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2008年01月14日

結婚適齢期ってなに?

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こんばんは。このサイトのことを人に話すと、「どうして『婚姻』とか『共同体』のことをテーマにしてるの?それを調べてどうするの?」とよく聞かれます。
改めて言うまでもなく、現代の日本での婚姻様式は一夫一婦制ですね。でも、みんな実感しているように、法律上はそうだけど、現実の社会を見渡すと『一夫一婦制』って本当に成り立っているの?形式的にはそうであっても別居生活している人もいればセックスレスも増え続けているし、その一方で不倫話なんかもよく耳にします。
そんな「現実」をみると、そもそもなぜ一夫一婦制になったんだろう?って疑問に思いませんか。
すでにこのブログでいくつも紹介されているように田舎のおじいさん、おばあさんに聞けばちょっと一昔だと夜這いの風習があったり、必ずしも一夫一婦制ではなかったようですね。
そんなところからも、かつてはどのような婚姻様式だったのだろう。そしてそれはどのような要因からそうなったのだろうか。そこには人類にとって必要不可欠な理由があったのではないか、という仮説から、世界の婚姻史と、それを規定する一番の理由が存在しそうな集団そのものについて調べてみようとしているわけですね。
というわけで、今日は『結婚適齢期』について調べてみました。
単なる法律上の決まりごととしてではなく、何をもって『適齢』とみなすのか、その歴史の一端を見てみたいと思います。
独身の人も、既婚の人も、今が適齢期ではないかと焦っている人も、ポチッと応援してから先にお進みください

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現代において、結婚年齢なるものが世界各国で法律で決まっていますね。でもこれって結構ばらばらなんですよ。
なぜ国によってその定義が違うのでしょうね?
いろいろ探していたら、「まつばらの民謡をたずねて」というサイトに興味深い話が載っていました。
そんなに遠くない時代の話のようですが、当時の結婚を認められる時期について書かれていました。

いちにんまえ(大人と認められる年齢)
現在の成人年齢は、行政では二十歳となっていますが、私の採集した松原の人々の語りを通して考えますと、13歳から二十歳までの間に松原の民俗儀礼的な存在として『いちにんまえ』と呼ぶ言葉があります。村落の中で、仲間、行事、仕事等に子供としてではなく、責任の持てる行動が出来る人物と地域社会が認めると『いちにんまえ』と呼ばれ、その年齢はそれぞれの子に対応した年齢であったと考えます。
 これは、子守奉公に住み込みで働いた女性の事例ですが、十三参りが終わらずとも、地域社会は、りっぱに『いちにんまえ』(成人)と認めていた事が伺えます。

「まつばらの民謡をたずねて」
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(写真は「長谷川深造展」より拝借)
まず「一人前」の概念ですが、今で言う「成人」として扱うのは一律決まった年齢からではなく、『責任の持てる行動が出来る人物と地域社会が認めた時』というのがミソですね。
昨今の成人式の模様を見ると、「責任の持てる行動」ができない人が大人扱いを受けることはどうなのか、と甚だ疑問に思います。
もう少し具体的な事例を見てみると、

『いちにんまえ』は儀礼としてあるわけではなく、漠然とした言葉です。
たとえば女子を例にすると、十三参りが終わったので『いちにんまえ』になるわけではありません。十三参りは『いちにんまえ』(成人)に入る門前に立ったところです。そして、親が我が子に対して、子供の位置で精神、金銭面も含めて面倒を見る最後の儀礼です。
 『いちにんまえ』とは初潮を体験し、田植えも苗を浮かすことなくしっかりと泥になった土へ苗を植え付けが出来、両脇の植え手に手伝ってもらいながらも歩調合わせて田植えが出来る。そして、盆踊りなどの行事にも誘いがかかり、参加するようになると『そろそろいちにんまえ』として認め始められるようです。やがてこの頃から河内木綿の織り方を教わり、田植えも手助けなく周りと同じ早さで植えるようになると、『いちにんまえ』とまわりで認められるようになります。このようなことは総て資格や試験があるわけでなく、まわりの者達が「もうそろそろ盆踊りの踊り手に入れたろか」「もう機織りもさせようか」と言った具合で、村落の中で大人達がその子の力量などを見極めつつ『いちにんまえ』に育てあげてもらうわけです。
 『いちにんまえ』と周りの大人達から認められると嫁入り話が持ち上がってきます。その時に機織りの技術は嫁入り道具の一つとなります。「三宅のべっぴんに阿保の男前」の言葉が松原にあります。「べっぴん」とは美人のことですが、松原では『よく働く人、機織りが早くて上手に織れる人』をべっぴんと言っていたそうです。

つまりは、周りの大人たちと同等に働くことが出来るようになったときが『結婚適齢期』だったようです。さらに女性の場合はこれに加えて、「初潮を体験」し、子供が埋める体になっていることが条件ですね。
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このように誰でも同一年齢で適齢期を迎えるわけではなく、個人差がありました。
その評価を村人たちみんながしていることと、大人と同じように責任もって働けることを適齢期の条件としているということは、結婚というものがやはり個人と個人の為のものではなく、集団内の生産といかに密接に関係していたかということがわかりますね。 :D
現代の私たちは、どんな定義で「結婚適齢期」と捉えているのでしょうか? しかもそれは社会のみんなが”適切”と認めてくれる年齢なのでしょうか。

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comments

>同じ日本でありながら、生活の基盤となる生産様式によって、集団の構成や家などの形態までもが大きくことなる点が気づきです。
なるほど。
とすると、「生活の基盤となる生産様式」の違いって何なんでしょうか?なぜ西と東でその違いが出来るのでしょうか?
雪などの気候条件だとすると、西と東の境界線は、かなり北の方?
なんて、疑問が浮かんできます。どうなんでしょうね?続編に期待です。

  • さいこう
  • 2008年3月22日 21:49

東西文化論は、面白いですね。
実は、私も関西生まれの育ちですが、大人になって関東に生活しています。
現代では文化的差異は分かりにくく成っていますが、明らかに違っています。
私も西は稲作として豊かであった生産基盤が有ったのではないかと思っています。
江戸時代後期以降は、江戸でも稲作が急拡大しますが、稲の品種改良が進んでいない時代は、北の地方では稲作が難しかったのではないでしょうか。
後半に期待です。

  • koukei
  • 2008年3月25日 18:53

江守五夫氏の「婚姻の民族」によると、
『東北アジアの周辺諸民族との関係において日本の婚姻習俗を考察すると大きく南北2つの系統に由来する2類型に分かれる。すなわち南方系の「一時的訪婚(妻問い婚」と北方系の「嫁入り婚」である。』
といった違いもあるようです。
(この場合の区分は東西ではなく南北ですが)このテーマはとても興味深いですね。

  • さいこう
  • 2008年3月27日 03:23

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