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2009年06月30日

「婚活」は、日本婚姻史のターニングポイントか?

『「婚活」時代』山田昌弘・白川桃子著 
が2008年6月頃出版されて、『婚活』と言う言葉が話題になった。だけど、一次的なはやり言葉で、直ぐに忘れ去られてしまうだろうと思っていた。
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しかし、どんどんと、その勢力は増してきている。テレビドラマや雑誌に掲載されて、今や『婚活』流行である。
直ぐに廃れないで『婚活』が繁殖するのは時代のニーズに合っているからに違いない。
それは一体なんだろう?ということで、我々『婚姻史研究グループ』は、議論を行った。
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<現象>
・結婚相手を探す為に、就活ならぬ『婚活』する女性(男性も)が増えている。
・それが、どんどんと支持されて拡大中である。
<日本婚姻の時代変化を俯瞰してみる>
明治~終戦     家長制度で父親が結婚の許可権を所有(結婚は集団の行為)
終戦後~1970年  憲法で個人の意思で結婚可能に(制度上は個人だが、殆どが見合い婚)
1970年~2000年 ‘70年に見合婚(集団)<恋愛婚(個人)→バブルで個人(自我)が暴発
2000年~2007年  未婚、晩婚 →結婚を避ける傾向に
2008年~      『婚活』
何が見えてくるでしょうか?
注目点は、<集団 → 個人 >の流れです。
元来の結婚は集団に許可権があったのが、個人の自由にすると言う「恋愛」婚に移行して行く経緯を、順を追って確認してみましょう。
昔の農村では嫁は労働力として期待され、さらに子孫を残す出産の期待を受けて嫁に迎えられます。
ですから、結婚は個人の課題ではなく集団の期待の上で行われる「実生活」そのものです。
その延長で、明治以降も家族制度の中での結婚です。結婚は「家」と「家」との関係ですから家長が権限を持っていました。そして殆どが、見合い婚です。
戦後1945年以降に、民主主義化と供に集団<個人の傾向が強くなりなす。生産力が上がって貧困が消滅した1970年ごろには「恋愛婚」が主流になりました。
Cf.見合婚<恋愛婚がちょうど1970年ごろに逆転して、以降一気に見合婚がなくなってしまいます。
さらに、市場が拡大してバブルに至ると、結婚は完全に個人意思で行われる時代になりました。
そして、バブル時期は自我むき出しの男女が「フィーバー」の恋愛を謳歌したのです。
しかし、自我むき出しの、駆け引きの激しい「恋愛」に疲れて、時代は結婚忌避になります。
また、経済的に独立した男子と女子が付き合っても、子供でも出来ない限り結婚する必然性がないなどと言われました。
「非婚」「晩婚」の時代です。
私達は、このまま結婚しない男女が増えるのだろうと思っていました。
しかし、ここで日本婚姻史上、最大のターニングポイント(?)が来ます。
女性たちが、結婚したいと表明し始めたのです!
『婚活』とは、男子と同じ仕事について独立した経済力を持つべきであると言う思考からは「非婚」にしかいたりません。しかし、若い女性たちは、その様な考えから開放されて、「やっぱり結婚したい」と言い始めたのです。
何故でしょうか??  一体何が起こったのでしょうか??
私たちの推察は、以下です。
収束不全
歴史的な流れでは、集団から結婚の自由を勝ち取って来た結果、バラバラの個人、男女平等の「男」と「女」が残りました。
男女平等で大学を出た女性が総合職で就職し、男と同じ会社で仕事競争してみても、ちっとも充足しないと思い始めた。一人住まいでいると、その思いは女性のほうがはるかに大きいのだろうと思われます。
若い女性たちは、既に「総合職」などには興味を持たなくなりつつあります。男と同じ競争社会での一人生活では、将来の可能性を見出さない。分かち合える相手が居なくて個人で生きていく事の、非充足感を理解したのだと思う。
そして彼女達は、分かり合える相手との共認充足を求めて「家族」収束に向かったのだと思われます。
今までは、集団から個人へのベクトルだった方向を、現代女性は個人から集団へ、改めて舵を切ったと思われます。

彼女達の役割を担える集団は、一番目先にある「家庭」であり、「結婚」に向かい始めたのでしょう。
以前は、自我を隠しながらの性幻想を撒き散らす「挑発」だったので、結婚活動など恥ずかしかったが、今や女の役割を果たして共認充足を得たいという「婚活」は恥ずかしさなど感じないのかもしれません。
女性の大きな役割の一つの「出産」もその「家庭」で担える事を期待しているのでしょう。
次の課題は、彼女達が向かう「結婚」「家族」の場は、消費のみの生産がない偏った閉鎖空間で、彼女達が望んでる環境とは言えない状況にあります。
新しい「男女関係」「家族関係」「地域コミュニティー」などが求められています。
最近では『友達と楽しむ友達と“大家族”』(6/20日経新聞)で子育てをするなど、新たな仲間関係が模索されています。

