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2010年03月21日

日本語の成り立ち(文字編)7~漢字の起源~

 『日本語の成り立ち(文字編)』シリーズ。前回は「文字以前の世界」について、古代オリエントの記号や図象を扱いました。今回は、日本語に直結する「漢字の起源」を探るべく、古代中国について追求してみたいと思います。
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・漢字学で著名な故白川静氏によると、古代の中国では、文字には「呪能」の力があると信じられており、貞ト(ていぼく:占いのこと)に使われていたのが甲骨文字である説いています。殷墟で発見された甲骨文字は5000字にのぼりますが、白川氏は更に「漢字には、文字が生まれる以前の悠然なことばの時代の記憶が残されている。」と説きます。

★文字以前の悠然なことばの記憶とは何なのか・・・!?
~以下、松岡正剛『白川静(漢字の世界観)』から中国先史時代を俯瞰します。~

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・中国大陸に温暖化がおとずれ、旧石器時代から新石器時代になっていったのが約1万年前のことです。この頃から、山間の洞窟から平原への移住がはじまり、華北・長江中流域・華南などで定住生活がおこって、黄河と長江の流域で二大農耕地帯が形成されます。
・ごく最近の古代中国研究によると、この頃はおそらく母系の社会で、母系氏族共同体の中では、アニミズムとシャーマニズムが満ちていて、氏族メンバー全員が万物に霊魂が宿るという信仰をもっていました。かつ、龍信仰などの特別な信仰では、かなり幻想的で抽象的な神霊観念を持ちあっていたとも報告されています。龍はトーテムだったのです。
・それならおそらくこの時期に、専業的なシャーマンも登場していて、プリミティブな占ト(せんぼく)が行われていたと考えられます。これは、貞ト(ていぼく)の先行形態と考えられます。
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・やがて黄河流域の仰韶(ぎょうしょう)文化、馬家窯(ばかよう)文化、大汶口(だいぶんこう)文化、長江流域の良渚(りょうしょ)文化などの土器に「記号」や「図表」が見られるようになり、どうやら最も遡りうる「原始文字」あるいは「文字記号」が登場してきます。
・右図は、仰韶から出土した土器に刻まれていた「原始文字」たちです。年代は特定できないのですが、おそらく紀元前4500年前後だと思われます。それとともに、黄河・長江の両方に紡織技法が誕生し、玉器がつくられるようになるのも、ほぼこの時期です。
・こうして紀元前4500年をまたいで、仰韶・大汶口・大渓(たいけい)の三つの社会文化領域の勢力が大きくなってきて、互いに対立し合うようになるにつれ、ここに母系社会から父系社会への移行がおこっていきます。とても大きな変化です。そして紀元前3500年頃の遺跡からは、かなり意識的な戦闘性を暗示させる防御壁などが現れます。そういう中、仰韶文化が凋落し、各地の社会が周辺に分散するのです。
・かくて紀元前3000年を切る前後には、いよいよ首長制と私有制をともなう父系制氏族社会が台頭し、黄河と長江の両流域に「古国」時代がやってきます。この古国の時代に伝説の三皇五帝(伏義・神農・女媧/黄帝・顓頊・帝嚳・尭・舜)にあたる首長が存在していただろうと、最新の中国史では想定されています。
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・紀元前2000年代になると、夏族(かぞく)・殷族周族などと、夷族(いぞく)・狄族(てきぞく)などが互い対立していき、紀元前2070年頃、中国初の王朝の「夏王朝」が建てられます。ちなみに従来は、夏王朝は幻の王朝だとされていたのですが、いまでは中国考古学が目ざましく研究をすすめて、夏は歴然たる実在の王朝ということになりました。
・このあと夏王朝は約400年あまり継続するのですが、残虐で有名な桀(けつ)王の時代に解体します。暴君の桀を討ったのが商族の湯(とう)王で、ここにいよいよ「殷王朝」が始まります。紀元前1600年頃でした。
が独自の神権政治と祭政一致の体制を敷いたことは、いまではほぼ定説になっています。鬼神を信仰し、軍事を強化し、青銅器を製作し、そして第21代の武丁(ぶてい)の時代に甲骨文という文字を編み出します。殷墟はその後半期の宮都です。
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『好古齋』 様の資料を編集。クリックすると拡大します。)

 上図から、新石器時代の各遺跡で発見された「原始文字」が、殷代の「甲骨文字」に継承されていることが解ります。
 松岡正剛氏は前述の著書において、「文字の起源は文字の文化とつながり、文字の文化は言語の文化とつながり、言語の文化は観念の文化とつながっている。」と著しています。
 だとすれば・・・
 古代社会における精霊信仰が漢字に凝縮されている、言い換えれば、漢字に込められた文字以前の悠遠なることばの記憶とは精霊観念に他ならない、と言えるのではないでしょうか。
 以上、中国の古代社会(新石器時代)を俯瞰しながら、漢字の起源を探ってみました。次回は、殷代における甲骨文字の成立過程について追求してみたいと思います。
 読んでくれたありがとう。(世界のマツヒデ)

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>日本人の「受け入れ体質」とは“無条件降伏体質”では無く、当事者として外圧を受け止め、外圧に同化する“同化体質”
なるほど。
直感に近い感覚で取捨選択するってイメージですかね?
可能性がありそうなものとそうでないものを判断する感じ。
当初のキリスト教なんかは拒絶してましたもんね。

  • 二階堂定晴
  • 2010年7月23日 23:13

>「舶来信仰」ですが、その中身とは外から来る人、もの、情報を先ずは全て肯定的に受け入れると言う積極性であり、警戒心のなさであり、好奇心の強さでもあります。
>ただ「舶来信仰」にまで上昇すると「洗脳され易い」と言う弱点ともなります。
 確かに「舶来信仰」=「洗脳され易い」というのはいえるかも知れません。しかし、一度洗脳されても、次の可能性が示されれば、あっという間に洗脳が解ける(次の観念に洗脳される)というふうに考えれば、これも一つの可能性かと…。

  • kato
  • 2010年7月27日 19:27

男性的闘争性をもとにすれば、太平洋戦争で国土を蹂躙された経験は憎しみに結びつきます。自国に被害を与えた敵に対しては、報復するのが当然であって、受け入れるなどありえません。
ところが、戦後の日本は敵対した欧米を賛美するまでになる。この意識の転換は、実は、世界標準からはあり得ない意識転換だと思います。
そんなことを考えていて、日本人の受け入れ体質は、女性や子供の性質に似ていると思いました。
女性や子供の性質とは、肯定的着眼であり好奇心旺盛であり、自分にないものは良いものとして受け入れてしまう、といったあたりでしょう。
このような姿勢は、世界標準からすれば、思想に一貫性がないとか、筋が通っていないなどと解釈されると思います。が、女性や子供にとってはそのようなことは関係ないわけです。
ここに「良いものは良いのだ」とする実質主義を見出すことができるのではないでしょうか。

  • HAYABUBSA
  • 2010年7月27日 19:37

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