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2009年08月16日

言葉に宿るもの

古来、日本においては、声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされてきました。
自分の意志をはっきりと声に出して言うことを「言挙げ」と言い、それが自分の慢心によるものであった場合には悪い結果がもたらされると信じられてきました。
それゆえに、わが国では「言挙(ことあ)げ」をしないこと、すなわち、言葉に出して言い立てず、「以心伝心」を美徳とする伝統が根付いてきました。
それでは、言葉そのものに宿るものとは何なのか?
今回は大和言葉を通じて、その正体に迫りたいと思います。
国際派日本人養成講座:大和言葉の世界観》を引用させて頂きました。
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■9.和歌は日本人の固有な韻文に対する自負と誇り■

大和言葉で歌われるのが、和歌、すなわち「日本の歌」である。
和歌は神様を褒め称えたり、恋人に思いを伝える時に使われる特別な形式であった。
「いのち」という言葉に根源的な生命力を感じたり、また「恋」という言葉に、相手の魂を乞う、そのような濃密な語感を込めて、和歌は神や恋人に思いを伝えるものであった。
そのような和歌を集めた歌集として、現存する最古のものが万葉集である。
雄略天皇(第21代、5世紀後半)の御歌から始まり、農民や兵士など一般庶民の歌まで収められたまさに「国民歌集」であるが、その中に使われた外来語は16語くらいしかない
当時の語彙の数は、「古代語辞典」で解説されているものだけでも8千5百語ほどあるが、そのうちのわずか16語である。それもこれらのほとんどは、「法師」「餓鬼」「香」などの仏教用語で、巻16の戯れの歌などに使われているのみである。
万葉集は、歌い手としては天皇から一般庶民に至るまで区別なく登場させているが、外来語は排除し、「大和言葉」で表現された思いを集めようとする意図が徹底されているのである。
それでは、大和言葉に息づく古代日本人の世界観を見ていきましょう。

■1.目と芽、鼻と花、歯と葉■

目と芽、鼻と花、歯と葉、耳と実(み)、頬と穂(ほ)。
顔と植物の各パーツが、まったく同様の音を持つ言葉で呼ばれているのは、偶然だろうか?
万葉学者の中西進氏の説によれば、これらは語源が共通しているからだと言う。
漢字にすれば、まったく別の言葉のように見えるが、古代の日本人は、顔のパーツも植物のハーツも、「め」「はな」「は」「み」「ほ」と同じように呼んで、同じようなものと考えていたようだ。
たとえば、鼻は顔の真ん中に突き出ている。同様に「花」も、植物の枝先の先端に咲く。
そして岬の端も「はな」と呼ぶ。薩摩半島の「長崎鼻」がその一例である。
さらに「かわりばな」「しょっぱな」「寝入りばな」など、物事の最初を表す意味も持つ。
「からだ」とは、幹をあらわす「から」に接尾語の「だ」がついたものである。
「から」が植物にも使われた例は、稲の茎の「稻幹(いながら)」、芋の茎の「芋幹(いもがら)」などの言葉に残っている。古くは手足のことを「枝(えだ)」と呼んだ。
「手」「足」と呼び分けるようになったのは、奈良時代あたりからである。
もう明らかだろう。
我々の先祖は、植物も人体も同じものだと見なしていたのである。すべては「生きとし生けるもの」なのだ。
こうして古来の大和言葉の源を辿っていくと、古代日本人の世界観が見えてくる。

■4.「生きる」「息」「命」■

「生きる」「息(いき)」「命(いのち)」は、どれも「い」で始まっている。
「いきる」の古語は「いく」であるが、これは息(いき)と同根である。
息をすることが、生きることである。
だからこそ、息をする器官である「鼻」が、顔の中心だと考えられたのである。
「いのち」の「い」は、「生く」「息」と同じである。そのほかにも、「い」は「忌(い)む(慎んで穢れを避けること)」「斎(いつ)く(神などに仕えること)」など、厳かな意味を持つ。
「いのち」の「ち」は不思議な力を持つもの、すなわち霊格を表す言葉で、「おろち(大蛇)」「いかづち(雷)」「ちち父」」などに使われている。
生けるものの体内を流れる「血」も、不思議な力の最たるものであった。
この「ち」に「から(そのもの)」を合わせた言葉が「ちから(力)」である。
「ちち(乳)」も、生命を育む不思議なちからを持った存在である。
したがって、「いのち」は「忌(い)の霊(ち)」とでも言うべき、忌み尊ぶべき霊力である。
そのような尊厳ある「いのち」が、草木や人間に宿っていると、古代の日本人は考えたのである

