になりました。
兄妹婚をネットで検索すると、国生みパターンの神話が多いのに気が付きます。
イザナギ・イザナミ二神の結婚話に見られる、『洪水型兄妹相姦神話』(洪水によって兄妹が生き残り、やむなく結婚して、はじめ不具児を出産しつつも人類の祖先となる)は
中国・朝鮮・東南アジア一帯に広く、伝承しているようです。
国生み神話パターンで考えると東南アジアとはタブー度が大きく違いますが、アダムとエバの旧約聖書や ギリシャ神話、エジプト神話などヨーロッパやエジプトなどでも広く伝承しており、その意味では世界で共通して兄弟婚神話が存在します。
そう考えると、記事のコメントにあったように、人類の昔では、兄妹婚は普通に行われていた可能性もあります。自然外圧が比較的緩かった採取生産が主流だった東南アジアでは総遇婚が、狩猟が主流だったヨーロッパではボス集中婚、勇士婚でありつつも、始原人類500万年の洞窟時代のボス集中婚に一定兄弟婚が混じっていたなどの共通点が、あったのでしょうか?
近親婚に対する規制は国・地域により様々です。日本では4親等(イトコ同士)の婚姻は許されていますが、同じアジアでも中国、韓国はイトコ婚は法律で禁止されています(韓国では8親等内の婚姻が禁止)。これは儒教の「同性不婚」の考えが大きく影響しています。
日本と同じように、イトコ同士の結婚が認められているのはイスラム教国家です。マホメットがイトコ婚をしていたこともあり、濃い血の繋がりが歓迎されること、集団外の異性と知り合う機会があまりないことから現在でもイトコ婚、ハトコ婚が多いそうです。
欧米では、概ねイトコ同士の結婚は認められていません。これはキリスト教の影響によるもです。そのためフランスなどイスラム系の移民が多い国では様々な軋轢や差別が生まれています。
こうして見てみると、日本を除く殆どの国々が宗教や思想に基づく観念で近親婚を規制していることが判ります。
「塞の神における兄妹相姦についての記号論的考察」から、兄妹婚のタブー視について引用します。
①千夜一夜物語第11・12話
実の妹に恋い焦がれた王子は、ひそかに墓の下の地下に広間を作り、そこで妹と愛し合う。父の王がようやくそこを発見した時、二人は神の怒りの火で焼かれて、抱き合ったまま黒こげになっていた。
②フィンランドの民族叙事詩カレワラ
クツレルボ(トウイレトウイネン)が野原で美しい乙女と出会い、その娘と交わるが、身元を尋ねた時、彼女が行方知れずになっていた実の妹であることを知り、妹は滝に身を投げ、彼もやがて自殺する。
③朝鮮民話1
孫晋泰氏の「朝鮮の民話」には、大洪水が起こり、二人の兄妹だけが高い山に流れ着いて生き残ったが、二人は神意を伺うために、それぞれに雄臼と雌臼を山から転がすと、臼の両片が谷底でぴったりと重なってつながっていたので、神も特別に許し賜うものと考え、兄妹は結婚することにした。あるいは、別々の山の頂で青松葉を燃やすと、その煙が風もないのに空中で一つに合体したので結婚することにしたと云う話を記している。
④朝鮮民話2
また、同書には、姉弟が連れだって峠を越えようとした時、俄雨で姉の単衣がぴったりと肌に張り付き、それを見て弟は急に激しく春情をもよおすが、そのことを恥じて石で自らの陰茎を打ち砕き自殺した。姉は「云えばいいのに」と悲しんだので、その峠は今も「云えばいいのに峠」と呼ばれていると云う話を記している。(これは、我が国の峠道などにある塞の神にも通じる話である)
⑤朝鮮民話3
今村鞆氏は「朝鮮風俗集」に、チャンスン(長生)の由来譚を述べている。チャンスンは、我が国の塞の神と同じように村境に立てられ、天下大将軍、地下女将軍とそれぞれに書かれた男女一対の木偶のことである。張という大臣が王に「肉親の兄妹は決して交わることはない」と云い張ったので、王は「では、お前の息子と娘を深山に放せ」と命じたところ、やがて二人の間に子供が生まれる。そこで、彼らは都から追放されて死んだ。チャンスンはその魂を慰めるものである。あるいは、別の話として、張という宰相が妻を失い、淋しさのあまり娘と通じたので、王は張を処刑し、見せしめのために、その像を立てるように命じたのがチャンスンであるとする。(チャンスンは朝鮮半島における塞の神の形と考えられる。そこには、塞の神と同じように兄妹相姦の物語がからむ。しかし、何と暗い陰惨な話であることか)