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comments

確かに霊長類の一番の特徴は、樹上というニッチ(第四世界)を手に入れたこと規定されているのでしょうね。
樹上というニッチは、木の実などの栄養価が豊富な食物がいっぱいあり、また外敵からの逃避場所としても最適なので、樹上生活以前のような外敵との闘争から逃れられ、安全な最高の空間(樹上)で、霊長類はほぼ森林という森林に、許容量一杯までに繁殖していったと考えられると思います。
そのような空間なので、外敵(他動物)との闘いは第二義的となり、サル集団同士の同類闘争が、サルにとって第一義課題となることは、すごくイメージできます。
>同類闘争の圧力こそ、人類の永遠の圧力源=活力源だと云えるだろう。
閉塞状況感のある現代社会の新たな活力源や、社会統合の仕組みを考える上で、霊長類にまで遡る思考はとても重要で、思考上の重要な基礎条件になるのだということがよくわかりました。

  • マニマック
  • 2009年10月1日 15:59

サル・人類の原基構造。
着眼点に加え、理論化・構造化されていることに感嘆です。
歴史の教科書で数頁しか割かれていない先史時代が、実は人類史の99.9%に相当するという事実。加えて、我々の大多数が、人類の人類たる由縁を知らないという状況に気付かされます。
現代=混迷した時代に、立ち戻るべき原点が、これまで未解明であったということを認め、だからこそ発信していくことが肝要だと思います。

  • 世界のマツヒデ
  • 2009年10月1日 19:13

こんにちは、マニマックさん。
『同類闘争の圧力こそ、人類の永遠の圧力源=活力源』
この認識は今後の可能性を示すとても大切な認識だと思います。
内圧(やる気や活力)は外圧に対応する形っでしか生じえません。現在のやる気や活力生まれにくく、また目標や先行きがみえない状況とは、外圧状況が捉えられないからに他なりません。
外圧状況を捉えたくても、これまでの考え方・やり方では答えが出ないのが現状、だからこそ、霊長類にまで遡り人類の原基構造を捉えな押すことが不可欠となるのだと思います。

  • さいこう
  • 2009年10月2日 23:13

こんにちは、世界のマツヒデさん。
確かに、人類史の99.9%に相当する時代のことが、教科書にはほとんど扱われないなんて変な話ですね。
確かに物証などは少なく類推するのは難しい領域ですが、今後の可能性を探索する上で、やはりここを避けて通ることは出来ないと思います。
だれも見たことが無い領域ですが、事実(歴史的な物証など)と論理整合性で、追求を深めいきましょう。

  • さいこう
  • 2009年10月2日 23:15

世界では、G8に代わり、G20が世界経済の主要協議の場として恒久化されましたね。
各国首脳は「協調」と「出口」を模索することになるのでしょう。では「出口」とは何なのでしょうか?
今回の危機は、金融・市場という経済的な問題にとどまりません。本質は、屋台骨としてきた私権原理の衰弱(崩壊)であり、国家・企業・集団・個人のどの場面で切り取っても、自我をどのように止揚するのかという問題と自我→私権圧力に変わる活力源は何なのかという問題に突き当たることになります。
>しかし、重要なのは圧力源である。同類闘争の圧力は、他集団さえ居れば、必ず発生する。そして、猿類・人類は、この圧力を進化の源泉としてきた。従って、同類闘争の圧力こそ、人類の永遠の圧力源=活力源だと云えるだろう。
この点(同類闘争を圧力源にしているという点)は、次代の社会統合の仕組みを考える上で、決して忘れてはならない基礎条件である。
>人類的課題に対する期待と応望を主活力源にして創造活動を営み、評価収束による創造競争(=新たな同類闘争)によって圧力=活力を高め、その同類闘争を同じ評価収束⇒評価共認によって統合する社会、これは原始人には夢想だにできなかった社会である。にも拘らず、同類圧力=共認圧力を生命源とする社会であるという根本パラダイムは、極限時代と同じである。ただ人類は、動物的な生存圧力の場を超えて、超動物的な同類圧力=共認圧力の場へ移行する段階を迎えただけである。それは、共認動物が到達するべくして到達した必然的世界であり、実は滅亡の危機に瀕した今こそ、動物的限界を引きずっていた前史が終わり、真の人類史が始まる、その起点となる時なのである。
「出口」=「答え」=「可能性と実現基盤の提示」に他ならないでしょう。
このベクトルに貫かれた類ネットhttp://www.rui.jp/だからこそ、目がはなせませんね。

  • なおと
  • 2009年10月3日 19:47

>いったい、人類はどこで道を誤ったのか?
>人類がどのように誕生し、どのような外圧に、どのように適応し、どんな集団・社会を築いてきたか?人類の起源にまで遡り、今後の可能性を探索してみたいと思います。
誰もが、大きな転換期と感じている現代。
「今後の可能性を探るために、人類の起源に遡る。」
これからの展開を楽しみにしています。

  • tama
  • 2009年10月3日 21:54

こんにちは、なおとさん。
現在は、誰もが大きな変化を予感し期待していても、その方向性や答えが見えない、という状況ではないでしょうか。
これまでの自我、私権の延長上に「答え」がいにのは、もはや明らかです。それに変わる「答え」が必要であり、そのためには人類の起源にまで遡り、事実認識を構築することが不可欠だと思います。
気の遠くなるような過去の探索になりますが、それは現代の課題に「答え」を出すことに他ならないと思っています。みんなで探求していきましょう。

  • さいこう
  • 2009年10月3日 22:53

tamaさん、こんにちは。
「今後の可能性を探るために、人類の起源に遡る。」というのは、ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、大きな転換期だからこそ必要なこと、不可欠なことだと思います。仲間と一緒に一つ一つ着実に探索を深めていきたいと思います。今後にご期待ください。

  • さいこう
  • 2009年10月3日 22:58

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