■6.「恋ふ」「思ふ」「悲し」■

「恋い」とは、「魂乞(たまご)い」であり、恋人の魂を乞うことだ、というのが、国文学者で歌人であった折口信夫の説である。「恋い」と「乞い」は、古代の発音は多少異なっているが、だからこそわずかな意味の違いを持つ仲間語だとも言える。
「乞ふ」とは離ればなれとなっている恋人同士が、互いの魂を呼び合うことだった。
魂の結合こそが、恋の成就だったが、それがなかなか実現しない切なさ、それこそが「こひ」だった。
そう考えれば、「わが恋止(や)まめ」とは、「あなたの魂を乞う思いが、ようやく止まるだろう」という切なさが伝わってくる。
「恋ふ」と同様な言葉に「思ふ」がある。現代語でも「あの人を思っている」と言う。
「おもふ」の「おも」は、「重い」の「おも」であり、心の中に重いものを感じとることが「思ふ」である。「あの人を思ふ」「国の行く末を思ふ」とは、大切なものの重みを心の中に感じながら、あれこれと考えることである。
「悲し」という言葉もある。「妻子(めこ)見れば かなしくめぐし」とは大伴家持の長歌の一節である。
「かなし」の語源は「かぬ」で、今日でも「その仕事はできかねる」というように、力が及ばなくて、果たすことができない、という意味である。「会いたいのに会えない」「幸せにしてやりたいのにできない」、そのような愛するものに対する、切なる悲哀を表す言葉が「悲し」であった。

■7.「ねがふ」「いはふ」「のろふ」■

求婚することを古代の日本語では「よばふ」と言った。「よばふ」とは「呼ぶ」+「ふ」で、「ふ」は継続を意味する。恋人の魂を「呼び続ける」ことである。
同様に「妻子の幸せを願う」などと言う時の「願う」は「ねぐ」に「ふ」がついた言葉で、「ねぐ」とは「和らげる」という意味。神様の心を和らげて、何度もその加護を願うことだった。神職の一つに「禰宜(ねぎ)」があるが、これは神の心を和ませて、その加護を願う仕事を指す。
同様に、「いはふ」は「言う」を続けること。神様を大切にする気持ちを繰り返し言うことで、これが「斎ふ」という言葉 になった。
「のろふ」は、「のる」+「ふ」で、「のる」を続けることである。「のる」は「祝詞(のりと)」、「名のり」などに、残っているように、「重大なことを告げること」を意味する。
転じて、神様の力を借りて、相手にわざわいをもたらそうとするのが「のろふ」である。
日本の神様は、それぞれに支配する範囲が決まっていて、時おり、その地に降りてきて、人間の「ねがひ」「いはひ」「のろひ」などを聞いてくれる。その神様に出てきて貰うために、 笛を吹いたり、囃したりして、「待つ」ことが「まつり」だった。その動詞形が「まつる」である。
古代日本人にとって、神様とはそのような身近な具象的な存在であった。

■8.「天(あめ)」「雨(あめ)」「海(あま)」■

「天(あめ)」は「海(あめ)」でもあった。「天」は「海」のように青く、そこからときおり「雨(あめ)」が降ってくる。そんなことから、古代日本人は天には海と同じような水域があると考えたようだ。
水が大量にある所を「海(うみ)」と言う。「うみ」は、昔は「み」とも言った。
「みず」の古語は「みづ」だが、これも同じく「み」と言った。
一面にあふれることを「みつ(満つ)」と言う。
この「みつ」から「みづみづし」という言葉も生まれた。
「瑞穂(みずほ)の国」とはわが国の古代の自称であるが、水を張った水田に青々とした稲穂が頭を垂れている姿は、古代日本人のふるさとの原景なのだろう。

以上、日本語の根源にある大和言葉には、太古の日本人の世界観・人生観が深く息づいていたようです。
ひとつひとつの言の葉に込められた「観」。これに同化してきたからこそ、住むところや年代さえも超えて「みな同じ」という地平に立ててきたのではないでしょうか?

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人間の機能の進化過程は、本能機能⇒共認機能⇒観念機能の順に発達してきました。これは生まれてからの成長の過程でも同じだと言うことを示していると思います。
つまり、観念機能の発達の前に共認機能の発達は不可欠ということになりますね。
しかも、この3機能の発達において、唯一共認機能だけは自分だけではなく相手との”関係”の上に成り立つ機能ですよね。
子供は生まれてからおおよそ1~2歳で言葉を話し始める。つまりこの時期に観念機能を身につけるわけです。
ということは、豊かな観念機能を発達させようとすれば、それに先立って充分な共認機能の発達が必要であり、それは1~2歳までの間に必要ということです。
そのためには”その期間中に”相手との”関係”で充分揉まれることが不可欠であることを意味しています。
1~2歳までに集団生活に触れることが必要な理由は、ここにあるのではないでしょうか。

  • 鯉太郎
  • 2009年11月14日 14:09

>観念能力に関しても(科学技術が現在のように発達していない中で、数々の工夫思考・実現思考で問題を突破してきた、先人達と現代人を比較すると)明らかに「能力低下している」
同感です!
古来、日本人の男子は12~14歳程度で元服し、成人の仲間入りを果たします。長男であれば、一族の当主として集団をまとめてゆく責務を担う事となります。
現代でいえば小学校高学年から中学生の年齢であり、私たち現代人の感覚で見ると「まだまだ子供」と感じてしまいます。(実際、二十歳過ぎの成人男子でも、子供じみた行為や言動が抜けない人も数多くいます。)
しかし、現在とは比べ物にならない自然外圧や武力闘争圧力、そしてそうした危機に際して命がけで観念機能と共認機能を練磨していた時代にあっては、男子はこの年齢で十分「おとな」としての責務を担えるまでに成長していたのではないでしょうか。

