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2010年01月23日

遊牧部族の父系制社会から私有婚誕生までの歴史構造-7<家庭とは何か?>

前投稿では、市場化にともない、地縁・血縁集団であった【家】(=決定権は家父長)が、
個人が決定権を持つ【家庭】へと解体されていく過程をみてきました。
今回は、改めて、市場の中に登場した「家庭」とは何だったのかを考えてみたいと思います。
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家庭とは何か?1930年、高群逸枝はかく語る。 るいネットより

家庭とは家の庭と書きます。
まず、家という字-古い書物によりますと、この家という字は、豚の上に屋根のかぶさった字、すなわち豚小屋という意味の字であると書いてあります。
ある学者は「家とは私有財産のことだ」といっている。昔、シナ人の主な財産は豚であった。彼らはそれを初めは共有していたが、権力者の出現とともに、私有が始まり、したがって、めいめいが屋根囲いの厳重な小屋を建てて、それらの豚どもを入れて置くようになった。それが家の起こりだ。だから、家とは、豚とかその他すべての私有財産を入れて置く建物のことだというのです。

家財という言葉がある。この言葉は、普通の意味では、家具に等しい。しかし、少し立ち入って研究して見ると、「自分の所有物の意。すなわち妻子財産等をいう」とある。
よくここで注意して下さい。家財とは「自分」の所有物の意とある。家(カ)ということが、ここでは自分という意味をもっている。例えば家言(カゲン)ということが一個人の言説という意味であるなども、その一例である。かくのごとく、家(カ)は自分であるから、家財はすなわち自分の所有物という意味になります。さてまた、その「自分の所有物」なるものは、「妻子財産等という」とあるから、その場合の自分なる人間はいうまでもなく妻子財産を有する「男」である。「男」のみが、「家(カ)」として立つことができるし、「婦人や子供」は「家財」でしかない。

家というものは私有財産を入れておく建物であり、また、他面、その所有者の存在を意味するものであることがわかりました。早くいえば、一人前の男は家という私有財産をもってなければならない。それをもっていることによってのみ一人前であるかないかが決定される。

〇この例でもあきらかなように、「家」とは私有財産を指し示し、所有者の最重要課題が「財産の相続」にあったことは間違いないようです。
私の記憶でも、生産基盤が農業であったころは、財産の中心は「田・畑」であり、家父長はもとより全員が「田・畑」を「死んでも手放さない」ように、働きづめに働いたものです。
〇一方、農業生産においては、人手が生産力であり、老若男女を問わず誰もに欠かせない役割がありました。「家」とは財産の継承体であるとともに、労働と消費を包摂した生産体でもあったのです。
〇それが、市場における「家庭」へと移行したとたん、決定的な変化が生じます。
市場(=都市部)における「家庭」からは、あらゆる生産が排除されていき、生産と消費が完全に分断されてしまったのです。
生産圧力(これは、社会からの圧力ということもできます)の全く働かない「消費だけの無圧力空間」。これが、市場社会における「家庭」の真の姿です。
もっぱら消費主体として、どれだけ市場に貢献したか(遊び三昧、買い物三昧)が問われるという異常な場。このような場で、まっとうな状況共認⇒課題共認⇒役割共認⇒評価共認が形成されようもありません。「家庭」という密室空間の住人たちは、ことごとく「役割」を喪失し、社会の最基底部にある「男女役割共認」さえ見失ってしまったのです。
消費だけの無圧力空間の問題性については
子育てを家庭に任せてはおけない!-3~@闘争と生殖の場の分断がなんで問題なの?なんで分断されたの?
こちらを参照してください(秀悦な投稿です
こうしてみてみると、市場とは、根底部分から人々の活力を根こそぎ奪い去る収奪システムにすぎないといえるのではないでしょうか?
人間がガタガタ、秩序がガタガタ、社会がガタガタになるのは、市場社会の必然構造だったのです。
新秩序の形成は、まったなしの状況にあります。それに先行するように、新たな男女共認を形成する動きも顕在化しつつあります。
この潮流を新秩序へと結実させるために、今回のシリーズを通じて見えてきた課題をあげておきたいと思います。
【新秩序形成に向けた課題】

①市場をどのように超えていくか?
(「食を含む必需品の生産と物流システムの構築」という視点と、「生産と消費の包摂」という視点)
②私有意識(つきつめれば自我)をどのように止揚するか?
③私有一対婚に代わる新たな婚姻制をどのように構築していくか?

上記を踏まえ、次回のシリーズでは、縄文体質(=共同体的資質)を色濃く残す日本民族のあるべき婚姻制(男女関係)を探っていく予定です。どうぞお楽しみに!
次回は、今回のシリーズのまとめです。こちらも、期待してくださいね。

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共同体社会と人類婚姻史 | 社会全体を取り込んだ”だまし共認”こそ、市場の本質であり支配力の源泉である

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