  • yama33
  • 2009年11月15日 00:16

このような能力低下をさらに加速させているのが、DS等のゲーム機なのではと思います。
いまや小学生ならほとんどの子どもが持っているのでは?って思うぐらいです。友達の家に遊びに来ても、外で遊ぶわけでもなく、お喋りをするわけでもなく、それぞれがゲームに熱中している。
自分の家でゲームをすると親の目があるので、他の子の家でやっているという有様です。
私の子どももやっていますが、どうも集中力がない、続かないといった様子が現れてきたので、週に1,2回時間限定でやらさせています。
皆さんも注意してくださいね。

  • オールグリーン
  • 2009年11月16日 10:26

>観念能力は、共認機能=同化能力の上に構築されていくものなので、同化能力が低下すれば、必然的に観念能力も低下するのでしょう。
その通りだと思います。
人類にとってどれだけ同化能力が大切なことか・・・。
ただし、世間一般では観念能力に対し“あーだ、こーだ”議論されることはあっても、同化能力が一番大切なんだと言う認識は弱い(=殆どない)のが現状ではないでしょうか?
逆に言えば、同化能力さへ健全に育成されれば、自ずと観念能力の上昇するといっても過言ではないと思います。その認識がありさえすれば、核家族の歪さに気づき、母親が子供を囲い込むこともなくなっていくのではないでしょうか?

  • R
  • 2009年11月17日 19:04

◆鯉太郎 さんレス有難うございます。
 ご指摘のように、2歳ぐらいまでも集団に触れ合う環境で育つ事は、相手に同化できる基礎能力獲得上、とても大切な環境だと思います。
◆yamaさん、レス有難うございます。
 私も昔の人の方が能力が高かったのではと思います。現代人は人類の文化蓄積から多くの知識を得ていますが、問題解決能力は昔の人の方が優れていたと言う仮説は、興味深い内容です。
さらに、近代社会ほど、子供の一人立ち(≒元服)が遅くなるのは何故か?このテーマも今後追求してみたいテーマです。
◆オールグリーンさん、投稿有難うございます。
 私も、自然環境と仲間集団に育てられる子育て環境から、現代の密室でのゲーム体験で育つ子供に変わって来て、問題が起らないはずないと思います。何故ならば、仲間への同化から共認機能(≒心)を発達させて、さらに観念機能を塗り重ねていくという人の成長は、一人の成長空間は、致命的のように思います。
◆Rさん、レス投稿ありがとう。
私も、母親の子供の囲い込みは、致命的だと思います。
様々な人へ同化する事で獲得する共認機能です。様々な人を対象とすると、矛盾する内容も出て来ますが、集団全体としての流れを判断する力が養われます(≒空気を読む)。しかし、母親が一人しかいない世界で育つと、自ら空気を読むことはなく、母親に服従するだけのロボットになってしまうのだと思います。
喧嘩したりする矛盾が発生する仲間集団が大切なのだと思います。

  • koukei
  • 2009年11月17日 20:52

私は乳児期の一時期に(母の入院のため)親類に預けられたり,幼少期からは青年期まで親戚の家に盆や正月に家族とや自分ひとりでで出かけたりして,血族のほとんどと顔見知りとなれるぐらい,多様な集団の中で育てられたようです。両親や兄や弟ともよくケンカしましたが,今となってみるととっても貴重な経験だったと思います。夢を叶えて教員となり,日々悩んだり楽しんだりしながら,ここまで歩んできました。途中やめたいと思うことも,鬱気味になることも時々ありました。でも,皆の協力や時間や耐え忍んだ自分で,解決に至り,過去の失敗や苦痛も,今や人生の貴重なエッセンスとなっています。穏やかに人に話せるようになりました。そして,今,何より充実しいています。附属学校なので研究もあり,教育実習もあり,日常の業務もあり,大変多忙なはずなの(十数年前だったら辞めているかもしれない)ですが,
心はとっても穏やかで,子どもと毎日楽しく学習・生活ができています。これに至ったのは,子どもの頃の多様な集団経験のような気がしていました。そして,このBBSを読んで確信です。ありがたい。
 さて,現代の子供や保護者に。子供や親自身守りすぎるな。どんどん表に出ましょう。子供には,地域をはじめ,親がせめて作ってあげられる集団の中で,どんどん遊ばせましょう。そう,子どもには遊びが学びになるのです。現代のテストの点数が取れる学力は虚像です。その証拠に,私は子供の頃よりはるかに学力が向上しています。たぶん心にバネがあるんだと思います。昔も今もよく遊びます。今は大人としての遊びですが。やる気が出た時の仕事の集中力は自分でも脅威です。幼少期の過ごし方は大切です。

  • toyo
  • 2010年7月16日 14:33

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